>> 堕天作戦 / 父子哀歌






 −−養父(父)の事を、聞かせてほしい……ッスか。
 そんなの、俺よりあなたの方が詳しいんじゃないんですかね。

 コサイタス……戴天党の中でもおそらく最も多く「殺し」て、最も多く「氷らせた」魔人……。

 えっ?
 将軍としてのコサイタスではなく……家族としての、養父に興味があるんスか。
 そういわれても……うぅん……。

 ……えぇ、確かにコサイタスは、俺の養父……になります。
 お養父(とう)さん、とか呼んでた事もありますが……何といえばいいんスかね……。

 心にいつも空虚を住まわせているような……言葉が、心に届いていかないような……。
 そういう所が感じられて……一緒にいると、息苦しい……と、いうか……。
 辛い、ような……哀しい、ような……そういう、気持ちになって……。

 あぁ、辛気くさくなっちまったッスね。
 俺の出自を知って……知って、いるんでしょう。俺の養父の事を知ってるくらいだから、まぁそうでしょうね。

 俺は……人間ではありません。
 かといって、魔人でもない……身体のあちこちに人工臓器をつけてやっと「人間並」の身体になれて……魔人のように人間にはない超常現象……「魔法」を扱える。
 だけどやっぱり魔人とも違う成長をして……。

 そういう中で、はっきりと「自分は人間ではない」「だが魔人でもない」という意識の下で。
 それでも「ヒト」らしく振る舞わなければいけない、そういう所作を覚えていかなければ、きっと俺はここにはいられない……。
 
 ……そう、「普通」って感覚に囚われて、「自分」というものが何なのか、フワフワしたまま生きていたところがあるんで何となく分かってしまった、といいますか。
 あるいは他の連中より、より長く「コサイタス」という人物に関わっていたってのもあるんでしょうね。

 俺には、あの人がいつも「ヒトのフリをしている」ような、そういう感覚が伝わっていたんスよ。

 魔人ってのは、産まれた時からずっと戦争だったようなもんでしょう。
 そういうのもあったのかもしれないし、養父が特殊な産まれだったのかもしれないかは分からないんですが……あの人は、ヒトらしい感情というものを殆ど持っていなかったと。
 俺は、そう思ってるッス。
 随所に……ヒトは、そうするものだ。ヒトは、こういう時にこういうのだろう。
 そういう「考え」や「経験」ってので動いているんだ……ってのは、小さいうちから感じてたっスね。
 小さいうちから……というか、小さい頃は余計にそれが分かってました。

 あぁ、このヒトはの感情は作り物だ。
 声が、表情が、ほかの「ヒト」とは違いすぎる……ってね。

 こういうのは、俺がか弱く誰かに保護してもらわなければ生きられない、弱い弱い子供だったからより一層強く感じたのかもしれないッスね。

 最も、俺にとってそれはそれほど「悪い事」ではなかったな……と思ってます。
 人間とも魔人とも違う俺を「ヒト」の感情をもたない養父が拾ったのは……「子供に対して慈悲を見せるのが普通」だという演技だったんじゃないかと思うんスが……それでも俺を生かしてくれたのは事実ですし。
 育ての親がそういう……特殊な魔人だったからこそ、俺も「ヒトとしての所作」を取り繕う大切さに早くに気づけたってのもありますからね。

 こう振り返ってみると、俺の方が養父より「ヒトの感情」については理解していたかもしれませんね。

 でも、俺は養父が特殊だったとは……今となってはそう、思ってはいないんスよ。
 えぇと……確かに養父の感情は「欠落」していたと思います。
 そうじゃなければあんなにも容易く、容赦なく、沢山の殺しなんて出来ないでしょうし……殺した後にも平然と日常生活に戻ったりはしないと、思うんですけど。

 それでも「人間」にだって、何割かこう……感情など一切なく、自分の損得と一時の支配欲でしか物事を考えられない個体が産まれると聞いてますし。
 そういう意味で、養父が極端に特殊な「魔人」だったと、俺は思えないんスよね。

 それに、感情だって……。
 確かに「ヒト並」とは言えなかったと……そう思ってますし、一緒に生活していてそう感じる事は少なくはなかったッス。

 ただ「欠落はしていた」が「存在していなかった」かといわれると、養父は確かに「感情をもっていた」と思うんです。
 ゼロか、無かでいうと「限りなくゼロに近いもの」だったんでしょうが、それでも決して「無」ではなかった……。

 むしろ、こう思うんです。
 ただ一つに対して「全て」の感情を費やしていたから、他の物事にたいして酷く無頓着だったんじゃないか……と。

 ……えぇ、本当はそのただ一つが息子である俺だったら嬉しかったんスけどね。
 多分、それは俺じゃない……養父はずっと、太陽を眺めていたんで……。

 あぁ、不死者を……不死者に、あえて会わせなかった事を知ってるんスね。
 えぇ、そうです。それは……養父の望んでいるのが「不死者」ではなく「太陽」だったのに気付いていたから……ッス。

 俺はその不死者(ひと)にあまり好かれてませんでしたし……。
 その不死者(ひと)の栄光は俺にとって過去の話なので、殆どが人づてにしか聞けていないんですけど……それでもヘリオスさんは俺の会った不死者と違う。
 人間臭く、カリスマがあり、頭が切れて……今の不死者は木偶の坊ばかり。
 養父の望むような存在ではなかったので、あまり会わせたくはなかったというのが本音っすね……。

 養父に、絶望してほしくなかった、というのは俺のエゴでしょうね。
 俺は……養父は確かに感情の欠落があったと、先に言いましたが感情は無ではなかったと。むしろ「太陽」に対しては信仰に近い強い執着があったのだろうと……そう感じていたので。

 養父の中にある希望のような気持ちを、折る事はとても出来なかったんスよ。

 あぁ、でももしかしたら他の不死者を見てその中に太陽を見出したり。
 あるいは絶望して、養父の心が完全に凍り付いてしまい、変わってしまったらもう俺の知る養父はいなくなってしまう……。

 そういうのが、俺は恐かった……そう、不死者と会わせなかったのはやっぱり俺のエゴだったかもしれないッスね。

 ……とうさんは、その……どうやって……。
 あぁ……そう、そうっスか……。

 いえ、それが聞ければ俺は充分っス。
 ありがとうございます……。

 ……あぁ、一つだけ。小さい頃の話をしても、いいッスか。
 俺は……ずっと人工臓器がないと生きていけない身体で、ガキの頃はもっと身体が弱くて、とにかく熱を出して寝込むって事が多かったんスよ。

 そういう時、養父はいい医者に診せてくれて……殆どは医者任せだったんですけどね。
 一度だけ……そう、一度だけ。
 俺の身体に触れて、酷く熱くて驚いたみたいな顔をした事があったんです。


『……熱があるんだな、少し、下げてやろうか』


 そういって、養父(とう)さんは冷たい手で俺に触れて……。
 すると、額がすっと冷たくなって、心地よくなっていく感じがして。

 あぁ、これが養父の。コサイタスの「能力」なんだと感じて……。


『体温を下げるのは、かえってよくないと……言われてるので……』


 俺がそういうと、養父(とう)さんはもう触れるのを辞めてしまったんスが……。
 ……俺は今でもあの冷たい手が、養父(とう)さんの手で。

 あんなにも冷たくて優しい手はなかったと、そう思っているんスよ。
 そう……。

 俺にとっては、そういう人。
 養父は、そういう人でした。






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