>> 夏とキノコと熱中症
〜side A
シャックスが気が付いた時、見知らぬ小屋の中にいた。
そこは風通しのいい小屋だが人の住んでいる気配はなく、見知ったアジトのものではない。
「あれ〜? あれれ〜、ここ、どこどこ? あたしはだーれ? ……あたしはシャックス! 大丈夫、自分の名前はわかるわかるぅ! んー、でもどうしてこんな所にいるのかな? アジトじゃない知らない場所……まさか、あたし誘拐されちゃった!?」
見知らぬ場所で目覚めた事で半ばパニックになり慌てて起きようとするシャックスを。
「まだ寝てろ……無理して動くな。今は本調子じゃ無ぇだろうからな」
聞き慣れた声が留める。
声のする方を向けばベリトが壁を背もたれにして座っていた。
彼のトレードマークともいえる赤いガウンを着ておらず、上半身は裸という一見して奇妙な姿だ。
「あ、リトリトだ! よかったー、知ってる人がいて。というか、リトリトが裸なの、なんでなんで? いくら熱いからって、裸じゃおかしいよ?」
シャックスは、そう言いながら自分の身体が妙に熱っぽい事に遅まきながら気づき始めた。
身体全体に熱が籠もり、頭も身体も妙にぽわぽわする。身体は酷く疲れていて、怠いような眠いような気がする。目の前の世界はぐるぐる回っているように思えた。
一方のベリトは、一度小さくため息をつくと黙ってシャックスを指さす。見ればベリトの赤いガウンは、今シャックスの掛け布団代わりになっている。
赤いガウンは濡れてて冷たく、妙に熱を帯びたシャックスの身体に心地よい。
どこかで服を濡らしてきて、シャックスにかけておいたのだろう。
「ありがと、リトリト……でもリトリト、裸だと……いやだよね? いやだよね? これ……」
上着を返すため起き上がろうとすると、シャックスは自分の服がすっかりはだけている事に気付いた。
着ていたはずのジャケットは脱がされ、下に着ていたブラウスもボタンが幾つか外されている。
「はわわぁぁぁあああ!」
自分の思わぬ姿に一人赤面するシャックスに対して、ベリトは自分の頭を掻いて見せる。その仕草には、彼女がそこまで動揺するとは思っていなかったといった風にも見受けられた。
「あー、その、何だ……一応言っておくが、別になんもしてねーからな?」
「してたら怒るもん! ……セキニンとってもらうから!」
「おー、そりゃヤベェな……だが誤解すんなよ? お前が急に熱中症でぶっ倒れたから、涼しい格好をさせて……涼しい場所に転がしておいただけだからな?」
「ネッチューショー?」
「クソ暑い夏に外にいると、時々暑さにやられてぶっ倒れちまうんだよ。お前は多分それで気絶して……仕方ないからオレ様とマルファスがここまで連れてきてやったんだぜ?」
言われてシャックスは何となく倒れる前の事を思い出す。
そう、今日はアジトで留守番を任されて、食事用のキノコをとりにいくと森に出かけて……一人では危ないだろうと、マルファスとベリトが護衛代わりについてきてくれたのだ。
だけど今日は森の木陰から差し込む光がやけにつよくて……普段はわりと冷える森だからとすこし厚着をしてきたのだが、段々と気分が悪くなってきて……。
だがそんな疲れや気分の悪さも、沢山のキノコスポットを見つけてたら飛んでいってしまったと、そう思っていた。
そうして夢中になってキノコをとり、いざ立ち上がろうとしたら立ち上がれなくなっていたのだ。
(あれ、何かおかしいよ? 足が動かないし、声も……出ない……?)
