>> リビングデッド・パレード
駅近くにある喫茶店、イクィリブリアムは昼時こそ食事の為に赴く会社員や学生の姿が多いが、その姿も14時を境に疎らになっていく。
「ふぃー、やっと一段落ついたー」
イクィリブリアムの従業員である七瀬澪は、そう溜め息をつくと床をモップで掃除しはじめた。
右へ、左へ。
モップを片手にフロアを歩けば、その都度エプロンの腰ひもが揺れる。
その姿を、窓越しでに眺める男たちの視線がある
柔らかそうな髪に、星を詰め込んだように輝く大きな瞳。
長い睫毛に、色白で柔らかそうな肌。
いかにも愛らしく可憐であどけない印象の七瀬が、ちまちまと働く姿はどうにも男を放っておけない気持ちにさせるのだろう。
この時間、窓越しで七瀬を見る男たちが数人現れるのは最早日常茶飯事となっていた。
男には、可憐で美しい存在に目がいく、という気持ちがある。
男たちが七瀬の働く姿に何かしらを感じ、目がいくのも必然だろう。
ただ、一つ残念な事を言うのだとすればこの七瀬……男の視線ばかり集めている愛らしさと守ってやりたくなるようなか弱さこそあるが、生憎の所男なのだが。
そんな七瀬の姿を眺めながら、神崎高志は……イクィリブリアムの支配人であるその男は、今朝来たばかりの封筒を眺めていた。
「リビングデッド・パレード、か……もぅそんな時期なんだねェ……」
そういいながら封筒の端をつまみ上げ、薄明かりにそれを照らす。
ご丁重に封蝋で閉じられたその封筒はまだ開けられた形跡はなかったが、神崎はその中に何が入っているのかは良く知っていた。
……入っているのは、地図と手紙と二枚の招待状。
不死者の再殺祭……リビングデッド・パレードへの参加を促すチケットだ。
「……お困りでしたら、私が出てもいいですよ」
封書を開ける気配のない神崎を横に、カウンターに立つ男が小声でそう告げる。
男は、名をウォード・ランカスターという。
身長は2mにほど近い大男だ。
ワイシャツの下からもわかる筋骨隆々の肉体は、こんな街の喫茶店でサロンエプロンを着ているより、軍服でも着て敬礼でもする方がよっぽど似合っているといった印象だ。
事実、男は数年前まで軍隊に所属をしていた。
ただ、理由があって現在は除隊され……軍には愚か、祖国にも戻る事が出来ない身の上なのだが。
「マスターが重火器類を不得手にしている事は存じ上げております。リビングデッド・パレードは特殊能力が安易に使えない舞台である事も、熟知しているつ
もりです。私なら、重火器類の扱いは慣れておりますし、ゾンビどもの攻撃も受け付けない呪いを受けております故……適任だと思いますが?」
男の言葉に、神崎は笑う。
「まぁ……そうさね、何時もならウォードが出てくれればいいだけの話なんだけどね」
そして徐にナイフを取り出すと、封書を破り手紙を見た。
「でも……ほら、やっぱりだ。今回はいけないネぇ……ウォード、今度のリビングデッド・パレードは生憎と……満月だよ」
その言葉を聞いて、男の……ウォードの表情が変わる。
「リビングデッド・パレードで生ける屍の相手をする予定が、荒れ狂う狼男を相手にするハメになったら、洒落にもならんでしょうに?」
「……そう、ですね。すいません、マスター」
「いや、ウォードが気にする事ぁないさ。満月で変身するのが狼男の仕事みたいな所もあるからねェ……それに、今度のリビングデッド・パレード、一緒に行く相手はもう決まったから、別にいいよ」
神崎は少し笑うと、封書の中にある黄色いチケットを取り出しながら、目の前で床磨きをする七瀬の姿を見た。
「なぁ、みぃ! お前に、少しばかり、話があるんだけどねェ!」
