>> けっこんごっこ。






 ついに念願かなって、ゼパルは結婚する事となった。
 かつての仲間たちに招待状が届き、ベリトとシャックスもそれに参加する運びとなる。

 場所は小さなチャペルだった。
 結婚式としてはそれほど大きな規模ではなかっただろう。

 それでもゼパルは……純白のドレスとヴェール、そして銀色のティアラをのせた彼女は幸せそうに微笑んでいた。
 沢山の仲間と、肉親と、友とに祝福されて。


「それじゃあ、いっくよー!」


 勢いよく投げられたブーケは、シャックスの手にすぽんとおさまる。
 最初から狙って投げたのか、それとも偶然だったのかはわからないまま、ゼパルは花婿の差し出す手をとり馬車へ乗る。
 拍手をするもの、手をふるって見送るもの、感極まって涙するもの。
 そんなヴィータたちに優しく手を振り返すゼパルの顔は、幸せな笑みを絶やす事がなかった。



 その姿が美しく、そして愛らしいと思ったから、ベリトはシャックスに聞いてみた。

 結婚式というほど大げさなものではない。
 お披露目するつもりもないから、二人だけになるだろう。
 それでも、チャペルを借りて、鮮やかなドレスを着て、ヴィータのやるような「結婚式」をしてみたいか、と。

 シャックスは素直にこう言った。
 結婚式は堅苦しくて苦手だし、あの空気に自分はとても耐えられないだろう、と。
 だけどそれでもゼパルのように美しいドレスを着て、自分の好物をたっぷり揃えてお腹いっぱいに食べる事には興味があると。

 だからベリトは彼女のために、小さなチャペルを借りる事にした。
 腕の良い仕立て屋にオートクチュールのドレスを頼み、一流のシェフにはキノコづくしのご馳走を作らせる。

 自分とシャックスと。二人だけしかいないチャペルで、「結婚ごっこ」は始まった。
 ドレスはあの日ゼパルが着ていたような純白のドレスと、こちらはシャックスの金髪をイメージした金色のティアラにした。
 お色直しはシャックスの好きな色だという黄色に、フリルをたっぷりとつけたドレスを誂える。

 誰かを呼ぶ訳でもなければ、誓いの言葉があるわけでもない。
 ベリトとシャックス、お互いの好物を準備して、お互いにきちんと礼装をし、指輪の交換とキスをする。
 悪魔と呼ばれるメギドが神や天使(ハルマ)に何かを誓うのは妙だろうと思い、二人は互いの思いに誓う。

 出来る事なら、ずっとともにいられるように、と。

 そんな真似事をしたからか、シャックスはあれからずっとベリトの傍にいた。


「リトリト、朝ごはんどうする?」


 まるで本当の新婚夫婦のように語るシャックスを見て、ベリトはふと不安に狩られる。
 シャックスは結婚という言葉に縛られ自分の傍にいるのではないか、と。
 そしそれはベリトの本意ではなかった。ベリトは、自由な彼女を愛していたからだ。


「……おい、シャックス」


 だからベリトは素直に告げる。
 今のままでいるのは「幸せ」でもあるし自分にとっても「楽しく」もある。
 だがそれでも自分という一人の存在に、彼女を縛り付けていたくなかったからだ。


「おまえが俺様と結婚したと思ってるなら、別にそれはごっこ? ……とでもいうんだろうな。遊びみたいなモンだからよ。あんまり気にしなくていいぜ。俺様に拘らなくても、お前は自由に好きな場所にいってもいいんだぜ。俺様は、おまえを縛り付けるつもりは毛頭ねぇからな」


 これは彼女に対して善意のつもりでかけた言葉だった。
 だがシャックスは見る見るうちに悲しそうな表情になると、ベリトの胸へ飛び込んだ。


「また、リトリトそんな事いう! あたしは別に今の生活がいやな訳じゃないからね?」
「いや、でも。おまえ……」
「あたし、リトリトのそばにいたいからいるの! 結婚とかしてもしなくても、リトリトのそばがいいの! リトリトのそばが楽しいの! それなのに、リトリトのばか! どんかん! とうへんぼく! かいしょうなし!」


 そしてシャックスは、ポカポカとその胸を叩く。
 ジルを失って以後、あまり長く誰かと付き合いを続けた事がないためつい不安になってしまうが、シャックスは自分のそばにいたいのだという。
 そしてそれが楽しいのだといってくれるなら……。


「……悪かった。今日は……楽しい所いこうぜ。な?」
「ぶー……悪かったなら、お詫びのチューしてよ、ね、ちゅー!」


 シャックスはそういいながら、口を尖らせて目を閉じる。
 ベリトは呆れながら。


「するかよバーカ」


 そういいながら軽くデコピンをして。


「いたい! ひどーいリトリト!」


 そう、文句をいいかけるシャックスと唇を重ねた。
 シャックスは一瞬文句をいいかけるが、すぐに黙ってその唇を受け入れて。


「ずるい、リトリト」


 真っ赤な顔でそういうから、ベリトは笑って頭を撫でる。


「そうさ、俺様はズルいんだぜ。でも、それでも選んだのはお前だからな? ……さぁて、今日はどこにいく」
「へへー、そうだね、今日は……朝ご飯を食べてから、考えよう! 朝ご飯、朝ご飯!」


 二人の距離は自然と近づく。
 今日も平和な一日が始まろうとしていた。






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