>> 1日だけの特別な日






 その日、ベリトは珍しくアジトではなく自宅へ戻っていた。

 というのも数日前の事だ。
 いつもより大物の幻獣を相手に、彼は少しばかり無理をした。

 幻獣の前で尻餅をついたシャックスを庇うため、殆ど無防備の状態で敵の攻撃を受けるという失態を犯したのだ。
 ソロモンから満足にフォトンも送られてない状態だった。
 いくら追放メギドが通常のヴィータよりいくらか頑丈な身体だったといえど、宙に浮き背後の大木まで吹き飛ばされた時は流石のベリトも「死」を意識した。

 その後の味方の連携やアンドラスの雑ながら適切な治療もあり大事には至らなかったのだが、やれ『単独行動は慎め』だとか『独断で飛び出すな』だとか、戦闘のうるさ型に散々と説教をされたのはとにかくウンザリした。


『暫くは安静にしていたほうがいいね、うん。なぁに、追放メギドの身体だから一ヶ月もしないで完治はするさ。故郷にでも帰って、ゆっくりするといい』


 自分ではたいした事はないと、アンドラスの治療ですぐに戦えると思っていたのだが、一応は医者であるアンドラスがそれを許さなかった。

 治療したとはいえ、腕とアバラの骨が折れているという事。
 折れやすくなったアバラが内臓を傷つけでもしたら、アンドラスの解剖実験台になるしか道がないと脅され、やむなくベリトは戦列を離れる事となったのだ。

 こうして彼は久しぶりにアジトではなく、故郷である街へと戻る。
 彼の故郷は王都周辺にある衛星都市の一つであり、比較的辺境にも近いのだが活気のある宿場街であった。

 その宿場街でも有名な金持ちの豪邸が彼の家であり、その都市でもひときわ大きな建物になる。
 ともすれば、田舎領主の館よりも大きなその建物には、今は召使い一人住んでいなかった。

 それはベリト本人が身の回りの事を大概出来ていたのもあるが、「優秀な執事」を一人失ってから元よりヴィータ嫌いがますます強くなっていったのもあるだろう。
 今では食事はあり合わせのもので済ませるか市場で買ったものが殆どだったし、部屋の汚れなどは時々掃除専門の召使いに頼む程度の人付き合いに留まっていた。

 静まりかえった屋敷の奥にある日当たりのよい寝所で、ベリトはただ一人ぼんやりと横たわっていた。

 ベッド脇に詰んだ本も概ね読み終わってしまった。
 怪我をしているからだろうか、水煙草をする気にもなれない。
 だが街に出て新しい本を買ったりするような気分にはなれなかった。


(退屈だな……)


 そうなると、ソロモンたちと旅をしていた頃が自然と恋しくなる。
 だが今戻ればやれ「怪我はどうした」だの「調子はどうした」だのアレコレ言われ、完治してないのがバレればすぐに故郷へ送り返されるのは目に見えていた。

 ソロモン王ご一行は、犯罪すれすれの倫理観をもつ連中や実際指名手配されるような犯罪者もいるのだが、基本的にはお人好しが多い。
 自分の痛みに無頓着でも他人の痛みには敏感で、自分がバカにされても笑っていられるが、仲間がバカにされたら怒り出す……そんな連中が多いのだ。


(最初は生ぬるい連中だと思ってたが……今は何だろうな……)


 あの場所が、恋しいと思っている自分がいる。
 自分と同じ追放メギドとして、ひねくれているくせに妙に純粋な仲間たちと過ごす時間が「悪くない」と、むしろ「楽しい」と思えている自分が、確かにそこにいる。

 それに、何より……。


『リトリト−、今日もキノコいっぱいとってきたから、キノコのごはんにしようねー』


 ……どんな逆境の中にあってもいつも笑っているシャックスの姿が。
 他の連中に「不幸のメギド」だとか「鳥頭」と言われても全く気にせず仲間とともに歩む彼女の明るい笑顔が、ただ恋しく思える。

