>> 魔術師定例議会






 スカイリムはノルドが主たる種族であり、強大な相手にも策略は用いず剣をもち盾を持って勇敢に立ち向かう事をよしとする思考の人間が多い。
 そのため、秘密主義でありまた謀略に用いられる事も多い魔術は、薬を生み出す練金術師や回復魔法を使う癒し手の他は忌み嫌われる事が多かった。

 しかし、いくら魔術を嫌っているとはいえ魔術の驚異に対して無知である訳にはいかない。
 それが多くの市民が命を守る必要がある主要都市ならなおさらだ。

 かくしてスカイリムの主要都市、及び魔術師の重要性を知る一部の要塞では魔術師が常駐している事が多かった。

 だが魔術師に対する偏見の強いスカイリムでは、要塞の中でも何かと騒ぎが多い。
 騒ぎがない時でも、各要塞での連携は必要不可欠である。などという様々な理由から、要塞所属の魔術師たちは、定期的に集い情報共有をするため「魔術師会議」というものを開いているという……。

 今日はホワイトランで行われた「定例魔術師会議」その一部をご覧に入れようと思う。


 「それでは、今回の定例魔術師会議を始めようと思うわ。各自、準備に怠りはないわね」


 各要塞の魔術師たちが一堂に会しなかなか静まる気配のないテーブルで最初に語りだしたのはソリチュードの宮廷魔術師、シビル・ステントールだった。

 見目麗しいブレトンの女性だが宮廷魔術師としての経歴は長く、話に聞けば先代上級王・トリグの「父の代」から宮廷魔術師として仕えていたとされる。
 しかし、現在までほとんど年齢に変化がない。そのため、吸血鬼の噂が……。

 ……いや、この話題はやめておこう。
 世の中、知っておいたほうが長生きできる情報と、知らないほうが幸せになれる情報とがあり、これは後者の情報(ほう)なのだから。


 「今回の議題は最近のスカイリム状勢の相談と、魔術の知識交換会ね……誰か意見は?」


 一人一人の顔をみながら問いかける。皆一様に沈痛な面もちでうつむいていた為に、しばらくは沈黙が続くかと思われたこの会議の沈黙は。


 「はーい! はいはいはいはい、はーい!」


 少女のように天真爛漫な声によって、思いの外早く打ち破られた。

 この少女のような無邪気さと膨大な知識を持つウッドエルフ(ボズマー)の魔術師は、名をウィランドリアといい、盗賊ギルドと癒着が大きいと噂のリフテンで宮廷魔術師の職についている。
 ノルド至上主義のスカイリムではエルフ族はうとまれやすいのであるが、逆に宮廷魔術師というノルドに嫌われる職業には、彼女のようなエルフ族の魔術師も珍しくないのである。


 「どうしたの、ウィランドリア?」


 シビルの問いかけに、彼女はしばらく自分のナップサックを改めていた。そして「やっぱり」と一人合点したように頷いてから、再度手をあげやたら元気にこう主張したのだった。


 「はい! かいぎのための、ノートと羽ペン、それからインク瓶忘れました!」


 ウィランドリアは魔術の分野ではきわめて優れた素質のある宮廷魔術師だという。
 ……しかし宮廷魔術師として自分の研究の事ばかり日夜考えているためか、日常生活に支障のあるレベルで忘れっぽくなっている事に定評があるのだった。

 その上にものをしまうのも下手なので、最近では歩きながら魔術書を落としたり、練金素材を落としたりしているのだという。

 とはいえ、彼女のように「忘れっぽい」魔術師というのは実のところ案外珍しくない。

 スカイリムの魔術師たち、その多くが通ったとされる「ウィンターホールド大学」では日常的に魂石をどこかに置き忘れている教師や、教え子をどこかに置き忘れている教師だっているのだ。

 むしろ彼女くらいの忘れっぽさは想定の範囲内とも言えるだろう。


 「そうね……ウーンファースにでもかりなさい」


 シビルはさしてあきれた様子もなく、冷静にそう告げた。


 「!? な、何でワシ」


 だが、驚いたのは突然名指しされたウーンファースだ。
 彼はウィンドヘルムの宮廷魔術師で、「死せる者」の二つ名をもつ、錬金術師であり破壊魔法の基礎をレクチャーしてくれる、物騒な二つ名や怪しい風体からは信じられないほどに世話好きな爺さんである。
 しかしあまりに妖しい二つ名やら、普段から昼夜問わず薬をつくっている不気味な行動やら、胡散臭い見た目やら、いい歳をした老人なのにどこか中二病っぽさがぬけきらない性格やらが災いしたのか、よく大量殺人犯(ブッチャー)として投獄されてるというチャームポイントをもっている。


