>> 夢幻想
疲労がまるで心地よい毛布のように俺の身体へと覆い被さる。
まだ、読まなければいけない本がある。
目を通さなければいけない報告書もある。・7
作らなければいけない薬剤もあるし、剣に付呪もしなければいけない。
仕事は山のように残っているのだが、如何せん身体が思うように動かない。
……少し目を閉じ休むつもりだった、どうやら眠ってしまったようだ。
自分が机に突っ伏しているのはわかる。このままの姿勢で眠っていては、身体が痛むというのもだ。
だがもうとにかく、身体を動かすのが億劫で……痛みが残ってもこのまま眠ってしまいたい。
そういう気持ちの方が強かったから、俺はその姿勢のままもう少し休む事にした。
足下からは冷たい風が吹き付ける。
ホワイトランはスカイリムの中では比較的温暖な場所だが、ここドラゴンズリーチは他より高い場所にあるからか、空気はいつも乾いて冷たい。
さすがにローブ一枚で眠っていると身体が冷えるか。
どんなに億劫でもそろそろ目を覚まし、せめてベッドにいかなければ風邪をひいてしまうだろう……。
そんな思考が渦巻いて闇の中へと飲み込まれていく。
微睡みは容赦なく俺を虜にし、意識がどんどん現世から遠ざかっていく中。
「…………ファレンガー?」
誰かの声が、どこかから聞こえてきた。
もう眠くてどこからその声が聞こえてくるのかよくわからないが、ノルド男性の声であるのはまちがいない。
……聞いた事がある声だ。
よく聞く声な気もするし、えらく久しぶりに聞く声な気もする。
「寝ているのか、ファレンガー?」
彼はそう言いながら二度、三度俺の身体を揺さぶった。
誰だろう……俄に判別つかなかったのは、その時俺の意識がすでに夢へと捕らわれていたからだろう。
「おい、起きろ。寝るなら自分の部屋にいけ、おい……」
声の主はそう語り、俺の頬にふれる。
……かなり大柄な男の手だった。何度も剣を振り自ら戦いに赴いているのだろう。その身体からは血と錆のにおいがした。
これはこの土地の多くのノルドがまとっている、戦う男のにおいだ。
……誰だろう。
俺の部屋に来て、俺の身体を気遣う男は……。
…………思い当たる姿は一つしかなかった。
いつも突然現れて、そして突然去っていく男の笑顔が脳裏によぎる。
そう、世間から「ドヴァーキン」と呼ばれ今や半ば英雄扱いされているあの男だった。
俺は魔術師という立場から多くのノルドにとって歓迎されない存在であった。
剣をふるい強大な敵へ命を賭して戦うのをよしとするノルドにとって、手から火花を飛び散らし口から紡ぐ言葉で相手をなぎ倒す魔法という存在が奇妙かつ不気味なモノに思えるらしい。
それ故たとえ宮廷魔術師として仕える立場にあっても、多くの衛兵や使用人は俺の部屋へ近づこうとしなかった。
首長の息子などときたら「宮廷魔術師一人が死んだところで誰も気にしない」などと、最近のたまっているらしい。
そんな気色の悪い術を使う男の所に、好きこのんでやってくるヤツといえばドヴァーキンくらいのものだ。
元々シロディールで過ごしていたというドヴァーキンは、シロディールがここよりも魔術が盛んな場所だという事もありそれほど魔術師に偏見はない。
それどころか、どういった事情かやたらと俺の事を気に入り、アルドゥイン退治のためにあちこちを渡り歩く身の上ながらもホワイトランに寄る時は、必ず俺の前に顔を出していくのだ。
話の内容は最近の他の要塞での状勢といった政治的なものも多少はあったが、殆どが他愛もない話だった。
やれ、どこの洞窟で山賊にあったとか、ハグレイヴンをつれたフォースウォーンを追いかけ回したとか……他のノルドがする武勇伝よりやや荒っぽいものや、危なっかしい話も多かったがそれでも書物でしか世界を知らない俺を楽しませるには充分すぎる娯楽になりえた。
そうして言葉を重ね、顔をあわせ……幾度も話しをしていた俺たちが密な関係になったのは、自然の成り行きだったのだろう。
魔術の道を志したとはいえ、俺もノルドだ。ドヴァーキンのように屈強な肉体に憧れもあったし、何より彼はよく俺を慈しんでくれた。
魔術師だからと距離をおいたりせず、俺を理解しようとしてくれた……俺にとっては殆ど初めての理解者だった。
だから俺はそれが嬉しくて……俺の知らない世界を見ている彼が、俺と同じ世界を見ようとしているのがただただ、愛おしくて……。
