>> 戦火の後始末






 スカイリムの内戦も、いよいよ終演に向かおうとしていた。

 帝国軍VSストームクローク……。
 長く緊迫状態にあった両者がついにホワイトランで激突し、激しい戦闘の末に帝国軍が勝利をおさめたのだ。
 戦は終わり、バルグルーフが勝ち鬨をあげてから早くも数日が過ぎ去っていた。

 あちこちに敷かれた防壁も取り除かれ、荒れ果てた街から火の気もようやくおさまっていく。

 焼けてしまった家は戻らない。死んでしまった命も戻らない。
 だがそれでも残された人間たちは自ら成すべき事をし、街は少しずつ平穏を取り戻しつつあった。

 だがその傷跡は、完全に癒えた訳ではない。
 未だけが人は多く神殿に運ばれ、すくない物資のやりくりに首長も執政も忙しく動き回っている。

 宮廷魔術師のファレンガーも、その例外ではなかった。


 「ファレンガー! 申し訳ないけど、手伝ってもらえる? ……人手が足りなくて」
 「ん……あぁ、わかった。今いくよ」


 キナレス聖堂の司祭であるダニカに急かされながら、ファレンガーはゆるゆると立ち上がった。
 内戦の後始末に、宮廷魔術師であるファレンガーがかり出されていた理由は傷ついた兵士たちの癒し手が足りなかったからに他ならない。

 ……ホワイトランの決戦は激しいものだった。
 多くの衛兵が倒れ、命は失わなかったものの未だベッドから起きあがれない衛兵も多い。

 キナレスの司祭たちも必死で治癒にあたっているが、重傷患者が多く、司祭たちだけでは癒し手が追いついていないのが現状だ。
 そのため、本来は専門ではないファレンガーも癒し手として街を駆け回っているのである。


 「回復魔法はあんまり得意じゃないんだけどね……」


 彼はそう言いながら、比較的傷の浅い衛兵たちを癒す。

 一人、また一人。
 キナレスの大聖堂を埋め尽くしたけが人に癒しの魔法をかけて回るのが、今の司祭と魔術師の最重要任務だった。

 決戦を見越して取り置いておいた回復の杖は、すでにない。
 錬金で作った薬も、材料も、とっくに底をついている。

 だから今は、たとえ時間がかかってもこうして一人ずつゆっくりと治癒していくしかなかったのだ。


 「……ここのけが人は終わりかい?」


 一通り治癒を終えたファレンガーが声をかけると、奥で衛兵の手当にあたるダニカが申し訳なさそうな顔を向けた。


 「ごめんなさい、ファレンガー……実は聖堂に入りきれない兵士が、今外にある仮設のテントにいるの。私はこっちで手がいっぱいで……出来たら、そっちを見てきてもらえないかしら?」
 「わかったわかった、俺はそっちを見てくるよ……仮設テントは城壁の外か?」

 「えぇ……いつもカジートキャラバンがいるあたりよ。わかる?」
 「あぁ、あそこか……了解、そっちは任せておいてくれ」

 「ごめんなさい、迷惑ばかりかけて……」
 「いいんだ、それに砦のそばとはいえ外だ、女性が出歩くのには危険だろうからね」


 ファレンガーは護身用のダガーを懐に携えると、軽く手をふりながら外にでた。

 ……日頃は宮廷魔術師として、ほとんど外にでない生活をしているファレンガーだ。
 ドラゴンズリーチから外に出るのも数日ぶり……城壁の外にでるのは数ヶ月ぶりの事になる。


 「へぇ……今の風は、こんなに気持ちいいんだな」


 荒涼とした大地の向こうから吹き荒ぶ冷たい風が、ファレンガーの頬にふれた。

 以前外にでた時はそう、フロンガルの狩りにつき合って出かけたのだと、彼は思いだしていた。
 血気盛んなフロンガルは魔術師であるファレンガーの同行を露骨に嫌がっていたが、それでも半ば強引についていったのだ。