 「俺も持ってきてないな、ウーンファース貸してくれよ。もってるんだろ、羽ペン?」
 「ワシももってきておらなんだ、ウーンファース……貸してくれんか、紙ロールを1、2枚でいいんじゃが」


 ウィランドリアの「もってません」発言を皮切りに、さらに自分も忘れたという自己申告が次から次へと現れる。


 「お前ら何なんじゃ!? 何にしきておるんじゃ!?」


 ウーンファースの怒りも。


 「あ、私の分もおねがい。紙と羽ペン。できれば書物型になっているメモで」
 「議長のシビルまで忘れてきたのか!?」


 まさかの、議長まで物忘れ発言でもうすべてがどうでもよくなった。(仮にどうでもよくなかったとしても、シビルと喧嘩をすると後々死ぬより恐ろしい目にあうのはウーンファースじゃなくてもわかるところである)


 「……まってろ! そうだと思って荷物にいれてきたからな! ……ほら、紙ロール……ほら、インク……ほら、羽ペン……ほら、おやつのスイートロールじゃ」


 結局、ウーンファースは出席者全員分の紙とインク、さらに会議中に小腹が減った時のためのおやつまで配り始めたのであった。
 ……何だかんだいっても、実に世話好きのジジイである。


 「やったー! おやつ!」


 とびっきり大きなスイートロールを前にご機嫌なウィランドリアの席に対面する男は、やや不服そうに問いかける。


 「俺はアップルパイの方がいいな、アップルパイないのか? ハニーナッツでもいいんだけどな」
 「人の荷物を勝手に開けるな! ……今アップルパイを出す」


 おやつはアップルパイ、ハニーナッツ、スイートロール、クリーム煮、赤いリンゴに緑のリンゴとちょっとしたお茶会なみに充実していた。
 何だかんだいって本当に面倒見はいいので、みんなもたまにはウーンファースを投獄しないであげよう!

 かくして、皆に紙やインクや三時のおやつが配られ、改めて会議は始まる。

 議長は相変わらずシビルで、皆がおやつをむさぼるのをなぜか口惜しそうに見つめているのだった。(吸血鬼だからふつうのおやつは食べられないんですねわかります)


 「では、まず最初の議題は……最近、各々の要塞で変わった事がないか……何かかわった事は? そうね、マデナ女史から聞こうかしら、ドーンスターになにか変わった事は?」


 突然名指しされ、マデナは一瞬戸惑ったようだがすぐに凛とした表情うなづいて見せた。


 「はい。私の街では住民の悪夢が続いていて困っているようです……一応、最近マーラの司祭がやってきてこの悪夢は呪いではないかと、解決に尽力してくださってますけど」


 マデナはスカイリムでも北に位置する小さな町、ドーンスターの王宮魔術師だ。
 先の大戦で前線で戦った経験のある破壊魔術の使い手なのだが、その時あまりに凄惨な光景を目の当たりにし、今は魔術を戦争に使う事そのものに嫌悪感を示している。
 個性が強い王宮魔術師の面子で、比較的まともな部類になる。

 議長・シビルはしばらく神妙な顔立ちでその話を聞いた後。


 「なるほど……で、その悪夢に吸血鬼は関わっているのかしら」


 神妙な面もちで、そう問いかけた。


 「えっ? 噂ではデイドラ王子の一人、ヴァーミルナの関連じゃないかと言われているけれども……ヴァーミルナは吸血鬼に関わっているデイドラでもないし、そうね、吸血鬼は関係ないと思うわ」


 マデナは冷静に情報を分析しこたえれば、シビルの顔が穏やかな聖母のようにかわっていくのだった。


 「ならば良しとしましょう、吸血鬼じゃない事件ならすべては許されます」
 「えっ?」


 言ってる意味をはかりかねるマデナだったが、彼女はその日がこの「魔術師定例会議」の参加そのものが初めてだった。変なことをいって時間をとるのもいけないと感じ、あえて黙っていることにすると、シビルは次にファリオンへと水を向けた。


 「ファリオン、モーサルの様子はどう?」
 「……そうさな」


 ファリオンは、モーサルに居を構える魔術師だ。
 実際はモーサルに所属している訳ではないので宮廷魔術師としての活動はしていない。

 しかし、モーサル首長から厚い信頼がある事や、本人が元々ウィンターホールド大学で教鞭をふるっていた実績などから、この定例会議には特例として招かれている。

 レッドガードでは禁忌とされるはずの「召還」魔法に関してはエキスパートであり、吸血鬼、不死者に関しては造形が深く、ドワーフにさえ会ったこともあるという。
 非常に知謀の深い魔術師だが、残念ながらロリコンであるともっぱらの噂である。


