>> 彼女からの贈り物






 学校から少し離れたショッピング街にあるちいさな小物売場は、私が一等お気に入りの場所だった。
 赤やピンク、緑に青。洋菓子のように可愛らしいグッズがところ狭しと置かれているから、私はただそこにいるだけで何だか自分もお姫様みたいに可愛くなったような気分になれるからだ。

 その、私が一等お気に入りの場所でその人は初めてあった時と同じ綺麗な横顔をしていた。

 艶やかな黒髪に、憂いを含んだ瞳。
 理知的に輝くその目は一見すると冷たく見えるけれども、話してみればとても優しくいつも一生懸命なのが伝わってくる。

 清水潔子さん……私のあこがれの先輩で、烏野高校排球部のマネージャーさんでもある人だ。

 「あ、あの、清水……せんぱいっ? こ、こんにちは!」

 私が話しかけたら迷惑かなとも思ったけど、気づいて挨拶をしないはきっともっと失礼だろう。そう思った私が恐る恐る声をかければ、清水さんは一瞬だけ驚いたような顔をこちらへ向けた。

「あ……谷地ちゃん」

 だけどすぐにいつもの冷静な顔に戻ると「こんばんは」小さな声ささやいて静かにその頭を下げる。
 その仕草は女性の私から見ても優雅でどこか艶やかで、見ているこちらが気恥ずかしくなってしまうほどだった。

 「あ、あの。私、ちょっと買い物でこっちまで来たら、清水せんぱいが見えたんで、それ、それでっ、声をかけたんですけど! あの、迷惑でした……?」

 その仕草にすっかり当てられた私は、何だかすごく気恥ずかしくなり思わずどぎまぎしてしまう。

 清水先輩は相変わらず綺麗だ。
 ……その思いが先立ち、つい訳の分からない言葉を口走る私にも清水さんは微笑んでくれた。

 「ううん、全然……」

 静かに首をふる彼女を見て、私はひとまず失礼がなかった自分に安心した。それから、徐々に疑問がわいてくる。それはもちろん、どうして清水さんはこんな所にいるのだろうという事だった。

 ここは可愛いアクセサリーや鞄、流行りのキャラクターグッズが一杯置いてある場所だから、私たち……10代半ばの女の子はよく出入りするお店ではあるのだけれど、何となく清水先輩には似つかわしくないように思えたからだ。

 もちろん清水先輩だって女の子だから、可愛い小物がほしくなる事もあるのだろうけど……普段の先輩はクールな印象があるから、こういうキャラクターのグッズより機能性に優れたシステム手帳やシックな模様の文房具の方がより似合ってる気がしたし、実際普段使っているものも私がイメージするような無地のものが多かったからだ。

 そんな事を考えながら、私は清水先輩が見ていた「もの」のほうを見る。

 そこには、かわいらしいネコがあしらわれた髪飾りがいくつか飾ってあった。白ねこ、とらねこ、クロネコがいるけど、クロネコはピンクの肉球をこちらに向けて笑う姿が愛くるしい。

 「あ、清水せんぱい。ねこ……好きなんですかっ?」

 私の質問に清水先輩は、少し困ったように言葉を詰まらせた。

 「あっ……うん、でもね。ウチでは……」

 清水さんはそれ以上何も言わなかったけれども、私はなんとなく理解した。
 清水さんは優しい人だから、きっと動物の事は嫌いじゃないんだろう。でも、きっと何かの事情があって、家では飼えないのかもしれない。だからせめてネコのグッズを見て、気を紛らわせているのだ。

 ……私の家も家族の影響が大きいから、その気持ちはよく解る。

 それから少しの間他愛もない話をして、清水先輩は「それじゃあ、明日またね」そう告げてから去っていった。

 「よぉっし!」

 私はすぐにお財布を取り出し、残りのお小遣いと清水先輩が見ていたネコの髪飾りの値段とを確認する。
 それはお小遣いのやりくりが厳しい私には、決して小さな出費ではなかったたけど手の届かない買えない金額でもない。