 ドラゴンズリーチを外部から眺める事で、魔法的な驚異に備えたい……そんな言い訳をしてついていったが、何の事はない。自分が魂石ほしさに同行したのだ。
 フロンガルはヘラジカや蟹しか狩らなかったが、それでもいくつかの魂石を手にする事が出来た。思いの外有意義な狩りだったとフロンガルもご満悦だった事は、今でも何となくは覚えている。

 ……あの時はフロンガルも衛兵もいたが、今は護衛らしい護衛はいない。本当の、一人の外出だ。
 こうして、一人外に出るのは……王宮につかえる魔術師になってからは、初めてだったろうか。

 男であるといういっぱしの自尊心からダニカには強がって外に出るといったが、実の事をいうと酷く心細い。
 自分は魔術師で戦士ではない。激しい火炎弾を操る自信はあったが、実践で誰かを殺す覚悟があるかといわれればどこまで出来るかわからないのが本音だ。
 そういう点で、彼は箱入りの魔術師だったのだ。

 ファレンガーは自らの気持ちをおさえるために、一つ深呼吸をする。
 あたりの風にはまだ、血と炎のにおいが残っていた。


 「……確か、こっちだったよな」


 重々しい扉を開ければ、すぐに堆くつまれた死体の山と対面する。
 この戦いではかなりの死者が出た。身元のわからないものも多いという……だが、街にいれれば疫病の原因にもなりかねない。という事で、ひとまず城壁の外に安置してあるのだろう。
 激戦から数日たった今、遺体からは饐えた匂いがした。

 こみ上げる吐き気をおさえながら、ファレンガーは足早に目的地へと急ぐ。

 ファレンガー自身は、今回の戦いに直接参加はしてはいなかった。
 首長であるバルグルーフより、ドラゴンズリーチにせめられた時のみ応戦してほしいと要求されていたからだ。

 結果として、ストームクロークの兵士たちが町中まで攻めあがる事はなく、ファレンガーは戦闘に参加する事はなかった。
 故に戦争の実体を知らなかったファレンガーの目の前に、その鱗片が露わになる。

 直接かかわってはいないといえ……うずくまりほとんど身動きのとれない数多の衛兵たちは、何も言わなくても戦いの激しさを物語っていた。

 そして、思い出していた。
 あの日、戦いが終わっても未だ戻ってこないあの男の事を……。


 「ドヴァーキン……か」


 ファレンガーの脳裏に、淡い金色の髪を揺らし屈託なく笑う男の姿が浮かぶ。
 彼こそは伝説のドラゴンボーン……ドラゴンの魂をその身に宿し、竜殺しの宿命をもつと言われる、伝説に歌われた英雄だ。

 アルドゥインを倒すという運命に導かれ声の道を歩んだあの男が帝国軍についた時、歴史の流れは大きく帝国へと傾いていったのだろう。

 ドヴァーキンは帝国の兵士として密かな任務を遂行し、戦ともなれば常に先陣をきっていたという。
 拮抗状態だった状勢は、みるみるうちにストームクロークを追いつめ、そしてついにスカイリムの要所とよばれるホワイトランを守りきったのだ。

 それまで動く気配のなかったこの内戦は、ドヴァーキンが帝国軍に加入してから一気に動き出したのだ。そう言っても過言ではないだろう。

 ……だがホワイトランの戦い以後、ドヴァーキンと呼ばれた男の消息は何処とも知れないでいた。
 勝ち名乗りもあげず、兵士らの前にも姿を現さず……戦いが終わる頃合いに、ふっと姿を消してしまったのだという。

 躯の中に、彼らしい姿はない。
 だがあの戦いから彼を表舞台で見かけたものは、誰一人としていない。

 伝説の男はまさに忽然と、姿を消してしまったのだ。


 (いったいどこに居るんだ……無事だったら、顔を見せてくれればいいものを……)