そう思っているうちに意識が遠くなっていって……。
「おい大丈夫かシャックス!」「どうした、シャックス!?」
ベリトとマルファスの声がやけに遠くに聞こえて、それを最後に世界が暗転していったのをぼんやりと覚えている。
「そっかー……急に力が入らなくなったと思ったけど、あれ、ネッチューショーって奴なんだね」
「そうだ、まったくキノコに夢中で水も飲まずにいたからだぞ、ほら……」
ベリトはそう言いながら、水筒を手渡す。
一口飲めば冷たい水がシャックスの身体に留まっている熱をすこし癒やしてくれるような気がした。
「……なんか、アタシ迷惑かけちゃったね」
それからシャックスはぽつりと呟く。
その顔はまだ熱っぽさもあるかだろう、いつもより寂しげに見えた。
「アタシ、みんなと美味しいキノコを食べれればって思ってたけど、結局倒れちゃったし……マルマルにも、リトリトにも迷惑かけちゃって……ホント、私ってダメなのかな? やっぱり不幸を呼ぶメギドで、みんなに迷惑かけちゃって……私、ダメなメギドなのかな……?」
弱っているからか、その言葉は力ない。
不幸を呼ぶメギドというのは、彼女がメギドラルにいた頃からつけられていたあだ名だった。
彼女がいると、その周囲にいるメギドが不幸になる。彼女の傍にいると、何かしら酷い目にあう。それはメギドラル時代から、追放されヴィータになった今でも言われ続けている事であり、普段は明るく気にせず振る舞っている彼女が弱気になると出る言葉だった。
彼女は、自分が不幸を呼ぶメギドだからいつも怖がっているのだ。
大切な友達が、仲間が、折角見つけたソロモン王が、自分のせいで不幸にならないか、そういう気持ちで本当は押しつぶされそうなほど心配なのだ。
だけどそれを気にしていたら、自分が暗い気持ちでいたら、本当に周囲を不幸にしてしまう……。
彼女のヴィータの母は、彼女にそんな事を教えて、そうして彼女はいつも笑顔にいるようにしているのだ。それが例え空元気であっても、皆が楽しく過ごせるために。
ベリトは、彼女のそんな側面に気付いていた。
彼は本来ならヴィータ嫌いであるのだが、それは彼が長らくヴィータをやってきて、ある意味でヴィータ並にその心に潜む苦悩や悲しみ、自己矛盾のような複雑な感情に触れてきたため、そのような大きな感情に触れるのが億劫になってしまったから、というのが大きかった。
つまるところ、ベリトの心はかなり深くヴィータの、そしてヴィータとメギド、両方の価値観をもつ追放メギドの気持ちを理解する心を持っていたのだ。ただ、その感情がどういう意味なのか。どういう言葉で表現すればいいのかは相変わらずわからないままだったが。
ただ、今は彼女をなぐさめてやるべきだろうと、ベリトは思っていた。
自分のせいで人が不幸になるのが耐えられない、というのは彼女がメギドらしくない「優しさ」をもっているからだ。
ベリトは彼女の傍らに近づくと、ふっと大きくため息をついた。かと思うとその肩を両手で抱いて、しっかりとシャックスの目を見る。
「な、なに、リトリト。あたし……」
そして恥ずかしそうに目を背けるシャックスを前に、早口でまくし立てた。
「ばーか言うなバーカ。お前が何かしでかすのはこっちは織り込み済みに決まってンだろ。だからオレ様とマルファスがお前について来たんじゃねーか。この程度の事、気にしてねぇよ。大体今回倒れたのオマエだから、不幸になってるのオマエじゃねぇか、よく考えろ」
「うー……」
シャックスは少し困ったように俯くと、やがて恐る恐るベリトを見る。
「じゃぁね、じゃぁね、聞いていい? ……リトリトは、あたしと一緒にきて、不幸になっても……大丈夫だった、の?」
その問いかけに、ベリトは迷う事なく告げた。
「当たり前じゃねーか、つまんねー事聞いてんじゃねぇよ。ったく……オレ様は、多少の事に動じるほど小さい男じゃねーんだよ。あと、マルファスもな」
シャックスは迷いないベリトの答えに、胸の奥が暖かい気持ちになるのを覚える。
だがそれが、どういう感情なのかまでは追放メギドである彼女は理解できず、ただほわほわと、暖かくて心地よい思いだけを抱いていた。
「あっ、そういえば、マルマルは?」
そこで、ふとマルファスがいない事に気付く。
