>> 大人になりたくて






 その日、御剣の検事室へ訪れた一柳は、仕事をするでもなく、手伝う訳でもなく、ただ御剣の横顔を眺めていた。


 「何をしているんだ、イチヤナギ君」


 御剣が聞けば。


 「偵察だ! 気にするな、本物の一流検事になるため、技術を盗んでいるだけだからな!」


 悪びれた様子もなく言う。


 「あの、大ドロボウの子も言ってたからな。技は教えてもらうモンじゃなく、盗むモンだって……遠慮なく盗むからな、覚悟しろ。御剣検事!」


 そこでただ座ってボーっと見ているだけでは盗めるモノも盗めないと思うのだが。
 そんな事を思いながら、仕事は黙々と続ける……ただ見ているだけなら一柳も静かなものだ。

 普段のようにちょっかいをかけてきたり、不可思議な推理を口に出さないだけ有り難い。
 だがそう考えていた矢先に、一柳は口を開いた。


 「でもさ、本当……御剣検事って、身体がおっきいよなーぁ」


 元々、一柳は黙ってじっと座っている事が出来ないタイプだ。
 (静かだ、と思っている時は大体考え事をしているか、キャパを越えた謎に翻弄されているだけである)

 黙って見て技を盗むなど、元より無理な話だったのだろう。


 「……そうだろうか、私は、一般的な成人男性よりは少し背が高い程度だと思うが?」
 「いや、大きいって。御剣検事のまわりには、イトノコギリ刑事とか……もっとデッカイのがいるから気にしてないかもしれないけどさ。腕とか俺より太いだろ?」


 そう言いながら、彼は御剣の腕に触れる。
 男の割に細い指先の体温が、白い手袋の奥からも感じられた。


 「身体だって締まってるし……声もちゃんと低いしさ、すげー男らしいよなぁ……」


 肩口に触れていた指先が、腕へ、肘へとおりていき、最後は互いに手を振れる。


 「俺なんてさ、身体はまだ細いし。声変わりだってちゃんと変わってないから。やっぱり、御剣検事と比べれば……子供っぽい、よなぁ……」


 溜め息混じりで呟いて、がっくりと項垂れる。

 確かに一柳の言う通り、彼は同じ年頃の少年と比べれば体つきは子供っぽい方である。
 ぱっと見た印象では、中学生と思われても仕方ないだろう。

 本人はあまりそれを語る事はないが、この様子からすると一応は気にしていたらしい。


 「子供っぽい……年相応じゃないか、キミは?」
 「年相応だったら! 中学生と間違えられてあんな事されるかよぉ……はぁ、俺ってやっぱり、見た目子供っぽいのかな……」


 どうやら、あの事件に関しては随分とズレた視点で気にしていたようだ。


 「まぁ、そう言ってもキミはまだ若いのだから仕方ないだろう」
 「そう言うけどさ! オレ、もう17だよ……背は、まぁ普通だと思うんだけど……他の奴らと比べても、あんまり筋肉はないかなぁって思うんだよ!」

 「キミくらいの体格なら、そう細い方でもあるまい?」
 「そうかなぁ……あ、そうだ!」


 と、そこで一柳は書類に目を通す御剣の前、その机に座った。


 「……何をしているのだ、イチヤナギ君?」


 御剣は訝しげな表情を向けるが、そんな視線などおかまいなしといった様子で自らの服、そのボタンに手をかける。


 「何してるんだーってさ。ほら、オレの身体! 御剣検事から見ても、やっぱり子供っぽいかさ……ちょっと、確かめて欲しいなーって思ってさ。頼むよ!」


 ぱちん、ぱちん。
 胸元のボタンが外れる音がする。


 「ちょ、まち……待ちたまえ、イチヤナギく……」
 「やーだ、オレ、待てなーい……」


 学生服のボタンを外し、ワイシャツのボタンを外し……。
 御剣が止めるてもきかないまま、彼の眼前に一柳の無防備な姿が広がった。


 「なぁ、なぁ……御剣検事。オレの身体……どうかなぁ?」


 自分と比べれば幾分か血色がよくは見えるが、まぁ色白といってもいい方だろう。
 年齢を考えれば、身体もまだ出来上がっているとは言い難い。

 腕まわりも細く、身体もまだ薄いという印象だ。
 本人の言う通り、声変わりもしてないのだろう……喉元にはまだ声がかわる兆候も見られていない。

 何より、制服とワイシャツとの間から僅かに覗く胸元は綺麗な桜色をしていた。
 男の身体、というよりはまだ少年の身体という比喩の方が似合っているという印象だが……。


 「いや。うむ、その……何だ、まぁ、これからだろう……な?」


 だが眼前に晒されると、気恥ずかしい印象が先立ち言葉に詰まる。

 男の裸なんて、見慣れているはずだが、まだ成長過程にある少年の身体を見る機会は久しくない。
 (自分自身の成長はもうとっくに終わっていて、彼とは体つきも変わっているのだ)