 傷ついた兵士を癒す時も、ファレンガーはその事ばかり考えていた。
 未だ帰らない、ドヴァーキンの事を……。

 「よぅ、ファレンガー。いるか?」
 ホワイトランにくると、彼は決まってファレンガーの所へ姿を現していた。ノルドはよく閉鎖的だと言われるが、彼は愛想のいい人なつっこい笑顔ばかりを見せる。

 「何だよ、今日も付呪か? いやぁ、よくやるなぁ、さすが宮廷魔術師様だ」
 エンチャント台に向かう自分を、よくそう茶化したりもした。だが、付呪をするのを見ているのはあまり嫌いではなかったのだろう。茶化しはするが、仕事の邪魔をする事はほとんどない。
 ドヴァーキンはいつも。エンチャント台に向かう自分よりずっと熱心にその横顔を眺めていた。

 「ほら、土産だよ……マルカルスにドゥーマー好きの爺さんがいてさ……ドワーフの遺跡にもぐった時に拾ったものなんだ」
 そう語りながらわたされた奇妙な形のネジは、今は机の引き出しにそっとしまわれている。古代に消えたドゥーマーの遺跡、伝説のドラゴン、古いノルドの墓所……。
 彼の語る話は、本の中で語られたおとぎ話ばかりで、それまで本でしか世界を見ていなかったファレンガーにとって魅惑的なものばかりだった。

 マルカルスにある神殿の、石造りの美しさ。
 マーラ神殿の神官より頼まれた、恋人たちの物語。
 伝説の存在だと思っていたデイドラ王子との接触、そして熾烈を極めるドラゴンとの戦い……。

 知らない間にファレンガーは、自分の前に彼が現れるのが楽しみになっていたし、ドヴァーキンもまたファレンガーに武勇伝を自慢するのが楽しみな様子だった。

 ……その彼が、消えてしまったのだという。
 まだ世界からアルドゥインの驚異が消えていないという中で。


 (心配するな、生きてるに決まってる。あいつがそう簡単に死ぬ訳ないんだ……伝説のドヴァーキンだ。伝説通り、アルドゥインと決着をつけるまで、死ぬ訳がない……)


 ファレンガーは自分にいい聞かせるように、心の中でつぶやいた。
 生きてるなら、どうして自分に会いにこないのだろう……どうして戦の最中、消えてしまったんだのだろう。

 なぜ、どうして……。
 自分のなかで幾度問いかけても、答えるものは何もない。


 「……これで、最後か」


 彼が自分の出来る限りの治療を終えた頃は、あたりはすっかり薄暗くなっていた。
 普段なら城壁周辺を警邏する衛兵も、今はいないのだろう。たいまつの明かりが乏しいその道は、普段よりずっと暗く見える。

 激しい戦闘があったばかりだからか、農場もひっそりと静まりかえっていた。
 振り返れば、普段くらしているドラゴンズリーチも随分と後方に見える。


 「しまった。少し、遠出しすぎてたな……」


 その時、ファレンガーはようやく自分が随分と遠出している事に気づいた。
 治癒を終えた後もけが人がいないか……ドヴァーキンがどこかから、ひょっこり現れるのではないか。そんな思いを抱きながら足の向くまま歩いていたら、思った以上に街より離れていたらしい。

 そろそろ戻らなければ、夕食にもありつけない。
 それに、戻った後もまだ仕事がある。明日もわずかな材料から、怪我人につかうための薬をもう少し調合しなければいけないのだ。

 帰ろう……ホワイトランに。
 あそこに戻ればドヴァーキンも、きっといつかまた何もなかったようにひょっこり顔を出すだろう……。
 そう思い、今きた道を戻ろうとした彼の身体に、鈍い痛みがおそったのはその時だった。