 今頃、彼女は何をしているのだろうか。
 不幸を呼ぶメギドとして恐れられていたが、大きな怪我などしてないだろうか。
 相変わらずあの屈託ない笑顔をソロモンたちに向けているのだろうか……。

 そんなベリトの耳に、誰かが屋敷に入る僅かな物音がする。
 これは屋敷が広くやけに音が響くのもそうだったが、ベリトが追放メギドとして通常のヴィータでは持ち合わせない程に鋭敏な感覚をもっていた故に気付いた事である。

 盗賊だろうか、とも思ったがやけに堂々と正門から入ってきてるのはいかにも盗賊らしくない。
 この屋敷は広くいかにも何かありそうな豪邸ではあるが、実際こそ泥達の手に触れられそうな場所にあるのはやれ女王を呪い殺したダイヤのネックレスだの、英雄の心臓を突き刺した槍だの曰く付きのものばかり。

 普通のヴィータなら手にしてすぐに何かしらの不幸に見舞われ、突然死ぬか苦しんで死ぬかのどちらかというモノばかりしかないのは、この街でも有名だ。
 わざわざリスクを犯してまで、この屋敷に盗みに入るものなどいなかった。

 それに本当のお宝や財宝、価値のあるものは目に見えないような仕掛けの向こうにあり、そこには厳重なトラップが軒を連ねている。
 よほど腕に自信のある盗賊じゃなければ盗めないだろうし、逆に言うのならこの屋敷から盗みが出来る程の盗賊にはそれだけの財宝をやるのも構わないだろう、とベリトも思っていた。
 腕のあるヴィータが命がけで挑むのに相応しい報酬を……という考えを、最近のベリトはするようになっていたのだ。

 だがやはり、この闖入者は盗賊ではない。
 あちらの部屋、こちらの部屋とふらふら歩きながら、何かを探しているようだが、金目のものがおいてある部屋にある貴金属類には興味がないらしい。

 何より足音がひどい。
 パタパタ、ぺたぺた歩く音はとうていプロの盗賊とは思えなかった。

 かと思えば。


「うえー、このお屋敷広すぎるよー。リトリト−、どこー」


 今にも泣きそうな声が、館の中に響き渡る。


「!? シャックスか」


 ベリトは起きあがると、まだ痛む腕やアバラも気にせず愛用のガウンを羽織ってすぐ声の方へと向かった。


「あ、リトリトいたー!」


 声の聞こえた廊下は寝室とは全く逆の、厨房近くだった。
 そこで右往左往しているシャックスを見つけると、シャックスはこちらを見て安心したように声をあげる……かと思えばそのまま思いっきり抱きついてきた。


「ふぇぇぇ、リトリト−、ビックリしたよー、こんなに広いお屋敷とは思わなかったから、迷子になってもう出られないかと思った−」


 シャックスはそういいながら、思いっきり力をこめて縋り付いてくる。
 怪我をしたベリトの腕とアバラがミシミシと音をたてはじめていた。
 そういえば、怪我をしたのもシャックスを庇って変な体勢のまま敵の攻撃を受けた事が原因だった事も、何とはなしに思い出す。


「いたたたた……痛ぇって言ってんだろ! 誰のせいで怪我したと思ってんだオメー」
「あ、あたし? あはは、ごめんごめん!」
「……別にいいけどよ、一体何の用だ」


 シャックスは小首を傾げ、暫く「えーっと、何だっけ?」と思い出すような仕草をした後「そうだ」と声をあげ改めてベリトの方へ向き直った。


「リトリト、今日が誕生日なんだよね」
「ん、あぁ……そうだな、俺様がこのヴァイガルドに転生した、忌々しい日だ」


 追放メギドたちは、このヴァイガルドで「誕生した日」をよく「転生日」と呼ぶ。
 ヴィータたちが誕生日と言ってその日を祝う傾向があるから、追放メギドでもそれを「誕生日」あるいは「転生日」と呼び祝うものが多いのだ。
 ベリトも幼い頃は誕生日が来ると豪奢に祝ってもらったものだ。

