>> あるくゆたんぽ。




 今日は、今年一番の冷え込みです。
 そんな言葉を毎日のように聞くようになった頃。

 寒波は平等に、椎名の家にも訪れていた。


 「……全く、寒い日ってのは何をしても寒いな」


 寝間着の上に厚手の上着を羽織り、暖かなミルクを口元へ運ぶ。
 寝る前に暖かな飲み物をとり、その温もりが冷めぬうちにベッドの中に潜り込むのが椎名の日課になっていた。

 だが、今日は特に冷える。
 早く毛布にくるまりたいが、冷えたベッドが足に触れるのは耐え難い。

 電子レンジで温める湯たんぽが何処かにしまってあるはずだが、アレを引っ張り出してみるか。
 そんな事を考えながら、冷たいベッドを眺めていたその時。


 「淳兄ぃー。淳兄ぃー、起きてる? 起きてるよね、入るよー」


 二度、三度のノックの後、小さな人影が室内へ飛び込んでくる。
 薄手のパジャマを身にまとい、やや大きめな猫のぬいぐるみを抱きしめ現れたのは七瀬澪――椎名の同居人の姿だった。


 「何だ、澪か。どうした、何かあったのか?」


 空になったマグカップを机において、現れた七瀬の姿を眺める。

 風呂からあがったばかりなのだろう。
 七瀬の頬は赤くそまり、髪の先端はまだ僅かに濡れている……その身体からは湯気が立ちのぼっているようにも見えた。


 「何かあったのか〜? って、別に何かあった訳じゃないよ。これから、何かするんだけどねっ」


 七瀬は小走りで室内を進むと、椎名のベッドに潜り込む。
 そして。


 「ほい、淳兄ぃ! 出張ゆたんぽにきました! 淳兄ぃの冷たいお布団を、人間ゆたんぽのおれが、お暖め致しますですよー」


 そう言いながら毛布にくるまり、椎名の方へ笑顔を向けた。


 「……しゃべる湯たんぽ、か?」
 「人間ゆたんぽですから!」


 毛布の中からこちらを見つめ、七瀬は両手を広げて笑う。
 どうやら、今日は意地でも「ゆたんぽ」をやり遂げるらしい。


 「さ、さ、淳兄ぃ、おふとん暖まってきましたよ! 冷めないうちに、どーぞっ!」


 今、七瀬が入っただけのベッドだ。
 さして暖まっているとは思えないが、その笑顔だけは暖かい。


 「あぁ、わかったわかった」


 結局椎名はその笑顔に促され、自称・出張人間ゆたんぽが待つベッドへと潜り込んだ。


 「どうですかー、淳兄ぃ。暖まってますか?」


 ベッドはまだ冷たいが、傍らにある七瀬の身体は暖かい。

 人より小柄だから、だろうか。それとも、自分の普段の体温が低めだからだろうか。
 七瀬の身体はいつ抱いても、柔らかく暖かかった。


 「そうだな……」


 だが、冬の寒さを凌ぐにはもう少し温もりが必要だ。
 椎名はベッドの中で身動ぎする七瀬の身体を自分の元へと引き寄せて、そのまま強く抱きしめた。


 「ふぁっ!? あふぅ……駄目ぇ、淳兄ぃ。そんな、湯たんぽぎゅぅって抱きしめたら、てーおん火傷、しちゃうよ……?」


 七瀬は甘えた声を出し、椎名の腕に抱かれたままほんの少し身動ぎをする。
 抱いた腕から、心臓の鼓動が伝わった。


 「心配ないだろ、人肌程度に温くなってるからな……さて、もう少しだけ加温するかな?」


 椎名はその身体を自分の傍へ引き寄せると、七瀬の顎に触れ、その鼻先を自分に向ける。


 「えっ……淳兄ぃ?」


 そして、七瀬が驚き声をあげるより僅かに早く、その唇を重ねた。


 「んぅ……淳に……っ、くふぅ……んぅっ」



 僅かに漏れた声の隙間から舌を滑り込ませれば、最初は驚き戸惑う七瀬だったが、すぐにそれを受け入れ辿々しい様子で舌を絡める。
 暖かな粘液が違いの中で絡み合い、もつれ合う。

 時々、呼吸を整えながら互いより深く、より近く互いを感じようとする。
 静かで長いキスが、続いた。


 「……もー、駄目だよ淳兄ぃ……おれ、そんないっぱいギュってされると……おればっかり、暖かくなっちゃうよ……?」


 唇が離れても、七瀬はまだ夢見心地といった様子だった。
 風呂からあがって随分と経つはずだが、頬はさっきよりも赤く染まっている。


 「気にするな。お前が暖かくなってくれないと、俺も暖まれないものな?」


 椎名はそう言うが早いか、自らの手を七瀬の胸元に滑らせる。
 絹のように滑らかな肌の上にある幾つかの傷痕を越え、彼の指先はその胸にある突起を捉えた。


 「ぁ……駄目、だよ。淳兄ぃ……俺、湯たんぽだからぁ……湯たんぽに、そういうの、駄目だから……」


 七瀬は首を振り、イヤイヤという素振りを見せるが、抵抗はない。
 態度こそ嫌がっているが、本音はそれほど嫌でもないのだろう。

 熱っぽい表情から、期待の色が伺えた。


 「いいだろ……それに、今日の湯たんぽは少し温いからな。もう少し、こうして……暖めてやらないと、な?」


 椎名は悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼の胸元を爪弾く。


 「あっ! あっ! あっ! だめぇ、だめぇ、駄目だからぁ、そんな所されるとおれ、切なくなっちゃぅからぁ……身体の中、むずむずしちゃうからぁ……」


 一度、二度。
 胸元を爪弾くたびに七瀬の身体はびくんびくんと仰け反り、甘い吐息が耳元へ絡みつく。


 「……大分、暖かくなってきたみたいだな」


 椎名の腕の中で呼吸を整える七瀬の肌は熱を帯び、漏れる吐息もより甘美に変わる。

 もう、この位で許しておいてやろう。
 椎名は心でそう呟くと、額に優しい口付けをした。


 「よし、もう充分だ……今日はこのままずっと、抱きしめてやろう」


 このまま二人でゆっくり、ただ何をする訳でもなくお互い肌を触れあって眠る夜もいい。
 そう思っていた椎名の唇に、再び優しい唇が触れた。


 「!? ……み、お?」


 思わぬ湯たんぽからの口付けに戸惑う椎名に、七瀬は潤んだ目を向ける。


 「もぅ、駄目だよぉ、淳兄ぃ……おれ、淳兄ぃに優しくされちゃうと、身体むずむずしてぇ……もっとっもっと、暖かくしてもらいたくなっちゃうから……俺の中に、淳兄ぃの、あったかいの。いっぱい、いーっぱい注ぎ込んで欲しくなっちゃうからぁ……」


 濡れた瞳が、椎名の心を捉える。
 自分から積極的に、して欲しいと言う事の少ない七瀬からの、精一杯のおねだりだ。
 この目で懇願されて断る術を、椎名は未だ知らなかった。


 「仕方ないな」


 唇を重ね、椎名は笑う。
 これでは、どっちが湯たんぽ役なのか分かったものではないが……だが、悪い気はしない。

 絡んだ指先から温もりが伝わる。
 寒さが続く夜は、静かに過ぎていた。






 <冬でもばかっぷるは寒さ知らずですぅ。 (戻るよ)>