>> 死に至る炎





 やれやれ、最近はこの商売もなにかと忙しくてな。
 商売繁盛なのはいいが、孫も小娘も出払っちまって、生憎こんなご老体しか残って無ぇんだが……。

 アンタ、こんな老体でも雇ってくれるかねぇ?

 煙草をくわえたまま、初老の男は依頼人を見据える。


 「とんでもない! ……貴方に出て頂けるのなら、むしろ光栄ですよ」


 依頼人は大げさに首を振ると、幾度も男に頭を下げた。
 必ず標的の躯を晒すよう、幾度も念を押しながら。




 男が依頼をし、老人はそれを受けた。
 だから今、この血には乾いた灰が堆く詰まれている。

 老人の周囲には蝙蝠にも似た異形の影が飛び交い、大地には犬とも狼とも取れぬ獣がうなり声をあげている。
 だが、敵意をむき出しにした異形に囲まれていても、老人の足が留まる事はなかった。

 この世にあらざる形をした異形の生物たちは歩みを止めぬ老体に、狂ったように飛びかかる。


 「哀れなモノよな……」


 だが、それら全ては老人の元へと行きつくその前に、強い炎に包まれて乾いた灰へと姿を変えた。

 乾いた靴の音をたて、男はただ前へと進む。
 その足音を留めるために、異形のモノらは灰へと変わる。

 黒檀のような肌、燃えるような赤い目、尖った耳に蝙蝠の尻尾……。
 小さなこの使い魔は、インプと呼ばれるモノだ。

 本来は偵察などを行う臆病な所属なのだが、今は理性を奪われているのだろう。
 狂気を孕んだ瞳は虚ろなまま、ただ人を襲うだけの道具になり果てていた。

 今もまた一匹の魔が、男めがけて飛び込んで来る。


 「全くもって貴様らに恨みはないが……降りかかり火の粉は払いのけねばならんよな」


 天に掲げた男の手が、鈍い炎の色へと変わり、牙と爪をもって男へ向かった一匹の魔物は、瞬く間に炎に包まれた。
 理性を奪われた魔物たちも、その躊躇いのない炎の演舞に本能より危険を察知し、僅かに身を潜める。

 だがそれも一瞬。
 すぐにまた牙を向き、激しく男を威嚇した。

 どうやら彼らを召喚した魔術師はよほど強く、彼らを支配しているらしい。


 「やれやれ、仕方ない……弱いモノイジメは性分じゃぁないが……道を開くにゃ、やらなきゃならんか。さぁ、燃えちまいたい奴から、かかってくるといい」


 男は煙草をくわえると、指先で火をつける。
 その火に向かい、異形たちは声をあげる……理性を失い興奮しているのだろう。

 影は男へ飛びかかり、それと同時に紅が舞う。
 舞い散る灰は雪のよう散り、つもっていた。




 乾いた靴音が部屋に響く。


 「……存外に早かったようですね」


 書物を閉じると、男は闇に目を向けた。
 やがて見えるのは、炎の赤。煙草が闇を照らす灯りだ。


 「……掃除にゃ、慣れてるからな」


 煙草の灰が、ぽろりと落ちる。


 「ンだが、随分と胸くその悪くなる掃除だったぞ……この落とし前は、是非とも貴様につけてもらわんとなぁ?」


 その目には、強い侮蔑と憤りの色が浮かんでいた。
 恐れおののき、確実に来る死を予感しながらも、それでもただその命を捨てるよう闘う事を強いられた使い魔たちの恐怖……。

 その感情は、炎の向こうからでも痛い程伝わってきた。


 「生憎とお前の所作に、俺の炎も少々熱くなっているようだ……キツいお灸になるが、覚悟するんだぞ、若造?」


 微笑む彼に、男は笑う。


 「いえ、いえ……ご教示頂けるのは結構ですが、私も生憎……ご老体の説教は、間に合っております故……」


 同時にその手から一つ、奇妙な色の瓶を取る。
 そして男が身構えるより先にその瓶を、こちらへ向かって投げ飛ばした。

 とっさに現れた小瓶を前に、払いのけるよう叩き割る。同時に奇妙な色の液体が、男の身体へ飛び散った。

 鈍く重いにおいが、鼻孔の奥底を擽る。

 このにおい……重油の類に違いないだろうが、また別のにおいだ。
 どうやら可燃性の液体であるのは、間違いないらしい。


 「先ほどから貴方の闘いを覗き見ておりました。指先から舞う炎の力。貴方は炎を操る能力者。いわゆる、パイロキネシスの持ち主。そうでしょう?」
 「隠すつもりもない。異論はないな」