 ずぶり、身体を貫く感覚。
 それから身を焦がすような熱さが激しい痛みへと変わる。


 「っぁ! ぁ……」


 背中を、何か貫かれた。
 それが何だか確認しないまま、倒れ込む彼の頭上を風が切っていく。

 ……これは、矢だ。
 誰かが自分に、矢をつがえているのだ。だが、誰が。暗闇なので相手がわからない。そもそも、どこから矢が飛んでいるのかも見当がつかない。


 「っ、くそ……」


 身体を引きずり、茂みに身を隠す。
 矢が背中を貫いたのなら、撃った相手は後方に……あの街道の奥にいたはずだ。

 回復が先か。いや、その前に変性魔法で鎧をつくっておくべきか。
 むしろまだ身体が動くうちに相手を見つけ、炎をたたき込んでやるべきか……。

 ファレンガーの「宮廷魔術師」という役職は伊達ではない。魔術師として、彼は一流だ。
 望めば火炎弾を撃ち、周囲を火の海にする事だって造作ない。

 だがそれを実戦で使った事は、皆無といっていいだろう。
 普段は衛兵に守られ、狩りをするのが精一杯……命のやりとりをするような戦いではいつも後方支援ばかりだった彼にとってこの種の「戦場での判断」は机上でしか行わなかった分野だ。

 故に、遅れた。
 気づいた時彼の眼前には、屈強な男たちが迫っていたのだ。

 ストームクロークの残党である事は、鎧を見ればわかる。
 自分がホワイトランからくるのを見て、敵だと勘違いしたか……それとも、元より「魔術師」というものがこのスカイリムでは歓迎されない。
 負け戦から野党に成り下がった連中なら、一人歩きの魔術師ほどねらうのに罪悪感がない相手もいないだろう。


 「……炎を」


 腕をかかげ呪文を唱えた時、すでに男のハンマーが彼の身体を捕らえていた。


 「がふっ!」


 身体の骨が砕けたような鈍い感覚の後、身体が宙に浮く。
 それからどしゃりと、落ちるような感覚。口の中には錆びた鉄のような味が広がる。


 「……何だ、旅の魔術師か? くそ、ホワイトランの方からきたから衛兵か何かと思ったんだがな」


 その一撃でほとんど身動きがとれなくなったファレンガーの上で、そんな声が聞こえた。
 やはり、ストームクロークの残党だ。まだ、ホワイトランがあきらめきれなかったか。ノルドの戦士として一矢報いねば気が済まなかったのかもしれない。

 意識が遠のく中、ファレンガーはなれない治癒の魔法を自分に使う。
 ……今日は随分とマジカを使ったために、思うように魔法を紡ぐ事が出来なかったが、多少は動けるようになった。これで炎の範囲魔法をつかえば逃げ道くらいつくれるだろうか……。

 だが相手はそんな希望を持たせてくれるほど、甘くはなかった。


 「駄目だろう? 魔術師の身体を休ませたら、こいつらすぐに回復魔法をつかって復帰してくる」


 誰かがそういい、ファレンガーの腕にダガーを突き立てる。


 「くぁ! ……っ、ぁ……はぁ」


 ずぶり。
 鈍い音がし、切れ味の悪いダガーがファレンガーの腕を貫いた。

 大地に張り付けにされたファレンガーの腕から、紡いでいた炎の魔術が消える。


 「殺すならさっさと殺した方がいい……殺せ」


 男の……おそらくこの残党のリーダー格だと思しき男の、驚くほど冷静な声が響く。
 そしてその声に従うよう、誰かが無理矢理ファレンガーを立たせた。首を切るつもりか……この窮地を乗り切るにはどうしたら……思考を巡らす最中。


 「……いや、まて。こいつは……ファレンガー。ファレンガー・シークレット・ファイアか?」


 リーダーらしい男が、彼の顔をみてそう笑う。
 そしてローブをはぎ取り、薄闇の中で彼の顔を凝視した。


 「ははは、間違いない! ……ファレンガーだ。ホワイトランの王宮魔術師、ファレンガー様だよこいつは」
 「はぁ? ……王宮魔術師なんて、普段あの忌々しいドラゴンリーチからでない連中じゃないか。どうしてそいつが……」

