>> 秘められた幻想






 【最初の噂】
 宿屋・フロストフルーツ店主 ムラルキの話。


 ……いやァ、あんたも本当に物好きだね。わざわざこんな田舎町までやってきて、荷馬いっぱいの食料や酒をもってきてくれるなんてさ。
 おっと、気を悪くしないでくれ。別にあんたの事を悪く言ってる訳じゃないんだ。
 ただ、店も持たず危険な行商をよく続けているなぁと、感心しているだけだよ。それでこっちが助かっているのも事実だしな。

 今日も珍しいスパイスワインを随分とつんできてくれたな、礼を言うぜ。
 こいつの味はとびっきりだ、うちの客も一口飲んですっかり気に入ったみたいでな。あれはもうないのか、もう飲めないのかと、いい加減聞き飽きた頃合いだったんだ。

 ソリチュードの露店にしかないっていうスパイスワインを、こうして店の客に振る舞えるのも、全部あんたのおかげだからな。

 ……だが気をつけてくれよ、以前より幾分かマシになったとはいえ、このスカイリムは一歩外に出れば一面が荒野だ。
 岩影には金だけじゃなく、命までかすめ取ろうとする山賊どもがうようよいる。

 そりゃ、あんたの腕は知っているよ。
 魔術……ってのにも、通じているんだろう。それはわかってる。

 でも、金と荷物をかかえて移動しながら商売をしてるんだろう?
 いくら危険な場所では傭兵を雇っているとはいえ、こっちは心配でしょうがないんだよ……物騒な噂も聞くしな。

 物騒な噂が何かって?
 何だ、聞いてないのか? いや、ここ数日はずっと馬を引っ張って旅路を急いでたのなら無理もないか……。

 噂はあれだ、ホワイトランの王宮魔術師様の事だ。
 知っているか? ……名前くらいは聞いた事がある。それは結構、さすがは行商を生業とする商売人、一通り世事は心得ているようだな。

 あいつが……どうやら消えちまったらしい。

 あぁ、「消えた」と……この前きた衛兵は、そう言ってたかね。
 詳しくは知らないさ。何せホワイトランといえば……うちも一応はホワイトラン領だが、ここより随分先にある訳だし、そこの魔術師がどうなったかなんて俺はあまり興味ないからな。

 だが、ホワイトランはかつてドラゴンを捕らえたという砦だ。
 その中にいる王宮魔術師様が「消える」ようなご時世だ、何があっても不思議じゃないだろう?

 ……何にせよ、気をつけるにこした事はないって話だ。

 しかし、全くうちの息子にも困ったものだ。
 この危険な時勢に「冒険者になりたい」等と息巻いて、今も店の片隅で傭兵のまねごとをして居座っている……。

 あんた、悪いけど息子が何をいっても「連れて行く」とか言わないでくれよ。
 あの無鉄砲で世間知らずの子供は喜んでついていくだろうが、あいつは鍬しか握った事のないような素人だ。料金以下の働きしか出来ないだろうし……何だかんだいってあの子に危険なマネはさせたくないからな。




 【二つ目の噂】
 カジートキャラバン長・リサードの話。


 やぁ、久しぶりだな友よ。何かご入り用か? 良かったら見ていってくれ。
 取引もするよ、盗品じゃなければ、何でも買い取ろう……あぁ、いいアメジストをもっているみたいだな。わかった、買い取ろう。
 額はこのくらいでどうだ?

 ……相変わらず手厳しいな、友よ。わかった。もう少し色をつけよう。
 これで、商談成立だ。また是非きてくれ。

 商売はどうかって?
 同じ行商をしている身の上なら、わかるだろう。

 先の内戦はあの伝説のドヴァーキンとかいう奴がひとまず納めてくれたが、我々のチャンスはまだまだある。
 戦というのは、始まる前も、終わった時も、何かと物いりなのさ。

 ……あぁ、そうだ。我々は今、リーチにいるがここの商売が一段落したら、またホワイトランへ行ってみるつもりだ。
 マルカルスのものが、ホワイトランではいい値段で売れる。
 そしてホワイトランでどうでもいいものが、マルカルスではいい値段でうれるからね。

 …………ホワイトランの噂?
 もちろん聞いているよ、耳ざとくなければ行商なんて続けられやしないさ。

 王宮魔術師が、行方不明になったという話だろう。

 何でいなくなったのか?
 さぁ、それは我々もさすがに解らないさ。何せ我々カジートは、ご存じの通り街には入れさせてもらえない身の上だからねぇ。

 (そこで同行者のカイラが苦々しげにつぶやく。「ノルドの奴等はカジートを皆、麻薬の売人としか見てくれないのさ」と。それをリサードが視線だけで諫めた)

 ただ、噂はいくつか聞いているよ。
 中に入れてもらえないとはいえ、衛兵は警邏をさぼって外で立ち話などをする、それはこの尖った耳にもよく聞こえてくるんだ。
 それにホワイトランには、我々を色眼鏡でみないノルドのお嬢さんもいるからね。

 噂はそうだ……。


 「ドラゴンが王宮魔術師を殺した」


 というのが、最初に聞いた話だったかな。


 あぁそうだ、あのドラゴンズリーチにドラゴンがやってきて、王宮魔術師をその恐ろしい炎のブレスで焼き殺してしまったらしい。

 かつて伝説ではドラゴンを捕らえ、英雄・ドヴァーキンがドラゴンを捕らえた堅牢な要塞にドラゴンがせめて……ホワイトラン唯一の魔術師を焼き殺してしまったというのだから、皮肉な話だろう?

