>> サクラロジック






 桜の下に死体が埋まっているなんて誰かが言ってたが、こんな風に埋めなくても良かったろうになぁ。
 刑事・鍋島敦也の前には、桜の根元に埋まっている死体が存在した。

 その死体は何故か、逆立ちをして埋まっていた。


 「桜の下に死体が埋まっています」
 そんなロマンティックな通報があったのが15分前、駆けつけた鍋島がそのロマンを打ち砕かれたのがたった今だ。
 まったくどこの物好きがしでかしたのか、桜の下に埋まる死体は脚だけ二本にょっきりと伸びて、まるで横溝正史の「犬神家の一族」がワンシーンを彷彿とさせた。


 「うわぁ、妙な死体ですねぇ。八墓村みたいだ」


 一緒にパトカーに乗り込んだ刑事は、どこか気の抜けた声で言う。
 どうやらイメージとして浮かんだものは鍋島と一緒だったようだが、作品に決定的な違いがあったのは「金田一耕助ものならどれも一緒」みたいな認識が刑事にはあったのだろう。


 「違う違う、八墓村には逆立ちした死体が出るシーンないから。あれは、タタリじゃ! と迫る老婆のいる方な」
 「あれ、そうなんですか?」
 「両足を池からツン出して撮影ご苦労様でした! 感がハンパないのは犬神家の方な。ほら、スケキヨとか知らない? 顔にゴムマスクをして」


 と、説明してみたが刑事はポカンと口を開けるだけだ。
 思えば二時間ドラマで古谷徹や石坂浩二が金田一ルックで事件の解決をしなくなって久しい。今時の若い刑事に金田一耕助シリーズなんてすぐにピンとこないのだろう。
 そもそも、今目の前にいる死体は金田一耕助とも、その孫とも関係はない。鍋島は死体のそばに近寄ると、ひとまず簡単な検分をした。

 このあと鑑識も入り、事件性があればやれ科捜研だやれ捜査チームがと色々な段取りがあるのだが、初動の検分は鍋島のような所轄の刑事が領分である。
 最もここでは事件か事故か自殺かバッサリ分ける程度の大ざっぱな検分しかやらないのだが、この状況で自殺や事故を考えるほうが狂っているといえよう。
 これは他殺で、誰かがこの男を殺した後にこのような形で埋めたと考えるのが妥当だろう。というか、それ意外の見解を話したら頭の病院を勧められるのがオチだ。


 「桜の下に死体が埋まってるねぇコレ」
 「はい、逆立ちして埋まってます」
 「自殺だとしたら、予め自分で掘った穴に頭から飛び込んでそれが自分の身体にジャストフィットって事になるけど、それは無いだろうし」
 「偶然、坂の上から落ちた先が桜の木の下にあった穴で、そこに頭から埋まってしまったとしたらどうですか、鍋島警部補。事故という事には」
 「それ本気でいってる? いい病院紹介しようか? ……そんな話は聞いた事ないから事故でもない。これ事件だね、鑑識とか解剖とかやんなきゃダメっぽいよ。あー、めんどくせぇ」


 鍋島はそう呟くと、この路地で一本だけ咲くもう5分は葉桜になった小さな桜を見上げた。
 鍋島はあまり仕事をする刑事ではなく、できれば一日デスクに座ってゲームをしたり本を読んだりして給料をもらいたいとわりと本気で思っている男だったから、事件が大事になるのが何よりイヤだったのだ。


 「めんどくさいとか、西崎警部が聞いたらマジで怒りますよ」


 西崎とは、鍋島たちの直属の上司である。
 キャリアじゃないたたき上げでこの地域の一課長にまで上り詰め、犯人逮捕に情熱を注ぎ現場百回、脚で稼ぐ聞き込みなどいかにも昔気質の、松本清張が生きていれば主役に抜擢したいと言い出すくらい真面目で努力家な熱血漢だ。
 不真面目で効率を求め正義漢は生まれた時に産声とともにひり出してしまった鍋島とは徹底的に相性が悪い。
 ましてやこの不真面目の塊みたいな鍋島がキャリア組で階級は警部補だというのも、西崎は気に入らないのだろう。


 「うーん、できれば西崎警部が来る前に事件解決しちゃいたいねぇ。何かこう、ない? ヒントみたいなの」


 半ば冗談めかして鍋島は刑事に問いかける。
 無論、何かを期待しての事ではない。そもそも「ヒントない?」で「殺人事件のヒントがありました!」なんて、そんなラーメン店で「この店餃子ある?」と聞いて「餃子あります」感覚で出てくるものじゃないだろう。


