>> 再び踊り出すまで






 俺の事を国家転覆を目論むテロリストの一員と蔑む奴もいれば、腐った国家を覆すレジスタンスの一員として敬う輩もいるのだという。

 だが俺自身が自分をどう思っているのかといえばそう、例えば世界をひっくり返してやろうとか、例えばこの腐った国政に一石を投じてやろうとか、そんな大それた野望を抱いていた訳ではない。
 ただ友人と歌い騒いで、母国を愛し、自分たちの境遇に唾を吐き、自由にならないのを社会のせいにして、少しばかり斜に構え日々を過ごす。
 俺や俺たちがしていたのはそう、若者なら誰だってある日常の延長にすぎなかったのだ。

 ただ少し違った所があったとするのなら、俺たちの場合それが他の連中よりほんの少し尖っていて、熱を帯びていたという事だろう。

 若い情熱は当たり前のように食い物にされる。
 気付いたとき俺たちが足を突っ込んでいたのは「国家の転覆を狙うテロリスト」の末端で、多くの友人達はその駒として「腐敗した国家から民を救う為」「伝統を守るため」「自由を得るため」そんな耳障りのよい甘言に惑わされ、あるものは忠犬のように走り回り、またあるものは猟犬のように殺し、殺されていった。

 俺はそんな中でも一応の学問を修め、いくつかの語学も操る優秀な手駒の方だった。
 とくに化学に関して造形が深く、手先が器用なことや幼い頃から工作好きも高じて簡単な爆弾なんかを作るようになっていた。

 最初はそう、爆竹くらいの音をならして驚かすだけのもの。
 それから指を吹き飛ばす程度の威力、馬車を転がす程の威力、人を鎧ごと吹き飛ばす威力……段々と爆発の度合いは大きくなり、爆発のタイミングも自由に操れるようになっていった。

 爆弾についての知識ばかり蓄えていた俺は、ただその花火を打ち上げるのが面白くておかしくて組織に乞われるまま、望むようなモノをつくってやっていたものだ。

 金は組織が好きなだけくれた。
 「えらいぞ」「よくやった」「すごいな」
 一つ成功させるだけで、他の大人たちが決してかけてくれなかった賛辞を惜しげもなく浴びせてくれて、功績が増えるごとに俺の立場も偉くなった。

 新しく入った連中の頭を気まぐれに殴っても皆笑っているだけで、とがめる者は誰もいない。
 俺はそんな立場に酔いしれて、ますます組織に、爆薬に傾倒していった。

 とどのつまり、俺はこの狭い国の狭い組織の中で蠢く虫みたいになっていて、外の風評なんて気にならなくなっていたのだ。

 だからそう、気付いた時にはにっちもさっちも行かなくなっていた。
 俺が所属していた組織はもう国からしても放っておくにはやりすぎていて、俺自身もまた単なる末端のテロリストという扱いではなくなっていたのだ。

 外に出る時、濃いめの化粧をし顔を隠すようになったのはちょうど手配書の似顔絵が広く張り出されるようになった頃だろう。

 俺たちの組織は国をあげてかり出されるようになり、愛しい友人も毛虫みたいに嫌った奴も次から次へと捉えられ、そして処罰されていった。

 今までパトロンとして俺たちを散々煽っていた「協力者」も、流石に組織が傾いてきたのに気付いたのだろう。
 俺が顔をあげた時にはもう、差し出された手は一つもなくなっていた。

 後にひけなくなった俺たちは、残された金とパンで食いつなぎ、それでも腐敗した国を修正する。
 そんな綺麗な言葉を掲げ何とか王に一泡ふかせてやる事が出来ないか、そう考えるばかりだった。

 それでも。
 そんな土壇場にいても俺がまだやれると確信していたのは、きっと傍らに「あいつ」がいたからだろう。


 「大丈夫、必ず成功するさ」


 俺とは違い、熱意に満ちた奴だった。
 いつだってよく通る声で話し、その立ち振る舞いは自身に満ちていた。

 一挙手一投足にどこか気品があり、知らず知らずに見てしまう、そんな生来のカリスマ性をもっていた。
 学もあり弁舌もたち、整った顔立ちをしていた「あいつ」はいつでも雄弁で、組織が大きかった頃も、じり貧になった時でさえも常に俺たちを先導してくれた。

 ……血筋さえあればきっと、本当にこの国を根っこから変えていただろう。
 そう思わせる気品があったのは彼自身が「高貴な一族」の落とし種だと噂に聞いたが、今はもう確かめる術はない。

 とにかくそう、その日はあいつの計画で動いていた。
 計画は万全だったが、準備は不完全。人もモノも不足していたが、追いつめられた俺たちには「やる」という選択肢しか残されてはいなかったのだ。