……彼に抱かれるのを拒まなかったのは、そういう所からだろう。
「……全く、起きないのか。仕方ないな」
ややあって、声は困ったようにそうつぶやくと俺の身体を抱きかかえる。
……俺はノルドにしては華奢な身体の方だ。インペリアルの女性であるアルカディアからでさえ「ファレンガーは随分と細身よね」と笑われる始末である。
英雄と呼ばれる男からすると、抱えるのもたやすいのだろう。
まるでゆりかごに揺られるような感覚を抱きながら、自室に運ばれていく。
……眠っている中、ベッドに運ばれる感覚は小さい頃父にしてもらったそれと同じで心地よく暖かい。
ずっとこのまま、ドヴァーキンの腕に抱かれ揺られる事が出来たのならどれだけ幸せだろう……微睡みの中抱いた小さな願いを冷たいベッドが中断する。
大きな腕はゆっくり優しく、俺をベッドに滑り込ませる。
そしてふわりと毛布をかけると、その唇で俺の額にふれた。
「…………おやすみ、ファレンガー」
それはふれるだけの優しい、くすぐったい口づけで……いつも激しく貪るキスを与えられていた俺は少し物足りない気がしたけれども、それでもとにかく眠たくて、今日はとてもドヴァーキンの相手をするのは無理だ。そう思っていたから。
「ありがとう……ドヴァーキン」
微睡みの中でただ彼の名前を呼んだ。
彼は……しばらく黙って俺を見ていたけれども、ややあってふわり……自分の着ていた上着を俺にかけると、静かに部屋から出ていった。
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小鳥のさえずりに急かされ目を覚ませば、ベッドで寝ころぶ自分がいる。
いつ部屋に戻ったのかは覚えていない……となると、昨日自分が机に突っ伏して眠ってしまった事も、ドヴァーキンに運ばれ部屋に戻った事も、全て夢ではなかったのだろう。
それを指し示すかのように、ベッドの上には獣毛のコートがかけられていた。
……寒くないよう、ドヴァーキンが置いていったのだろう。
しかし、これを貰うのは申し訳ない。
細身の俺ではこんな立派なコートをきたら「コートが動いている」風に見えて到底着こなす事はできないだろうし、何よりこれがなければ彼が寒い思いをする事だろう。
今度、彼がきた時に返さなければ……。
そう思っていたが、その時は存外に早くやってきた。
「よぉ、ファレンガー……随分遅いお目覚めみたいだが、どうした? 具合でも悪いのか?」
……そう言いながらドヴァーキンが部屋へとやってきたからだった。
いや、昨晩俺が眠っていたのだから改めて顔を見にくるのは、そう珍しい事でもないか。
「いや、具合なら……もう大丈夫だ、一晩寝たらすっかり元気だ」
そうこたえると、寝ぼけた頭を揺り起こしすぐに彼の身体を抱きしめる。
ドヴァーキンも俺の所作で求めているものが解ったのだろう。「仕方ないな」とつぶやくとその唇を俺と重ねた。
暖かな舌が滑り込み、俺の口を犯していく……。
今回の戦いで少し怪我をしたのか、端の切れた唇からはわずかに血の味がした。
身体の中に熱した鉄を注ぎ込まれたかのような情熱的なキスは俺の身体を虜にし……すぐにでも彼が欲しくなる。
だが、今は駄目だ。まだ早朝だしこれから、昨日残した仕事が山ほどあるのだから。
「……ありがとう、ドヴァーキン。続きは、その……今晩、お願いできるか?」
このまま飲まれてしまいたい……。
その誘惑をうち払い何とか彼から唇をはなせば、名残惜しそうに涎が糸を引く。
「あぁ、別にいいさ……何、今日はゆっくりするつもりだったからな」
それに、とおいてからドヴァーキンは微笑んで俺に軽く口づけをする。
「せっかくファレンガーに会えたんだ、ゆっくり……したい事もあるしな」
その甘い言葉で俺は耳まで赤くなる。
「や、やめてくれ。その……恥ずかしい」
「今更なんだ? ……お互い、知らない所なんてもうないだろ」
「そうだけど……そうだけど、何だ。そういうのは……」
答えに困窮した俺の指先に、あの厚手のコートが触れた。
「あぁそうだ、これ……かえしておく」
「ん?」
そのコートを、ドヴァーキンはしばらく不思議そうに見つめる。
昨晩の事……覚えていないのだろうか。
「ほら、昨日俺をベッドまで運んでくれただろ? その時に……かけておいてくれたんだよな?」
