>> 仲良く喧嘩しな!






 追放メギド。
 故郷であるメギドラルから追放され、ヴィータの肉体に封印されて以前のように「メギドとしての力」を自由気ままにふるう事ができなくなった存在である。

 皆同じようにメギドラルを追放されたという立場ではあるが、その理由は様々だ。

 メギドラルで罪を犯したから追放されたもの。
 ハルマゲドンに否定的な立場をとり、自らメギドラルを去ったもの。
 実際に罪があり追放されたものもいるが、多くはえん罪により追放されたものだといわれる。

 それ故か、ヴィータとなった後もそのスタンスは様々だった。

 メギドラルから離れ、ヴィータになった事さえも現地調査(フィールドワーク)の一環程度にしか認識していない者。
 自分を捨てたメギドラルを恨み、その怨嗟をのせてただ幻獣を狩り続ける者。
 そして中には、追放された自分を蔑む者や追放された事で自尊心を失った者や、すっかりヴィータの文明、文化に染まり堕落してしまったものもいた。

 そのような個性的な面々がいるのだから、アジトの中も毎日が静かで平穏に過ごせるとは限らない。


「うるせェな! 何だったら表出るかコラ?」
「はぁ……うるさいのはアンタの方違いますか? ゆっくり酒も楽しめないとは、ホント、無粋なお方ですわ……」


 その日、テーブルを揺らし怒声の応酬をはじめたのはフラウロスとカスピエルだった。
 二人ともかなり酒のにおいがするあたり、酔ってるうちに何気ない事が気にくわなくなり始まった、というタイプのケンカだろう。
 場末の飲み屋でよくある喧嘩で、時間がたてばおたがいに何が理由ではじまった喧嘩なのかよく覚えていないというパターンのものだ。

 だが、ここは曲がりなりにも「ソロモン王に召し抱えられたメギドたちが集まるアジト」であり、王都からの借り物である。
 無闇なケンカや諍いがよくない事など誰もが知っていた。

 きっとブネやバルバトス、パイモンなんかがアジトにいれば率先して止めに入っただろう。
 だが普段からソロモンの旅につきっきりの彼らは生憎今、ここにいない。


「お、ケンカか? ……面白れぇな、どっちが勝つか賭けようじゃねぇの?」
「賭け、か。レートはどんな感じだ」
「賭けはいいけどあの二人だからねぇ……アタシは、手数の多いフラウロスに賭けようじゃないか? 他はどうだ?」


 むしろメフィストなんかは率先して賭けの対象にしていた。
 その悪ノリに、ガミジンとウァレフォルも声をかける。

 唯一止めようと必死になっているのは。


「もう、おにーたんのアジトでケンカはダメなのー。ジズ、おにいたんに言いつけちゃうから!」


 年端のいかないジズだけなので、すっかりヒートアップした二人は聞く耳などもたなかった。


「大体おまえその喋り方なんだよ。もっとマトモに喋れねぇのか!?」
「あんたに口調まで指図される言われありまへんし……それに、こうやって喋ると女がえーえ気持ちで乗ってきてくれるんですわ。そっちこそ、無粋な喋り方でろくに女なんか口説けんとちゃいます?」
「うるせぇ! ……女はくどくとかじゃなく、無理矢理でも奪い取る! 違うか?」
「はーやだやだ、そないな下品な考え方でいるから、ほんまの女の心がわからんのや……」


 カスピエルはそういい立ち上がると、遠巻きでその言い争いを眺めていたゼパルの前へと跪いて見せた。


「……今日も、綺麗やなぁ。ゼパルのお嬢ちゃん。お嬢ちゃんの手も爪もいつも綺麗に磨かれてて可愛いで」
「ふぇっ!? ふぇ、あ、あ、あたし?」
「せやで? ……他に誰がおるんや。こんな愛らしいお嬢ちゃん、他におらへんやろ……なぁ、ゼパルのお嬢ちゃん。いっぺん、俺と街いってみいへんか? ……楽しい店、ぎょうさん教えてやるで」
「えー? えー、ど、どうしようかなぁ……」


 ゼパルは突然迫ってきたカスピエルに困惑はするものの、まんざらでもないといった様子を見せる。
 それがフラウロスはやけに腹がたったのだが、何故苛立つのかその理由まではよくわからなかった。


「まてよ! ……ゼパルみたいなガキんちょ騙して何する気だテメェ?」
「が、ガキんちょって何よ、フラウロス! あんた……」
「黙ってろ!」


 フラウロスはそういいながら、強引にゼパルの口を塞ぐ。
 ゼパルは何か言いたげに「うー、うー」とうなり、じたばた手を動かしていた。


「はぁ、ほんに女の扱いがなってまへんなぁ……モノみたいに扱ってたら、女の子が呆れて離れてしもても知りまへんで」
「うるせー! かんけーねーんだよこいつは!」
「はぁ、ならほんまに俺がもろてもえぇんやろか? ……追放メギド同士、より仲良うなっても……な?」
「だから、関係ねーんだこいつは! 今はゼパルは関係ねーの、ほらゼパル耳塞いであっちいけ」