 しかしそう、全ての準備が万全だったとしても5分の成功率といった所の計画だ。
 不完全な準備で成功するなんてどだい、無理な話だろう。

 結局、俺たちのささやかな花火は計画半ばで頓挫して、王直属の護衛官に追い掛けられる事となるのだった。

 その最中、いよいよ逃げられないって時に、あいつは何を思ったのか俺を先に逃がしたのだ。


 「剣術のたしなみはある。王の護衛に一矢報いてやるさ」


 なんてカッコつけた事をいって、実際どうだ。
 王の護衛は「鉄球」とかいう奇妙な技術をもっているのだ。勝てる訳がないというのに。


 「オエコモバ、お前には才能がある」


 何をいってるんだ。
 才能は、おまえの方がよっぽどある。カリスマがあり弁舌があり学があり、俺のないものを沢山もっているお前が。


 「だから生きてくれ、何がなんでも。この腐ったネアポリスの歴史が覆るその日まで」


 どうして俺のようなクズを生かす為にその身体を張ろうというのだ。
 どうして、どうして……。

 疑問を抱きながら、俺は脱兎の如くその場から逃げ出していた。
 散々っぱら人の身体をシェイクしてきた俺だが実際のところ、俺自身の痛みには酷く敏感だったのだ。

 死ぬのが怖くて仕方なかったから、誇り高く生きて名誉の為に死ぬというあいつの心意気なんてこれっぽっちも理解できなかったのだ。

 ……あいつは結局捕まり、そして死刑となった。


 「死刑執行がツェペリ家によって行われるなら名誉な事だ。歴史の中にぼくという正義を血で汚したと、国家により証明されるんだからね」


 あいつはその「名誉」通り、ツェペリ家のものによる「死刑執行」が施されたと聞く。
 あいつの正義はこの国の汚点になったのかどうか……今はわからないし、これから歴史が大きく動いていけばあるいは、わかる事もあるのだろう。
 だが……。

 あいつは死んで名誉になった。
 俺は生きて空虚になった。

 空虚になって、考えをなくして、鈍感になろうとした結果もう俺には、爆破する事しか残されていなかったのだ。
 名誉あるあいつが認めた俺の才能が、それだったのだから。

 そうして、殺して、爆破して、殺して、火薬を混ぜて、殺して、火をはなって、殺して、追い立てて、殺して、殺して、殺して、殺して。

 ただそれだけを繰り返す傀儡一人を自由にしておくほど国家も甘くはなかったけれども、それでも俺にとって「牢獄」さえも華奢な籠にすぎなくて、爆弾という才能をかかえた俺は投獄された後もあいつの言う「正義の下にある誉れ高い死刑」に処されるより先に、看守を殺して逃げ出した。

 悪名も極めれば有名人、とでもいうのか。
 散々殺してまわった俺が逃げおおせる事が出来たのは、かつて組織を支えた連中の一人だった。

 ……俺の才能がまだ使えるから囲っておきたいと思ったのか。
 それとも、このままでは自分の命が狙われると恐れたからかはよくわからない。

 とにかく俺は脱獄し、そのまま祖国を逃げるように追い立てられ、新大陸と呼ばれるアメリカくんだりまで流れ流れてやってきた。

 ……ここではすこし、静かにしてよう。
 そう思い、スラムのような裏路地で冷ややかに世界を眺めていた。

 新大陸からみれば、祖国で俺がしてきた事なんて些細な事だったのだろう。
 誰にも気に留められる事もなく俺は相変わらず心と体に爆弾を背負い続けていた。

 そうして……。


 「スイませェん……」


 粗末な木の扉に、乾いた靴音が響く。
 長いブロンドを束ねた黒衣の男が、訝しげにこちらを見据える。
 黒衣の裏から確かに血と硝煙のにおいがしたから、こいつは俺と同じ世界の奴なのだというのはすぐにわかった。


 「貴方に頼みたい事があって参りました。あの、少しお話を……」


 空虚な俺に今更何を頼もうというのか。
 ただ爆弾を作るだけのこの絡繰り仕掛けの傀儡に何を……。

 半ば呆然としながら、火薬のついた指先で男を出迎える。


 「殺してもらえませんか」


 男は存外と単刀直入に言った。
 あぁそうだ、俺はどこでも「そう」やってしか生きる事ができない。常に火薬の臭いを漂わせ、炎で誰かの身体を焦がしてやらなければ生きていられない。

 それが俺の空虚な才能なのだと、そう思っていたのだが。


 「標的は、ジャイロ・ツェペリ。貴方の国の人間です」


 ツェペリ。
 誇り高き国を背負う処刑人の名前。

 偶然か、それとも。
 空虚だった俺に、久しく忘れていた笑みが浮かび心臓が狂おしい程に躍動する。


 「あぁ、いいだろう。勿論だ、任せてくれ」


 祖国にいた頃と同じような道化の化粧を施して。壊してやろう、せめて祖国の。あいつが望んだ名誉というのを、俺の背負った才能で粉々に吹き飛ばしてやろう。

 背負った爆薬という才能を胸に走る鼓動に乗せて。
 虫除けと、哀悼の意味をこめたヴェールに顔を包んで。


 「楽しいリズムの始まりだな」


 止まっていた歩みが、ようやく再び動き出す。
 SBR、それはただ単純に大きいだけのレースではない陰謀渦巻くものだろうが、そんな事はもうどうでもいい。

 ただ、虚空であった俺の中に熱い血潮が流れ、あいつが認めてくれたたった一つの才能が全身のリズムを刻む。

 その快感だけが、俺を突き動かしてくれたから。






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