 しかも、ここは仕事部屋だ。
 仕事部屋で白昼堂々、しかもまだ年若い少年の身体を見る、というのは滅多にない事態だろう。

 ましてや相手は一柳……。
 知らない相手でもなければ、憎からず思っている相手でもあるのだ。

 冷静なつもりではあるが……。
 二人だけのこの密室で、理性が保てる自信はない。


 「だから、とにかく。今はきちんと服を着たまえ、イチヤナギ君……」


 そうしなければ、雰囲気に飲まれ……自分でも、何をするかわからない。
 その思いで彼の行動を留めようとするが、残念ながら一柳は、御剣のその雰囲気を察する程に空気の読める少年ではなかった。


 「あ、そうだ! ほら、ちょっと触って確かめて確かめてくれよ、な!」


 笑顔のままそう言うと、彼の手をとり自らの胸に滑らす……。
 見た目より柔らかく、暖かな手触りが指先から伝わった。


 「イチヤナギ君……?」
 「なぁ、な。オレってさ……やっぱ、子供っぽいかなぁ?」


 大仰な机を椅子かわりに腰掛け、自らの胸元を触らせる……本人はただ自分の身体を確かめて欲しいだけ。
 大人だと思って欲しいだけの行動なのだろう。

 だがその非道く子供っぽい行動が、彼の感情をかき乱す。


 「そう、だな……」


 指先が自然と、胸の先端へと触れて……。
 御剣の中にある理性の糸が、ぷっつりと切れる音がした。


 「ふぁっ!? あ、ぁ……みつるぎ検事っ? な、なにするんだよっ! オレ……」


 僅かに指先に力を込め、悪戯につま弾けばすぐに一柳の口から甘美な吐息が漏れる。

 何故、自分の身体がこれ程までに切なく反応するのか。
 その理由さえもわからぬといった目で、御剣を見据える。


 「何をする、か……さぁて、何をするのだろうな?」


 指先を身体に沿わせ、肌の味を確かめるようその首筋に舌を走らせる。


 「ふぁぁ!? ぁ、ぁ、みつるぎ検事ぃ! ちょ、オレっ……待ってくれよ、オレ! オレっ……」


 不意に訪れた快楽に、どう対処していいのか自身でも解らなかったのだろう。
 身を捩らせ彼の与える快楽から逃れようとする、その身体を抱き留めると、御剣は一気にその唇を重ねた。


 「っ……んぅ……」


 僅かに漏れる吐息の隙間より舌をねじ込み、絡ませ、慰める……。
 その舌に、辿々しくついてくるその仕草から一柳のまだ少ない経験を察した。


 「んぁっ、ぁ……な、な、何するんだよぉ、みつるぎぃ……いきなり、キスとかっ……ズルいだろ!」


 唇を重ねた。
 その意味こそ知るが、身体に訪れた快楽の意味はまだわからない。

 だが、指先で舌で、充分に快楽を得る事は出来たのだろう。
 肌を晒したまま、濡れた目で御剣を見る彼の身体がやり場のない情欲を持て余しているのはすぐに見てとれた。


 「そうだな……だが、大人になるというのは得てして、ズルいものだぞ。イチヤナギ君?」
 「そうかもしれないけど。そうかも、だけどっ……」

 「……それより、どうしたいのだキミは。キミの身体を急に変える事は出来ないが……大人のようにありたい、というのであれば……私がキミを後押ししよう」
 「えっ……?」


 御剣の目を見つめ、彼の言葉その意味をゆっくりと噛みしめる。


 「えっと。それ、えーと、あれ、それって、つまり……」


 戸惑いと沈黙があまりに長かったため、やはり空気を読むのが不得手な彼にはきちんと言葉で伝えなければいけないか。
 そう思ったが、言葉が出る前に何とか察したのだろう。

 一柳は顔を真っ赤に染め、うつむきながら彼の手を握りしめる。


 「あ! あのっ……オレ……身体もまだ、そのっ……一番に、頑張るからっ。だから……」


 何でもするし、何だってするから、ちゃんと大人にしてください。
 よろしくおねがいします。

 恥ずかしさで消え入りそうな声ではあったが、確かに御剣の耳には届いた。


 「あぁ……望む通りに、しよう」


 震える肌に指が滑り、指先が彼が普段より身につけている白手袋へと重なる。

 大人になりたくて、でもなれないままでいる。
 そうぼやく少年と唇で触れあい、自然と互いの肌が重なる。

 大人に至る為の儀式は、静かに執り行われていた。





 <イチヤナギきゅんは後輩可愛い。可愛い! (戻るよ)>