>> だから、ダッコ!
そう、ボクは自分だって分かっているんだ。
ブルーローズさんと比べたら、むねも、おしりも……身長も、ずっとずっと小さいって事。
普段はそんなの気にしない。
大きくたって、小さくたって、ボクはぼく。
ホァン・パレリンで、ドラゴンキッド。
この事実は変わらないし、身体が小さいだって悪い事じゃない。
だから普段は気にしないようにしているんだ。
だけど……。
「うー、人が集まってるぅ……きっと、大道芸人の人が来てるんだよ。見たいなぁ……でも全然見えないよぉぉ……」
人混みので出来た輪の、その中央では、アコーディオンの演奏が賑やかに聞こえてくる。
人の頭その上には、色とりどりのボールが右へ左へ行き交う影だけが見える。
多分、輪の中央では招かれた大道芸人さんが、得意のパフォーマンスで人を惹き付けているのだろう。
穏やかな散歩とショッピングを楽しんで貰いたい。
そんなコンセプトで作られている公園通り周辺のエリアは、大道芸人さんや手品師さんなんかと契約していて、毎日こうしたパフォーマンスを道行く人に見せているんだ。
特に今日はこんなに人が来ているんだから、きっとすごい芸をやっているんだろう。
凄く、見たいって思う。
とっても面白い事をやっているんだって、そんな気はする、だけど。
「うー、だめだー、全然見えない……人、多すぎだよー」
思いっきり背伸びをしても、ジャンプしても、何をしているのか全然見えない。
こういう時だけ、ボクはこの小さな身体が非道く恨めしくなった。
すごく、見たいけど……諦めるしかないのかな。
そうやって、人混みの周囲を飛び回っているボクを、不意に誰かが呼び止めた。
「……ドラゴンキッド? ドラゴンキッド、だよね」
それは凄く聞き覚えのある声だから、振り返らなくても誰だか分かる。
「あ、折紙さん!」
振り返ってみれば、ボクの予想した通りの人。
整った顔立ちと裏腹に憂いのある表情が印象的な人……折紙サイクロンさんだ。
折紙サイクロンさんは、ボクと同じヒーロー。
ヒーローだから、普段の番組ではお互い競い合うライバルだ。
そう、ヒーローはライバル同士。
いつも互いのポイントを、とったとられたを気にするピリピリした関係……の、はずなんだけど。
ヒーローのみんなは元々、誰かを助けてあげたいとか。皆の役に立ちたいとか。
そういう思いが強くてヒーローになった人が多いから、みんな凄くいい人なんだ。
そう、タイガーのオジサンはいつも撫でてくれたりアメをくれたりするし、ロックバイソンさんは肩車してくれたり、勉強のわからない所も一緒に考えてくれたりする。(残念だけど、あんまり答えが出た事はないけど)
バーナビーさんは……いつも忙しそうであんまりかまってくれないけど、いざって時に熱くなって突っ込んでいくボクを冷静に止めたりしてくれるし、スカイハイさんはいつもボクと一緒に遊んでくれたり、イヌを撫でさせたりしてくれる。
ブルーローズさんとファイアーエムブレムさんは、ボクの知らないオンナノコの話をいっつも沢山してくれる。
みんな、みんな優しくてみんな凄く楽しいんだ。
その中でも折紙さんは特別で、歳も(ちゃんと折紙さんに年齢を聞いた事はないから、ボクのカンだけど)多分ボクに近いし、普段から組み手とかトレーニングもよく手伝ってくれるし。
ヒーローの時、ボク一人ではどかすのが難儀な大きな瓦礫とかも、協力してどけるのを手伝ってくれたりして、ボクが困っている時はいつだって傍にいてくれる。
ボクの、優しいニンジャさんなんだ。
「あ、折紙さん。どうしたのこんな所で……?」
そう聞いた後にボクは、折紙さんが本を買いに街に来たんだって気付く。
折紙さんの腕には雑誌サイズの紙袋が抱えられていた。
「ボクは……ちょっと、ニンジャの本を買いに、ね。それで……ドラゴンキッドは、こんな所で何して……」
「え、ボク? ボクはね、ほら。あそこ……あそこで、大道芸の人が出ているみたいだろ。ボク、あれが見たくて。さっきから、ここで頑張っているんだけど……全然、見えないんだ……」
指で示した先には、僅かに蠢く人影に交じって、賑やかな音だけが空しく響いていた。
「あぁ……そういえば、誰か来ているみたいだね。ここ、いつも何か出ているから……」
「そうなんだ、でも全然見えないんだよ……」
そこでふと、ボクの脳裏に一ヶ月ほど前の事が思い出される。
あの時、ボクはやっぱりココでこうやって、人混みで見えない大道芸人を背伸びして見ようとしていた。
そうしたら、一緒に居たロックバイソンさんがボクの肩を叩いて笑ってくれたんだ。
「何だ、ドラゴンキッド……芸人が見たいんなら、まぁ俺に任せておけって……ほらよ!」
そう言いながらボクの脇を抱き上げて、自分の肩にのせるみたいに、高い高いしてくれて……。
ロックバイソンさんの肩に乗っかるみたいな形で頭一つ抜けて高い所に行けたボクは、そこでいっぱい、大道芸人さんのパフォーマンスを見る事が出来たんだ。
ロックバイソンさんの肩を思いっきり借りたまま夢中になって見ちゃったから、ロックバイソンさんは後で筋肉痛とか、大変だったみたいだけど……。
「あ、そうだ折紙さん! ボク、折紙さんにお願いがあるんだ!」
今、やっている芸がどんな奴なのか……。
ボクはせめてそれだけでも知りたいから、思い切って折紙さんにお願いしてみる事にした。
お願いは、あの時ロックバイソンさんがしてくれた事。
高い高いをするみたいにボクを思いっきり抱き上げてもらうという、たった一つのシンプルな事だ。
勿論、ロックバイソンさんにしたみたいに、ずっと肩をかりて全部見る気はない。
少しでも人混みの中心を見られたらそれでいいと思っていた。
「えっ……何かな。えっと、ボクで出来る事なら……」
ロックバイソンさんと比べれば、折紙さんは小柄になる。
だけどそれでもボク一人が背伸びをするより、折紙さんが抱きかかえてくれた方が、高い所から見えるはずだ。
ボクはそう思ったから。
「ね、お願い折紙さん! ボクの事、ぎゅーってダッコして欲しいんだ……いいかな?」
「えっ!?」
抱き上げて少しでも高い所にいけるよう、そうお願いしたつもりだったんだけど……。
「えっ。いや、でも、それは……こ、こんな人の多い所で、ボク……それに、ボクなんかでいいの……ボクなんて、そんないい男でもないし……」
折紙さんは何故か頬を赤くして、伏し目がちにボクを見る。
「何言ってるんだよ。ボク、折紙さんじゃないと駄目なんだ! ねぇ、駄目……かな?」
だめ押しでもう一回頼んでみると、折紙さんはちょっと躊躇うみたいに俯いて、ほっぺたを赤くしながらただ、困ったような表情を向けるだけだった。
ちょっと、高い高いって上げてくれればいいだけなんだけど、こんなに戸惑われるなんて……。
ひょっとしたらボク、すごく重たい女の子って思われているのかな……?