 「……へんな死に方をした家族があるくらいか」
 「変な死に方? どんなじゃ?」


 ウーンファースが問いかければ、ファリオンは少し唇を湿らせてから意味ありげにこたえる。
 それはあたかも、事件の深淵をのぞいてきたかのような口振りであった。


 「火事さ。火事で妻と娘が焼け死んだ後に、残された男が愛人の家に逃げたって話さ……妙だろう?」
 「それは、確かに不義理な男の話のようね」


 シビルもまた眉をひそめて言う。


 「それで……その事件に吸血鬼は関わっているのかしら?」
 「………………あるいは、な」


 ファリオンのこたえに、シビルの聖母がごとき穏やかな表情は一変、憤怒のそれとなりその口からは信じられないほど汚らしい罵りの言葉が放たれた。


 「吸血鬼! ならば殺せ! 根絶やしにしろ! 吸血鬼という奴は地の果てまでおいたてて、一匹のこらず心臓に杭を打て! 必ずだ!」
 「ちょ、シビルさん!?」


 その豹変にマデナはお小水が少々こぼれそうになる。しかし、他の魔術師メンツは冷静なままだった。


 「おい、またシビル姐さんの吸血鬼絶対殺すマンが発動したぞ〜、どうする?」
 「まぁ、ほうっておけばなおるじゃろ」


 説明しよう!
 シビルは極端に吸血鬼が嫌いなので、吸血鬼の話をすると吸血鬼絶対殺すマンと変化するのだ。

 そして吸血鬼絶対殺すマンとなったシビルは、しばらくの間狂戦士(バーサク)状態となり一定時間攻撃力があがり体力の回復が速まるのだ!


 「吸血鬼はころ! ころ! ころ! うばぁぁぁぁぁぁ!」


 暴走したシビルはとりあえず、目にはいるものを破壊魔法で焼き始めた。
 一方魔術師たちは、とくに止める様子もなく(とめにはいったら自分が大けがすることをよく心得ているのだ)ファリオンを中心に、定例議会を続けるのだった。


 「シビルが興奮して話しにならんな……先の司会は俺がかわろう。それでウィランドリア、お前のところは変わった事はないのか?」
 「べっつに〜、無いと思うわ。ちょっと盗賊ギルドとの癒着が激しいのとか〜、執政が盗賊ギルドから裏金もらってたりとか〜、町の実権を握るのはブラック・ブライア家で首長はお飾りになってるとか、そのくらい?」


 当たり前のように語るウィランドリアにマデナは。


 (無茶苦茶変わった事ある!)


 そうとだけつっこんだが、他のメンバーからすると「まぁリフテンだしね」「やっぱブラック・ブライア家怖いわー」「でも娘のインガンはまじめな錬金術師だよ」などと、のどかにやり過ごすのだった。


 「……そうか、カルセルモは?」


 次に水を向けられたのはカルセルモだ。
 マルカルスの宮廷魔術師で、老齢のハイエルフであり、ドゥーマーの研究が何より好きなどこか憎めない性格の魔術師である。ドゥーマー関連の書籍もいくつか出していたり、若い女性との恋路にうつつを抜かしたりもする。


 「ワシの街も普通だな、市場で人肉が出ている事があるくらいじゃ」


 カルセルモはあたかも「それが日常」といった様子で笑いながらそう告げたが。


 (さらっとスゴイこと言ってる!)


 マデナはまた、心の中でつっこんだ。
 つっこまずにはいられなかった。(お肉の出所はちゃんとした安全なお肉を食べよう! そう、スカイリムではね)


 「そうか……ファレンガー、お前の所はどうだ? 噂ではお前、首長のバルグルーフがところの末っ子に命狙われているらしいが」
 「まってましたぁぁぁ!」 


 最後に話を向けられたのは、スカイリムの防衛が要である主要都市・ホワイトランの宮廷魔術師ファレンガー・シークレット・ファイア(フルネーム)だった。
 スカイリムでは主要防衛都市、ホワイトランに所属しまさに帝国軍vsストームクローク軍の火花がど真ん中にいるというのに、戦乱の行方よりもドラゴンの研究に熱心な男だ。


 「……俺の所は最近、出るんだアレ! ドラゴン!」


 ファレンガーは自分の命が末っ子にねらわれていることなんて、さしてどうでもいい、といった様子で熱っぽく語りだした。


 「どらごん〜? ドラゴンってあれよね、伝説にいた、羽の生えた大きいトカゲみたいな……」
 「最近、スカイリムに戻ってきたそうね……伝説上の存在だと思っていたのに」


 ウィランドリアは両手をばたつかせてどこか現実味がないといった様子な一方、マデナはまじめな顔をしてうつむく。この危機感の差は、要塞が壁で仕切られたリフテンと、大きな壁をもたない集落であるドーンスターという環境の違いだろうか、あるいは魔術師本人の性格のせいかもしれない。


