>> ある音声の記録
あー……テステステステス。
マイクテスト、マイクテスト……。
うん、どうやらこのテープレコーダーは生きてるみたいだな。
こんな事をして何になるのか自分でも良く分かっていないんだが、今から自分の体験した事を記録に残しておこうと思う。
頭の中で考えても言葉がまとまらない、というのもあるし……。
……何より、自分の中で何がおこっているかわからないからだ。
何から話したらいいだろう……そう、何故記録をとろうと思ったか。
それは、私がまだ「生きている」からだ。
生きている、ただそれだけの事だったら記録に残そうとはしない。
私の場合、生きている事が異常な状況だからだ。
少し世界の話をしよう。
月が破壊されてから暫く、街には「街獣」……ガイジュウと呼ばれる存在が闊歩するようになった。
街獣とは、簡単に言うと「自我をもったロボット」とでも言えばいいだろうか……。
それはトイレだったり、自動販売機だったり、ショーウィンドウのマネキンだったり、子供用の玩具だったりする。
明らかに有害そうな兵器タイプのものもあれば、無害に見えるマスコットのようなものも存在する。
だが全てに言える事は奴らは鋼の塊で、その気になれば簡単に人間なんかぺしゃんこにしてしまう、という事だ。
当初は街獣に対抗する戦闘部隊も組まれたのだが、それは悉く失敗に終っている。
というのも、街獣の動きが人間に予測できない事や、小型のわりに驚くべきエネルギーをもっている事などが上げられるだろう。
簡単に言うと街獣は、「人間の理」からいとも容易く逸脱してみせた存在なのだ。
何故街獣がそれほどまでの力を得たのか。
その理由が「赤月晶」と呼ばれる存在である。
赤月晶は無機質と結びつく事によってそれに人間らしい「自我」と超人的な「力」を与えるのだ。
そう、街獣には自我がある、一丁前に、人間らしく。
それ故に後にお偉方は街獣を一方的に殲滅し駆逐するより、個体別に対話をし対処をする道を模索するようになった……。
……蛮行で解決できなかったら「そんなつもりじゃなかった」と対話を求めるとはいかにも身勝手な人間らしい事だ。
何故こんな話をするのかというと、私はその「当初」の予定で街獣を駆逐するために覇権された兵士だったからだ。
一兵卒であり、権限もなく、前戦に立たされ、銃をもち、そして……。
そして私の部隊は壊滅した。
上官も残らずミンチにされたのだ。
そのはずだったのだが……先も言った通り、私は生きている。
痛みも、死に引きずり込まれるような感覚も、何とはなしに覚えている。
目の前で細切れにされる仲間達を前に致死量のダメージを受けて動けずにいる私は、そのまま闇のかいなに抱かれ永遠の安息につくのだと思っていた。
だが目覚めた。
場所は私が死んだ場所。だがもう誰の死体も残っていない。
時間がたち腐ったか、獣にでも喰われたか、私が気付くまでに思った以上に年月が経っていたか……。
辺りを調査したところ、このテープレコーダーを見つけた。
こいつが生きていたので自分の状況を整理したくなり、このような言葉を残している。
身体の調子はすこぶるいい。
腕も、足も動く。だが……一つ気になる事は、胸にできた傷だ。
何かに貫かれたような傷痕がハッキリと残っている。
予想だが、ここに何か「埋め込まれた」のじゃないかと私は思っている。
それが偶発的なものか、それとも人為的なものかは定かでは無いのだが……。
ただ、この埋め込まれたものが例えば移植手術の心臓だとか、人工臓器という事はなさそうだ。
何故ならこの胸は鼓動をしていないから……。
私は、生きている。
だがこの身体そのものはもうとっくに「死んでいる」ようだ。
……やはり馬鹿な幻想を見ている気がする。
狂ってるのは私の頭か、身体か、どちらだ。
とにかく、身の振り方を考えなければ……。
生きているか死んでいるかはさておき「自我」がある限り考え、進まなければならないのだろう。
それに、私だってこうなったら「行きたい」と思う。
それが人間の性(サガ)、あるいはエゴなのだろう。
