>> お弁当を届けに
「参ったな……こんなに広いとは思わなかった」
レコベルが通う大学の構内で、アンダーは途方にくれていた。
出かける時に忘れていった弁当を少し届けるつもりで聞いていた大学に趣いたのだが、大学がこんなにも広いものだとは思っていなかったのだ。
「確か、医学部医学科魔人ゲノム研究室って所にいるんだっけ……?」
弁当の包みが入った袋を手にぶら下げ、アンダーはため息をつく。
レコベルの大学……戴天党大学は併設した当初より学部も生徒も増え、増改築を繰り返した結果生徒でさえ自分の学部以外はどこにあるのか分からないという巨大な学校になっていたのだ。
故に、道行く生徒に話しかけこの場所を知らないかと聞いても『聞いた事ない』『知らない』『わからない』という答えしかかえってこなかった。
「エビフライをたっぷりいれたのに……きっと今頃ガッカリしてるだろうな」
アンダーはそう呟き空を見る。
時計をもってはいないが、太陽の高さからそろそろ昼頃だろう。自分も腹が減ってきた。
これだけの巨大な学校でも学食の場所は誰でも知ってるようで、少し休憩出来る場所、何か食べられるような所はないかと聞けばすぐに学生食堂の場所を教えてもらえた。
「さて、どうしようかな……」
学食に到着し、とりあえず一息つく。
生徒たちはまばらに席についており、学食のメニューだったり、持参した弁当やパンだったりと思い思いの食事をとっていた。
アンダーは弁当をもってきているが、これはレコベルのものだ。
しかも大好物のエビフライをたっぷりいれた弁当だ。
このまま夕食までとっておいた方が喜ぶかもしれないし、何より普段からレコベルが使っている可愛らしい弁当箱をここで広げるのは流石に場違いだろうとアンダーは思った。
ただ「可愛い弁当箱を広げているオジサン」くらいに思ってもらえればまだいい。
生徒の弁当をとりあげた変質者だと思われたら大変だ。
それに、学食のメニューというのも興味がある。
アンダーはポケットにねじ込んだコインと学食のメニューを交互に眺めた。
「みそラメン……? ハンバーグ定食、カレー……へぇ、デザートにシャーベットなんかもあるんだ。思ったより品数が多いなァ」
食堂は定番メニューの他に、今日のオススメと手描きで書かれた看板まである。
並べられた小鉢や皿から好きなものをとり、最後に会計をするというスタイルの食堂らしい。
食堂から厨房が眺める事が出来るようになっており、人間でいえば中年くらいの魔人女性が慌ただしく働いていた。
「じゃあ、カレーと……特別メニューっていうイチゴのアイスクリームを頼もうかな」
カレー皿をとりご飯に好きなだけカレーをかけられるタイプの、学生に有り難い食堂だ。
特別メニューのイチゴアイスはチケットを取るらしい。
不慣れな調子でチケットを差し出せば、例の魔人女性が。
「はい、イチゴのアイスね! コサイタスさーん! イチゴのアイス! すぐに頼んだよ!」
威勢の良い声で厨房の奥へ声をかける。
いかにも子だくさんで家計を支えるために食堂で働いている、といった風体の女性だ。
名札には「サウジーネ」とある。
学生たちの食欲に立ち向かう大変な仕事だろうが、もしここが平和でなければ戦場で稼がなければいけなかっただろう。
そう思うと、このような場所で働けるのは幸福なのだろうと思った。
食べられる分だけのカレーとアイスクリームを受け取り席に着くと、にわかに厨房が騒がしくなる。
「何をしてるんですか、コサイタス先生!」
「先生ほどの方が厨房で料理などっ……」
「先生は魔人の術、その権威でもあるんですよ!」
「このような事、シャクター学長が知ったら怒りますよ! シバ先生にも何と説明をしたら……!」
……どうやら、あの厨房にいるコックだと思って居た人物はこの大学でかなり偉い人だったらしい。
周囲がざわめくのを横に、コサイタスと呼ばれていたコック。いや「先生」は淡く笑うと。
「いいだろう、こういう仕事をかつてしていたのだから。それに、今日はシバと学食で話す予定だから、少し驚かせてやりたくてな」
そんな事を言うのだった。
(……作り物みたいな笑顔だけど。あのコサイタス、という人物にとってシバというのは特別な存在なのかもしれないなァ)
カレーを食べながら、アンダーはそんな事を考える。
と、思うと。
「……うそ、アンダー? アンダーじゃないですか!」
テーブルの向こうから、レコベルが手を振りながらやってくる。
レコベルの隣には彼女と同じ幼生成体の魔人がレコベルを小突いて。
「何、レコベル? 彼氏ってやつー?」「ちち、違うよナルコ! えーと、し、しんせき?」
「人間の親戚がいるのー? あはは、そんな顔しないでいってきなよ。あたしはボルカとご飯食べるから」
小さなやりとりをしたあと、アンダーへ近づいてきた。
「どうしたんですか、アンダー」
「……ちょうどよかった、レコベル。はい、これ」
と、目的の弁当を渡すと彼女は目を見開く。
そして顔いっぱいに笑顔を向けるのだ。
「わ、私のお弁当……届けてくれたんですね!」
「うん、まぁ……会えたのは偶然だけど」
「カレー食べてる! ……お昼、一緒に食べましょうか」
「そうだなぁ……いいかい?」
「喜んで!」
そうして向いにレコベルが座る。
普段彼女は大学に行くからこうして昼食を一緒に食べるのは殆どないのだが。
「……悪くないな」
アンダーは自然とそう呟く。
この緩やかな安寧が、今のアンダーにはまるで『夢のよう』に心地よかった。