 ……信じているのかって?
 悪いが友よ、カジートの商人はこの手のうわさ話など全部信用してはいないさ。

 実際にこの噂はいくつも亜流がある。
 殺したんじゃない、さらったのだの。ドラゴンをドラゴンズリーチにいれた責任をとって魔術師が辞職しただの、いろいろとな。

 だがどれも真実は語っちゃいないさ。
 そういう噂をするのは、事実を何も見ちゃいない、城の外を守る衛兵たちばかりだからね。

 ただ、一つだけ事実はある。
 ホワイトランのお嬢さんが言ってた事だ。

 ……それから、誰も城の王宮魔術師を見たものはいない。

 本当に消えちまったって訳さ、その王宮魔術師様は。
 どこにいったかは、誰も知らない。噂の域を出ていないからね。

 本当に殺されたのかもしれないし、ただ休暇をとっているだけかもしれない。
 どっちにしても、今のホワイトランには王宮魔術師様は不在のようだよ。

 そういえば、おたくさんは魔術の心得があるんだったっけね。
 何なら、ホワイトランの新しい魔術師に立候補してみたらどうだい? 確かあの街で、魔術師と呼べる人間は王宮魔術師様だけだったはずだし……おたくさんほどの腕があれば、首長もきっとお喜びになるだろうよ。

 そういう気はないのかい?
 宮仕えも悪くないと思うよ。少なくても、こうして冷たい風に身を切られ、行商を続けるよりはね。

 ……ところでさっきから気になってたんだが、友よ。
 その荷馬がかかえているガラスを、少し我々にも融通してくれないか? ほしがってる金持ちを知っているんだ。今なら相場より色をつけてもいいぞ。

 ん……この額じゃ売れない、か。
 相変わらず手厳しいな、友よ。人間にしておくには勿体ないくらいだよ。




 【三つ目の噂】
 ファルクリース執政・ネンヤの話。


 ……この酒を、シドゲイルに?
 わざわざありがとう。
 でもこんな事で来てくれなくたって、よかったのよ……ここは、何もない集落でしょう。行商をしたって、実入りもないでしょうに。
 あぁ、そうね……あなたは旅を楽しむ行商人みたいだから、もうけより人助けが大事なんでしょうね。

 かつては英雄たちがこぞって墓をたててくれと願ったこの土地も、今は見ての通り。
 陰気な雨ばかり降り注ぐ、寂しい場所よ。

 こんな場所でよければ楽しんでいってちょうだい。
 疲れたでしょう、宿も手配しておくわ。

 ……えぇ、内戦が一段落してもここは相変わらずよ。
 シドゲイルは困った首長のままだし、ストームクロークを崇拝する人たちも、何もかわってないわ。

 墓石が個人の記憶をとどめてしまうように、この集落も人の心をとどめてしまっているのかもね。
 代わりゆく時代を受け入れないまま……。

 ……この集落に、王宮魔術師はいないのか、ですって。

 生憎ここに魔術師はいないわ。
 錬金術師なら……屋敷を出て少し歩けば、グレイブ調合薬という店に、レッドガードの錬金術師がいたかしら。
 名前は確か……ザリア、といったっけ。

 レッドガードは珍しいですって?
 彼女は、この街の雰囲気に惹かれてここに住み始めたそうよ。私からしてみればそっちの方が「珍しい」と思うわね。

 それと、召喚魔法についてはルニルが詳しいわ。
 彼はアーケィの司祭で、今もまだ魔術を教えてくれるかはわからないけれども、とてもいい人だから話を聞くだけでもきっと、ためになると思うわよ。

 魔術書だったら、少ないけどソラフが扱っているかもね。
 この街の出入り口のそばに、雑貨店があるでしょ。あそこの店主よ……って、行商人のあなたに雑貨商の場所を教えるなんて、ばかげた事よね。
 きっと私の所より先にソラフの所に行ってるでしょうから。

 ……なんて、別に魔術が習いたい、って訳じゃなさそうね。
 ホワイトランの、あの噂を聞いたって所かしら。

 残念だけど、私は何も知らないの。ごめんなさいね。
 でも、ホワイトランの王宮魔術師が不在なのは事実よ。先日、代理の王宮魔術師をソリチュードから借り受けたみたいだから。

 確か……メラランっていったかしら。
 随分前にそんな話を聞いたから、今頃彼がホワイトランの王宮魔術師代理を務めている事でしょうね。

 ……王宮魔術師と面識があったのか、ですって?
 えぇ、一応はね。名前は確か、ファレンガー……ファレンガー・シークレット・ファイアといったかしら。

 王宮魔術師をつとめるにしては、随分と歳が若かったはずよ。
 他の地域の王宮魔術師と比べても……たぶん、彼が最年少なんじゃないかしら。

 もっとも、ウィンドヘルムの魔術師はおじいちゃんだし、マルカルスもリフテンもエルフの魔術師だもの、若く思えて当然ね。
 (……ソリチュードの魔術師様はかわいらしいお嬢さんだけど、本当にお嬢さんかは疑わしいものだしね、と小声でつぶやく)

 でも、年若いのに随分とやり手だったみたいよ。
 バルグルーフ……ホワイトラン首長の信頼も厚いみたいだし、土地(ところ)の評判も悪くなかったと聞くわ。

 魔術の適正がないノルドだったから、実戦の魔術はあまり得意じゃなかったみたいだけど……でも、とても頭の回転がいい子だった。
 付呪や練金なんかをよくしていて……私がシドゲイルの代わりにドラゴンズリーチへ赴いた時も、何かせっせと調合している背中を記憶しているわ。

 ただ、魔術の腕より有名なのはそのドラゴン好きね。
 魔術の研究や、要塞間のやりとりの合間をぬって、暇さえあればドラゴンの文献を調べていたみたいよ。

 マルカルスのカルセルモも、本業の魔術師より趣味のドワーフ研究に熱を入れているタイプだったけど、彼もそう。
 本業の魔術師より、ドラゴンの文献や歌などとにらめっこしている方が、ずっと楽しそうだったわね。