 フラウロスはそういいながら、ゼパルをウァレフォルの方へと押しやる。
 よろけるゼパルを、ウァレフォルは慣れた様子で抱き留めて見せた。


「えーもー、何? あたし、ひょっとして取り合われてる? やた、悲劇のヒロインみたい!」
「取り合われてる、っていうか……ダシにされてる、という所だな」


 ウァレフォルの腕に捕まるゼパルは、ぷくっと頬を膨らまして怒りを露わにする。


「うー、あたしもそんな気がする……もう、失礼しちゃう! 軽薄な男もフラウロスもこっちからお断りだもん!」


 そうしてゼパルが舌を出してる間も、二人のにらみ合いは続いていた。


「ま、話す事はこっちは無いんで……立ち去らせてもらいますわ。はぁ、今日の酒はアンタのおかげで随分不味い酒になりましたわ」
「こら、こっちは話済んでねぇぞ!」


 そういい、フラウロスはカスピエルの肩を掴もうとする。
 だが勢いあまったその手はカスピエルの肩を存外強く叩いてしまい、別のテーブルで飲んでいたガミジンやメフィストのグラスを倒すのだった。


「何だ、こっちを巻き込むんじゃねぇよ、ったく……」


 ガミジンは冷静だったが、メフィストはすぐに攻勢に出る。


「おう、そうだぜ、さっきから見てればしけた話ばっかりでアジトの雰囲気悪くしてんだテメーら、俺に謝りやがれってんだ」
「……何でお前に謝らにゃアカンのや」
「そうだ、お前は関係ねぇだろ」
「関係ある! ……大体、俺ぁなカスピエル。お前のそのスカした態度が気に入らなかったんだ!」


 どうやらメフィストはこのケンカに乗ろうとしているらしい。
 ガミジンもウァレフォルも呆れたようにメフィストを見ると、早々に零れた酒を始末した。


「ったく、血の気が多い奴が多すぎだぜ」


 アジトの隅で本を読んでたフォラスはため息をつく。


「ホントホント、寝てられないよ……んぅ……」


 ソファーに寝転がっていたフルフルは、そう呟くとまた夢の世界へと沈んでいった。


「カスピエル、お前はオレの目のつけた女をことごとく奪っていくから気にくわねぇんだよ!」
「そうだ、お前は口先ばっかりのクソメギドだ!」

「だがフラウロス、お前、酒を飲んでも金を払わないってのは酒好きの俺としては気にくわねぇな……いーい酒を飲んだら、対価を払うのが礼儀って思わないとは悲しいよなぁ」
「せやで、お前はそういうところがクズなんや」


 メフィストが酔った二人を煽りだしたあたりから、いよいよ二人の熱気が勝っていった。
 一触即発、いつケンカになるかといった所で。


「じゃじゃじゃーん! シャックス、ただいま戻りました−! 今日はね、今日はね、キノコいーっぱいとってきたから、晩ご飯はキノコづくしだよ! 嬉しい嬉しい!」
「……はぁ、オレ様をコキ使うのはお前くらいだぜ。オレ様はコキ使うのは好きだが、コキ使われるのは好きじゃないんだがな」


 玄関からシャックスとベリトが戻ってくる。
 それに気付いたフォラスだったが。


(ソロモン王やブネ、バルバトスやガープがいてくれればすぐに場をおさめてくれてたか、マルコシアスがいればたちどころに正義の鉄拳制裁でカタがついてたろうが、この二人だとなぁ……)


 シャックスは脳天気、ベリトは典型的なオレ様だ。
 このままケンカは免れないと、密かにフォラスが覚悟したその時。


「……おい、カスピエルと、メフィストと、あと……何だったか。クズ」
「クズじゃねぇ! ……てンめぇベリト、お前はオレの名前を憶えるつもりねーだろ、クズクズいいやがって、クズが傷つくぞ!」
「傷ついてるように見えないから仕方ねぇだろ……おい、お前ら! そこでフラフラ立ってるなら暇だろ? ……暇だったら今から丁重に、オレ様の世話を焼きやがれ!」


 その言葉に、一瞬メフィストもカスピエルも、フラウロスも言葉を失う。
 そして暫くポカンとベリトを見つめた後、誰とはなしに笑い始めた。


「ばぁーか、誰がお前の世話なんかやくか!」
「ははははは、ほんまやで……何や、急に出て来た奴に偉そーに言われたら全部バカらしゅうなってもうたわ」
「あー、こっちも興がそれちまった、飲み直そうぜ」


 三人はそう言うと、一つのテーブルに戻り酒をまた煽り始める。


「な、おまえ……オレ様の世話をっ、焼けっていってるだろ! ……どいつもこいつも……誰もオレ様の言う事なんか聞きやしねぇ、くそっ」
「はいはーい、リトリトはこれからあたしと一緒にキノコごはん作り、よろしくよろしくー」
「ちっ!」


 ベリトは舌打ちしながらも、他にシャックスの手伝いをする輩がいないのを見てキッチンに手伝いに入っていった。


「……あんなケンカの止め方ってあるんだな」


 マルファスの出した問題集を解きながら一部始終を見ていたアモンは関心したような、だがどこか呆れたような顔をしてそう呟く。


「あれは特別だろ、天然……って奴だろうな。誰でもマネできるってもんじゃない、はぁ……ホント、ここは血の気の多い奴だらけだぜ」


 フォラスはアモンの問題集を見ながら、今はすっかり仲直りして飲み直している三人を眺めていた。
 ともあれ、メギドたちのアジトは毎日小さな諍いがあるものの、概ね平和である。





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