>>  遺言






 もしこの手紙を読む人がいるのだとしたら、それはきっとぼくが死んだという事なんでしょうね。

 別に長生きしようとも思っていませんでしたが、我ながら早く死んでしまったものだと。
 そう思わない事もありません。

 さて、ぼくはいったいどうやって死んだのでしょうか?
 事故死?
 ぼくは大型のバイクも乗る上にいつも手品のタネばかり考えるような性分ですから、事故で死ぬ事もあるでしょう。

 それとも、病死?
 確かにぼくは食事の時間はまちまちで、偏食もひどいものです。三日くらいなら同じメニューでもへっちゃらだし、舞台のリハーサルなんかで眠らない日もしょっちゅうです。
 そんな手品漬けの生活をしているくせに、度胸の方は昔からあまりある方ではなかったから、いつかマジックに失敗してお客様に笑われるんじゃないのか。
 毎日がそんな恐怖心との戦いでほとんど常にストレス状態。いつ血管が切れて死んでもおかしくないといった状態です。

 だからそう。
 もしぼくが事故や病気で突然心臓が止まったりしたとしても、それは「残念な事故」でも「惜しい病気」でもなく、紛れもなくそれがぼくの天命だと、どうかそう思って下さい。

 誰のせいでもない、ぼくの天命だったんです。
 だからぼくの死については、あまり思い悩まないでください。

 ぼくは、いつだって死ぬ覚悟ができていたんですから。

 大体のところ、ぼくはぼくはマジシャン。
 手品師なんです。
 手品師というのは舞台の上で、いつだって危険と隣り合わせ。

 箱の中にはいりサーベルで貫かれてみたり、鍵付きの牢屋に入ったまま水中に飛び込んだり、火だるまになりながら空を舞ったりと、そんな危険な事ばかりしている身の上なのです。

 これなら、いつ死んでも仕方がないというところでしょう。

 観客の皆は舞台の上では何があっても幻想(イリュージョン)として受け取るものなのでしょうけど、実際演じているボクらはそう、常に 「失敗したら死ぬ」 そういう覚悟で挑んでいるのです。

 舞台の上にある幻想は、ぼくらの命の輝きなのです。

 そう、ぼくはいつだって死ぬ覚悟ができている。
 1分1秒の時間、運命に生かされているのに感謝しているくらいでしょう。

 だから、ぼくがもし死んでも本当に悲しまないでほしいのです。笑顔を生み出すのがぼくら、手品師の仕事でもあるのですから。

 逆に、もしぼくが舞台の上で手品の失敗か何かで死んでしまったのだとしたら、一生涯の最後を一等なきらめきの集まるマジックショーに捧げて死ぬ事が出来るとは、何て立派な事だろうと誉めてもらいたいくらいです。

 実際ぼくも心の底から、そう思っているのです。

 なんて……そう言えばぼくの死はさぞ美談に見えるでしょう。
 実のことを言うと、ぼくは薄々わかっているのです。

 自分が、どうやって死ぬのかという事を。
 たぶんぼくは病気でもなければ事故でもない。

 誰かに殺されて死んだのでしょう?
 そしてその犯人は、おそらくこれを読んでいる「あなた」なのでしょう。

 見つからないよう手紙を隠したこの場所は、ぼくとあなたしか知らない秘密の場所だ。
 とっておきの手品のタネが仕込まれた、ぼくの魔術の源だ。

 あなたに、殺されるのかもしれない。
 ぼくは漠然と、それに気づいていたのです。

 きっかけは、些細な事でした。
 そう、以前「あなた」が得意とした炎を用いたマジックをぼくが、舞台で演じられるほどにうまくなってきた頃でしょうか。

 いつも愛想のよい笑顔を浮かべて 「いいショーだったぞ」 そうやってぼくの手品をほめてくれていたから、ぼくはあなたが心の底からぼくを 「あなたの後継者」 として認めてくれたのだと、そう信じておりました。

 がむしゃらに練習をしたのも、寝る間を惜しんで他の手品師たちの技術(わざ)を研究してきたのも、ただあなたの「名前」を汚さないように、その一心だったのは間違いありません。