 本当に……何で、居なくなってしまったのかしら……。

 えぇ、私も居なくなってしまった事しか知らないの。
 どうしていなくなったのか……何で消えてしまったのか、バルグルーフは他の要塞に詳しい事は何も教えてくれなかったわ。

 ただ「今はいない」と……「何時かえってくるかわからない」と、そんな通達があったみたいね。

 他の要塞は特に気にしている風じゃなかったわ。
 シドゲイルも「たかが魔術師一人消えただけだろう」といった感じかしら。

 ファルクリースも王宮魔術師がいないから、魔術師がいなくても成り立つと思っているのでしょうね。
 ホワイトランはファルクリースと違って、スカイリムの重要拠点……魔術師がいなければ防げない驚異があるという事をあの子に理解させるのは骨が折れそうだわ。

 ……えぇ、私も噂は聞いているわ。
 ファレンガーはドラゴンに殺された……ここに来た衛兵は、そう言ってた。
 でも、そんな恐ろしい事があるのかしら?

 それに、ドラゴンが現れたのなら、もっと沢山の衛兵が死んで、もっと大きな騒ぎになるでしょう。
 どうして殺されたのが、ファレンガーだけなのかしら……。

 詮索好きだと思わないでちょうだいね。
 でも、私はもっと大きな事が隠されているような気もするの。

 そう、たとえば……王宮魔術師として彼は、知ってはいけない知識を知ってしまったとか。
 ホワイトランは古い城で、そのあちこちに曰く付きの場所があると聞くわ。
 王宮魔術師が、代々守っている「封印の部屋」もあるなんて噂よ。

 そういった知識ほしさに誰かに殺された……考えられない事じゃないわ。

 あるいは、彼はバルグルーフのいい友人だった。
 でもうっかり怒りを買って、投獄された。王宮魔術師を投獄したなんて知られたくないバルグルーフには、周囲に「失踪した」と言いふらした……。
 バルグルーフの性格からあり得ないとは思う。けれども、考えられない事でもないわ。

 それから、そう、ドラゴンじゃなくブレイズに殺された。
 こっちの方が真実味があると思わない?

 何せ彼は「ドラゴンの探求者」で、ブレイズは「竜殺しの末裔」よ。
 ドラゴンの探求者がドラゴンスレイヤーにとって知られたくない知識にふれた……あり得なくわないわ。

 ……なんてね。
 どれも、衛兵や街の人間がしていた噂話よ。真実ではないわ。

 でも……本当に、どこに行ってしまったのかしらね。
 もし生きてるなら……スカイリムの風はとても冷たいから、せめて寒い思いをしてないと、いいんだけど。そう……思うわ……。




 【四つ目の噂】
 リバーウッド・トレーダー ルーカン・バレリウスの話。


 よぉ、いらっしゃい。久しぶりだな、はちみつ酒でもどうだ?
 ……相変わらずあちこち飛び回っているみたいだな、商売繁盛。結構なこった。

 こっちに変わった事はなかったかって?
 聞いてくれよ、実はな。ホワイトランの王宮魔術師が………………って、何だ、もう知ってやがるのか。
 相変わらず耳が早いこった。

 いや、今更この話を知らなかったら、この商売はやっていけないか。
 ……あぁ、あんたの聞いた通り、今ホワイトランでは王宮魔術師が不在らしい。
 不在っていっても、ソリチュードから新しい魔術師が来ているから何とかやっていってるようだがな。

 ンだが、バルグルーフはその魔術師を正式に王宮魔術師として迎え入れた訳じゃないようだ。
 ……ホワイトランとして、帝国に一応忠誠は誓っているから魔術師はソリチュードから借り受けたようだがその魔術師を自分の要塞に正式に迎え入れる気はないらしい。

 帝国側は、必要なら王宮魔術師を正式に雇用できるよう手続きをと、そういった要請はしているみたいなんだがな。
 バルグルーフ首長が首を縦にふらないようだ。

 ……どういう思惑があるのかって?
 そんな事、首長じゃないただの商売人である俺が知るかよ。

 だが思うに、いくら帝国に忠誠を誓っているからって、帝国の犬を要塞に入れるのはまだ気が引けるんじゃないか?

 先の内戦で帝国側が正式にこの国を支配する形にはなった。
 しかし首長は相変わらず、帝国の衛兵がホワイトランに入るのを快く思っていないらしい。

 帝国の戦力は当てにしているが、タロス信仰の禁止は納得してないんだろう。
 そんな事、インペリアルの俺でもあの街にいけばすぐにわかるさ。さもなきゃ広場で堂々とタロス信仰のありがたさを語る奴なんて、とっくに監獄行きだもんな。

 ……他にも噂をきいた、か。
 あぁ、いくつもあるぜ。王宮魔術師暗殺説、失脚説……お前が聞いたのはどいつだ? それとも、全部か。

 いろいろ言われてるンだろうが、王宮魔術師が首長の逆鱗にふれて、魔術師を監獄にぶち込んだって噂だけは、俺はあり得ないと思ってるぜ。

 バルグルーフ首長はそんなに軽率な奴じゃない。
 それに……王宮魔術師のファレンガーは、しょっちゅうバルグルーフに怒られてるって話だ。

 あの温厚な首長が「怒る」んだぜ。信じられるか?
 ……って、お前はここの出身じゃない、首長の性格なんて知らないだろうからよくわからないだろうがな。

 バルグルーフ首長は、おおよそ他の要塞にいる首長たちと比べて誰よりも慎重で、そして公平な奴だと、俺は思っているよ。
 性格に関しても、悪い噂は聞かない。
 立場上、敵は多いみたいだがね。