神崎の手の中で、チケットが揺れる。
その上には 「リビングデッド・パレード 特別招待券」 の文字が刻まれていた。
数日後、満月。
古びた廃ビルに、仰々しい武装をした数十人の集団が集まっていた。
「わー、神崎のアニキ、本格的だね!」
ミリタリー色が強い格好をしている集団が多い中、七瀬澪はワイシャツとジーパン姿で周囲を見渡すと神崎の腕をひく。
高校時代、七瀬の学校に通っていた神崎は、彼の先輩にあたる。
その為、彼の事を「アニキ」と呼び慕っていたが……この場でまでアニキと呼ばれるのは気恥ずかしい。
「なぁ、みぃ……澪。お前、ここでアニキっていうのは……」
流石に辞めてもらえないかと思い口を開いたが。
「見て見てアニキ、向こうの人、M16A2だよ、SASのアサルトスーツ着てる! 向こうの人はデルタフォースだ! 本物みたいなコスプレしてるよ!」
重火器類を着込んだ屈強な男が、一般人の七瀬にはよっぽど珍しく見えるのだろう。
きゃっきゃと笑い、こちらの言葉は一切聞いてないようだった。
「ん、まぁ……本物だろうからねェ……」
「凄いねぇ、皆本格的だ! 俺、ジーパンとスニーカーできちゃったけど、大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ……あいつらと殺りあう訳じゃないからね」
神崎はそう言いながら、煙草をくわえる。
「……まぁ、ジーパンとスニーカーだけでリビングデッド・パレードにきたやつは、俺も初めてみたけどね」
そしてコンバットジャケットの裾を引っ張りながら、ゆるゆると立ち上がった。
程なくして、主催者らしい人物が壇上にあがりスピーカー片手に話す。
「……今回……リビングデッド・パレードは、歪みより現れたリビングデッド……ゾンビどもを一同に介し、一気に殲滅する事を目的と……多くの結界師の協力を元に行われ……年に一度の……皆さん、ゾンビどもを再び殺害し、今度こそ永劫の眠りを与えてやりましょう……」
音割れしている為、辿々しくしか聞こえない。
「ねー、あにき。ゾンビとかいってるけど、あのおじさん何いってたの?」
「ん……つまり、あの廃ビルの中にゾンビに扮した奴らがいるから、そいつをいっぱいやっつけてこいって事さね」
まぁ、ゾンビに扮した奴。
ではなく、ゾンビそのものなんだけどな、という所はあえて口にしない。
言っても信じないだろうからだ。
「わかった! えと、素手で?」
「ん、武器は大体持ち寄りだけど、向こうで貸し出してもくれてるよ、ほら……」
神崎が指を指した方向には、箱に無造作に入れられた重火器類がある。
最も、殆どが旧式であったり誤動作が多かったり、破損していたりと使い物にならない事が多いので、大概の人間が武器を持ち寄っているからだろう。
誰もその箱から武器をもっていく事はなかった。
だが。
「ほんとだ。アニキ、見てこれトンプソン! 映画で見たやつだ! あ、こっちはM4A1! あにき、どっちがいいかな?」
七瀬は楽しそうに重火器類を選ぶ。
「うわっ……アニキ、これ凄く重たいよ! 実銃みたいだ!」
まぁ、実銃なんだけどね。
神崎はそんな事を思いながら、無邪気に笑う七瀬を見た。
程なくして、スピーカー音がなり皆がこぞって廃ビルへと動き出す中、神崎と七瀬はのろのろと歩き出す。
「あにき、重いこれー」
「頑張って歩きなよ、今回は俺も重装備だからかわってやれないよ?」
神崎はそう言いながら煙草をくわえるが、しまったと思いまたそれをポケットにねじ込む。
重火器を扱っている所に、火を使う事は危険だ。
それに、今回は七瀬の面倒も見なければいけない……。
