>> 灰色の聖地に棲む






 ……ここまで来れば大丈夫だ、一息ついていい。
 今、コーヒーでも煎れてやるから少しまってろ……。

 砂糖はどうする?
 無理してブラックにする必要は無ぇさ、幸いここは備蓄の食糧もまだまだたっぷりあるからな。


 さて……と。
 あんた達、この街は初めてだろう、違うのか?

 ……ははッ、だろうなァ。
 初めてじゃ無けりゃ、この街で。

 しかも一等に汚染の進んだこの地区で、遠目からでも男の二人連れだってわかるような暢気な格好でウロつくなんて、そんなバカな真似はしねぇさな。


 あぁ……外から来たんなら、見ただろう?
 この街はとっくの昔に支配されてンのさ、そう……腐女子と呼ばれる生ける屍(リビングデッド)たちにな。

 しかもあんた等、見たところ随分と気心知れた仲のようだが知り合い同士か?
 ……そうか、昔からの幼なじみか。

 そりゃ、いけねぇ。
 ますますいけねぇなぁ。

 兄ちゃん、アンタはいかにも体格(ガタイ)がよく活動的な大型犬みてぇなキャラだろう。
 それだってのに、もう一人の相棒が色白で無口な冷静さをもうかがわせる男だってんだから、そりゃいかにもいけねぇさ。

 そんな男二人連れだなんて、あれだけ沸いた腐女子から見ればそうさな……。
 今まで水一滴もなかった砂漠に唐突にオアシスでも現れたような奇跡を与えるような。あるいは、空腹で3日も食べずに彷徨った山中で唐突にフランス料理のフルコースでもご馳走されるようなもんだぜ。

 服を変えるか、二人別行動にするか……。
 とにかく何かしら対策をしねぇと、たちまち腐女子たちの餌食になって、身体は無事でもケツの穴のサイズが一回り大きい男になっちまうぜ?

 人生が大事なら、無茶はしねぇ事だな。


 ……俺か?
 俺はこの街で医者をやってるもんだ。

 いや、見ての通り今は人間より腐女子の方がよっぽど多くなっちまったから「医者をやっていた」かね。

 でもこんな畜生みてぇな世界でも、まだ生きてる人間もいる。
 あんたらみたいに迷い込む旅人や、興味本位でこの危険地区に立ち入る輩もいる。
 そういう相手に今でも、医者のまねごとはさせてもらってるぜ。

 鎮痛剤や解熱剤くらいなら、ここでも常備している分をいくつか融通できる。
 必要なら処方してやろう。もし悪い所があったら言ってくれ。

 ただ、薬のストックはそれほど無いんでね。
 満足な治療ができるかどうかってのは、期待しちゃいけねぇぜ。
 俺は外科医でもないからな。

 …………ん?
 「アレ」は何だったんだ、一体何者なのか……だって?

 何だお前さんがた、腐女子に会ったのは初めてか?
 ははッ、この街では毎日のように見かけるぜ。

 おかげでもう、世界は腐女子にとうの昔に占領されちまったんだと、そう思っていたんだが……一応防衛されてるって事かね。
 それとも腐女子たちは、自然とここに集っちまうのかもしれねぇな。

 そう、思い出の聖地にな……。

 ……昔この場所は戦場(イベント会場)だった。
 多くの同人誌が作られ、同志たちの手に渡り、時に萌えを共有し、時に違い衝突しながら分裂したり消滅したり、また新しい萌えが生まれたり……。
 そんな循環で長く、長くここは戦場であり聖地だった。

 その面影を……どんな姿になっても奴等は、覚えているんだろうな。
 理性を失い、倫理を捨て、渇きのように襲ってくる萌えへの欠乏に狂った腐女子が大挙として押し掛けてくる理由としては充分だろうよ。

 そうか……。
 あぁなる前の腐女子を、あんたらは知らない年齢(とし)か。

 腐女子というのは簡単にいえば、ホモ妄想が好きなお嬢さん方の事だな。
 元々は誰にも知られぬようひっそりと、自らの脳という牢獄にその妄想を捉えて飼い太らせるだけがささやかな幸福だった、それ以外は普通の淑女(レディ)だったんだが、何がどう狂っちまったのか。

 今はあんた等が見た通り、死を超越したかわりに本能だけで動く傀儡になりはてちまったって訳さ。
 あの腐女子たちに、かつての陰を生きる奥ゆかしさなんて求めちゃいけねぇぜ。
 連中は妄想を現実にかえようと、捉えた男をことごとく…………おっと、ここから先は恐ろしくて俺の口からは言えねぇな。

 とにかく恐ろしい目にあうとだけは言っておこうじゃないか、な。
 後はご想像にお任せ、昨日はお楽しみでしたね、ってやつだ。

 ……俺が調べた所によると、腐女子の多くは二次創作ウイルスに感染した末期患者だ。
 このウイルスに感染すると一番最初に『脳』がやられちまうのさ。

 脳の統制がおかしくなり、自分の妄想が現実(公式)なのか非現実(妄想)なのか同人誌(妄想遊戯)なのか区別がつかなくなっちまう上、ホモを求める事を自制する器官がブッ壊れちまうのさ。

 そうしてあぁやって街に繰り出してホモを求めるようになっちまうんだ。
 見ろよ外を。


 『ホモォ……』

 『…………ホモォ』


 聞こえるだろ、腐女子たちの渇きが。
 あらゆるホモを食い尽くした今、ここにいる腐女子は全員が全員マイナーCPを求めるようなものさ。何せ王道も何も全て食い尽くしちまったんだからな。

 ……信じられないかい、彼女たちは元は人間だったというのが。

 いや、今でも一応人間なんだけどな。
 だが一度脳味噌がホモに浸っちまったら、もう元には戻せねぇんだ。

 ピクルスになったキュウリを元の新鮮なキュウリに戻せっていってもどだい無理な話だろう? それと一緒でな。

 治療法?
 そんなものがあったら苦労しねぇさ、あぁなるともう、手の施しようがない。
 それに、彼女たちも治療なんざ望んでないね。

 治療するくらいなら、たっぷりとホモをくれてやった方がいい。
 一時的にだが鎮痛作用があるのか、あれだけあらぶっていた腐女子たちの行動が一転して止まり、「尊い」と歌いながら身じろぎ一つしなくなるからな……。

 ん?
 まさか自分たちオッサンが狙われると思わなかった?

 はは、バカいうな。
 オッサンは自分たちが性的な目で見られてると思わないところがオイシイと大好物の腐女子なんてうじゃうじゃいるぜ。

 あんまり外見やら何やらで高をくくらない方がいい。

 おっと、男じゃなければいいだろうって安易に女装するのも気を付けろ。
 似合わない女装萌えというジャンルも存在するからな、逆に似合いすぎてもそれはそれで、そういうジャンルがあるんだが……。

 そうだな、喰えないものはないと思っていい。
 個々で好き嫌いは激しいかなりの偏食家ばかりだが、群れとして見るともの凄い勢いの雑食だからな。


 ……どうやってここから逃げ出すのかって?
 そうだな、そこの押し入れを開いてみろ。

 少々嗜好に片寄りがあるものの、同人誌の段ボールが積み上げられているだろう。
 おそってきた腐女子にそれを投げつければ、少しは大人しくなる。

 もてるだけもっていくといい。


 俺か?
 俺は……ここに残る。

 心配するな、死ぬつもりも餌食になるつもりもねぇよ。
 俺は医者だ。安易に逃げる訳にはいかないからな。


 それに……。
 ……それにこの場所は、俺にとっても聖地だからな。






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