 その温厚な首長が感情をぶつけて話せる相手……それが王宮魔術師、ファレンガー・シークレット・ファイアだったって訳さ。

 堅苦しい身の上で、立場に縛られてる男が、唯一自分をさらけ出しても許せる相手なんだぜ。
 そういう信頼のある人間を裏切って牢にぶち込み、周囲にそれを隠すようなマネ、短絡思考のノルドがするとは思えないねェ。

 そう、ノルドは単純だ。やるんだったらもっと堂々とやるだろうさ。
 「この男、ファレンガー・シークレット・ファイアは、首長に刃向かった罪で処刑する!」 とかなんとか向上を述べて、人前でバッサリだ。

 そっちの方がわかりやすいし、ノルド好みのやり方だろう。
 実際、ソリチュードではその「ノルド好み」のやり方で、しょっちゅう処刑が行われていたと聞くしな。

 ……それに、首長は未だ新たな王宮魔術師を募っていないそうだ。
 こりゃ、見ようによってはこうは思えないか。

 ファレンガー・シークレット・ファイアが帰ってくるのを待っている……。

 あぁ、そうだ。
 ファレンガーはドラゴンに殺された、そういう話だが実際俺はまだどこかで生きているんだと思うね。

 俺はその方が納得行くし、今でも首長が魔術師代理をたてている理由も理解できるってもんだね。
 ただ……。

 ただ、王宮魔術師が消えたという日ドラゴンズリーチの方向に、ドラゴンが向かっていったというのは……それは事実だ。
 吟遊詩人とのたまい一日酒場でだべっているあのスヴェンが、血相をかえて飛び込んできたから覚えてるよ。

 「ど、ドラゴンだ! ドラゴンが北へ向かって飛んでいったァ!」
 ってな調子で、あの時のスヴェンときたら随分と青ざめた顔をして……カミラの奴も笑っていたっけ。

 それから、王宮魔術師がドラゴンに殺されたと聞いた時は、ぎょっとしたねぇ。
 まさかあの、スヴェンが見たドラゴンが……そう思わない事もなかったさ。
 そう思わない事も……な。

 ……あぁ、あんたはこれからホワイトランに行くのか。
 ホワイトランに行くなら、ベレソアの店にも行くんだろ? あいつとは顔見知りでな……よろしく、言っておいてくれ。
 それと、この前おごった酒の代金、きっちり払えともな。ははっ。




 【真実の鱗片】
 ドラゴンズリーチにて、ホワイトラン首長バルグルーフの話。


 やぁ、君が今回の品を仕入れてくれた商人か。歓迎するよ。
 ……商人だ、と聞いていたが随分と……いや、立派な体躯の持ち主だな、と。そう思ってな。

 あぁ、君は随分と立派だよ。
 以前出会ったドラゴンボーンを思い出させる……ドラゴンボーンの事は知っているか? そう、先の内戦をおさめてアルドゥインを倒したドヴァーキンだ。

 そうか、君がこっちに来た時は、内戦も落ち着いた頃合いだったか。
 では詳しくは知らないだろう、だが彼は君のように立派な身体をした、ノルドの戦士だったよ。
 君の方はどうやら……魔術の心得も、あるみたいだがね。

 あぁ、荷物に関してはもう聞いているよ。プロベンタスから報酬をもらうといい。

 ……ん? 王宮魔術師の事か。
 ははぁん……さては、君もあの「噂」を鵜呑みにしている口か。

 残念だが、この件に関して俺から言える事は何もない。
 面白いうわさ話をしてくれるんだと思ったら、残念だったな。

 確かに王宮魔術師のファレンガーは今はいない。
 だがソリチュードから来たメラランは良くやってくれているし、不自由はしていないさ。

 ファレンガーはどうしたのかって?
 はぁ……しつこいな、お前も。俺はこの件について話すつもりはないし、衛兵たちに聞いてもそうさ。

 何があったのか聞いたって誰も語らないだろう。
 ……あれは、そういう風景だったのさ。俺たちがみだりに口に出してはいけない幻想のな。

 ん……ひょっとしてお前は、新しい王宮魔術師の希望者か。
 なるほど……行商人なんて身をやつしているが、魔術の腕に覚えがあるといった所だな。

 ウィンターホールドの学生という訳じゃなさそうだが……元はハンマーフェル出身か? それとも、シロディールか?
 だが悪いが、まだ王宮魔術師の募集はしてない。もし魔術師になりたいなら、ここではあきらめてくれ。

 ……ここの王宮魔術師はまだ、ファレンガー・シークレット・ファイアだ。
 そうだ、あいつはまだ生きているよ、たぶん。おそらく……。

 そしてもし、あいつが困っているのだとしたら……。
 ここでの居場所まで奪う訳にはいかない、首長として。あいつの友人としてな。

 さぁ、荷物はもう数え終わった。
 仕事が終わったのなら、次の行動に移した方がいい。俺はこれ以上語る言葉をもたない。何を聞いてもお前の時間が無駄になるだけだからな。