 「知らんさ。おおかた、癒し手が足りなくなってかり出されたんだろう。だがこれは……拾いものだ」


 男は含み笑いをすると、汚れた布をなれた調子で巻いて、それをファレンガーの口へ半ば強引にねじ込んだ。
 詠唱がなければ、魔法を紡ぐ事は出来ない……魔術師を無力化するには一番簡単な方法だろう。


 「いいか! ……これはとても大事なお客様だ。ステンダールの名の下に、丁重に扱って差し上げろ。いいか、丁重にだぞ」


 そうして鈍い拳が、ファレンガーを強かに打ちつける。
 それがその日、ファレンガーの記憶している最後の風景だった。




 ……気がついた時、ファレンガーはどこか仮設と思しきテントの中で転がっていた。
 腕はきつく縛り上げられ、口にはきつく猿ぐつわがかまされている。

 彼の魔術をよほどおそれているのだろう。

 ファレンガー・シークレット・ファイア。
 この名の通り、彼は炎の魔術と相性がいい。これは周辺の人間誰もが知っている事だし、一時でも詠唱を許せば小規模の野営地くらい焼き払う事だってできる……それも警戒されているのだろう。


 (実際、魔術を使った所であれだけの人数を吹き飛ばして逃げるほど、達人じゃないんだ……俺は、最近練金と付呪ばっかりで……破壊魔法はとんとつかってないもんな)


 彼は内心そうつぶやき、動かせる体をめいっぱい動かし周囲の様子をうかがった。

 きつく閉ざされたテントでは外の様子はわからない。
 だが、鳥の声がきこえる事。川のせせらぎがある事。街道を走る馬車の揺れる音がきこえる事から、街道からそう遠い場所ではないのだろうと思った。

 身体は……相変わらずひどく痛むが、死ぬほどの苦痛ではなく、なれない治療もされている所からみると、自分を殺すつもりではないようだ。
 だがその処遇はまだ定まっていないのだろう。


 「だからあいつは……大バルグルーフの……そうだ、有益な……」
 「しかし交渉を……」
 「いやこれはむしろ……しかるに……」


 外からは「偶然の拾いもの」である自分をどうするのか、会議がまだ続けられているようだった。だが話の流れからすると、それも当分決まりそうにない。

 どうやらこの残党にとってファレンガーは「大きすぎる拾いもの」だったようだ。
 会話の流れはあぁでもない、こうでもない……妙案も思い抱けず平行線をたどるのみ。王宮魔術師の名は彼らにとって手に余るほど大きかったようだ。


 (……これだとしばらくこのまま、人質扱いかな)


 柱に縛り付けられ自由にならない体を預け、静かに目を閉じる。


 (こういう時だったら、彼はどうするんだろうな)


 頭にはドヴァーキンと呼ばれるあの男の姿があった。
 ……そういえば、彼も最初は囚人だったと聞く。国境をこえる時、ウルフリックの一団と間違えられて捕らえられたというのだ。

 死刑台に上り、首をおとされそうになった直後、ドラゴンの襲撃を受けて生き残ったのだ……。
 そんな恐ろしい過去を、笑って語る男の姿を思い返す事だけが、今の彼が得られる安らぎだった。


 「くそ、もう知るか忌々しい!」


 その時、終わらない会議を続けてきたと思しき男が突如テントに入ってきた。


 「……大体この男がいるから悪いんだろ? いなくなっちまえばよォ!」


 そう言うが早いか、手にした木の棒で激しく彼を打ち据える。
 ……いなくなればいい。そう思うがやはり殺すのが惜しいのだろう。刃物ではなくただの棒で打ち据える所に男のそんな意志を感じた。

