>> いっぱい喋るキミが好き
ヤマムラが部屋で慣れない読書をしていると、軽快に階段を駆け上がる音が聞こえる。
きっと、アルフレートが帰ってきたのだろう。
ヤマムラは読んでた本を閉じると自然とドアの方を向けば、すぐにそのドアは開かれた。
「ただいま帰りました! ヤマムラさん」
どうやらどこかで酒をご馳走になってきたらしい。
アルフレートの白い肌は頬だけがやたらと赤くなり、その呼吸もどこかアルコールの匂いが漂っている。
どこで誰と酒を飲んできたのか、そう問いかける前にアルフレートは勢いよくベッドに飛び込むと、そのまま寝転がってさも楽しそうに笑っていた。
「……おい、アルフレート。ちゃんと靴を脱いで、上着も……ほら」
ヤマムラはそんなアルフレートの身体を抱き抱え支えながら、靴を脱がし、上着を脱がしてそのまま寝ても大丈夫な格好にさせた。
ヤマムラがそうしてアルフレートの世話を焼いている時にも、アルフレートはただ笑顔のままヤマムラの手に触れながら幸せそうに語るのだった。
「ふふー、聞いてくれますかヤマムラさん。酒場のマスターが美味しいリンゴジュースがあるからって一杯おごってくれたんですけど、それがとーっても甘くて、気持ちよくなってきちゃって……ふふ、私笑ってます? 何だかすごく楽しい気分なんです……何ででしょうね? ヤマムラさんが傍に居るからかな……」
きっとその「リンゴのジュース」はジュースではなく果実酒だったのだろう。
アルフレートは普段あまり酒を飲まない。
「アルコールは理性を乱すよくないものだ」 と、そう思っているところがあるからだ。
だからだろう、少しの酒でもすぐに酔ってしまう所がアルフレートにはあった。
最も別に誰かに絡むとか、モノを壊すような酒乱ではないし、酷く酒に弱い下戸というワケでもなければザルのようにいくら飲んでも飲み足りないと文句を言う性質でもない。
酔うと上機嫌になる扱いやすいタイプではあるのだが。
「あぁ、俺もそばに君がいてくれて嬉しいよ。だが……少し疲れてるみたいだな、アル。このまま眠ってしまうといい、さぁベッドに入って……」
ヤマムラに言われるまま、アルフレートはベッドに入ると毛布を掴みリスのように丸くなる。
その最中もずっとヤマムラの姿を見て、微笑みながら語るのだった。
「今日は……ねぇ聞いてくださいヤマムラさん……街の露店でとても綺麗な香水を並べている商人がいたんです……お揃いでかおうと思ったんですけど、ヤマムラさんにどんな香りが似合うのかなって考えて……林檎みたいな甘い匂いがいいかな? それともオレンジや檸檬のような柑橘系のほうが似合うかしらん? 高貴な薔薇とか、そよぐラベンダーも悪くない……そういう風に考えて……でも、何も買わなかったんですよ。ふふ、ヘンですかね? でも私、ヤマムラさんの普段のにおいが一番好きだって気付いたんです……ヤマムラさん、ねぇヤマムラさん……」
アルフレートはベッドから少しだけ顔を出し、ヤマムラの方を見る。
ヤマムラは一つため息をつくと、首に巻いていたマフラーと呼ぶにはあまりに使い古されたボロ布をそっとアルフレートにかけてやった。
するとアルフレートは喜んでそれを首に巻き、どんな上等の香水よりも良いものだとでも言いたげにその汚れたぼろ布に鼻を押しつけた。
「ふふ……このにおい、血と、獣の混じった……ヤマムラさんのにおい。私やっぱり、あなたのにおいが好きです……とても安心する、ここにあなたがいる、そう思えるから……私、やっぱり香水なんてかわなくて良かったです……」
そして、アルフレートはヤマムラが脱がせて畳んだ自分の服を指さす。
「かわりに、焼きたてのクッキーを売ってるお婆さんがいたんで……ふふ、買っちゃいました。子供の頃……クッキーなんて高価で、手が届かないものだって……おもって……沢山買ってしまいました。ポケットに……ふふ、ヤマムラさん……少しなら食べてもいいですよ? ……でも、全部食べないでくださいね。本当は……一緒に食べようと思って買ってきたんです……」
眠くなってきているのだろう、アルフレートの言葉は徐々に夢うつつとなっていく。
「とっておきの茶葉……いつか二人で飲もうと思って……いつもそのまま、取っておいて……明日、その茶葉をつかいますね……甘いミルクティーにしましょう……子供みたいって……ヤマムラさん、言うかもしれない。けど……私、やっぱり甘い方が好きなんです……砂糖を、一つ多く入れてください……ふふ、甘いミルクティーで、バニラのクッキーだったら、甘過ぎちゃいますかね……」
すでに半ば眠っているのだろう。
ほとんど寝言のように語るアルフレートの傍らに立つと、ヤマムラはそっとその頭を撫でてやった。
「……わかったから、今日は寝るといい。明日……アルフレート、君のしたい事をしよう」
「はい……ふふ、楽しいお話ありがとうございます、ヤマムラさん……」
アルフレートはヤマムラに手を伸ばし、その指を絡める。
しばらくそうして指先を絡め合い寄り添ってやれば、やっと眠りに落ちたのかアルフレートは静かに寝息をたてはじめた。
「楽しい話……また、君ばかり喋っていたけどな。アルフレート」
だけど、それでよかった。
沢山の事を話してくれるアルフレートの言葉一つ一つが今のヤマムラにとって全て大切な言葉であり、幸福な言葉であったから。
「……また明日も、楽しい話をしよう」
眠りに落ちるアルフレートと静かに唇を重ねると、ヤマムラは彼から脱がせた衣服のポケットよりクッキーの袋を取り出した。
甘いバニラの香りがするクッキーを机の上に置いて、ヤマムラは静かに目を閉じる。
……また明日、楽しい話ができるように。