「そ、そうだよね……嫌だよね、ボクみたいな女の子に、そういうの、するの……ごめんね、折紙さん……」
これ以上折紙さんを引き留めたら、きっと折紙さんをすごく困らせる事になる。
そう思って諦めようとするボクに、折紙さんは驚いたみたいに顔をあげて首を振った。
「あ、ご。ごめん、違うんだ。全然、嫌じゃない……けど、ボクの方こそ、本当にいいのかと思って……」
「えっ……何言ってるのさ。ボクは、折紙さんだからいいんだよ!」
折紙さんならヒーローで力もあるし。
ロックバイソンさんみたいに大きくないけど、きっとボクだって軽々持ち上げられるはずだ。
「……わかった、じゃ、ボク……するよ」
「あ、ありがとう折紙さん!」
やっぱり、折紙さんはとっても優しい。
ボクのお願いいつも聞いてくれるんだ。
嬉しくて胸が躍る気分のまま、ボクは腰をもってもらおうと振り返ろうとする。
そんなボクの手を取ると、折紙さんはその手を引いて。
「ふぁっ……ふぁぁぁっ!?」
バランスを崩してよろけそうになるボクの身体を受け止めるように、強く優しく、ボクと身体を抱き留めた。
「えっ、あ……折紙さっ……」
ボクの耳が、折紙さんの胸にぴったりと密着する。
彼の胸は心臓が飛び出す程に強い律動を刻み、ボクの耳を優しく撫でていた。
「えっ、えっ。あの、折紙さん、ボク。あれ、ボク……」
目の前に折紙さんの身体があって、身体全体が折紙さんの匂いに包まれて。
眼前にあるビルのその、ショーウィンドウにうつる姿でボクはようやく、折紙さんに抱きしめられているんだって気付いた。
タイガーさんやバイソンさんがしてくれる、高いたかいのダッコとは違う。
恋愛映画や漫画で出てくる、恋人たちがする抱っこだ。
でも、何で。
どうして折紙さんがボクを、こんな町中でボクなんかを?
ボクなんか普通の女の子と違う。
ブルーローズさんみたいに可愛くもなければ、ファイアーエムブレムさんみたいに、女心がわかっている訳でもない。
男勝りで大雑把で、胸もお尻もペタンコ。
全然オンナノコっぽくないボクを、どうして抱きしめてくれるんだろう……。
そんな事を考えながら、ボクは自分の言葉を振り返る。
あぁそうだ、ボクは折紙さんに「ダッコして欲しいんだ」ってお願いしたんだ。
ボクは、ロックバイソンさんがしてくれた、高い高いのダッコをしてもらう、そのつもりで願いしたんだけど……。
ボクがちゃんと説明しなかったから、折紙さんは勘違いしてボクを抱きしめてくれているんだ。
ちゃんと説明しなかったボクが悪いんだから、ちゃんと説明しないといけない。
そうしないと、折紙さんはきっと、ボクみたいにボーイッシュな子を抱いて、恥ずかしい思いをしているかもしれない。
ちゃんと説明しないといけない、そんな風に思うけど……。
折紙さんの体温が。においが。
ボクの心と身体を、一杯に満たしてくれる。
ボクの胸がコトコト揺れて、くすぐったい気がするけど、でもそれはとっても暖かくて刺激的で。
大道芸を見るよりも何だか、楽しい気分になるから。
『そうじゃなくて、高い高いするみたいしてくれればいいんだよ、折紙さん!』
その一言で折紙さんは、きっと離れてくれるけど、言おうとすると言葉が自然と、喉の奥へと引っ込んでそのまま言葉が出なくなる。
間違えたなら、間違えのままでいい。
ただ今はずっと、このまま。
折紙さんにぎゅうっと抱きしめて欲しいから。
「えへ……ありがとう、折紙さん」
ボクは小さくお礼を言って、折紙さんの胸元の思いっきり顔を埋める。
ホントの事言わない、ちょっとズルいヒーローになってしまったけど、ボクはそれでも折紙さんと一緒に居たかったから。
だからボクは願っていた。
このままずっと折紙さんが、ボクの事を抱きしめていてくれる事を。
折紙さんがこの手を放さないで、ずっとボクを包んでくれる事を。