 【ある伝承についての事】
 ウィンドヘルム〜アンガ工場へ向かう道中、ほら吹きのムアイクの話。


 ムアイクはどうして王宮魔術師が行方不明になったか知らない。
 だがムアイクは知っている。

 この世界には、ドラゴンを服従させるシャウトが存在すると。

 そのシャウトの大半は、デイドラの王子であるハルメアス・モラが隠してしまった。
 今も黒い書物の中で、他の知識と引き替えに声の力を教えている。

 その書物は、今はソルスセイム島にあるらしい。

 シャウトはドラゴンと話す声。
 ドラゴンの魂をもって扱う事の出来る、声の力だ。

 習得するには、何年も時間と修行が必要だ。
 だがドラゴンボーンなら別だ。彼らは天性の声の使い手、ドラゴンの魂をもって、その力を扱う事が出来る。

 ドラゴンズリーチに現れたドラゴンには、人が乗っていたという。
 ムアイクは、それがこの「服従のシャウト」と何の関係があるかはわからない。

 だがムアイクは知っている。声をつかえれば、ドラゴンだって従うと。
 そうして従わされたドラゴンは、背に乗せる事だってあるという。

 オダハヴィーングも声を対価にドラゴンボーンを背にのせたドラゴンのひとつだ。
 ホワイトランに現れたドラゴンも、おそらく……。

 もういいだろう。
 ムアイクはもう疲れた、話はおしまいだ。




 【真相】
 ハイヤルマーチ某所、その男より。


 寒かっただろう? ほら、暖かいミルクだ。
 遠慮しなくていい、大丈夫。毒なんて入っていやしないさ。

 それとも、こんな人里離れた場所にいる魔術師は信用できないか。

 ……何だ、思ったより肝が据わっているな君は。行商人だっていったけど、身体も立派なものだし……傭兵でもやっていたのかい?

 それとも、少し街を離れれば山賊が跋扈し、空にはドラゴンが飛び交うこんなご時世だ。
 君くらい腕が立たないと、一人旅も厳しいのかな。


 ……俺か?
 俺はそう、見ての通り隠居の魔術師だよ。毎日本を読んで過ごしている……ここには蔵書も多いし、久しぶりにじっくり研究が出来そうだからね。

 食べ物もたっぷりあるし、最近はもうすっかり出不精さ。
 実の所をいうとね、人に会うのも久しぶりなんだ。

 いや、別にここに一人で住んでる訳じゃないから……彼を除いた人と会うのは久しぶりだ。そう言った方が適切かな。

 しかし災難だったね君も、道に迷ってしまうとは……。
 外はひどい吹雪だ、ここまで来るのも骨が折れたろう。

 うん……ここに家があるとは思わなかったって。
 そうか、そんなに人里離れているんだな、ここは……君はいったい、どこからきたんだ。

 へぇ……ドーンスター……ドーンスターから、モーサルへ行く途中に道に迷ったのか。
 という事は、ここはペイルになるのか? それとも、ハイヤルマーチ?

 あぁ、ハイヤルマーチにあたるのか……知らなかったな。

 ……ん? 何だ、俺に土地勘がないのがそんなに意外か?
 仕方ないだろう、俺は魔術師で別に賢者じゃない。世界の事全てを知ってる訳じゃないさ。

 それにここに来てから……。
 いや、子供の頃からあまり身体が丈夫な方じゃなくてね。ほとんど世界の事を本で知るような所が俺にはあったから、仕方ないだろう。

 周囲が一面、銀世界のこの家につれてこられて……。
 ここがどこか、なんて聞かれても、わかる訳がない。

 ……街への買い出しはどうしているのかって?

 言っただろう、俺はべつにここに一人で住んでる訳じゃないんだ。
 友達がいる。いや、相棒と言った方がいいのか、それともパートナーか?

 ともかく、彼がね。
 気づいたら何でも、そろえてくれているのさ。執政みたいな奴がきて、あれこれ注文をうけて、欲しいものは大体手に入るから不自由してないし。

 ここには本があるから俺も、あまり外に出ようと思わなかったしね。

 ……それでも、この場所がどこかわからないのは不思議か?
 そうだな……普通だったらこんな周囲に何もない場所だ。歩いて来るにしても最寄りの街くらい知ってて当然だろうからな。

 だが生憎ね、俺は本当に何も知らないんだ。
 何せ俺は……ここに、さらわれて来たんだからな。

 ……あはは、意外そうな顔をしてるな。でも事実だよ。
 俺は突然捕まって、気づいたらこの場所に放り投げられていた……あれからどのくらい経つんだろうな。


 おっと、衛兵を呼ぶとかそういう気遣いは無用だぜ。
 確かに俺はここにさらわれて、半ば強引につれてこられた。だけど、ここにいるのはいやじゃないんだ。

 見ての通り、この屋敷には本がうなるほどある。
 調理器具もそろってるし、眠たくなったらベッドもある。外で少し野菜も作ってるし、牛や鶏だっている。俺もたまに世話で外に出るよ。生き物になんてあまりふれた事がなかったけど、可愛いもんさ。

 それに、もし衛兵がやってきて俺をつれていこうものなら……かわいそうな衛兵が、無駄死にする事になる。
 俺を連れてきた奴は、それだけ腕がたつんだよ。

 お前もかなり腕がたち……魔術の方も、かじってるんだろう。
 あぁ、わかるさ。俺だって魔法使いだからな……そういう匂いがすればすぐわかる。お前が結構な使い手だって事も……適正だけなら俺よりずっと上だって事もな。

 だがそれでも、たぶん彼にはかなわない。
 あいつはドレモアより恐ろしい剣の使い手で、魔術とはまた違った力をもっているからな……。

 いや、とどのつまり俺は縛られているんだよ。
 この場所に、そして……あいつに、な。

 ん……俺か?
 あぁ、俺は見ての通り魔術師だよ。人を教えるのは得意じゃないが、いくつか魔法の書物を扱っている。

 何か欲しかったら買っていくかい?
 魔術書と、魂石と、魔法のローブをいくつか扱っているが……いらないか、そうだよな。

 ……ウィンターホールドの学生かって?
 あはは、学生に見えるほど若く思われたんなら光栄だな……でも、違うよ。今は独学で魔術をかじってるだけの男だ。
 大体、あそこの学生はよっぽどじゃないと、学校の外で生活はしないよ。

 隠遁する前は何をしていたのか、って。
 王宮魔術師だよ……ホワイトランの、な。


 ……あぁ、俺の名前、知ってるのか。
 確かに、俺がファレンガー・シークレット・ファイアだ。バルグルーフ首長の下で、結構長く働いていた。

 今は見ての通り、囚われの隠者だけれどもね。
 でも、何で俺の事を知ってるんだ?