多くの不死者がそうであるように、ゾンビというのは噛まれるとその傷からまたゾンビを産む。
七瀬には特に説明をせずつれてきたが、うっかりゾンビに噛まれたらもうマトモな生活は望めないだろう。
リビングデッド・パレードには、その筋の研究者が不死者の原因究明を名目で、感染した人間を運ぶ専用のトレーラーも準備されていた。
「いーかい、みぃ。敵は見るからにゾンビって奴だけだ、他の人間は間違えて撃つなよ」
七瀬がもっているのは使い古されたモノで誤動作が多いとはいえども実銃だ。
うっかり人を撃てば、他人の人生を終了させる事となる。
ゾンビ殺しは、もう死んでいる相手だから構わないだろうが、人殺しまでさせる訳にはいかない。
神崎はその点、良心的な男だった。
「わかってるよアニキ、ゾンビだけ倒すんだろ!」
「そうそう……で、もってる弾丸は決まっているから、あんまり無駄撃ちも駄目だからねェ?」
「わかってる、わかってるって!」
「それと、今回のゾンビはちょっと厄介だからなるべく俺から離れないでね……」
噛まれてゾンビになったら、たまったものじゃない。
そう思い振り返ったその時……すでに、七瀬の姿はそこになかった。
「みぃ?」
さしもの神崎も、背中に冷たい感覚を覚える。
落ち着きの無い男だと思っていたが……こうも一瞬で姿を消すとは。
「しまった……首に縄でもつけておくんだったよ!」
神崎は慌てて連れを探す。
だがすでにその連れは、人の波に飲み込まれた後だった。
気付いた時に、七瀬は廃ビルの傍に居た。
「まいったなぁ、アニキとはぐれちゃったけど」
そしてそう言いながら、支給された懐中電灯をアームベルトに固定する。
すると。
「まぁいいか、アニキもこっちきてるだろうし……それに」
その灯りを目指したかのように、無数のゾンビが……。
身体を引きずり、皮膚は腐り落ち、落ちくぼんだ目をして現れたゾンビと呼ぶに相応しい化け物たちが、七瀬めがけて襲ってきた。
「もう、ゲーム始まっちゃっているみたいだしねッ!」
戦場を、駆る。
アサルトライフルを横抱きに、ゾンビに照準を構え、躊躇う間もなくトリガーをひけばM4A1カービンはノズルから火を吹き、ゾンビたちの腹を、胸を、脳髄をとらえ、血肉をまき散らし土地へ伏せる。
そしてさらさらと、土くれに返っていった。
「……わー、すげぇ、本格的ィ。このアトラクション、どういう仕組みなんだろ?」
リビングデッド・パレードを行う時は、この地域一角を浄めた状態で行う。
故に、倒れたゾンビは自動的に土へと帰すようになっているのだが、そんな事を七瀬が知る由もない。
「まぁいいや、面白い! このまま、どんどん進んでいこう!」
七瀬は頬についた肉片を拭うと、倒れたゾンビの土を飛び越え廃ビルへと進んでいった。
中の廊下は思いの外広く、周囲のそこここで無線のようなやりとりが聞こえる。
だが、その言葉は殆ど英語かフランス語か。
とにかく、異国の言葉なので七瀬には何を言ってるのかわからなかった。
ただ漠然と、海外のゲームであるFPSで軍隊がやりとりする内容に似ているな、と思っていた。
そんな事を考えながら歩いていれば、バタンという音とともに背後からゾンビが現れる。
「出たなゾンタロス!」
勝手に名前をつけ、引き金を引く。
うなり声が聞こえたら目をこらし、相手がゾンビであれば引き金を引く。
天井にへばりついていたら威嚇し、一度大地に落としてから対処する。
「えへへ、何かゾンビゲームしてるみたいだ。バイオとか、そういうのっ」
常人が目の当たりにすれば驚き悲鳴をあげるような状況でも、七瀬はなお冷静だった。