 「殺人事件のヒントありました!」


 そう思っていた鍋島だったが、今日から考えを改めなければならない。時々殺人事件のヒントは餃子感覚で出てくる。


 「どういう事だ」
 「こういう事です」


 驚く鍋島を前に、刑事はスマホを取り出してみせた。そこには数年前から人気のSNS「さえずったー」の画面が見える。
 さえずったーは140文字ほどしか入力できない一言メモのようなサービスなのだが、誰かが文章をpostすればそれがリアルタイムに表示されるというシロモノだ。
 手早く情報が集められる所が利点とされるが、そのぶんガセネタも多く、犯罪を助長するような書き込みも少なくないという闇の部分をもつ。
 最も、インターネットという場所は人の思念の塊みたいなものだから、何処かしらに闇が出るのは当然なのかもしれないが。

 ともあれ刑事が見せた画面には、今鍋島の目の前にある死体の写真がUPされていた。
 あまりに衝撃的な写真である事、そして写真にある「逆さの死体」を誰も本当の死体だと思ってはおらず、桜を前にした一発芸かトリック写真だと思って居るのだろう。
 その写真はかなりの数リツイートされていた。


 「もう1万リツイートされてますよ! 犯人は、この死体をわざわざ写真にとってさえずったーにUPして、大量リツイートを狙っている……愉快犯ですかね。この元アカウントを辿れば犯人に結びつくかもしれません」


 リツイートとは、さえずったーの機能の一つでようするに「このpostを面白いから見て」と自分のpostのようにリアルタイムで出す機能の事だ。
 1万RTという事は、最低でも1万人の目にとまっているという事だろう。写真についたコメントを見れば「逆立ちとか身体張ってる」「犬神家かよ」というpostに混じりいくつか「八墓村みたい」というコメントがあり、鍋島は犬神家と八墓村を同一作品と見なしている若人が存外に多い事を改めて知るのだった。


 「うーん、確かにこの写真の元アカウントは気になるが……捨てアカの可能性もあるし。この画像そのものが無断転載されたものという可能性もあるからなぁ」
 「あ、鍋島さん変にインターネット用語詳しいですね。さえずったーやってます?」
 「やってたとしてもお前には教えない」


 鍋島はピシャリと告げると、そのリツイート元を速やかに検索する。
 アカウントは「omoshiro_11072」となっている、いかにも捨てアカウントか企業のスパムアカウントだ。ひょっとしたらこの写真も、どこかのpostから見つけて無断転載しただけかもしれない。
 しかし、写真がリツイートされはじめたのは今から3時間も前だ。少なくてもこの写真は警察に通報があるより以前に撮られた事になる。

 同じ構図で誰かが悪ふざけしたのか、それまで被害者が生きていたのか、このネタ写真と今の被害者が同一人物なのか。
 考える事は色々あるが、写真がこの場所で撮られたのはまちがいないようだった。


 「この場所が殺人現場だか、死体遺棄現場かは分からないが、このリツイートの写真がこの場所である事は確かで、この写真をとった人間が何らかの事件に関わってるのは間違いないだろうな」


 鍋島の独り言に、相棒の刑事は大げさに頷いて見せた。


 「きっとそうですよ。愉快犯というか、そういうのですって、八墓村みたいな写真で受けを狙っての、そういう奴です」


 だから犬神家なのだがまぁ、いい。
 受け狙いなのかはさておいて、犯人がそれなりに目立ちたがり屋である、というのは鍋島も同意見だった。ついでに言うと「目立ちたがり屋のアホ」なのだろうというのが鍋島の見解でもある。
 いくら目立ちたがり屋の殺人犯でも、逆立ちした死体を出すのは流石にアホだ。犬神家でさえ見立て殺人の名目でやっていたのだから。


 「しかし、ただ桜の下に逆立ちの死体を埋めるってのはシュールすぎるというか前衛的というか、アホみを感じるな」
 「アホみって……」
 「いや、だってわざわざ苦労して死体を逆さまにしたってなぁ……掘れば顔は分かるし身元確認を誤魔化すとか、そういう知的さは感じられないというか……いや、まだ掘り起こしてないから何とも言えないが、この分だとこれは逆さに死体を埋めただけ。身元を隠すために顔が潰れてるとか、指紋が消えてるとか、そういう手間はかけてなさそうだし……まぁ、アホかなって」


 鍋島は桜の根元に埋まる逆さ男の傍らに座る。
 完全に足下まで埋めきれなかったのか、シャツの裾がめくれヘソとギャランドゥが見えていた。


 「でも、何か意味があるかもしれませんよ。犯人にとってこれ大事なメッセージとか」
 「この逆さの死体一つでは意味がなく、別の事件と相まって一つの事件になる……的なやつか? うーん、だとすると下半身だけが埋まっている死体とかがどこかにある事になるけど、今の所そういう事件はなさそうだしなぁ」


 それにしても、しっかり掘ってあるなと鍋島は思った。
 鑑識にスコップをもってきて貰わないといけないし、ゲソコン……足跡の痕跡も見てもらわないといけないからあまり荒らせないだろうなどと考えている横で。


