>> 大学生レコベルの日常
私の名前はレコベル。
T大学の2年生で、種族は魔人……。
魔人っていうのは、人間より寿命が短くて、平均寿命は概ね30歳前後って言われてて……。
最もこの平均寿命も、魔人が産まれたのが終わりの見えない戦争に入ってからだから、本当はもう少し長く……4,50年くらいは生きられるんじゃないか、ってのが専門の先生の考え方なんだけど、それでもやっぱり臓器や筋肉なんかが全体的に人間より弱く、毒素を溜めやすいところもあるから、人間よりは寿命が圧倒的に短いって言われていて……。
でも、その代わりに成長が早くて、「念波」や「治療術」なんていうファンタジー小説に出るの魔法のようなみたいなモノが使える種族でもあるから、大抵の魔人はその魔法を使って戦場の前戦にかり出されているんだ。
見た目も人間と違って、耳が長かったりして……何が切っ掛けだかわからないけど、今の戦争もずっと人間vs魔人の戦争だ。
私はその中でも偶然「自治区」に保護されて、比較的平和な街で、戦争が始まる以前の都市の様相をした自治区で勉強をしながら、人間の中で時々うまれて、それでいて人間のなかでもかなり珍しい「不死者」という存在と一緒に暮している。
「ただいまー、アンダー」
「おかえり、レコベル」
アンダーと呼ばれている彼が時々人間の中で産まれる「不死者」という存在だ。
見た目の年齢は20代半ばから後半くらいだけど、実年齢はまったく分からない。
黒髪で、顔立ちや体格は東洋人っぽい……人種もおそらく、アジア人かそちらの系統だろうと推測されるけど、それも定かではない。
本人は多分私よりずっと長生きで、結構ひどい人体実験をする研究所から救出されてからこの自治区に移された。
救出時はもう自分の名前も、感情らしい感情も殆ど失っていて、今の「アンダー」という名前は、本人が名乗りだした一応の名前だそうだ。
アンダー。
下に、とか……低い、とか、この言葉はそういう意味があり、アンダーは自分の事を「人間より下」みたいに思っているのかもしれないけど……。
「ごはん、つくっておいたよ? 冷凍エビフライ……揚げただけだけど、好き?」
「ほんとですか? わー……大好き−!」
嬉しくて両手をあげる私を、アンダーは嬉しそうに笑う。
その笑顔はぎこちなくて寂しげだけど、私はアンダーを「下」とは思わない。
アンダーは、よっぽど人間らしい人間だって、そう思うから……。
いつか自分をそう思わなくなったら。あるいは、自分の本当の名前を思い出したらその時は、胸を張ってその名前を名乗って欲しいな、って思う。
魔人の寿命は短いから、私とアンダーが一緒にいれるのはせいぜいあと10年くらいかもしれない。
だけど、その間に思い出してくれればいいな……アンダーの、本当の名前……。
「そういえば、お隣さんからお料理のお裾分けをもらったのでした」
私は帰りがけに、隣のピロおじさんからもらったタッパーを取り出す。
ピロおじさんは私とおなじ魔人だからか、よくこうして作りすぎた煮物(だと思うもの)や、焼き魚(だったもの)とかを差し入れてくれるのだ。
私がそれを取り出すと、アンダーは露骨に嫌な顔をしてみせた。
「隣のって、あの、何でも強火で料理する業火卿だろ」
「そう、何でも最初から強火で料理する業火卿」
「……やめておいたほうがいいと思うけどなァ。いままでもらった料理、全部コゲコゲか、焦げているわりに中は生だったじゃないか」
……確かにそう。
何でも最初から強火で料理する業火卿の作るお料理は、いつも焦げている癖に生煮えで煮物も「たぶん煮物」だし、焼き魚も「多分焼き魚」で、確定できないボロボロ具合だ。
「多分、失敗した料理をこっちに押しつけてるんだよ。俺が不死だからって大丈夫だろうって……絶対食べない方がいいぞ」
……確かにそう思うけど。
今、タッパーに入ってるのも何だか炭みたいになった部分がちらほら見えるけど、茶色いしちょっとスパイスの匂いもするし、元はハンバーグだってギリギリ分かるから。
私は、食べないで捨てるより「食べてみておいしいのか、不味いのか。まずかったとしたらどんなまずさなのか」がとにかく気になるのだ。
「でも、今度こそ成功してるかもしれないし!」
私はそういいながらタッパーを明ける。
そこには、ぐちゃっと崩れた焦げ肉が、多分ハンバーグになりそこなった挽肉としてバラバラにタッパーに詰め込まれていた。
……見るからにマズそうだ。でも、食べてみるまでマズいかどうかなんてわからない。
一方のアンダーは、私の開けたタッパーに危険物でも見るような視線をおくり露骨にイヤな顔をしてみせた。
そして 「これはまずいぞ」 とジェスチャーをしながら、テーブルに料理を並べる。
「絶対食べないほうがいいぞ、おいしい保証がゼロだ……何だろうな、これ? ハンバーグ……か? だとしたら、焼けてない部分はダメだ。肉の生はアブないぞ?」
アンダーはそういいながら、テーブルに料理を並べる。
しろいごはん、エビフライにレタスをそえて、トマトとキュウリとハムにチーズをいれてドレッシングでかき混ぜただけのサラダだ。
私はそれを横目に、焼き目の強い部分をさっと一口放り込んだ。
焼き目がある部分ならきっと、生じゃないから最悪でもマズいだけだから、大丈夫大丈夫……。
つまるところ、私は好奇心に勝てなかったのだ。
