>> 堕天作戦 / 因果忘却






 あまりに長く抜け殻のような存在になりはてていたのは、死と生の境界が曖昧になっていた日々がそれだけ長かったからだろう。


『撃て』『焼き殺せ!』『総員、撃ち続けろ!』


 死なない、という理由で粗末な装備を与えられ前戦に送り込まれた。
 時に爆弾を巻き付けて敵陣へ突っ込み、時には大砲のようなもので相手にぶち込まれる事もあった。
 どれもこれも生身の人間にするような真似ではないというのに、それが「不死者」だというとまるで痛みも感情もない木偶の坊であるかのように粗雑に扱われるものだ。
 そんな無駄死にを繰り返すうちに痛みも感情も全てが摩耗していった。


『次はどのような殺し方を試してみますか?』


 魔人の捕虜となってから、感情の摩耗は急速に進む。
 不死者の耐久テストという名目で終りのない人間との戦いのストレス、その吐け口のような扱いをされてきたからだ。

 一週間、杭に撃たれ続けた事もある。
 豪華で焼かれた事も、土に埋められた事も……されてきた拷問以上の痛みと苦痛とはあげれば切りが無い。

 最初は……。
 ……自分が不死者だと知った頃は、痛みがあった。苦痛を感じた。そんなような覚えがある。

 だが生き返り殺されて、また殺されて生き返って。
 主要な臓器はあらかた総入れ替えされ、脳髄も幾度も潰されてきたせいか、死と生の境界は自分にとって蝶の羽ほどの薄さしかなくなっていった。
 自我は、死と生と現実と非現実と、それらの中へ融けて消えて行き、そしてとうとう自分すらも忘我の彼方へ沈む。

 自分が誰だかわからない。
 ただの「不死者」という得体の知れない何かで、人間にとっては体のいい特攻兵器。魔人にとってはサンドバッグ。
 どちら側にいっても不要な存在になっていた自分など、誰でもいいし、何でもいい。そう思うようになていたのだ。


『……魔法をかけます』


 生まれ変わらせてくれた『声』は、皮肉にも殺し合いをしていた『魔人』の声だたた。
 その声は優しく、暖かく、凍えた心に染みこんで……。


『素敵なもの、沢山見れますように』


 そして星を、見た時、生まれ変わった気がした。
 いや、本来の力を取り戻した、というべきか。あるいは力を使う場所を思い出したというべきだろう。
 でも手遅れだった。

 レコベル。
 彼女の名前を知ったのは、彼女が『処刑』された後で、結局助けられなかった。
 海につれていく約束さえ叶えられなかった。
 例え彼女のいう海がかつての彼女が知るような美しいものではなくなっていたとしても、それでも彼女の夢だったろうに。

 だが、魔法は確かに「かかって」いた。
 言葉は「目的」になり、「星」の正体を探るのがアイデンティティの一つとなったのだ。
 それは、旅に出る理由としては充分だったろう。

 だが世界はただ旅をするにはあまりにも荒廃し、血と硝煙と、爆音と。それらの光景がただ繰り返されるばかりで。
 救える能力をもっていたはずなのに、結局だれも救えないで、死地に送るのを見るだけだった。


『そういって、ナルコを可愛そうな女だと思ってる?』


 ふと、振り返る。
 褐色の、少女の姿……ナルコ、ナルコ。そういう名前だったのか。


『あはは、ナルコはね、幼生成体だから若く見えるけど結構長生きなんだよ! ずーっとずーっと、戦場で遊んでた。好きなように暴れて、一杯暴れたら勲章をもらえる! ナルコはそれが楽しくて、楽しくて、戦場にいるの、だーいすきだったんだ』


 彼女はそういい、くるくると回る。
 褐色の肌に黒く切りそろえられた髪。白いスカートがふわりと舞う。


『失敗もいっぱいあったけどね。前戦にいって、沢山倒すのが好きで……ふふ、だからね、戦場で死んでも、死体を辱められとしても、えーと。人間でなんかあるよね。いんがおーぼー?』