ゲームやマンガ、アニメを愛する七瀬にとって、この程度の非日常は想定の範囲内だったのだ。
「えと、これで23体……ううん、24体目かな?」
そう呟きながら七瀬は、最初に支給された腕時計のようなモノを見る。
これで倒したゾンビの数が分かるようになっていると聞いていたが、それの数値は32を示していた。
「あれ、32? おかしいな、数えちがえていたかな……? 人のもカウントされちゃったかも?」
そう言いながら、がちゃがちゃとアサルトライフルをならして、一人闇を歩く。
数十人居たはずの参加者だが、それでも互いすれ違う事が殆どないほど、このビルは広かった。
見た所、研究室か何かだったようだが……何の施設だったのだろうな。
そんな事を考えながら歩く七瀬の眼前に、ゆっくりと蠢くゾンビと……その接近にまだ気付いてないであろう、二つの人影が見えた。
コンバットスーツに身を包んでいるが、ゆるゆると動くゾンビには気付いてないらしい。
「あ、あぶない!」
言うが早いか、七瀬はハンドガンを構えるとそれをゾンビの胸元めがけて打ち抜く。
突然の声と銃声で振り返った二人の男――ガスマスクのようなモノで顔を隠しているので性別はわからなかったが、体格からして男だろう――は、驚いたような所作を見せたが、敵が倒れた事を確認すると七瀬の方に近づいてきた。
「……Wurde……wurde bewahrt……getan」
一人はくぐもった声で何か話しかけてくるが、英語のようで、英会話がてんでできない七瀬には何を言ってるかわからない。
激しい語調ではないから、怒っている印象はないが……感謝されているのだろうか?
「んー。何言われてもおれ、わかんないんだよな……I can speak only Japanese O.K?」
英語で喋ってみるが、それでも通じないらしい。
英語が通じないなら完璧にお手上げだ。
そもそも、自分は日本語だってやや不自由である。
等と、思っている矢先。
七瀬の視界に、がさりと黒い生き物が映る。
「え、あれ……今の、まさか?」
てかてかと光る身体、伸びる触覚。
それは日本ではゴキブリと呼ばれている生き物だった。
「うぁ……いやぁだ、ごきぶりぃ! うぁぁぁぁぁぁん!」
七瀬は涙目になり、その場を駆け足で通り過ぎる。
そしてそのまま、闇の中へ消えていった。
廃ビルの中を、一人進んでいる神崎は目の前に二人組の男に気付いた。
所属はわからないが、もっている武器からドイツ軍関係者に違いない。
神崎はすぐにそう察し、二人に話しかけてみた。
「よぉ、悪い……このあたりに、アサルトライフルブラ下げた男が通らなかったか?」
突如現れた神崎に二人は怪訝そうな顔をしたが、アサルトライフルをぶら下げた男には心当たりがあったのだろう。
少し考えるような素振りを見せると。
「……男は知らないが。血まみれのワイシャツに古びたM4A1カービンをかかえた女の子なら、今さっきこの廊下を走っていったが?」
女の子じゃないんだが。
そう訂正しようと思ったが、神崎はそれをすぐ諦める。
柔らかい髪に、睫毛の長い大きな瞳。
色白で小柄、華奢な上に童顔である七瀬の体型は、元々日本人が童顔に見られがちだという事を考えても子ども扱いされて仕方ない。
そしてあの顔は、極東にある少女の顔そのものなのだ。
欧州の人間が女の子と勘違いするのは仕方ないと、そう思ったからだ。
「血まみれだから怪我をしているのかと声をかけたのだが、どうにも通じなかったみたいでな」
もう一人もそう呟く。
「あ、そう……悪いね、向こう行ったんだね?」
「あぁ……だが気をつけろ、そっちには 穴 があるからな」