 「ですから、先手を打たせて頂きました……これは可燃性の液体。生憎、手元に揮発性の液体がなかったのが残念ですが……うっかりすると燃えますよ?」


 なるほど、可燃性の液体か。
 男は内心そう呟いて、注意深く煙草を投げ捨てる。

 煙草は弧を描き、魔術師の足下へと転がった。


 「これなら貴方も、その得意の能力は使えないでしょう。さぁて、そのご老体でどれだけ私の術式に耐えられますかねぇ?」


 眼鏡をあげて含み笑いをみせながら、男は煙草を踏みにじる。
 同時に、壁にかけてあったオブジェと思しき剣がゆるゆると宙を舞い動きはじめた。


 「さぁて……老木なんぞ削ってもただおが屑が出るだけでしょうが……干将! 莫耶! 客人を血でもてなして差し上げなさい」


 飛び交う剣が音をたてる。
 干将・莫耶とは古の伝承にある二振りの剣の名前だったか。

 勿論、現れたのは伝承の剣らしい輝きは持たぬ空飛ぶだけのなまくらだが、魔術師という輩は自分の発明品にご大層な名前を付けたがる性分を持つものが多い。
 自己顕示欲に満ちあふれ、道を踏み外した輩なら尚更だ。

 男は内心ほくそ笑み、剣の合間をぬって走る。


 「ほぅ、ご老体の割には動きがいいじゃありませんか、ですが……避けるだけでは、勝てませんよ?」


 その程度の事は解っていると、男は一気に反動をつけ魔術師の元へと突っ込んで走る。
 迫り来る剣、その隙間を自らの身で開き、血を滴らせながら一気にとだ。


 「……なるほど、我が身を切らせ血路を開くか。結構、結構」


 ですが。唇を湿らせ、男は笑う。


 「簡素ながら私の皮膚に硬度をあげる魔術を負荷しておきました……剣は勿論、銃で打ち抜かれてもビクともしないような鎧です。さぁご老公、この鎧、素手の貴方に貫けますかね?」


 よほど自らの魔法に自信があるのだろう、一々よく喋る魔術師だ。

 だが、それでいい。
 自信があるなら避けないだろう、その方が都合がいい。


 「さぁて、貫けるかどうか……試してみるとするか、若造?」


 拳を振り上げ頬へと向かう。
 その姿を、風車に向かう狂った騎士とでも思ったのだろう。

 魔術師は避ける事もなく、ただ受けようとした。
 その鼻先に、少しだけ。


 「小せぇ花火だが、受け取りな」


 ほんの少しだけ、だがとびっきり熱い火種を置く。
 それは身体にかかった液体に飛び散らぬ程僅か間の炎だ。

 だが男の鼻を、喉を。
 その呼吸器全てを焼き切るのに充分な炎だった。


 「ぁ、あぁ……ぁぁ!」


 声も出せずのたうち回る魔術師のその頭を踏みつけると、男は静かに笑っていった。


 「喉を焼かれるのはさぞ辛かろうな。声も出ぬ魔術師は、もう己の魔術も制御できまい……どれ、自慢の剣ももう、酔っぱらいみたいに酩酊しているぞ……さて」


 落ちた剣を手に取ると、男はそれを喉笛に向ける。


 「……自慢の空飛ぶ剣、その威力。貴様の身体で試してやるか?」


 魔術師の目が、恐怖に沈む。
 彼の戯れは終わったが、男の宴は今まさに始まったばかりであった。



 濡れた衣類を着替えつつ、折れた煙草を燻らせる。
 彼の元に、見知った男の顔が現れた。


 「全く、いやになるねぇジイさん。一人で行ったっていうから、慌ててフォローしにきたら、もう全部終わったのかい?」


 僅かに異国の風貌を残した、整った顔立ちの優男……。
 彼の名前は神崎高志。男にとっては孫にあたる。


 「ふん……お前が遅いからな。ちょっと手伝ってやるつもりが、全部片づけてしまったわ」
 「はいはい……流石、死に至る炎の異名を持つ伝説の始末屋は違いますねェ……もう歳なんだから、あんまり無茶しないで欲しいんだけど?」

 「俺に現役を引退させたきゃ、もっとシッカリするんだな。高志。悪いが、綾人の方が仕事は速く済ませるぞ?」
 「これ! ちょ、オヤジと比べて欲しくないんだけど……」

 「……まぁ、綾人も俺と比べればまだまだヒヨッコだがな。ふん。貴様らはいつ俺を越えて、安心して仕事を任せられるようになるんだろうな」
 「はいはい、説教は後でききますよ……っと」


 神崎は彼に手を伸ばし、彼はその手を握る。


 「ちょっと、ダーリぃン……怪我とかしてないさね? もう、アタシの事おいてって、もう、もう……!」


 遠くからこちらを心配そうに見つめ、甘えた声を出す女性の艶やかな姿が現れる。


 「ほら、早く帰るよ。ジジイがいないと、うちの姐さんもうるさいからねぇ」
 「全く、小娘がはしゃぎおってからに……仕方ないヤツだな」


 いつの間にか大きくなり、背中を任せられるようになった孫のその手を借りながら、男はゆっくり歩き出す。


 安息の土地。
 平穏の土地へ。

 いずれくる闇との対峙、その時まで。






 <神崎さん家は代々こんな事をしています。(戻るよ)>