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歩ける場所を歩き、いくつか人の住む集落を発見する。
だがどこもかしこも人が住めるような状況ではない。
昼夜問わず街獣が闊歩する街……もはや街と呼べる規模ではないガレキの狭間が殆どだが……そこで、街獣にかくれ、怯えてくらす人々が殆どだったからだ。
街獣が出て、それまで当たり前だったライフラインの殆どが断たれた。
電気やガスなんてある方が奇跡だし、水が出るだけで有り難いといった街が多い。
電気、ガス、水道さらに空調があるのは、この辺りでは「研究所」だけだという。
だがこの手の街に住む輩は研究所に行きたがらないのが殆どだ。
理由は個々にあるようだが、大体に分けるとこんな所だろう。
ひとつは、研究所に行くと制約がある。自分は自由に生きて自由に死にたいというフリーダムタイプ。
彼らは元々ホームレスだったり、規律や規則に縛られるのを嫌うタイプが多く、街獣がいる街でもアコースティックギターなどをかき鳴らして歌を歌ったり、どこからか酒を掘り出してきてそれを飲んでたり、今ある自由を謳歌している風に見える。
単純に恐怖を誤魔化しているだけかもしれない、自暴自棄になっているのかもしれないが、それは彼らしか知る由もないだろう。
ひとつは、純粋に街獣と戦う事に目覚めてしまったタイプ。
戦闘狂、狂戦士(バーサーカー)、戦争屋(ウォーモンガー)とか言う連中だろう。
彼らは純粋に街獣との戦いを好んでおり、そういった存在が陣頭指揮をとっている街は比較的多くの人間が生存していた。
戦う理由も様々で、街獣から家族を守れなかった贖罪という殊勝なものもあれば、単純に戦争のスリルが欲しいというものもある。
大体は元々傭兵であったり、あるいは私同様、部隊に所属していたりして武器の扱いには慣れている。
このタイプは比較的ライフラインが「生きている」街に集まり、街獣から乏しい資源を守っている事が多い。
戦えて、居場所を作れればわざわざ研究所に行かなくてもいいという事だろう。
そしてもうひとつは、純粋に「研究所」という場所を恐れているタイプだ。
研究所は、その名の通り様々な研究をしているのだが、今は特に街獣を調査し、捕獲する事に専念しているという。
街獣を壊す事だって充分危険なのに、それを捕獲するために行動するなんてどれだけ恐ろしい事だろう……恐れ、隠れる人の気持ちも分かるというものだ。
外なら運が良ければ街獣と一日中会わなくてすむのに、研究所に所属すればいやでも顔を合わせないといけなくなるからだ。
利便性より自分の命のほうがよっぽど大事だと思うのも仕方ないだろう。
私の見た限り、元々の自由人や戦闘好きは殆どおらず多くは「研究所」に行くのも怖いが死ぬのも怖いといった市井のモノたちが乏しい資源の中息づいているといった印象だ。
ここにいてもいずれ資源が枯渇するのは彼らも分かっていると思うのだが。
……あぁ、だがひどく「渇く」
街には人がいて、食料があり、水があり、幾ばくか仕事をすればそれが得られる。
だが何を食べても、何を飲んでも、身体が満たされてもこの渇きは満たされないのだ。
何故こんなにも渇くのか……。
この渇きの正体は何だろう。焦燥感? 憔悴? それとも……・
絶望。
そう、絶望。絶望は死に至る病だ。
そして街にいる連中は、どこか思っている……「先なんてない」と。「未来なんてもうないのだ」と。
彼らは日々を生きるだけの傀儡であり、それが私の渇きに繋がっているのではないか。
……確証はない。
だが私の胸がひどく疼く。
私は渇望する。
このろくでもない世界で、それでも前へ進みたいと希望を求めるモノを。
希望という光に集まる羽虫たちこそが、私の本当に求めている「餌」なのだろうから。
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研究所のテストとやらは思いの外簡単だった。
この個体が優秀だったのか、それとも研究所が単純に人員不足なのかは定かではないが……。
個体?