 ……へぇ、なるほど。
 世間では俺の事がそんな噂になってるのか。

 いや、王宮魔術師として目立った活躍はしてない方だと思ってたんだが……そうして噂になる時期があったと思うと、何だか気恥ずかしいな。

 でも噂にはなるだろうね。
 俺は、随分派手にさらわれたから……。

 しかし、首長も人が悪いな、その件にはだんまりを決め込んだのか。
 なぁ、俺の事はどう伝わっているんだ?

 ドラゴン殺し集団のブレイズに殺された? ドラゴンの秘密に近づきすぎて?
 あははは! いくら俺でもブレイズほど、ドラゴンに近づけはしないさ。大体、本物のドラゴンを前にちょっと吐息を吹きかけられただけで驚いて足腰が立たなくなったような俺を、いちいちブレイズが目をつけるかって。


 首長と折り合いが悪くて失脚?
 まさか、首長はそういう性格じゃないさ。確かにあいつには、しょっちゅう怒鳴られていたけれども……でも、別に仲が悪かった訳じゃないぜ。
 大体、仲が悪かったら何年も首長の下で働く事なんて出来ないさ。


 城に眠っている秘密を知っていたから暗殺された……? 何だ、そんな噂まであるのか。
 確かにドラゴンズリーチでは、デイドラアーティファクトにまつわる秘密がある……らしい。俺も詳しく知らないんだ。
 先代の魔術師からその鍵を預かっているけど、どこの鍵だか知らないからね。

 まぁ、ネルキルがそれにご執心でちょっと危ない事もあるにはあったが……。
 生憎悪運が強かったようでね。見ての通り、健在だよ。幽霊じゃない。


 だったら、あの噂は何だったのかって?
 ドラゴンに殺されたというあの噂は?

 そうだな……少し話をしてもいいな。
 いや、話をさせてくれ。聞きたくないなら聞いたふりだけでもいい。

 俺も誰かに話してみたいんだ。
 何せこの話を他人にするのは今日が初めてだからな。


 ……そう、それは伝説のドヴァーキンが行方しれずになって、一ヶ月は経とうとしていた頃だったかな。

 ドラゴンボーンの事は知っているか?
 そう、ドラゴンの魂を喰らう存在。歴史の節目に現れ運命を決定するもの。

 アルドゥインを倒し、ウルフリックさえ退けてこの国に一応の平穏をもたらした立て役者だ。
 英雄といってもいいだろうな。あいつはそれだけの働きをした。

 だが英雄というのは大概、仕事が終われば忘れられるもの。
 ひどい時には暗殺される事だってある存在だ。

 ドヴァーキンもそれを心得ていたんだろうな。
 アルドゥインを倒し、スカイリムが安定したと思った矢先、ふっとどこかに消えてしまったんだ。

 あぁそうだ、いなくなってしまった。
 地位や名声、金銭を求める事もなく、ふっと。まるで風が吹き抜けたように突然に……な。

 ……一応ホワイトランの従士だ。
 衛兵たちが探したが、行方はしれなかった。従士としてホワイトランで働く事も出来たろうに、それさえ彼は望まなかった。

 消えてしまってもそう、ホワイトランは。世界は、何もかわらなかったよ。
 相変わらず首長は俺に魔術とドラゴンの知識を求め、俺も知り得る限りの情報を提供した。

 ホワイトラン周辺にドラゴンが現れた時は、俺の知識も幾分か役に立ったようだ。
 そうしてドラゴンの対策をし、魔法に対する城壁の強化をし、錬金術で望まれる薬をつくり、衛兵のために付呪を施した武具を作る……そんな当たり前の、王宮魔術師としての仕事に俺は日々追われていたよ。

 何もかわらなかった日常だ。
 ただ俺は、ドラゴンズリーチにいって空を見る事が多くなっていったかな……。

 あぁ、ドラゴンズリーチには行った事は?
 あるのか。だがあの吹き抜けは見ていない? そうか……あそこにはドラゴンを捕らえた罠のある、広いベランダがあるんだ。

 ドヴァーキンがいた頃、俺はよく彼からあの場所で旅の話を聞いていた。
 彼の話はほとんど文献でしか外の世界を知らない俺をいつも喜ばせてくれたし、彼は俺の単調な毎日も熱心に聞いてくれていた……。

 それがなくなっただけ。ただそれだけの事だ。
 それなのに、俺の心は冷たい風が吹き付けて……元よりふらっと出かけたら一週間も顔を見せないなんてよくある男だ。どこかに留まる男じゃない、旅に生きる根無し草だ。

 頭でそれは解っていた、けれども、もう二度ともどってこないのかもしれない。
 そう思うと無性に悲しくて、寂しくて……冷たい寝床で枕を濡らすなんて事をしていたっけ。

 馬鹿だろう、俺はそれでも自分がどうしてこんなに悲しいのか、よくわからないでいたんだ。
 ……鈍感だよな? 我ながらそう思うよ。

 そうしていつものように仕事を終えて……それから、息抜きでドラゴンズリーチのベランダに出た。
 空を見たくなって、ずっと雪が吹き荒ぶ山々を眺めていたんだ。

 そうしたら、ドラゴンの声がきこえてきた。
 ドラゴンの鳴き声を、聞いた事はあるか? 実際は鳴き声じゃなくて咆吼……彼らの声はそれだけで意味があり、咆吼に聞こえるのは彼らの言葉……あれは魂をかけたドラゴンの論争な訳なんだけれども。

 あの独特の低い嘶きが空の上から聞こえてきたんだ。

 俺はあぁ、どこかにドラゴンがいるんだろうと、漠然とそう思った。
 だけどあまり気にしなかったのは、ドラゴンズリーチは強固な砦だし、ドラゴンが入るには狭い場所だ。入ってきても衛兵がいるし、以前ドラゴンを捕らえた実績もある。だからあまり恐れる事はなく、相変わらず空を見ていたんだ。