 そんなぼくの憧れであり、ぼくのすべてでもあったあなた。そのあなたから注がれる冷ややかな視線に気づいた時は、自分はきっと大きなミスをしたのだろう。そう思い悩んで夜も眠れないほどでした。

 ぼくの手品が下手すぎて気分を害しているのではないか。ぼくがまだ未熟だから、笑ってくれなかったのではないか。

 そう考えていた頃はいつもより無茶な練習で自分を追い込んだりもしたものです。

 でも、だんだんとあなたの「憎しみ」その正体がぼくにでもわかってきたのです。

 あなたが時々ぼくの方に忌むような視線を向けるのは、別にぼくの手品が下手になった訳でも、ぼくが憎かった訳でも、ない。

 ただぼくは、あなたに近づきすぎてしまったのだ、と。

 ぼくにとって、あなたは憧れであり天の上の人でした。
 その指先から繰り出される数々のマジックは本物の魔法であり幻想だと、ぼくは信じて生きていました。

 だけど実際はそう、ずっと魔法だと思っていた世界には「タネ」も「仕掛け」も存在して、幻想だと思っていた場所は練習により積み重ねられた偽りの世界で……。

 そして、かつてあなたが見せた「奇跡」のすべてを、もうぼくも出来るようになっていた。

 この名前も、姿も。
 あなたの魂である「手品」さえも、ぼくが奪ってしまったのです。

 そう。
 先に殺したのは、ぼくだったのです。

 それでもあなたがぼくの事を殺したいほど憎んでいると、そこまでは思っていませんでした。
 そもそもきっとあなたはボクを別に憎んだりはしてないのでしょう。

 あなたが何より恐れていたのは、過去の自分がこのままひっそり、誰にも知られる事もなくまさに「幻影」として消えてしまう事だったのでしょうから。

 だからあなたがぼくの事を殺したいと願っている。それに気づいたのは最近で、あなたの「命」とも言える利き腕を奪った「一座」の「正当な後継者」とぼくが舞台で競演する事が決まった頃くらいでした。l

 あなたは気づいてなかったかもしれない。
 だけどその頃から、あなたの目はかわってました。

 ぼくを見る瞳の奥に、煮えたぎるような殺意をみなぎらせていたから。

 だけどぼくは、逃げなかった。

 その理由はきっと、あなたは気づきもしないでしょう。
 だからその理由だけは、ぼくの死という幕引きでこのまま消してしまおうと、そう思っています。

 ……正直に、懺悔します。 
 ぼくはあなたに憎まれるのがうれしかった。誇らしかった。

 あなたがボクを憎むという事はそれだけぼくの手品が優れていると、そういう風に思えたから。

 ぼくはあなたに憎まれる事で、手品師としての優越感に浸っていたのです。もちろん、あなた自信が二度とぼくほどの手品が出来るような体ではない事も、この優越感に拍車をかけておりました。

 ぼくはわざと多くあなたの技術(わざ)を盗み、意図してあなたのタネを真似て、コインを消す仕草や癖も、ほとんど完璧に模写したのです。

 そうする事であなたの焦りをもっとあおる事ができると思ったから。

 ぼくはただ、あなたに憎まれたかった。
 どす黒い憎しみの鎖であなたをがんじがらめに縛り付けていたかったのです。
 あの「一座」への恨みなど消し去ってしまうほどに。

 だからもし、ぼくの師に場所が舞台だったとしたらそれはぼくにとって「満足行く死」であった事でしょう。

 ぼくを殺した。
 あなたの心にその事実だけが楔のように打ち込まれたのなら、ぼくはそのために生まれてきたのだと、そう思う事も出来るのです。

 あなたの心に一生涯、汚れた手と記憶とが刻み込まれるのなら、ぼくはもうそれでいいのだから。

 最後に。
 もしこの手紙を読んでいるのが「あの人」でないのなら、どうかこの手紙を燃やして捨ててください。
 マッチでもライターでもいいのですが、もしあなたが気のきいた手品師ならば是非、炎の手品でお願いします。






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