「ん、んぅ?」
「……額にキスしていっただろ? 忘れたのか」
ドヴァーキンは少し小首を傾げていたが、やがて。「あぁ」と小さく頷いてからそのコートを受け取った。
「うん、昨日は遅くに到着したからせめて顔だけでも見ようと思ってな……寒そうだったから置いていったんだが、迷惑だったか?」
「迷惑じゃないけれども……それは俺には少し大きすぎるからな、返しておくよ。お前が寒いのも嫌だからな」
「わかった、ありがとな、ファレンガー」
彼はそうして笑うとまた、軽く俺と唇を重ねた。
その唇が、温もりが……俺には何より幸福だった。
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その日はなかなか寝付けず、見回りをかねて少し砦を歩く事とした。
「夜分にお疲れさまです、バルグルーフ首長」
「こんばんは、首長」
俺を見れば皆が口をそろえ頭を下げようとする。
「どうしたんですか、首長? こんな夜分に」
普段、俺が早く床につくのを知っているものは屋敷内を歩く事が不自然に思えたのだろう。
「眠れなくてな。少し身体を動かそうと思って、散歩がてらの見回りだ」
俺は正直にそうこたえ、ドラゴンズリーチの中を歩き回っていた。
日は暮れているが、衛兵たちは見回りを欠かさない。
寝付けない夜は寝酒などもよい……。
そうは思うが、バナード・メアまで足を伸ばす気分にもなれなかった。
そもそも、最近バナード・メアに護衛もつけずに出かける事を、イリレスから注意されたばかりだ。
説教をされたからといって酒場に通う事をやめようとは思わないが、それでも注意されてすぐに出かけたのでは、イリレスの機嫌もさぞ悪くなる事だろう。
今日はおとなしくこのままドラゴンズリーチをぶらぶら見てまわろう。
そうは思うが、見慣れた砦だ。長く住んでいる場所でもあり、目新しい所はない。
また、衛兵たちもよく訓練されている。
不審者が入り込むような事もないだろう。
……代わり映えのない世界を見渡せば、先の見えないスカイリムの内情が浮かんでくる。
今までも、そしてこれからも俺はホワイトランの味方だ。
民のためそれは変わりない。
……ストームクロークは、肩入れするには少しやり方が性急すぎる。
言いたい事は理解できるが、スカイリムはすでにノルドだけの土地じゃない。故郷を追われたダンマーは多く避難してきているし、シロディールから、ハンマーフェルから……各地から他の種族がこの地へやってきて、すでに己の故郷としている。
今更ノルドだけの土地だと言い張り、他の種族を排除していくなんて懸命とはいえない。
何より今のウルフリックは目の前に「上級王」の餌をぶら下げられ、それに向かって必死に走る駄馬のようなものだ。
こんな事で疲弊していては、サルモールの思うつぼではないか……。
かといって、このホワイトランを完全に帝国の支配下におくつもりは毛頭ない。
帝国はタロスの信仰を否定している、これは我々ノルドの意志を否定するようなものだ。
とはいえ…………このホワイトランが今や帝国の色に染まっているのは、否定ができない。
執政のプロベンタスは有能ではあるが、インペリアルだ。真のノルドではない。タロスの信仰に執着もなければ、思想そのものも帝国よりといえるだろう。
それに、帝国のおくりこんだ衛兵隊長……カイウスといったか。
あれは衛兵隊長の名をかたるがろくな仕事をしていないという。おおかた、俺の動きを監視するためにやってきた帝国の手先なのだろう。
……あまりにも帝国のにおいが、ここは強すぎる。
どうにかしないといけないのだろうが……ウルフリックがのさばっている以上、受け入れるしかないのだろうか……。
いけない、考えれば考えるほど、選択肢が狭まっていく気がする。
少し生き抜きをしなければいけないか。
俺の足は自然と、宮廷魔術師……ファレンガーの部屋へと向かっていた。
あれは、魔術とドラゴンの研究が出来ればそれで満足といった男だ。
政治に関してはとんと無関心だし、何を聞かれても興味ないとしか言わない……いや、実際興味ないのだろう。
だからこそ、見通しのたたない先の事を考えそうになった時、俺は彼に会うようにしていた。
彼とボードゲームをしたり、訳のわからないドラゴンの講釈を聞いている方が幾分か心が楽になったからだ。
