>>  初恋のあなたへ






 親愛なる、笹塚衛士様へ



 突然こんな手紙を書いて、きっと貴方はさぞ驚いている事でしょう。
 でもこのままだといけないな、そう思って、今日は思いきってお手紙を書いてみました。

 思えばあれから色々な事があって、時間が流れるのも女子高生探偵じゃなくなってからずっとずっと早くなって……。

 気付いたら私も、すっかりお姉さんになっちゃったな、と思います。
 ……本当は、ちゃんとおじさんになった笹塚さんに隣にいてほしかったんですけれどもね。


 前置きが長くなっちゃってごめんなさい。
 このままだと書きたい事が書けなくなっちゃうから、最初に報告したい事をちゃんと報告しますね。


 明日、私はお嫁さんになります。


 ……なんて言ったらきっとあなたは目を丸くして 「冗談だろう」 と言うのでしょうね。
 それから少しびっくりして 「大丈夫か」 と心配そうに私の顔をのぞき込んで、最後はきっと嬉しそうに 「おめでとう、幸せに」 そういって、笑って祝福してくれるんでしょう。

 笹塚さん。
 あなたにこうして手紙を書いても、もうあなたがそれを読んでくれる事なんてない。それはね、私にもわかっています。

 あなたはもう、何処にもいない。
 私の胸に沢山の思い出と、棘のようにむずがゆい気持ちだけを残して、まだ全然若いのに手の届かない所に貴方は勝手に行ってしまったのだから。

 ……それでもあなたに手紙を書こう。
 そう思ったのはね、笹塚さん。
 私の心に今でもある、この棘のようにむずがゆい、だけど何処か心地よいこの気持ち……。

 私自身がその意味に、最近になってようやく気付いたからなんですよ。
 本当、私ってば鈍感で……人の事もよく、わからないなって思っていたけどまさか自分の気持ちに気付くのがこんなに遅くなるなんて、思ってもみませんでしたよ。

 ……笹塚さん。
 笹塚さん。笹塚さん。笹塚さん。

 あなたはきっと私の事を、歳の離れた妹だと……その位に思って見ていたんでしょう。

 実際の所、私は笹塚さんが突然失った家族と特にあなたが親愛を寄せた、守るべき最愛の妹さん……彼女が亡くなった時の歳にほど近かったから、余計に私を守りたいと。
 そう、思ってくれた事でしょうね。

 だけど私ったらそんな笹塚さんのフォローにも全く気付かず、あっちにいけば事件を見付け、こっちにいけば事件にまきこまれて……。

 私にもいろいろ事情があったとはいえ、気づいたら「女子高生探偵」なんて看板まで背負わされて、厄介ごとのみならず危険な犯罪者と対峙する事なんて幾度もあっちゃったりなんかして……。

 守りたいと思う気持ちと裏腹に、どんどん危険に巻き込まれて、さぞ気を揉んだ事かと思います。

 でも、あの時私はまだ子どもで……自分の気持ちにさえ、酷く鈍感だったから。
 どうして助けたいと思うのか、どうして事件に首をつっこむのか。自分にだってよくわからないまま、がむしゃらに走り抜けていたものだから……。

 だから今まで笹塚さん。
 あなたに対するこの気持ちの正体が何であるか、その謎をとくのにこんなにも時間がかかってしまいました。

 女子高生探偵、なのにとんだボンクラですね。
 本当にごめんなさい。

 ……あの日、あなたが最後に見せた笑顔。
 私はそれが忘れられなくて「あなたそのもの」の姿をしたXiと最後に話した時も、まだ何処か……あなたの事があきらめきれない、そんな私の心があって。

 どうして最後にあなたが笑ったのか。
 伝えられたその意味も曖昧のまま今の今まで歩いていたけど、何だか今ならきちんとそれを、受け止められる気がします。

 笹塚さん、あなたは本当に私の事を大事にしてくれていたんですね。
 死ぬのが自分で良かったと。私が傷つかなくてよかったと……。
 自分の命より、私が生きて笑っている事を、あなたは喜んでくれたんですね。

 ちょうどそう。
 笹塚さん、私があなたに生きていて、隣で笑っていて欲しかったように……。

 笹塚さん。ねぇ、笹塚さん。
 あなたはきっと酷く鈍感だから、気づかなかったでしょうけれども……あなたが誰も失いたくなかったのと同じように、あなたを失いたくなかった人が、ちゃんと居たんですよ。

 それも、すごく傍に居たんですよ。
 あなたは、気づいていましたか……?
 なんて、実は私も最近まで、全然気づいてなかったんですけれどもね。

 人を好きになって、恋愛というものをして……そうして、結婚する事になって。
 そういう経験をしていって……私、やっと解ったんです。

 笹塚さん。私、あなたが好きでした。
 好きでした……なんて、過去の話じゃない。

 今でもあなたが、好きなんだ……そう、思います。

 私の心にあるこの、棘の刺さったような感覚はいつもあなたの笑顔とともに思い出されて、そして、あなたの笑顔で終わるのです。

 そうして私はあなたがもう、隣で笑う事がないのだと。
 そう思って、涙が溢れてとまらないんです。

 初恋は実らないなんてよくある話でしょうけど。
 私の初恋はまさか、その存在ごと神様に取られてしまうなんて、ホント、神様は欲張りだと思います。

 ……私の旦那様は、あなたの事をよく知っている人です。
 私が、笹塚さん。あなたの事をとても慕っていて……今でも愛しいと思っている。
 その事実も全て受け入れてくれた上で、私をお嫁さんにしてくれるそうです。

 「弥子ちゃん、大丈夫か? 味見で食材がなくなりそうだな」
 なんて、笹塚さんの心配する声が聞こえてきそうですね。

 でも大丈夫、私これでも料理上手なんですよ。
 掃除とか洗濯はあんまり得意じゃないし、片づけなんかも上手くないけど……少しずつ、上手になって。

 いつか私があなたの所に行く時は「もっと長生きしてやるんだった、そしたら俺のお嫁さんにしていたのに」って。あなたが悔しがるくらい、立派なお嫁さんになってみせますから。

 だからもう少し、待っていてくださいね。
 出来るだけゆっくり歩いて、あなたに沢山のお土産話をもっていってあげますから。

 ……この手紙は封をしたらすぐに、燃やしてしまおうと思っています。
 煙が天上まで届いて、貴方に読んでもらえるように。

 私の結婚式。
 もし、よかったら、妹さんもつれて見に来てくださいね。

 私だってドレスを着れば一人前の花嫁さんだってこと、貴方に見て欲しいから。
 それでは。


 ……今でも貴方を愛す。
 桂木弥子より






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