 ……あの日は早くに仕事を終えていたから、まだ日は高かった。
 だけどやたら風は冷たかったっけな。日の恩恵を受けない風を身体に受けながら空を見上げれば、最初は日にかすんで豆粒みたいだったドラゴンの影が、鳩ほどの大きさになり、それから鷹ほどの大きさになり、ぐんぐんぐんぐん大きくなって……。

 ドラゴンが、くる。
 そう思った時、俺は夢中で叫んでいたよ。

 ドラゴンだ! ドラゴンが来た……。
 そうとでも言っていたかな。

 衛兵たちはもちろん、首長も驚いてドラゴンズリーチに集まってきたっけな。
 急な事だったけど、あり合わせの兵が10人程度は集まったと思うよ。

 そうしてドラゴンズリーチに集まってきた俺たちの前に、ドラゴンはゆっくり羽ばたいて舞い降りると、あたまをもたげて見せたんだ。


 「おい、あんまり奥には進むなよ。危ないぞ。あそこにはドラゴンを捕らえる罠があるからな」


 ドラゴンの上から、そんな声が聞こえた。
 聞き覚えのある声だったから、俺はそれまで抱いていたドラゴンへの恐怖心はほとんどなくなってしまってね。ただ好奇心でドラゴンを眺めていたよ。

 ドラゴンの上には俺がよく知ってる男がいた。
 そう、お前たちがドラゴンボーン、あるいはドヴァーキンと呼んでる男だ。

 あぁ、ドラゴンにのってる事は別段驚かなかったよ。
 彼は以前ソブンガルデに赴いた時も、あぁしてドラゴンにのっていったからね……いや、でも、ドラゴンにのってやってきたのは初めてだったから、そこはちょっと驚いたかな?

 彼はドラゴンにのったまま、よく通る声でいった。


 「ファレンガー! ファレンガー・シークレット・ファイアはいるか?」


 声にドラゴンの魂がのってるドヴァーキンのあの声は、ざわめく観衆の中でもよく響く。
 突如現れたドラゴンを前に水を打ったように静かになっていたドラゴンズリーチではなおさらだ。

 およびがかかった俺は、恐れつつもその声に導かれるよう一歩前へと出ていった。
 すると彼はほほえんで、ゆっくりと手を伸ばして、こう、言ったんだ。


 「乗れよ……夢だったろう、本物のドラゴンだ」


 あいつは恐れる必要がないと、そう言いたげにほほえんで。
 だから俺も、何だかもう何も怖くなくなって……。

 いや、あの時はそれ以上に彼を失う事が怖かった。
 今、この誘いを断ったらもう二度と彼に会えないんじゃないのか……何とはなしにそういう気がして、あの時の俺はドラゴンより、また彼を失う事がずっとずっと怖かったんだ。

 だから俺は誘われるまま彼の手をとり、ドラゴンの上に乗った。
 巨大なそれの肌はびっしりと鱗が並び、手触りはお世辞でもよくない。だがふれれば暖かく、手のひらに熱い鼓動を感じ、あぁ、ドラゴンは絵物語の存在ではない。生きている存在なんだと、改めて思ったっけ。

 そうして本物のドラゴンにふれた感動やら、久しぶりに戻ってきたドヴァーキンとの再会のうれしさやら何やらで頭がいっぱいになっていた俺の身体を、彼は急に抱き留めた。

 俺とは違う、屈強なノルドなんだ。
 腕なんか捕まれたらふりほどく事なんてできやしないよ……もっとも俺は最初から抵抗はしなかったけれどもね。

 とにかくそうして俺を抱き留めると、やっぱりよく通るあの声で、首長を筆頭に集まった衛兵たち全てに聞こえるようこう言ったんだ。


 「首長、このたびのアルドゥイン討伐。そのささやかな報酬として、王宮魔術師様を頂いていきます」


 それでは、というとドラゴンに何か囁いて、彼は颯爽とその場を飛び立った。
 最初から首長の返事なんて、聞くつもりはなかったんだろう。

 すさまじい勢いで風を切る音だけが俺の耳に届いた。
 振り落とされるなよ、とか囁く声がそばに聞こえて……でも絶対に落ちないよう、彼はしっかり俺の身体を支えてくれていた。

 ……目を開ければ、周囲を囲む山より高い場所をドラゴンが飛んでいたんだ。
 ぐるり、一度輪を描くと、山を背負ったホワイトランの町並みは思ったより小さく見えたっけ。
 立派だと思っていたドラゴンズリーチの砦も、なんかえらく小さく見えて……。

 ……あぁ、俺の世界はこんなに小さな箱庭の中にあったんだ。
 そんな風に、思ったんだよ。

 そしてぐるりと、周囲を飛び回った。
 ペイルやリーチの方もまわったなぁ……街は全部小さな絵の具箱をひっくり返した風に見えたっけ。

 何度も何度も旋回して、あちこち飛び回ったものだから、俺はもう自分がどこにいるのか、さっぱり解らなくなってね。
 ……わからないまま、やがてドラゴンが降り立った場所が、今いる場所。

 この、一人で住むには充分すぎる位に大きな家だった、って訳さ。


 「ありがとう、もう俺に服従しなくてもいい……君は良い友だったよ」


 それまで俺たちを乗せて飛んでいたドラゴンは、彼がそういいキスするとまるで魔法が解けたように一度いななくと、どこか遠くへ飛び去っていった。

 俺は夢見心地のまま……ドラゴンから降りてもまだ頭と身体がついていかず、その場に座り込んでいて。
 ドヴァーキンはそんな俺を笑いながら抱き上げると 「今日からここで暮らせばいい」 そう言いながら俺を屋敷へ案内してはくれたけどね。

