>> 後日談〜シャニーの隊長。
イリアに戻るなら、途中までは一緒に行ってやろうか。
隊長がそう言ってくれたのは、全ての戦いが終わり、私の大好きだった「私たちの傭兵団」の解散が決まってすぐの事だった。
「ロットとワードは帰る先が同じだが、お前は一人になっちまうからな」
隊長の申し出を聞いて、私の心にあったのは驚きと戸惑い。
そして、それ以上に歓び。
ずっとずっと隊長の傍で戦ってきた私にとって、隊長と一緒にいられるのは他の誰と一緒に居るよりも楽しくて嬉しいから、本当は天馬に乗って行ったほうがずっと早く目的地にはつくけど、わざと馬から下りて歩いて帰る事にした。
「わざわざ降りて歩かなくてもなぁ……お前が俺を乗せて飛べばいいんじゃねぇのか」
隊長はそんなふうに文句を言いながら隣を歩くけど、私は並んで歩くのがいいと思っ
た。
戦いの時、何度か隊長を乗せて空を飛んだけど隊長ったら高いトコロはあんまり好きじゃないのか、どうも空に行くと無口になるし。
何より飛んで行ってしまえば、隊長と話す時間が少なくなる。
そんな勿体ない事したくないから。
「いいでしょっ、たいちょー。たまには歩かないと、足腰弱くなっちゃうよ」
でも、本当の事を言うのは気恥ずかしいから、私は笑顔で嘘を付く。
「お前がそう言うなら、別にいいけどな」
隊長は無愛想にそう言うと、私と並んで歩きながら時々話をして、時々黙りこくって、それを繰り返して旅を続けた。
語る言葉は剣の振り方、戦いの心得。
恋人同士が語るような甘い言葉はない、無骨で粗野なものばかりだったけど。
それでも話をしている時、隊長はほんの少し楽しそうにするから。
だから私はそれで良かったし、それで嬉しかった。
「寒くなってきたな」
イリアの山が見えてきて、私たちの旅も終わりに近付く。
途中、山賊を追い払ったり残党軍と戦ったりして長い寄り道をしてきたはずなのに、終わりが来るのはあっという間。
私はぐっと身を縮めると、焚き火に薪をくべる隊長の方に身を寄せる。
私が寒いと思ったのか、隊長は自分の被っているローブを私の肩にかけるとぐぅっと肩を抱き寄せてくれた。
肩越しに隊長の胸の音が聞こえる。
とくん、とくんと鳴る音はいつもの時より高鳴っているのかそれとも何時も通りなのか、私には分からない。
隊長も、イリアに来て一緒に傭兵やりませんか。
隊長なら、即戦力ですから。
そんな言葉が思い浮かぶけど、すぐにぐぅっと喉で飲み込む。
だってイリアの傭兵は、世界で一番辛い傭兵。
任務の放棄は出来ない。
任務のためなら命も捨てなければいけない。
自由の無い傭兵。
そんな仕事を、隊長にまで押しつけるワケにはいかない。
隊長はイリアの人間ではない。
もっと自由な人間なのだから。
「いよいよお前も、天馬騎士か」
輝く夜空を眺めながら、隊長はそんな事を言う。
「長くて辛い修行だったと思うが、お前本当に良くやったよ。多分お前なら、立派な天馬騎士になれるぜ……良かったな」
そう、それは私の子供の頃からの夢。
だからそれを隊長にも歓んで貰えるのは、凄く嬉しい。
だけど……。
「そんなっ、修行は……確かに辛い時もあったけど、楽しい事の方が多かったですよっ。ロットさんもワードさんも凄くいいヒトだったし、たいちょーは頼りになるし!」
そう、だから……。
「修行より……たいちょーとお別れする方が、ずっとずっと辛いよ」
心にしまっておくつもりだった言葉が声になって出ていること。
それに気づいてはっとなり、すぐに顔が火照っていくのが分かる。
小声で呟いただけだったけど、きっと隊長にもその言葉聞こえていたのだろう。
隊長は驚いたように私を見て、自分の鼻を指先で掻く。
「俺も……」
何かを言いかけ、そこで言葉を止める。
夜空は暫く沈黙する私たちに、変わらぬ光を瞬かせる。
「……そんな顔するな。別に、永遠にお別れってワケじゃないんだ」
きっと私は自分でも知らないうちに、泣きそうな顔をしていたのだろう。
隊長は私を和ませようとしたのか、不器用な笑顔を見せる。
「俺は傭兵をやめるつもりも、やめる理由も無ぇ。お前がイリアの天馬騎士になるんなら、きっとまた何処かで出会う事もあるだろ」
そう、隊長の言う通り。
ここでの別れは、永遠の別れってワケではない。
だけど、また巡り会う可能性って一体どれくらいなのだろう。
そしてまた巡り会えたとしても、その時の私たちが味方同士かは分からないんだ。
「でも、たいちょー……」
泣き出しそうになる私の頬に触れると、隊長は今度は不器用な笑顔ではなく本当の笑顔……。
戦いの時、充実している時にしか見せない本当の笑顔を見せて、私のほっぺたに触れた。
「なんだったら、約束をしておくか」
やくそく。
その言葉の意味が分からず、ただ漠然と子供の頃お姉ちゃんたちとした指切り等を思い出していた私の唇に、不意に柔らかな羽根が押しつけられる。
「あ……」
羽根だと思っていたそれが、隊長の唇だった事に気が付いて。
私は、初めての唇を突然奪われた事以上にただ、隊長に離れてほしくない気持ちがずっとずっと強かったから。
ただ無心に、隊長の身体をぎゅうっと抱きしめていた。
「……これが約束だ。俺はお前が天馬騎士を続けている限り、きっとまたお前と出会うからな」
隊長の胸に抱きしめられて、約束の余韻に浸る。
「うんっ……隊長。約束ね。絶対、絶対に……また、会おうね」
「安心しろ。俺は約束や契約の類は破った事が無いのが売りなのさ」
冷たい空で、星が瞬く。
風は私たちの身体を引き離すみたいに冷たかったけど……。
それでも、私は大丈夫。
隊長がしてくれた約束は、絶対だって知っているから。