「……」
ぱくっと勢いよく口に放り込む私を、アンダーは心配そうにのぞき込む。
「おい、大丈夫か?」
大丈夫じゃない。
焦げ目と、口に入れた瞬間なんでか強くかおりすぎるナツメグのにおい、それに異常な塩っ気という絶妙なバランスが口の中で暴れ回り……。
「うげーーーーーーーーーーー」
思わずその場で吐き出す私を見て、アンダーは呆れたように頬杖とため息をついた。
「だからいっただろ、はい、水」
「んー、んーーー」
私は手をバタバタさせながらその水を一気に飲む。
そうしている間にアンダーは、私の吐きだしたハンバーグ(だと思うもの)をさっさと片付けて、アルコールで消毒までしてくれた。
「んー、ごめんなさいアンダー、なんか、えーと、お世話かけました」
「いやいや。また好奇心に勝てなかったんだろ? 何というか、そうだな……きみは、見てて楽しい」
アンダーはそう言うと、ぎこちなく笑ってみせた。
アンダーは、それまで何度も「死なない」「老いない」身体の秘密を探られるよう、色々な研究所で酷い実験を受けていた……らしい。
時には戦場で、爆弾をかかえて爆死する、そういう雑な扱いも受けていて……そのたびに身体全体、脳に至るまで修復しているうちに、自分が何者なのか分からなくなってしまったんだろう。
というのが、アンダーのような「不死者研究」で名を知られる若き研究者……シバ准教授の意見だ。(シバ准教授は私の先生にあたるのだ)
今回、救出され奇跡的にまだ不死者としての能力を残しているアンダーは珍しいという事で、この自治区では保護される事になり、その世話の役回りを任されたのが不死者の専門家であるシバ准教授だったんだけど、シバ先生いわく。
『自分の世話で手一杯なんで、人の世話なんて……ましてや男の世話なんてできないッスよ』
という事で、アンダーのお世話係が私に回ってきたのだ。
勿論、アンダーのお世話係としてそれなりの賃金ももらっているし、それは苦学生の私には嬉しいんだけど……。
……正直、最初は戸惑った。
私は魔人とはいえ女性だし、人間の成人男性であるアンダーと生活というのは『間違い』があるんじゃないか、って不安だったからだ。
『いや、でもレコベルくんは幼生成体(ネオテニー)じゃないッスか』
『幼生成体でも成人してるんですよ! すっごい失礼ですよねシバ先生って』
『あー……デリカシーってのはよくわからないんで……それに間違いがあっても大丈夫っスよ、今の所、人間と魔人の間に子供ができた事例は聞いた事ないッスから……』
『そういう問題じゃないですー!』
『それに、何かされたらレコベル君だったら何か念波でも衝撃波でも、そういうので対抗できるんじゃないッスかね……魔人の中でも優れた使い手って聞いてるんスけど』
『そうかもしれませんけど、今のアパート借家だから壊しちゃったら……』
『その時はその時で考えればいいッスよ。大丈夫、アンダー君はおとなしい不死者だったんで……』
あの時シバ先生とした会話は、今でも覚えている。
何だかんだいって、賃金の良さとシバ先生の 『レコベル君なら大丈夫だと思うッス』 という熱いプッシュに負けて結局、アンダーの日常世話係は私がする事になったのだ。
そういえば、あの時のシバ先生は……。
『人間と、魔人は……事例がなくても、鵺というのは……事例があるというのは、何とも皮肉っスね』
酷く悲しそうな顔をしてた、けど……。
……先生も、幸せになってほしいな。
ともかく、私はそういう敬意でアンダーの世話をするようになった。
でもアンダーは、たまに散歩に出たり、部屋の掃除をしたり、行動は私たち魔人や、人間とそれほど変わらない。
本を読んだりする事もあるけど字を結構忘れてるみたいで、今は簡単な漫画を読んだりして生活してるから、思ったより手がかからない……。
というより、全面的に私の生活のサポートを今のアンダーがしてくれる、ってのが正直なところだ。
元々、レポートや学術書でメチャクチャになってた私の部屋はアンダーが来てからすっかり綺麗になった。
ご飯も、私が帰ってくる頃にだいたいアンダーが作ってくれている。
今まで、勉強とアルバイトで手一杯だった頃と比べれば、よっぽどゆとりがあるだろう。
「口直しに、食べなよエビフライ」
「はい……そうします……」
私はしょんぼりしながら、エビフライを一口たべる。
冷凍食品だってアンダーは言ってた。単一の味付け、ただ揚げれば誰だって上手にできるものだけど。
「おいしい!」
アンダーが作ってくれると、とくべつ美味しく感じる。
「はは、いっぱいあるから俺の分もどうぞ。でも、野菜も食べなきゃダメだよ」
「私そんなに意地汚くないですけどっ……でもくれるんならもらう、もらいます!」
他愛もない話をしながら、ごはんを一緒に食べて。
アンダーに読み書きを教えたり、私がアンダーの覚えている事を聞いて。
何でもない時間だけど、何だか楽しくて……。
「アンダー、ごはんを食べたら、今日は何をする?」
「そうだな……」
アンダーは窓をちらりと見る。
もう外は夜になっていて、空には星が小さく瞬いていて……。
「星でも見ようか、レコベル。たしか、望遠鏡をもっていたよね」
「……はい!」
それは、きっと全て些細な事。あたりまえのような日常なんだろうけど、何故だろう。
私には夢のように幸せな世界が、ここにあるような気がした。