 ……正直、困惑したよ。
 ドラゴンにまたがって飛ぶなんて初めての事だったし、ここについたのは夜で周囲は真っ暗だ。
 屋敷の中をあれこれ案内されたけど、ほとんど頭に入ってこなかったよ。

 ドラゴンで飛ぶってのはさ、君のように厳しい環境も旅をし続けた人ならきっとそうでもないんだろうけど、俺のように生まれた時からほとんど家から出ない生活をしていた身体には、相当負担だったみたいでね。

 とにかく疲れて疲れて意識が朦朧として……。
 あぁ、俺はさらわれたんだ。この竜殺しの英雄にと。その事実を漠然と認識するのが精一杯だったよ。

 ……もっともあの日は本当に寝かせてもらえなかったから、ゆっくり考えてその事実を認識したのも、もっともっと後だった気がするけれども。

 ただ、この場所が魔術師の隠れ家には理想な場所だってのは何日かして気づいたね。
 本はうなるほどあるし、錬金素材も作れる温室だってある。エンチャント台も練金器具もあるし、外には菜園があり、鶏や牛だっているんだ。これ以上ない恵まれた環境だろう?

 そりゃ、いきなりつれてこられたんだ。
 ホワイトランに残してきた仕事もあるし、身体一つでつれてこられた。もっていきたい荷物もある。

 戻りたいと、ひとかけらも思わなかった。そう言えば嘘になる。
 ホワイトラン王宮魔術師……その肩書きに未練がないといえばそれもね。

 だけど、俺は戻らなかった。


 「戻りたいか、ファレンガー……戻りたいならすぐに戻してやる。帰りたいならいつでも帰れるよう、地図も渡しておこう……つれてきたのは俺の意志だ。だが……それをお前に強要はしたくない。だからファレンガー……どうしたいか、お前が選んでくれ」


 困惑する俺に、彼はそう聞いたんだ。

 ……あぁ、ホワイトランでは俺が必要だろう。
 あそこはホワイトランの要で、魔法的驚異に対しては敏感だ。

 だけど、俺の仕事はかわりがきく。
 しかし……彼の隣にいる事が出来るのは、きっと俺だけしかいないんだ。

 ドヴァーキンという存在を支えられるのは、今は俺だけなんだ……。

 そう思った時、俺はもう渡された地図を暖炉の中へとくべていた。
 そうして、驚き目を見開く彼の胸にしっかりとすがりついていたっけ……。

 そうして数日たち、数週間たち……。
 今もまだ、俺がここにいるって訳だ。

 ……随分長話をしてしまったな、旅の人。今、暖かいスープでも出そうか?

 そうか、いらないのか。
 ……なるほど、雪もやんだみたいだし、君の荷馬もすっかり元気になったようだ。

 調合は実は苦手なんだが、俺の薬も幾分か効いたみたいだな。

 まだ先は長いんだろう。
 必要なら少し食料ももっていくといい……それと、寒さに耐える為の薬をいくつかあげるよ。
 何、気に入らなかったらそのまま商品にしてくれてもいい……。

 もっと何か渡せるものがあればいいんだけど、生憎ここには本以外に何もなくてね。
 ……はは、英雄の家に金目のものがなくてびっくりしただろ。
 案外慎ましくやってるもんなんだよ、英雄様っていうのもね。

 ドラゴンボーンかい?
 生憎、朝の早いうちに出かけたから当分かえってこないだろう。
 やっぱり彼は、どこかに留まってゆっくりと過ごせる性分ではないみたいでね……相変わらず諍いに首をつっこんで生活しているよ。

 ……長話につき合わせて悪かったな。
 それじゃあ、良い旅を。




 【噂の後始末】
 再びドラゴンズリーチにて、ホワイトラン首長バルグルーフの話。


 やぁ、君か。またきてくれたんだな。
 だが、何だ……今回は積み荷があるという訳ではなさそうだが……何か、話したい事でもあるのか?

 ……なに?
 ファレンガーと……? それは本当か! あいつは、どこで何を………………。

 ……いや、やっぱり言わなくていい。
 戻れるのに、戻らないのなら……つまり、そういう事なんだろう。

 わざわざありがとう、礼を言う。
 ……すまなかったな。


 いや……別に隠していたという訳ではないんだ。
 ただ……あの風景を見ていない君には伝わりにくいとは思うんだが……。

 あの日。
 舞い降りたドラゴンにむかい歩むあいつの背中は……とても幻想的だった。

 まるで絵本の挿し絵でも見ているかのように、そう、一つの絵になっているようで……おおよそこの世の風景とは思えないほどのまぶしい光に照らされて……そうして手をとりほほえむあいつの横顔は、知っている友の姿とは思えないほど……。

 あぁ、有り体に言えば美しかった。
 そして幸せそうだった……だから……。

 心のどこかで壊したくないと思ったんだろうな、俺の見たあの風景を。
 俺が真実を周囲に伝える事で、邪推に満ちた目や言葉にあの風景を汚されるくらいなら、何も語らず神秘のヴェールに包んだままにしておきたかったのさ。

 俺は……魅せられてしまったんだろう。
 あの竜殺しの英雄と、彼の心を支えていた魔術師の影に……。

 ところで、一つ聞いていいか。
 その、彼は……ファレンガーは、幸せそうだったか?

 ……あぁ、そうか。すまない、わざわざ伝えてもらって。
 だが、ありがとう……俺の幻想も、これで一つけりが付いた気がするよ。

 さて、と……。
 ところでお前は、以前王宮魔術師に興味があるといったな。魔術の心得もあるようだし、一つやってみたくはないか?

 ちょうど、王宮魔術師の枠があいている所なんだ。






 <でぐちこちら。>