男の言葉に、神崎は苦い顔をする。
穴……歪んだ穴は、各地で封じられた負のオーラが凝縮し、多くのゾンビたちはそこから運び込まれてくる。
この穴に不浄すぎる存在を押し込める事が出来るようになった、そのおかげで世界各地のゾンビ被害は劇的に減っている。
だが、このように年に数度、あふれ出たゾンビを掃討しなければいけなくなった。
世界各地で封じられた、不死者の討伐。
それが、リビングデッド・パレードの正体なのだ。
この、穴が近ければ近い程、無数のゾンビが現れる。
……それだけ危険であるという事だ。
「わかった、悪かったね!」
神崎は軽快な足取りでさらに闇をかける。
「……まずいよこれ、みぃをゾンビデビューさせたら、あいつの保護者に何されるかわかったモンじゃないからねぇ!」
そう呟き、七瀬の足取りを追い続けた。
一方、七瀬は。
「はぁ……まいったな、もう弾がなくなっちゃったよ」
無数のゾンビを相手にした結果、M4A1カービンは弾倉が付きる。
ハンドガンにかえたが、そちらも間もなく弾丸が付きようとしていた。
「そろそろ帰らなきゃいけないけど、どっちが帰り道かな?」
闇の建物の中、北も南もはっきりしない。
同じような景色も続くため、今の場所もよくわかってない。
漠然と風を感じる方向を頼りに、七瀬は慎重に来た道をたどろうとした。 来た道であれば、ゾンビも掃討してある、危険はないと踏んだからだ。
「……こっちだったかな?」
振り返り闇を見据え、廊下の奥をのぞき込んだその時。
今まで相手をしたどのゾンビよりも大きく、無骨でありまた不気味でもあるゾンビが、その場に立つ。
「うぁ……」
むき出しの筋肉に絡みつく血管が脈打ち、背中には腕ともかぎ爪ともとれぬ大木のようなモノが取り憑いている。
従来のゾンビとは違う、肉と肉とを継ぎ合わせつくられた不死者の玩具……フレッシュゴーレムとも呼ばれるモノが今、七瀬を自らの猟場へと入れた。
虚ろな目は、人の理性を奪うのに充分な恐怖を与えただろう。
不気味な姿は、歴戦の戦士であれば一見して危険を察知する事が出来ただろう。
だが。
「うわぁ、すげぇすげぇ。タイラント! タイラントだ!」
いまだこれを遊戯だと思い、また歴戦の戦士でもないただの人である七瀬は、それを前にしてもパニックになる事はなかった。
七瀬澪という男は……たとえて言うなら、マジックのタネを気取ろうという気がなく、お化け屋敷には本当にお化けがいると思えるタイプの人間。
そう、ゲームを、本気で楽しむ事が出来る部類の人間だったのだ。
「よし、タイラントを退治すればゲーム終了かな……がんばろっと」
腰に入れたハンドガンの銃口を向け、すっかり慣れた調子で連発をするが大型のゾンビは意に介せず進む。
「うわ、やっぱ強い! さすがラスボス!」
七瀬は無邪気に笑っていたが、ガチンとスライドが音をたてる。
……それは、今七瀬がもっている重火器、すべての弾が出尽くした事を知らせた。
「あ……打ち止めになっちゃった……」
七瀬の武器がなくなったのを知ってか知らずか、大柄なそのゾンビはゆっくりと七瀬の傍らに近づく。
そして。
「あ!」
七瀬が声をあげるのと、ほとんど同時にその太い腕を振り下ろした。
幾つもの死体をかき分け、廊下を進む神崎の耳に、何かが倒れる音がする。
「……マズいなッ、みぃ、ここか!」
響く足音、目撃証言からここにフレッシュゴーレムが紛れ込んでいるのだという事は想像出来た。
普通ならグレネードをぶち混むか、2,3人がかりで倒すあの大物だ。
これまで倒れていたゾンビを全て七瀬が相手にしてたのだとしたら、もう武器がない彼が到底相手に出来る代物ではない。