「おい、ファレンガー。いるか?」
ファレンガーは俺より宵っ張りだ。
この時間ならまだ起きて本でも読んでいるだろう……そう思い声をかけた俺を出迎えたのは、机に突っ伏し寝息をたてるファレンガーの姿だった。
「…………ファレンガー?」
側により、ふれてみるが返事はない。
……どうやら完全に眠っているようだった。
こんな平べったい椅子で寝れるとは大したものだが、よほど疲れていたのだろうか。
いや、無理もない。最近は普段の業務に加え、ドラゴンの調査や伝承について調べるように命じているのだ。
元よりドラゴン好きのファレンガーだから、ドラゴンの調査をする事自体は苦痛ではなかったはずだ。
だが、好きすぎてかえって無理をしやりすぎているのかもしれない。
……ドラゴン関係の研究はやめろといってやめる男ではない。
ここは他の業務を少し、見直してやらなければ倒れてしまうかもしれないな。
「寝ているのか、ファレンガー? おい、起きろ。寝るなら自分の部屋にいけ、おい……」
揺すっても目覚めそうにない。
ただ口を動かしてもごもご、言葉にならない言葉をつぶやいている。
……このままにしておく訳にもいくまい。
幸い、ファレンガーはノルドにしては小柄な方だ。俺の使う武具に比べれば軽いものだろう。
「……全く、起きないのか。仕方ないな」
俺は机に突っ伏すファレンガーを抱きかかえると、彼の部屋に運ぶ事にした。
……細身に見えたが、一応は男だ。
俺の腕にずっしりとした重みが伝わる。
だが……やはり男として見ても華奢な方だろう。
手足は細く、鉄の剣を腰に差しただけでふらついてしまうに違いない。
体格の面だけでいえば、そこらのノルド女性より……いや、下手をすればインペリアルよりも脆弱だろう。
俺が気まぐれで強く腕を握ればそれだけで折れてしまいそうな気がする。
脆く壊れやすいファレンガー……。
……だからこそ、俺はこの男を好いていた。
そう、俺は少なからずファレンガーに好意を抱いている。
それが単純な憧れや部下に対する思いやりというものではない……それも、自覚している。
……願わくばこの細い身体を壊れる程に粗暴に扱ってみたい。
そう夢想する事もある。
俺の中にある加虐性癖が、ファレンガーを前にすると大きくふくれあがっていくのだ。
この男を壊してみたい……。
限界まで嬲り、犯し、肉体が裂ける程に慈しんでみたい……と。
しかし実行する事はない。
それはもちろん、ファレンガーも我がホワイトランの民であるという事もあるし、大事な俺の部下であるという事もある。
だが何より、ひとたびこの心にある思いをぶちまけたのなら、俺はきっと本当にこれを壊してしまうだろう。
俺が思い描く愛情を受けるにはファレンガーの身体は脆弱すぎたし、また彼の精神は年齢のわりには幼すぎるのだ。
ファレンガーは、小さい頃から本ばかり読みドラゴンの研究に没頭していた、魔術師というより研究者肌の男だ。
そのせいか、とくに色恋沙汰には疎く少しからかっただけでいちいち初々しい反応をしてみせる。(時には全くそのアプローチに気づかない程だ)
……壊してみたいと思う。だが実際壊すにはこれは、あまりにも繊細すぎる男だった。
だから俺はその思いを秘めて……ただ、思うだけで満足する。
何、心配はない。どうせファレンガーは俺の部下で、ここから出る事はない。
ドラゴンズリーチから外に出る事も滅多には許さないし、魔術師という職業柄恐れて近づく相手もいないだろう。
……俺の手の中から飛び立つ事はない、籠の中の鳥だ。
だからこそ俺も安心して、これを心で愛でる事ができるのだが。
そんな俺の空想を癒す大事な玩具をベッドにいれて、その額に口づけをする。
壊れやすい玩具だ、大事に扱わないといけない……その思いからの優しい優しい口づけだった。
「…………おやすみ、ファレンガー」
そして、これからも俺の玩具でいてくれ……ずっと、ずっと。
そう思ったファレンガーの唇から。
「ありがとう……ドヴァーキン」
その名が、呟かれた。
それは俺の知っている男の名で…………そして、今呼ばれるにはあまりに不自然な名前だったから。
俺は……。
俺がしていが幻想は全て幻想で、すでに籠の中に鳥なんていない事実を悟った。
(そうか、そういう……)