何かあったのかと心配になって問いかければ、ベリトはふっとため息をついてから答えた。
「お前が倒れたからって、一度アジトに戻って他の仲間に声をかけてきてもらってる。まぁ、お前一人ならオレ様が担いでいっても良かったんだけどな」
そこでベリトは、後ろにおいた籠を引っ張り出す。そこにはシャックスが集めたキノコがぎっしりと詰まっていた。
「お前が苦労してとったキノコ、置いてく訳にもいかねーし……な?」
「あ、うん……」
「他の連中にうまいキノコを食べさせたくて頑張った奴が、不幸を呼ぶメギドだったとしても……そいつが頑張った事は認めねぇといけねぇだろ。それはそれ、これはこれ……お前は頑張ったんだから、気にする事なんてねーんだからな」
そう言われて頭を撫でられれば、何だか嬉しくなってくる。
「うー、ありがと、リトリト……」
シャックスはポロポロ泣きながら、バスケットを抱えた。
不幸を呼ぶメギドとして散々腫れ物扱いをされた。ヴィータになってからも不幸を呼び込んでいた自分を救ったのは、ヴィータの母親だったがそれでも「不幸を呼ぶメギド」であるのはかわりなく、彼女を避けるメギドも多かった。
だから、役に立ちたかったのだ。ベリトはその思いを全て汲んでくれたのだ。その上で彼女を助けてくれているのだから、こんなに嬉しい事はない。
「あれあれ、治療が必要な人がいるって聞いたから来たけど、泣かせてるとか……ベリト、キミって結構プレイボーイだったのかな? ぼくは邪魔だったかい?」
そこで突然、アンドラスが乱入してきた。
「ちがっ、これは……」
ベリトが何かを言う前に、マルコシアスが飛び出る。
「泣かせるとは……弱き女子を泣かせるとは正義に反します! しかもこの格好……ベリトさん、あなた……」
「違う! おい、シャックス、弁解しろ! このままだとオレ様が本性が獣の奴にブチ殺されるだろうが!」
「うにゅうー、眠くなったから寝る−。リトリト、あとはヨロシクヨロシク」
「おい、シャックス! てめェ……!」
急に慌ただしくなった小屋の外で、マルファスは淡く笑っていた。
「なんだかんだいって、楽しそうでいいんじゃないのさ。あの二人はさ。見てて飽きないよ」
そして誰に聞かせるでもなく、一人そう呟くのだった。
〜side B
「キノコとりにいく人この指とーまれ!」
まだ早朝といっても差し支えのない時間帯に、シャックスの甲高い声が響き渡る。
その声に促されるよう一人、また一人とベッドやソファー、床の上から起き上がるも、そこは追放メギドの集団だ。
元々生活が不規則だったり、今日は朝まで飲み明かしていたり、遅くまで賭け事に熱中していたり、あるいは武器の手入れに夢中で寝るのが遅くなっていたりと奔放な日常生活から早起きは不得手なものばかりなものだから、シャックスの姿を見てその言葉を反芻すると。
「俺はパス、まだ眠いからな」
「アタシも。そうだね、昼からなら付き合ってやるよ」
そんな事を言いながら往々にして毛布に潜り込み、皆また微睡みの世界へと向かっていった。 追放メギドたちの朝は、正午から始まるというのが常だったのだ。
それでも起きているメンツは何人かいる。
すでに早起きが習慣になっているアガレスはいつも通り瞑想をして己を見つめ直していたし、元々早起きが日課になっていたマルファスは目覚めてから本を一冊読み終えた所だった。
そんな中、ベリトもまた一つ大きく欠伸をすると。
「キノコをとりに行くだぁ? ……おいシャックス、オマエにはオレ様の世話をするって大事な役目があるだろ? それはどーした?」
籠を高らかにあげキノコをとりにいく気満々のシャックスに絡むように言うのだった。
だがシャックスは絡まれた事など何処吹く風、といった顔をすると。
「お世話ならちゃーんと焼くよ、リトリト。キノコと一緒にじゅーじゅー、フライパンとバターでこーんがり焼くから、まずお世話を焼くにはキノコをとろー!」
なんて事を言い出し、ぱっと外へと向かっていく。
みた所、他の追放メギドたちはキノコをとりにいくなんて健康的な事をしたくないのだろう、皆毛布を頭から被るとまるで芋虫みたいに転がっていた。
かといって、起きているメンツで「キノコ狩り」に率先していきそうな輩はいない。