 私は清水さんに一番よく似合いそうなトラネコの髪飾りを手に取ると。

 「これ、プレゼント用に包んでしてください!」

 ……思い切って、プレゼントしてあげる事にした。
 だって清水さんは、マネージャーとして未熟な私にいろいろ教えてくれる優しい先輩だから、この位恩返しをしたいし、それに……。

 「きっと清水せんぱいなら、似合うと思うんだ……」

 私は今からあの人が、その艶やかな黒髪にトラネコの髪飾りをつける姿を想像して、知らない間に笑っていた。

 清水先輩が、受け取ってくれるといいな……。
 その思いとともに、小さな紙袋を抱いて。



 自分の通っている高校でも、三年生がいる階へ行くのは緊張するものだ。三年の通う階で一年生の制服はやはり目立つのだろう。

 「あれ、一年だ」「どうしてこんな所に?」
 そんな視線が四方から注がれ、元々緊張しやすい私は心臓がどきどきしっぱなしだった。

 清水先輩、何処だろう……。
 お昼は早めに食べたから、きっとまだ何処にもいってないはず……。

 三年の好奇の目に晒されながらも必死になって清水先輩を探せば。

 「……あら、谷地……ちゃん?」

 私の後ろから、突如聞き覚えのある声がした。

 「きゃうんっ!」

 まさかの不意打ちに驚いて飛び上がれば、清水さんもまた驚いたようにこちらを見る。

 「……どうしたの、谷地ちゃん」

 清水さんはしばらくポカンとこちらを見ていたけど、すぐに優しい笑顔を向けて、驚いて倒れそうになる私をしっかり支えてくれた。

 「あああ、わ、わ、わ、私、あの、清水せんぱい……これっ!」

 私はなんだかもう恥ずかしいやら緊張するやらで、とにかく昨日買ったプレゼントの髪飾りを清水先輩に差し出す。ここにくるまでは清水先輩が喜ぶ姿を見るのが楽しみだったが、緊張は限界に達していてすでにプレゼントを渡して早くかえってしまいたい気持ちが勝っていたからだ。

 「えっ、谷地ちゃ……」
 「あのっ、先輩きのうずっとこの髪飾り見てましたよねっ! ……似合うと、思いますよ。だから……どうぞ!」

 清水さんはしばらく驚いたように差し出された紙袋を見て……それからゆっくり中身を確認すると、冷たく見えるあの目が驚く程柔らかくなって……そして、私へ向けられた。

 「ありがとう、谷地ちゃん」
 「いいい、いえっ! あの、私……」
 「それと……これ、私から」

 清水さんはそう言うと、私に一つ綺麗な包みを渡す。
 それは、私が渡した包みと同じ模様で……中身は……。

 「あっ、これ……」

 トラネコの髪飾り。
 昨日、清水さんが見ていて……私がきっと、清水さんなら似合うと思って買ったものと同じだった。

 「谷地ちゃんなら……似合うと思って、買ったの」
 「えっ? わ、わ、私にですかっ?」
 「そう……」

 そして、清水さんはそっと私の髪を掻き上げて……耳元で小さく囁く。

 「……お誕生日おめでとう、谷地ちゃん」
 「あ……」

 私はそれまで、忘れていた。
 そうだ、私、今日……。

 「あ、ありがとうございます、清水せんぱっ……あの」
 「一緒に、つけようか?」
 「えっ?」
 「……お揃いだね」
 「……あっ、はい!」

 清水先輩の黒髪と、私の栗色の髪。
 どちらにもつけられた、トラネコの髪飾り……。

 並んで歩く私を見て、澤村先輩が声をかけた。

 「あぁ……なんだか姉妹みたいだな」

 そういって笑う澤村先輩を、私たちは笑顔で見る。

 私と清水さん、全然似てないだろうけど、気持ちは同じ。烏野の排球部、マネージャーとして一生懸命皆を応援したい、その気持ちは一緒だから……。

 「はいっ!」

 私はとびっきりの笑顔で振り返る。
 髪にはお揃いのトラネコが、やっぱり笑顔を向けていた。






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