>>  教会の墓荒らし






 俺が一体何時からこんな因果な商売をしているのかって?
 はは、そんな事を聞いてどうするつもりだ、お嬢ちゃん。
 最も俺としても別に隠し立てするような事でもないから、話すのもやぶさかではないけどな。

 だが、もし「狩人」から「墓暴き」になるのも悪くない……っていうなら、そいつぁ止めておいたほうがいいぜ。

 俺たち「墓暴き」が暴くのは死体のつまった棺桶やそれに添えられた宝石じゃない。
 聖杯の彼方にある墓所に隠された真理を探り、この世界全体を……あるいは、この世界そのものを超越した世界の真理を知るような所行だ。
 荒す墓もいわゆる「人間」が作った遺物じゃ無ぇ……「人間ではない何か」が作り上げた負の遺産かもしれないんだ。

 ここまで言えばわかるだろう?
 この商売、「まとも」じゃやっていけねェんだよ。

 あるいはそう、お嬢ちゃんが「まともじゃない世界」を覗いてみたいというのなら、別に止めやしないがね。

 ……聖杯と、その向こうにある迷宮は先にもすこし話した通り、人じゃない存在が作り出した。
 お嬢ちゃんも察しているだろう、ここにある空気、意匠、生物……すべて「人間のそれ」とは大きくかけ離れているってな。
 俺はダーウィンの進化論というのは神に対する冒涜だと、そう思っている口だがそれだってこの聖杯が残した遺跡からすれば生ぬるい。
 それを医療教会では専ら「上位者」と呼んでいるが……この上位者の持つ知識というのは少なくとも現代の、俺たちの知る技術じゃ到底作れないモノばかりなんだ。

 はは、上位者、と言うだけあるだろう?
 ただ哀しいかな、彼らあるいは彼女らの知識や倫理は人間を越えちまって、俺たちのスケールに収まっていてくれてないんだ。

 だから大概の上位者は、俺たちにとって敵になる……。
 いや、ひょっとしたら敵にならず話し合える知能を俺たちも上位者(むこう)ももっているんだろうが、如何せん意思疎通の手段がないからな。
 俺たちは上位者の言葉なが分からず、上位者は俺たちの言葉もわからない。意思疎通が出来ず力があるもの同士がぶつかれば、戦いも必然という事だ。

 最も上位者が悪いというワケでもないと、俺は思っているがね。
 そう、甘いラズベリージャムを塗ったパンにアリが集まっていたらそのアリを手で払いのけ、時には潰して殺すなんて事、お嬢ちゃんにもあるだろう?

 上位者にとって俺たちの存在なんて、多分そんなもんだ。
 自分が寝ている所に耳元で羽音を立てた虫を殺すのと、俺たちを殺すのと、上位者にとって何ら違いがないというワケだな。

 ……こう考えてみると「悪意がない殺人」というのはいかに罪深いか解るってもんだな。
 上位者は、自分が悪なのかすらわかっていないのだから。

 これなら「悪意がある殺人」の方が理解が出来るってもんだね。
 最もどちらが正しいかなんて議論はナンセンスだろうがね。

 ……ん、墓暴きになって長いのか、って?
 そうだな……今日は何月、何日だ?
 いや、ずっと墓所で過ごしていると日の光にあたらないだろう。日付の感覚もどうにも曖昧になって……。

 ……そうだな、俺は墓暴きになって長い方だろうと、自分でもそう思うよ。
 最も最初は「トレジャーハンター」なんてお宝を狙う賞金稼ぎを気取っていたもんだけれども、今はこの「墓暴き」の呼称こそ俺に相応しいし、名誉な事だと思っているね。

 ……墓所はいつもそうだ。
 暗く、血と死臭に溢れ、松明を掲げてもその闇を見通せないようなフロアはいくつもある。

 獣の病に犯されすっかり自我を失った化け物やら、異形へと変わり始めた化け物をはじめとして、ビルゲンワースの連中が作ったんじゃないかと。
 そう錯覚する連中が闊歩し、どこかの実験棟から逃げてきたような奴や、時にはそう、宇宙から来たんじゃないかなんてそんな疑問を抱くような奇妙な外見を持つ奴もいる。

 俺は、そんな見た事もない化け物たちを駆逐するのが好きだ。
 墓暴きも一応は医療教会の管轄だからね。教会の正義という大義名分を背負って思う存分血を流しても罪にならず賞賛されるというのは、案外心地よいもんだぜ。