……フレッシュゴーレムのあの腕に捕らわれたなら、強化装備でも肋骨をもっていかれるだろう。
ワイシャツにジーパンなんてふざけた格好でぶち抜かれれば、耳鼻口ケツの他に風通しのいい穴が土手っ腹に開く事請け合いだろう。
かち合ってなければいいが。
祈るような気持ちで小部屋に入った神崎の見たものは。
「あ、あにき。よかった、俺、迷子になっちゃったかと思ったよ!」
笑顔で笑う七瀬澪と、倒れ伏す大型ゾンビの姿だった。
色白の七瀬の頬や手は血で濡れ、微笑んでいる姿はぞくっとする程艶めかしい。
「みぃ、大丈夫だった、あれ、その……何がどうしたらこうなった訳?」
「えっと、俺、ここまで来るのに殆ど弾丸つかいきっちゃって……」
七瀬はそう言うと、自分のもっていたコンバットナイフの柄をくるくると弄ぶ。
「で、もってたナイフでこいつやっつけたんだ、ねぇ。アニキ、俺すごいでしょ? 誉めて誉めて!」
屈託なく笑う、その足下には、七瀬の言葉が真実だと語るように大型ゾンビが土に帰す姿がある。
俄には信じがたいが……。
「あ、そ……偉い偉い」
神崎は苦笑いをすると、その場にゆっくり腰掛ける。
「あれ、どうしたのアニキ!」
…………何も知らないから、残酷になれるのだろうが、まさかここまでとは。
七瀬の秘めた猟奇性を目の当たりにした神崎は、ただ笑う事しか出来ないでいた。
後日。
「なかなかの戦果ですね、112体……今までのリビングデッド・パレードでも、ベストレコードではありませんか、マスター?」
戦果を聞き、ウォードは満足そうに喉を鳴らす。
「そうさね……」
「これなら報奨金も大分出たでしょう、相棒の彼には何かしてあげたんですか?」
「んー……バケツパフェ?」
「は?」
神崎は溜め息をつくと、角のテーブルに腰掛け黙々パフェを貪る七瀬を見た。
イクィリブリアムの隠れメニューであり、おそらくこの店でそれを頼むのは七瀬しかいない……文字通り、バケツの中にアイスやケーキ、生クリームにチョコレートをこれでもかとぶち込んだだけの、辛党殺しのジャンボパフェだ。
「まさか……それしか望まなかったんですか? 確かリビングデッド・パレードのゾンビは、一体あたりの報奨金は一万五千円ほど、ましてやフレッシュゴーレムを倒しているなら、アレだけでノーマルゾンビの十倍の懸賞金のはずですが……」
「まぁ、そのシステムは特に説明はしてなかったからね……」
「マスター! まさか、彼に……何も説明をしないでリビングデッド・パレードに!? そんな、下手すればゾンビ化の危険性もあるというのにッ……ましてや、彼は……一般人ですよ?」
「あはは、細かい事はいいじゃないのさ、結果オーライだよ?」
悪びれた様子もなく言う神崎に、ウォードは呆れたように溜め息をつく。
「全く……それだったら次も、彼と一緒に行ったらいいじゃないですか、マスター」
「とんでもない!」
神崎はそう言うと、大げさなくらい大きく首を振った。
「餓鬼の相手がこんなに大変だとは思わなかったさね……いやはや、初めて保護者の気持ちが分かったよ、俺は」
そして悪戯っぽく笑うと、口の回りをクリームだらけにして笑う七瀬の方を眺めた。
蛇足 >
けたたましい勢いで携帯電話がなる。
「もしもし?」
神崎が電話をとれば。
「きさまっ、神崎か! お前、澪に何を喰わせたッ! バケツでアイスやら生クリームやらっ、何考えてんだ! 腹冷やして風邪ひいたじゃないか、どういう事だっ!」
七瀬の保護者が激しい語調で責める。
その声を聞いて、神崎は漠然と思った。
……この保護者は、七瀬に特に何もなくても文句をいうのだな、と。