 だが、それでも屈強なノルドのふるう棒だ。
 怪我が完治していないファレンガーの身体には、十分すぎる苦痛を与える。

 それに元々、ファレンガーはあまり身体の強い方でもない。
 ……他のノルドに比べれば小柄で華奢で、ほとんど家から出ずに本ばかり読んで過ごしていたような男なのだ。

 たかが棒きれに打ち据えられるだけでも――おそらく相手は手加減をしていたのだろうが――それでもその攻撃は彼の命を確実に削っていた。


 (……こういう時、あいつは何を考えてるんだろうな。あいつは)


 こんな時でも、脳裏に浮かぶのはあの男の姿……。
 いつも屈託なく笑い、吟遊詩人にでもうたわせるべき冒険をあたかも児戯だと語る英雄の姿だった。

 死ぬ直前でも、彼は笑っていたのだろうか。
 ……それとも。

 身体を打ち据えられる音すら、耳に届かなくなる。
 痛みもだんだん薄れていった。もう痛みの感覚そのものが、無くなっているのだろう。

 こういう時でも思うのは、不思議とあの男の姿。
 いつもふらりとやってきて、飄々を笑い、静かに去っていくドヴァーキンの姿だった。


 (何であいつの事ばっかり考えてるんだろうな、あいつの事ばっかり……)


 薄れゆく記憶の中で、ファレンガーはただその答えを探そうとした。


 (あぁ、そうか……俺は……)


 そのこたえは、簡単に見つかった。簡単に見つかったからこそ、口惜しかった。


 (何だ、そうだったのか……馬鹿だな、俺。そうだったら……もう少し早く気づいてたらよかったんだ、そうしたら……)


 伝える事が、出来たのだろう。
 薄れゆく意識の中、彼が最後に聞いたのは……激しい剣劇の音。それと。


 「……ファレンガー?」


 懐かしい誰かの声だった。




 暖かな日差しが頬を照らし、風が土のにおいを運ぶ。


 「あ……」


 目を開けた時、ファレンガーの前には青空が広がっていた。
 ソブンガルデ……死者の世界の風景を一瞬脳裏によぎらせたが、頭をあげればそこはホワイトランへ向かう、街道の途中である。

 かたかたかた。
 揺れる荷馬車と、つまれた荷物。どうやら自分は輸送車の中にいるようだった。


 「よぉ、起きたかファレンガー」


 声がした方を向けば、淡いブロンドの男がリンゴをかじる姿がある。
 オークの鎧を着込んだ屈強なノルドは間違いない……生きる伝説、ドヴァーキンその人だ。


 「あ! ど、ドヴァーキン。どうして……?」
 「それはこっちの台詞だファレンガー。おまえこそどうして、ストームクロークの野営地にいたんだ?」


 彼はそういい、またりんごをかじる。


 「あぁ……やっぱり説明はいいや。おおかた、何かへまをしてストームクロークの連中につかまって……王宮魔術師様だってのがばれて、人質にされてたかなんかだろ? ……おまえ、ちょっと世間知らずだもんなァ。危機感足りないってか……」


 随分な言われようだ。だが、間違いじゃない。


 「……うるさい。仕方ないだろう、こっちだって大変だったんだ。ホワイトランの戦いが終わった後、癒し手が足りないからって城門の外まででてけが人を治してたんだぜ? そうしたら襲撃があって……俺だって戦ったよ? でも、マジカもない状態なんだぜ?」


 しかし言われっぱなしが悔しくてつい言い返す。
 するとドヴァーキンは、彼らしくなく申し訳なさそうな顔をすると。


 「あぁ、そうだったか……悪いな、王宮魔術師様の手まで患わせたようで」


 そう誤りながら、芯だけになったリンゴをぽいと街道へ投げ捨てた。


 「あ! 何してんだお前。そりゃ、売り物のりんごだぞ!?」


 それをみた荷馬車の男(おそらく商人だろう)が、不機嫌そうな声をあげる。
 だがその男も、ドヴァーキンがそっと宝石を握らせたらもう何もいわなくなった。


 「……野営地で気を失ってるおまえをみた時は、駄目かと思った」
 「俺も、もう駄目だと覚悟していたからなぁ……」

 「でも息があったから、何とか治療できる場所まで運ぼうと引きずってたら運良くキャラバンと出くわしてな……薬も融通してくれるし、ホワイトランまで運んでくれるってんだから渡りに船だぜ」