 そう、俺も昔狩人の真似事をしていたが、あの頃はよそ者だ、何だと言われて善良な市民たちに松明もって追いかけられ、狩人というだけで血を浴びるのが趣味なんだろうとイヤな目で見られたもんだからな。

 その点「墓暴き」は、「墓暴き」とまで名乗らなければ「医療教会で護衛任務にあたる立場だ」とでも言える。そうすれば一転して立派な英雄様になれる。

 もしお嬢ちゃんが獣殺しに「肩書」がほしいなら、墓暴きは悪くないぜ。
 最も、墓所以外に行く事が出来なくなるから、狩人のように「自由」ではいられなくなるけどな。

 ……結局のところ、俺はこの墓暴きという仕事が水にあってるんだろうな。

 理性を無くした罹患者に、子牛ほどはありそうな巨躯の獣。
 鐘をならし何度も死者を復活させる女、ムカデのような異形をもち炎や雷光を放つ花……。

 狩人をしていた頃と何ら変わらない強敵と対峙する時はな、やっぱり血が沸き立つように踊るんだ。それに打ち勝った時の興奮は何事にも代えがたい至福の瞬間といえるだろう。

 それに、墓暴きは墓所に隠された新たな道を見落とすワケにもいかない。
 壁と壁との間に隠れるように伸びる通路や扉を見つけた時の歓喜ときたら掲げた松明を思わず取り落としてしまいそうになる程さ。

 ……そして、そう、墓所はいつでも死に溢れている。
 聖杯の先にあるのはそう、紛れもなく「墓所」であり偉大な何かの死を奉る、あるいは弔うものだったろう。

 豪奢な宝石や武器防具。
 おそらく殉死者とおぼしき列を成した骸なんかを見れば、いかにも「おエライさんの墓」といった印象だろう?

 エライ墓には宝がある。
 宝があればそれを盗まれまいと、ひどく危険な罠がある。

 ギロチンのように天井から落ちてくる刃……振り子のように道を阻む血濡れた大斧……。
 ただの気色悪い像だと思っていたものは、口から火や毒の鏃を吐き出すトラップで、あちこちに視界を遮る香木がいぶしてある……。

 全身の神経を目にして、体中の毛を逆立てて、一瞬の隙すら命取りになり、倒れても誰も骨を拾う奴はいない血と泥と黴の世界。

 ウス汚いだろう?
 だがそれに魅せられてしまったんだよ、俺は。

 この扉の向こうには、どんな敵がいるのか。
 この扉の向こうには、どんな財宝があるのか。
 この扉の向こうには、どんな罠があるのか。

 そして、この扉の向こうにはどんな神秘が潜んでいるのか…………。

 ……つまるところ。
 俺はもうとっくに「まとも」な人間じゃないってワケさ。

 墓暴きには神秘に近づき、澱みを直視して気がふれてしまう「異常者」も少なくないと聞く。
 せいぜいそうならないよう気をつけるのが、今の俺に出来る唯一の事かね。

 異常者になるのも……そう、神秘にふれ熱病のような発狂の彼方にしかない真実と対話するというのも悪くないかもしれないが、俺はもうすこし人間にしがみついていたいからな。

 さて、お嬢ちゃん。
 君の流した鐘の音に惹かれはせ参じたが、いったいこの向こうには何がいるんだい。

 ……へぇ、白痴の蜘蛛か。
俺 もまぁ随分とのめり込んだ口だけど、お嬢ちゃんもかなり「こっち側」に近いみたいだな。

 気をつけろよ。
 一度こびりついた死臭はお嬢ちゃんが思っている以上に濃く絡みついてくるもんだからな。

 さて、お喋りはこれくらいにして、そろそろ行くか。
 足下が危なくないよう、片手は松明で照らしておくから安心してくれ。
 それじゃ、小蜘蛛の処理から始めよう。

 お互い生きて狩りを終えれるよう尽力しよう。
 お嬢ちゃんがあの醜い蜘蛛を無事に狩り殺せるよう、死なない程度に共闘といこう。
 そしてさらに奥にある神秘に行き着くといい。

 だが深入りするなよ?
 俺みたいに戻れなくなっても知らないぜ……忠告はしたからな。






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