 因果応報の事だろうか。


『あはは、それそれ! ……ナルコ、もうすぐ寿命だったし。ナルコの事、好きだって思う人もいたし。その人と一緒なのも楽しかったし、戦場にいるのも楽しかった! ……だからね、ナルコを勝手に可愛そうな子だって思わなくてもいいんだよ。ナルコはね、とーっても幸せだったから』


 世が世なら、殺すのが好きだなんて。殺すのが得意だなんて、頭のおかしい奴なんだろう。


『殺すのが好きじゃなくて、勲章を集めるのが好きなの! ……殺すのは、勲章のおまけ』


 きみは大分キてるな。
 でも……少しほっとしている自分がいる。


『ふふ、ナルコが悪女だってわかったから?』


 いや、違う。
 きみが、きみの一生を、きみの自由に生きたのがわかったから……気持ちが少し、楽になった。それだけ、なんだろうけど。


『それに、ナルコには…………がいるから』


 ……?
 ……だれ、が。


『とっても強いんだ。ナルコが死んでも、きっと強いまま。空を飛ぶのが好きで、ずっと空を飛んでるんだよ! ……きっと、ナルコの事忘れるまで飛んでるから。たぶん、一生空を飛んでるよ』


 託す、相手がいたから。
 死と、生とが蜻蛉の羽のように薄い壁でしか境目のない中で生きていて。
 次に託す相手がいるのなら……そのような円環にあるのなら、存外に……。

 死というのは恐ろしくないのかもな。


『だから、ナルコを助けられなかったからって別に貴方が悔しいとか悲しいってのは思わなくていいし、何よりも可愛そうな女って思うのは、ナルコに失礼だからね!』


 あぁ……わかった。
 そうだな、『かわいそうな女の子』なんて、いなかった。

 ……というか、君はそんなに年かさだったのか。


『な、い、しょ!』


 彼女はまたくるりと回ると笑って走り出す。
 まってくれ。
 まだ話したい事がある……。

 話したい?
 何を。

 謝りたいのか、助けられなかった事を。
 勝てるはずもない戦場で出会って、そのまま死地におくった事を。
 自分がいれば勝てるとでも思っていたのか、烏滸がましい。
 それに謝った所でそれで彼女が喜ぶのか。

 可愛そうな女の子じゃないと、戦場を駆け抜けた星のようなあの子が……。


『……いろいろなものを、見ていますか』


 不意に声が聞こえる。
 振り返ればそこには、レコベルがいた。

 レコベル。
 レコベル……だと思うのだが、顔が酷く曖昧に見える。
 思い出せないのか、それとも……。


『あなたに、魔法が届いたのかな』


 どうだろう。
 魔法が届いたのか、星が導いたのか。


『私も、ずっと、星を追いかけています。ほし、そら、向こうには……見た事もないものがあるから』


 君と出会って、星を求めるのが自分の生きる理由になった。
 君を失って……。


『幼生成体は、結構しぶといんですよ』


 君に星を託された。


『私だって諦めてませんから』


 生きているようにいう。
 あぁ、でもそうだ。もし生きているのなら……また会えるかもしれないな。
 レコベル。


『……また会えたとしたら、偶然かしら。それとも、星を求める上での必然?』


 その両方。
 あるいはその両方の、羽ほどの薄さの境目にある言葉

 ……運命。


『その、時がきたら』


 あぁ、時が来たら。
 運命が、星へ導くのだろうか……。

 会えるのだろうか。
 会って話ができるのなら……。


『あなたの見てきた事、沢山きかせてください』


 ……そうだ、そうしよう。
 だから……だから……。

 いずれ出会うために思い出を沢山語れるようにするから、どうか待っていてくれ。
 あの空にある星の下で、また君に会える日まで。






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