俺はしばらく、ファレンガーの寝顔を見据える。
……無防備な寝顔だ。このまま押さえつけて好きにするのもたやすいだろう。
望むとおり、壊す事だって出来るはずだ。
それに……これは俺の部下で、手駒で、玩具だ。今までも、そしてこれからも……俺が好きにしていいモノだ。
だからそう、壊してしまおう。
誰かの傍らにあるのなら、いっそ俺の手で、俺が望むように……。
手を伸ばす。
ファレンガーの華奢な身体なら、俺が本気でかかれば簡単に組み伏せられるだろう。必要なら腕を、足を、折ってしまってもかまわない。
そうして近づく俺の前でも……ファレンガーは無防備なままだった。
無防備に、そして無邪気に微笑んでいたのだ。まるでドヴァーキンが、傍らにいるかのように。
俺の脳裏に一瞬だけ、英雄の隣に立つファレンガーの姿がよぎった。
竜殺しの英雄その隣で微笑む魔術師の幻影は無邪気で幸福そうで……。
……そして、俺のいるべき場所ではない事を悟らせた。
俺は伸ばした手を自らの上着にかけると、コートを脱いでファレンガーにかけてやる。
こいつの毛布は薄手で、今日は少し寒い。このままだと風邪をひいてしまうだろう。
それに、このコートは最近誂えたものなのだが、俺が着るには少しばかり派手すぎる……ファレンガーにくれてやってもいいだろう。
そうしてコートをあいつにかけると、俺はそのまま部屋を出た。
眠気はこなかったが、とにかく横になろう……なに、眠れなくても朝はくる。
そんな事を、考えながら。
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ファレンガーにくれたはずの派手なコートを手に、あの男が現れたのは翌日の事だった。
「どうも、首長。ご機嫌麗しく」
「……どうした。珍しいな、何の用だ?」
俺が自室に戻ってすぐ、二人になるのを見計らっていたかのような登場からして、あまり人に言えない話しをしにきたのだろうというのはすぐにわかる。
そして、彼が手にもつコートで何を話しにきたのか、おおよそわかっていた。
「何の用といわれると……野暮用としか言えないんですけれどもね」
ドヴァーキンは少し考えたそぶりを見せるが、すぐにあれこれ思考し言葉をこね回すのは自分の性分ではないと思い直したのだろう。
これ、と言いながら手にもったコートを俺の方へと差し出した。
「お返しにあがりました……たぶん、首長のですよね?」
「……どうしてそう思った?」
「今朝方、ファレンガーに会いにいったら俺のじゃないかって渡されたんですけど、心当たりがなくて……ほら、これオーダーメイドじゃないですか。ホワイトランで、ドラゴンズリーチに立ち入る事が出来て、オーダーのコートなんて誂える人といったら……」
「なるほど、俺だけ……か」
「はい。あぁ、執政のプロベンタスも……あり得るかと思ったんですが。いくらファレンガーが華奢な男でも、プロベンタスが抱きかかえていけるとはちょっと思えなかったもので」
ドヴァーキンの腕には、やたらと派手なコートが抱かれている。
それは、俺が昨夜ファレンガーのもとにおいていったものにまちがいはなかった。
「……ちゃんと持ち主に返した方がいいかと思いまして」
俺はしばらくその手を見据えたが、やがて小さく首をふる。
「いや……いい、それはお前がもっていてくれ」
「いいんですか? ……まだ新しいですよ」
「元々、俺には少し派手すぎる。英雄のお前のほうが、きっと似合うだろう。それに……ファレンガーはお前のものだと思って渡したんだろう? それなら、それでいいんだ」
「……本当に、いいんですか?」
念を押すようにドヴァーキンは言う。
……何をいってるんだ、もし駄目だといっても、もうそれはお前のものだ。永遠に俺のものにはならない。
いや、最初からあれは俺のものではなかった……。
俺のモノだと思い籠にいれて大事にしていたが、何の事はない。
籠に入っているのは俺の方だったのだ。
「あぁ、いいさ…………大事に、してやってくれ。壊れやすいからな」
俺の言葉その真意を悟ったのだろうか。
ドヴァーキンはかすかに笑うと。
「心得てますよ」
そうとだけいい、部屋を出た。
残された俺は静かに瞼を閉じ、夢想する。
瞼の裏には真新しいコートに身を包んだ英雄と、その傍らに抱かれる魔術師の姿が描かれていた。