少なくとも、アガレスを呼んだら「キノコを狩るのが因果か、それとも狩られるのが因果か」とか回りくどい事を言い出すだろう。 下手に声をかけない方が身のためだというのを、ベリトは心得ていた。
と、なると、声をかける相手は必然的に決まってくる。
「おい、マルファス行くぞ」
ベリトは座っていたマルファスの首根っこを捕まえて、無理矢理立たせようとした。
「はぁ? 何でぼくなんだよっ、ぼくは本を読んでる。見て分かるだろ?」
「でも、シャックスはオマエの学友って奴なんだろ? シャックス言ってたぜ、学生時代、オマエにノートを貸したりキノコを食べさせたりいっぱい世話をしたんだって」
「逆だ逆! ノートを貸したのはぼくだし、まだ返してももらってない! あいつに巻き込まれて迷惑を被ってるのはコッチなんだ、ここまで来てどうしてまたシャックスの世話なんかしなきゃいけないんだよ……」
そうして座り本を読もうとするマルファスを見ないまま、ベリトは独り言のように呟いた。
「いや、だが流石に男女二人きりで出かけるというのは、追放メギド同士とはいえヤバいかもしれないよなぁ、マルファス。男女二人で何があっても俺は責任とれないぜ?」
「ぼ、ぼくには関係ないだろう」
「まぁそうだが……オレ様はまぁ、そうなったらシャックスはオレ様のモノだし、やぶさかでもないけどな」
「何がやぶさかでもない、だ……」
マルファスは苦々しく呟くと、勢いよく立ち上がった。
「一応ついてく。言っておくけど、もしシャックスに何かがあったら学長に悪い。それだけの理由だからな」
「OKOK、いや、一人で行くより二人の方がいいもんな。あいつの世話にオレ様の世話、頼んだぜ」
まったく、貧乏くじはいつもこっちに回ってくるんだ。
マルファスはそう呟きながら、慌てて身支度をするのだった。
その日はやけに天気がよく、暫く続いた長雨のせいでひどく蒸し暑かった。
「この前は嵐がきて、風びゅーびゅー! 雷ゴロゴロだったよね? そういう時こそキノコがとれるとれる! さぁレッツゴー!」
シャックスは慣れた様子で坂道を上り、折れた木を飛び越え、岩場を飛び跳ねてどんどん先へと進んでいく。
歩みに迷いがないのは、キノコの群生地を知っていて真っ直ぐそこを目指しているからだろう。
一方ベリト&マルファスはというと。
「はぁっ……はぁっ……ヴィータの身体になってから、本当ッ……運動なんてしてねぇから……坂道、とか……つら……」
「……おい、大丈夫か? おまえ体力、結構お爺ちゃんなんだな」
「う、うるせぇよ……オレ様くらいになると、普段たいして動かなくても、召使いが何でもやってくれるんだ……ってかおまえ、空とべるだろ、それズルイだろ……!?」
「飛べるといっても、ソロモン王の指輪がないと自分がちょっと浮くくらいだし、飛ぶのも案外力がいるんだぞ? ……まぁ無理するな、息を整えながら歩けよ……水も準備してあるからさ」
「はぁっ……やっぱりオマエについてきてもらってよかったぜ……オレ様だけだったら、もうくじけてた……」
あまりに体力のないベリトを、マルファスが必死に介護していた。
「おーい、リトリト! マルマル! はやくしないとおいてっちゃうよー!」
マルファスたちより一つ上の高台から、シャックスの声が響く。
「ほら、はやく行くぞ。シャックスのやつ張り切りすぎて、このままじゃ見失いそうだ」
「ぜぇ……まて、水……水を汲んでいく……休憩……休憩の小屋……」
「休憩なんてしてたら、シャックスを完全に見失うぞ。ほら、頑張れって……」
「はぁー、くそ……オレ様の身体も随分となまったもんだぜ……」
すっかり息が上がっているベリトに肩を貸しながら、マルファスは漠然と思っていた。
追放メギドは一定年齢に達すると年を取らなくなるものがおり、ベリトもその長命メギドの一人だという。
ベリトの肉体はおそらく20代前半か、せいぜい半ばくらいで成長が止まっているだろう。
だが実年齢はマルファスやシャックスよりもずっと上……少なくても半世紀は生きており、普通のヴィータであれば壮年。いや、初老にさしかかっている頃だろう。
「やっぱり、年を取ると見た目が若くても体力ってなくなるのかな……」