 「鍋島警部補! わかりました犯人の狙いが!」


 隣にいた刑事が雄叫びをあげるようにガッツポーズをして、一つの画像を見せた。
 それはどうやらブラジルあたりの、おなじくさえずったーをつかったpostのようだった。そこにはスペイン語で「地球を突き抜けちゃいました」というふざけたコメントとともに、穴に埋まってブイサインを見せる推定ブラジル人の姿がある。


 「桜の下の死体を遣って、ちょうど日本の反対側にあるブラジルまで突き抜けてしまった、みたいなネタ画像を披露したかった……これが犯人の狙いですよ!」


 刑事の言う通りその効果は多少あったのか、日本の逆立ちした死体と、ブラジルで穴にはいり笑顔でピースをしている青年の写真は一緒にリツイートされている。
 「地球突き抜けてる」とかぽつぽつコメントも残っていた。


 「はぁ、なるほどなぁ……」


 鍋島は深く、深くため息をついたのと他の警察車両が到着したのは殆ど同時だったろう。


 「鍋島、首尾はどうだ」


 パトカーから降りたのは恰幅のよい、見るからに刑事といった気質の男だ。先ほどまで話していた「西崎警部」である。
 警部の他にも監察官や他の刑事がスコップなどを取り出していよいよ死体の検分を本格的に始めようとする中、鍋島は相棒の刑事が肩を叩いて言った。


 「はい、事件は殺人。あぁ、殺害の意図があったか不明ですが、目的はそう。元々は悪ふざけですかね。桜の下で逆立ちをして、すこし埋まってるような画像をとり、日本の裏側、南米あたりで穴に入った青年の写真をアップロードして【地球を突き抜けちゃいました】ってネタをやろうと思ったところ、事故か何かで男が死んだ……というのが大筋でしょう」
 「何だそのふざけた事件は」
 「さぁ、まぁあとは犯人に聞いてくださいよ。はい、犯人こいつですから」


 そして鍋島は、隣にいた刑事を西崎へと押しやる。
 刑事は真っ青になりながら「なんで」「なんで」「どうして」と呟いていたが、鍋島は深いため息をつくばかりだった。


 「お前が犯人である事の詳細は鑑識が調べて明らかになるだろうから、俺の推理を伝えておく。
  一つ、お前はこの【ネタ画像】を見つけるのが早すぎたんだ。いや、1万RTの方じゃないぜ。そっちの方はそうだな、寝る前にお前がさえずったーを確認したら見たって事もあるだろう。
  問題は地球の裏側、南米の写真だよ。

 おそらくお前、お前たちはこのネタを思いつき二人でそういう写真をとろうと話し合って、友達に逆立ちをしてもらって……。
 そんなバカな事をしてるうちに事故でもあってこいつが死んだんだろうな。で、お前は慌てた。
 まぁこの時点で事故だが、その現場に刑事である自分がいたらもう終わりだと思ったんだろうな。
 そこで第三者が関わっているかのように、見せかけるためこいつを埋めて、当初のようにネタ企画として何とか誤魔化そうとした」
 「なんで、そんな……」


 刑事は否定するが、狼狽しているのは明かだった。


 「見つけるのが早すぎたんだよ、お前は……この逆立ち死体は1万RTだから日本人なら誰の目に入っていてもおかしくはない。けどなぁ、南米ブラジルの、しかもスペイン語で書かれたpostの方のRT数を見ろよ」


 言われて刑事はRTを見る。
 46……100どころか50に満たないというあまりにも少ない数字だった。


 「こんな少ない数字を、お前はすぐ見つけてみせた。おおかた、ブラジルの友人に頼んだか……幾らか出して依頼したかって所だが、すこし慌てすぎたな。こんな少ないRTを早々に見つけて、しかも最初の写真もお前が見つけてだと……何か知ってると思うのが普通だろ、なぁ?」


 鍋島は全てを告げ、嫌らしい笑みを浮かべる。
 それは確実に獲物を射程距離に捕らえた蛇の顔を彷彿とさせただろう。
 逃げられないと悟った刑事はその場にうずくまり 「最初は本当、酒の勢いで冗談で……」 事件の概要を語り始める。


 「一体どういう事だ鍋島? 犯人は、確保でいいのか?」


 狼狽える西崎刑事に対して、鍋島はふと思い出したように問いかけた。


 「そういえば、西崎刑事。金田一耕助で、その。池だか沼だかに、逆さの死体が出るの……何でしたっけ?」
 「はぁ? 犬神家の一族だろ。俺なんかだとやっぱり、市川崑監督の奴が印象的だよなぁ」


 その答えに満足そうに笑うと、鍋島はふっとため息をつき空を見る。
 桜の季節ももう終ろうとしていた。





  



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