 ドヴァーキンはそう言うが、慈善事業でそこまでする奴はいない。
 おそらくかなり、金をつかってくれたんだろう。


 「……すまなかった」


 頭を下げるファレンガーを、彼は視線で止めた。


 「……ホワイトランを戦に巻き込んだのは、仕方なかったとはいえ、後悔してんだよ。……街を巻き込むのはいやだったし。おまえを……ファレンガー、おまえに何かあったらと思うと、気が気じゃなかったからな」


 そういえば、と思い返す。
 ファレンガーは、最近めっきり付呪と練金ばかり専門にしていたが、大学では破壊魔法を一通り心得ていた身の上だ。戦場に立ち、遠方から魔法をとばす支援こそ、彼の本分だったはずである。

 だがバルグルーフは、彼が戦場にでるのをよしとしなかった。
 城内にいて、なるべく支援にまわるようきつく言付けられ、彼もそれを承知したのだが……あれはバルグルーフの意志ではなく、ドヴァーキンの希望だったのではあるまいか……。

 バルグルーフは「お前は戦いに出さないように言われているからな」……そんな言い回しをした気がする。
 戦に出さないようにと頼んだのは、ドヴァーキンだったのでは……。


 「……戦いが終わった後も、残党を追い払っていたら思いの外時間がたっててなァ。俺は後始末に参加できなくて……悪かったなぁ、でも俺回復とか出来ないから、そういうのはそっちの仕事。残党を狩るのが俺の仕事で、そうすりゃおまえたちを守れると思ってたんだが……」


 きゅっと、唇を噛む音が聞こえる。


 「……すぐに戻ってりゃよかったな。そうしたら、おまえがそんな危険な目にあわずに済んでたかもしれない」


 その言葉に深い悔悟が伺えたのは、ファレンガーの自惚れだったのだろうか。


 「ドヴァーキン……」


 彼に伝えたい言葉があった。思いがあった。
 今、わずかだが感じる。それを伝えれば……きっとお互い、理解しあえるはずだ。


 「……いいんだ、別に。ホワイトランを守るのは、首長や俺の仕事。君は、自由な冒険者だろう? だから別に、ホワイトランの事なんて君が背負う必要なんてないだ」


 解っていた。だけど、だからこそ……彼は伝えるのをやめた。
 伝える事で自分に、スカイリムに、ホワイトランという場所に、彼を縛り付けてはいけないと。そう思ったからだ。

 彼はこの場所に留まっている存在ではない。
 伝説の、ドラゴンボーンなのだから……。


 「だから自由にやっててくれ。なに、俺のこれは自分のへまだ……」
 「ファレンガー……」


 力無く笑うファレンガーの手に、ドヴァーキンの一回り大きく、太い腕が絡む。


 「な、にするんだ。ドヴァーキン?」
 「自由にしろっていったろ? だから今は俺の自由に、こうしておまえのそばにいるんだぜ。ファレンガー」

 「で、でも。ちょ、まっ! だから……って。おい」
 「いいだろ、いさせてくれ」


 握った手が、強くなる。


 「……今だけ俺のファレンガーでいてくれ。そうしてくれれば、俺はまた自由なドラゴンボーンに戻るから」


 ささやくような言葉が、ファレンガーの胸にゆっくりととけていく。


 「あぁ……わかった」


 彼もまた静かにその手を握り返す。

 かた、かた、かた。
 古びた車輪の音とともに、荷馬車はゆっくりホワイトランへ近づいていった。






 <でぐちこちら。>