「何か言ったか?」
「いや、別に。なーんにも。ほら、つかまって。高台までちょっと飛んであげるからさ」
マルファスはそう言うと、ベリトを抱えて空を飛ぶ。 シャックスはもうずっと先まで歩いていた。
そうして、小一時間ほど山登りをしていただろうか。
「わー、キノコがいっぱい、いっぱーい!」
目的地につくなりシャックスは大げさなくらい飛び跳ねると、そこここにはえたキノコを熱心に取り始めた。
「これは……たべれる! これも……たべれる! これは……猛毒! これも……猛毒! これは……食べれるけどおいしくないっ! これは……猛毒だけど美味しい! でもだめ!」
二つの籠に、食べれる茸と毒キノコを手慣れた様子で仕分けていく。
食べられるキノコは今日の晩餐に、毒キノコは調合して武器に塗ったりすれば狩りの役に立つのだという。
そうして夢中になってキノコをとるシャックスの後ろで、ベリトは。
「はぁー、ぜぇー、はぁー」
草原に倒れて、頭に冷たい濡れタオルをのせバテていた。
「……すっごく体力ないんだな、オマエ」
「う、うるせぇ……違う、本気のオレ様はこんなんじゃねぇんだが、最近運動してなかった……からな……」
「まぁいいや、元気になってから動くといい。ぼくはシャックスを手伝ってくるよ。キノコの選別には自信が無いけど、シャックスの所にもっていけばあいつが仕分けしてくれるだろ」
そういって進もうとするマルファスの足を、ベリトは引き留める。
そして無言で濡れたタオルをマルファスに差し出した。 途中にあった清水で濡らしたタオルだろう。この蒸し暑い陽気には有り難い。
「あ、悪いな。いつの間に……」
「それを、首に巻いて作業すればかなり涼しくなるはずだぜ……それと、オレ様がバテてる間はシャックスを見ててやれ」
「えっ?」
「森に入るから長袖、長ズボンなのはいいけどよ……こんな蒸し暑い中、あんなカッコじゃいつバテるかわかんねぇからな……アレはオレ様のモノだ。大事にしねーと承知しねーからな……」
ベリトはそのまま黙ってしまった。あるいはバテて眠ってしまったのかもしれない。
(モノとか随分不躾な言い方だけど……一応はシャックスを心配してるって事か? ……かわったヤツ)
マルファスはそんな事を思いながら、近場にあるキノコをいくつか見繕ってはシャックスの前へ置いた。
「手伝ってくれるの? ありがとマルマル! えーと、これは猛毒! これも猛毒! これは食べられるけどおいしくない! これは食べられるけど、笑いがとまらなくなるやつ!」
摘んだ山をシャックスは手際よく仕分ける。
マルファスはまたキノコを摘んで山にし、シャックスが仕分ける。またキノコを採取して、シャックスが仕分ける。そんな作業を暫く続けていて、このままならあと少しで帰れると思った頃とシャックスに異変が起ったのはほとんど同時だったろう。
「んー、あれ? 私なんかおかしーかも? あたま、ぼー、ふらふら。くらくら……」
シャックスはそう口にしたかと思うと、その場に座り込み動かなくなる。
「どうした、シャックス? こっちのキノコも仕分けて欲しいんだが……」
マルファスは、たいした事もないだろうと。シャックスが病気なんてする訳ないとおもいキノコの山をまた置くが、シャックスは動こうとしない。
「おい、シャックス……」
そうして身体に触れた時、服の上からも分かるほど強い熱がマルファスの手に感じられた。 とにかく酷い高熱だ。風邪か、病気だったのか。さっきまであんなに元気だったのに。
「シャックス。おい、熱があるのか? ……大丈夫か?」
慌てて声をかけるマルファスより先に動いたのは、それまで横になっていたベリトだった。
「ほら、このトリ頭は自分の身体がどうなってるかもわからないと思ったぜ!」
ベリトはそう言うが速いかシャックスを抱き上げると、ひとまず木陰に彼女を横にしボタンというボタン、ベルトというベルトを緩めて、濡れタオルを額に、首にと置いていった。
「ベリト! ……急にシャックスが動かなくなって、それで……」
「だから見てやれって言っただろ? ……熱中症、ってやつだ」
「熱中症……」