いや、私は私なのだが……。
ここでは街獣を調査、捕獲し、研究をしているという。
街獣の動力である赤月晶を得て、それを元に動力エネルギーを作り出すためというのも研究の一つのようだ。
実際、この研究所にあるエネルギーは殆ど赤月晶がもたらしたものだという。
しかし、本当に空調や電気が、暖かいシャワーがあるとは。
物珍しさからついお上りさんのようにキョロキョロしてしまった事を、私の「上司」となる女性は呆れたように咎めた。
名前は、ナーシャという。
歳は今の私の外見より、少し上だろう。(現在の私は、自分の年齢を二十代前半〜半ば頃と推測している)
私は街獣の調査ではなく、調査員たちのサポート係になるという。
調査員たちがおくってくる画像から、街獣の傾向をさぐり、調査員たちにどのような調査をするか指示をするのが仕事だそうだ。
とはいえ、調査員たちは私より街獣に対する知識が深い。
実際、私のする事は街獣を前に動揺し、冷静さを欠いた彼らをなだめ、時には鼓舞するような事が主たる仕事のようだが。
なるほど、実際この研究所は過酷な環境なのだろう。
自分の判断で人が死ぬというのはやはり荷が重い。
だが私は、やはりここに来てよかったと思う。
作為的なものか、それとも偶然か、この研究所にいる人間はみな「絶望」を宿している。
しかしその絶望は、街にいた連中とは違う。
本当は歩み出したいのに、絶望の経験から歩み出せない。
そういった意味での絶望だ。
それは少しの力で背を押してやれば希望にかわるはずである。
ここならば、あるいは私の渇きが癒えるのかもしれない……。
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赤月晶は人体と融合させる事が可能なのだそうだ。
だが副作用が強く、主に日常生活すら困難になるほどの人格破綻などがおこるらしい。
私が見る限り、Jやクリスはそのように日常生活が狂うほどの破綻は見られていない。
しかしリンに関していえば確かにその通りで、かつては秀才で素行もよい快活、人当たりのよい人物だったというが今はその面影もない。
一見まともに見えるJも、感情の欠落があるという。
それに、赤月晶と融合した被験者の殆どは死亡しているそうだ。
……いやな予感がする。
私の胸にあるのもその「赤月晶」なのではないだろうか、何かの偶然か、それとも必然か、私の胸に埋め込まれてしまったのでは……。
だが私は、自分がそこまで破綻しているとは思わない。
そう信じたいだけかもしれないが……。
けれども、思い当たる事もある。
私は、自分がひどく希薄なのだ。まるで誰かに操られているかのように自分というものに対して主観的になれないとでもいうのか。誰かに俯瞰で見つめられているような気がして……。
あぁ、それより私は、自分の事も酷く曖昧な気がする。
そもそも、街獣との戦闘で死亡したというこの記憶も本当なのだろうか。
わからない、わからない、わからない……。
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ナーシャが言うには、私が来てからこの研究所……通称「ムシカゴ」は以前より「良くなった」のだという。
環境に関して言うのならここはじり貧だ。
月からの支援とやらもいつ打ち切られるかわからない状態、首の皮一枚残して街獣の調査をしているのが現状だろう。
だが、皆が少しずつだが変わっていってるのだという。
その皆にはナーシャ自身も含まれているのだろう。
……ムシカゴで調査する上で、今の調査員たち、および私の上司であるナーシャに秘匿している情報がいくつかあるようだ。
最も、その情報に関してデータベースからアクセスする事が出来るのを考えて、本人たちが秘匿しているつもりでも上役にはすでに実体を掌握しているのだろう……。
その上役が何者なのか、どこにいるのか、実在するのか、という点は曖昧だが。
だが、それまで歩まず停滞していた調査員たちが前を向く。
自己を知り、そして歩み出す……この空気の流れが、私の渇きを癒してくれる。
やはり私は求めているようだ。
誰かの中にある「希望」を。
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パックの仮説を聞く。
街獣に人格が宿る理由の仮説だ。
普段から薬で酩酊しているような男の戯言らしく、それはとても立証出来るようなものではなかった。
だが……。
もし、私がこのムシカゴに来て希望を取り戻す事が出来たのならばあるいは私は「そう」なのだろう。
このろくでもない絶望の世界で、それでも檻から飛び出して羽ばたきたいと願う。
そんな希望の光を求める羽虫たちにとって、私は小さな光だったのかもしれない。
そして私がそのような役目をもつ「街獣」の一種なのだとしたら。
役目を終えた私はどうなるのだろうか。
……ナーシャは、このムシカゴから外に出て生活する計画を立てている。
月からの支援が断たれて久しい。
このまま静かに終っていくより、羽ばたいていく道を彼女たちは選んだらしい。
役目を終えた私がどうなるかはわからない。
だが、その終わりはもうすぐのようだ。
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……外の世界は久しぶりだが、以前より清々しい。
誰ひとり死ぬ気などなく、生きるために求める命は何と美しいのだろう。
ろくでもなく見えていたこの世界の空はなんて青いのだ、風はなんて心地よいのだ、なんでそれを忘れていたのだ……。
……人が住めそうな場所が見つかる。
ほどなくして私の役目は終るのだろう。
だが満ち足りている。
あの渇きは、もうどこにもない。
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今日は皆で集合写真をとった。
カメラマンが私だから私は写っていないのだが、多分それでいいのだろう。
新しい出会い、新しい時間の流れが今ここにある。
希望に満ちたここに、私はもう必用ないのだろうから。
役目は終った。
だが恐れるものはもはやない。
……あぁ、いい気持ちだ。
この風の心地よい風にそのまま心も体も溶けてしまいそうなほど。
いい、気持ちだ……。
いい気持ちだ……。
レコーダーの音声はここで終っている。