 最もこの「誕生日」は追放メギドにとって忌々しい追放刑を受け、無理矢理ヴィータの肉体に押し込められた刑罰の始まりでもある。
 子供の頃、どんなご馳走を出されても息苦しい肉体に対する違和感はぬぐえず、いつでも浮かない気持ちでいたものだが。

 シャックスは、ベリトがそんな過去の記憶に唾を吐いている時でも輝くような笑顔を向け、彼に言うのだった。


「あのね、リトリトが誕生日だからって、あたしモンモンに頼んで今日はお休みにしてもらったの。それでね、それでね、何か誕生日プレゼントをあげようと思ったんだけど、何がいいのかぜんぜんわからなくて……それなら、リトリトに直接聞いちゃおうと思って来たんだけど、お屋敷が大きくて……えへへ、迷子に……」


 早口でそうまくし立てるシャックスが全て言い終わらないうちに、ベリトは彼女を抱きしめていた。
 祝われる。産まれた事を、喜ばしいと思ってもらえる。
 久しく味わっていなかった「嬉しい」という気持ちがじわじわと胸に広がっていく。

 それは暖かく、くすぐったくて照れくさかったから、その顔を見られまいととっさに抱きしめていたのだ。


「んー、リトリト、苦しいよ−」


 手足をじたばた動かすシャックスを前に、ベリトは 「悪ィ」 と慌てて離れる。
 そしてその金色の髪を撫でると、不器用に笑って見せた。


「……もし、その。俺様を祝いたいってんなら……今日は、ずっと傍にいてくれねぇか、な?」
「えっ、そんな事でいいの?」
「ずっと一人で退屈してたからよ……話し相手が欲しいんだ、いいだろ?」
「うん、あたしもリトリトに話したい事いーっぱいあったんだ!」


 そうして歩き出す二人の肩は、自然と近くなる。

 それはどこにでもある日常。
 だがベリトにとっては久しぶりに訪れた、心から祝福された「転生日」でもあった。




<おまけ>




「そういえば、ベリトの誕生日、お祝いにいったんだって?」


 シャックスと二人、お菓子をつまみながらゼパルは何となくそんな事を言う。
 ベリトの誕生日にシャックスがお見舞い兼誕生日祝いに出かけたのはアジトの仲間たち皆が知る事実となっていた。


「うん、リトリト喜んでくれたよ!」
「ふーん、二人で何してたの?」


 そう言われ、シャックスはぼんやりとその日の事を思いだす。
 あの日はベリトの怪我が完治していなかったから、そのまま彼の寝床で話す事になった……のだが、彼の使っている天蓋付きのふかふかベッドを見た時、シャックスのテンションはマックスに振り切れた。


『うわーすごい、ふかふか! すごーい、天蓋! はじめてみたー!』


 嬉しくてベッドでゴロゴロ転がっていたら、呆れたベリトが 『そこで寝てていいぞ』 というから、そのまま二人で横になり、あれこれ話をして……。
 ……部屋にはやけに甘く心地よい香りが漂っていた。
 その香りに誘われるうちに、自然と二人とも眠っていて……。

 起きた時は夕暮れだった。
 お腹が空いてたので二人で厨房にある食材をつかい塩スープを食べて……誕生日に食べるには質素に思えたが、あれがとても美味しかったような気がする。


「うーん、そうだなー。リトリトの部屋にいったら、ベッドにつれていかれて……」
「ベッドにつれこまれて!?」
「そのまま二人で一緒に寝て……ごはん食べて帰ったかな……」
「ええええええええええええええええ!? たたた、大変、大変だよソロモンー!」


 その後なんやかんやで誤解したゼパルの誤解をとくのが大変だったらしいが、それはまた別の話。






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