 「ところが伝説じゃなかったんだ。ドラゴンは実在し、またそれを退治するブレイズも実在して……とにかく、これを見てくれ!」


 ファレンガーはそう言うが早いか、自分の荷物からくすんだ色の骨を取り出した。
 やたらと大きい動物の骨だが、マンモスの骨ではなさそうだ。


 「……これは?」


 さしものファリオンも、初めて見るといった様子で興味深げにその骨にふれる。
 古びた骨の手触りは、やけにざらついていて綺麗に肉がこそげ落ちているようだった。
 いや、元々血や肉なんてついてなかったとも言いたげな古めかしささえある。


 「これはドラゴンの骨だ! そしてこっちが鱗……ドヴァーキンから無理をいって買い取ったんだぞ! はは、すごいだろ! ドラゴンの骨、しかも本物だぞ!」


 自慢げに話すファレンガーに対し。


 「お前、そんなものもってくるから荷物が重くて羽ペンもインク壺も入らないんだろうが!」


 ウーンファースは正論でキレたが、ファレンガーはおかまいなしだった。
 元よりこの男、自分の好きなことに熱中すると周囲なんて気にならないタイプだ。


 「資料つくってきたから配るよ! ……そもそもドラゴンの伝説がどこから始まったかというと、古くは……」


 自作の分厚い資料と皆に配ると、ファレンガーは一人とくとくと語り始める。


 「……資料も図解いり」
 「厚さも本一冊分あるな、この情熱がもっと別のところでいかせればいいんだが……」


 あきれるように顔を見合わせるマデナとファリオンの間に入るよう、カルセルモが飛び込んできた。


 「ちょっとまったぁぁぁぁ! ずるいぞ! ファレンガー! お前ばっかりドラゴンの事を語りおって! ワシも大好きなドゥーマーの話しがしたいんじゃ! したいんじゃ!」


 どうやら、ドワーフ大好きおじさんもドワーフについてとくとくと語りたかったらしい。


 「ドラゴンは現実として今スカイリムを騒がしているだろう! ドゥーマーはいないじゃないかバーカバーカ!」
 「バカっていうのがバカじゃ! ……ワシも語らせろ! ほら、これをみるんじゃ!」


 ファレンガーにバカだとののしられながらも、カルセルモは鞄から無骨な鎧を取り出す。
 それが何であるかいち早く察したのは、ファリオンだった。


 「これは……ドゥーマーの鎧か」
 「そうじゃ! ……ワシはこの鎧からいかにドゥーマーの技術が優れていたかというのを今から少し説明をだな……」


 カルセルモまで説明モードに入りそうなところを、ファレンガーがとどめる。


 「ドラゴンの文明だって優れているぞ! あの声の力とか……」
 「ドゥーマーの技術は優れているだろうが! ドラゴンは自分たちの生態からさして進化していないがドゥーマーは進化をして……」

 「ドラゴンには原始の美しさがあるんだ、アカトシュだってドラゴンの姿をかりるくらいだしそれに……」
 「ワシの本をみてくれ! いかにドワーフがすぐれた文明をもっていたかという……」

 「その本はさして技能もあがるわけでもないためにならない本だろう?」
 「何じゃと! 本も出したことのない若造に言われたくないわい!」

 「だいたいドラゴンは……」
 「そもそもドゥーマーは……」


 とうとう二人はお互いに弁舌を交わすことを放棄し、好き勝手に語り出す道を歩むのだった。


 「……何か語りだしたんですけれど?」
 「いつもの事だから放っておこ〜」


 会議がほとんど崩壊する様をみてあせるマデナに対し、ウィランドリアはのんきな声をあげる。彼女もまた自分の研究にしか興味がない性格だから、あまり気にならないのだろうう。

 仕方ない、といった様子でファリオンはシビルのほうへと向いた。


 「こりゃ、皆頭に熱が入ったからもうダメだな、最後にシビル、一言頼む。議長としてな」


 そう言われ、シビルは何のまよいもない視線を皆にむけ、聖母のようにほほえんで告げた。


 「吸血鬼は絶対殺せ」
 「以上だ! 今日の魔術師会議解散!」


 その言葉をまっていたかのように、ファリオンは終わりの合図を告げる。
 ファレンガーとカルセルモはお互い自分の世界に入って語り続け、ウーンファースは途中から居眠り。ウィンドリアは笑っているだけ、まさに混沌きわまる会議をみて、マデナは言った。


 「…………ファリオンさん、いつもこんななんです? 大変ですね」


 その言葉に、ファリオンは一つ咳払いをしてこたえる。


 「慣れだな、ようするに全部慣れだ」


 魔術師たちは奔放に語り、自分の研究に没頭し、自由にふるまう。
 これがスカイリムの魔術師たち、その会議の一部始終である。






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