「ヴィータの身体は脆いからな……こういう天気の時は、熱が身体の中にこもって、こう……自分の身体が、テメェの思ってるよりずっと熱くなる事があるんだよ」
「そうか……」
「オレ様の召使いもな、以前砂漠の旅で突然バッターンとぶっ倒れて……まぁそりゃ大変だったんだが、この身体は脆いからな……こまめに水分とって、休んでればならないんだが、こいつそういう器用な事できねーだろ? ……心配してたんだ」
そうしてベリトは立ち上がると、キノコの群生地にある泥水が混じったような汚い水辺に迷わず自分の上着を突っ込んで、それをしぼってシャックスの上にかぶせた。
『オレ様のモノを守るためなら、自分の服一着汚れるのなんてどうってことない』 そんな強い意志が迷わぬ行動からうかがえる。
「とにかく水で身体を冷やせばいいんだが……こいつ少し厚着だな。脱がすか」
「えっ、そんな事して……」
「今は裸を見てどうのって時じゃねぇだろ、とはいえ……こいつだって見られたくねーだろうからな。オレ様の上着で隠してる部分だけだ。そこだけ脱がせば、大分違うだろ」
ベリトは手際よく彼女の服を脱がせ、水を含んだ自分のガウンを巻き付ける。
これで肌を晒す事はないだろう。(ベリトはもう半裸同然の格好をしているが)
「途中に小屋があったよな?」
「え? ……あぁ、あった」
マルファスは、ベリトが「休憩したい」といった小屋の事を思いだし、察する。
あれは「今休憩したい」という意味ではなく「もしもの時はここで休憩をとる」という意味だった事に、聡い彼は気付いたのだ。
「ひとまず、そこまでシャックスをつれてくぞ、マルファスは籠もっていってくれ。オレ様がシャックスを背負っていく」
「あぁ、でも……いいのか?」
「……ははぁーん、オレ様がマジでバテてるとでも思ったか? ……もしもの時のために誰か体力残しておかねーとと思って休んでただけだっての……ほれ、行くぜ」
ベリトはそういうと、来る途中で見かけた山小屋のルートをしっかり覚えているような足取りで山道を一気に走り出す。
それはマルファスが木々に気を遣って飛ぶよりもずっと速かっただろう。
もしもの時を計算して、その瞬間を待っていた……というのは、あながち嘘ではないらしい。
「……美味しいとこどりか、まぁいいけど」
マルファスは籠をもつと、勢いよく賭けだしたベリトの後をついて走り出した。
程なくして小屋につく。
そこには簡素なベッドロールが置かれており、日陰があり、長らく使われていなかったか穴だらけで涼しくもなっていたが、それでもまだシャックスは気付く様子もなかった。
「ふぅ、ここで休ませておけばあの湿地よりましだろ。あそこはキノコになりそうだったからな」
「うん、そうだね……」
マルファスはキノコの籠を置き、ベリトを見る。
バテていたのは演技、というのは嘘だろうが 「もしもの時のために余力を残しておくヤツが一人くらいは必用だ」 と考えたのは本当だろう。
シャックスの事を「オレ様のモノ」と言うわりに、彼女についてよく見ているし、彼女をとても大事にしているのだとマルファスは改めてそう思った。
そう、自分なんかより……。
「さて、と……オレ様は、倒れたシャックスを運ぶヤツとか、救護係とかに声をかけてくるから、マルファス。オマエはここでシャックスを見てろ」
「え、ぼくが?」
「おまえ、シャックスの旧友なんだろ? ……おまえがいたほうが、シャックスも安心するんじゃねぇかって、な?」
マルファスは少し考える素振りを見せるが、すぐに首を振ってから立ち上がる。
「いや、その役目はボクがやるよ。だいたい、アンタはもう上半身裸で、変態みたいな格好になってるんだからそれ以上外を出歩かれたら、ソロモン王の配下は裸であちこち歩く変人だらけだって思われかねないし」
「はぁっ? オレ様だって別に好きで裸じゃねーから!」
「それに、ぼくは飛べる。そのぶん速くつくだろうし……何より、きっと。目が覚めた時シャックスは、ぼくよりアンタがいたほうがきっと嬉しいと思うんだよね」
「はぁ? それってどういう意味だよ……」
その言葉には応えず、マルファスは淡く笑う。
そして山小屋から出て、ゆっくりと羽ばたきアジトへと戻っていった。
それは長雨のあと、蒸し暑い初夏のある日のはなしである。
<戻り場こちら>