>> 秋祭りにいきました。






 賑やかなお囃子の音が聞こえる。

 路上に出店が立ち並ぶ。


 収穫の秋。

 椎名淳平の暮らす街でも、ささやかだが秋祭りが催されていた。



 「淳兄ぃとお祭りだ……えへへ」



 椎名の少し前を、七瀬澪が笑いながら歩く。

 夏祭りは運悪く仕事が入って行けなかった椎名だったから、せめてその償いにと、秋祭りを楽しんでいた。


 からころ、からころ。

 七瀬が歩くたび、下駄の音がする。


 からころ、からころ。

 下駄の音がするたび、浴衣の袖がゆらゆら揺れる。


 夏祭りに浴衣を着られなかったから、という理由で、その日の七瀬は浴衣を着ていた。


 「くしゅん!」


 だが、時々くしゃみをし、寒そうに身体を震わせる姿を見せる。

 今日は晴れているが、秋風に浴衣は厳しいのだろう……日差しが幾分か暖かいとはいえ、他に浴衣を着ている姿はみられない。


 「大丈夫か、澪。寒いなら、俺の上着を貸してやるが」


 そう言いながら、羽織っていたジャケットを渡そうとする椎名の手を七瀬は首を左右に振りながら止める。


 「大丈夫だよ、俺全然寒く無いから! それに、羽織ったら折角の浴衣っぽさがなくなっちゃうだろ!」


 見るからに寒そうであるが、本人がそう言うなら決して上着は着ないだろう。

 椎名は僅かに空を見る。


 少し遅めに出てきたからか、日は傾き始めていた。

 秋は日が落ちるのが早いという事を考えても、寒さが本格的になる夜が来る前には帰った方がいいだろう。


 「澪、そろそろ神社に行くぞ。参拝を済ませてこないとな」


 椎名は手を伸ばし、彼の腕を握りしめる。


 「うん!」


 七瀬は顔いっぱいの笑顔を見せ、その手を握り返す。

 祭囃子は、傍で流れていた




 からころ、からころ。

 参拝を済ませた七瀬は、下駄を鳴らしながら来た道を戻る。


 「淳兄ぃ、何をお参りしてきたの?」

 「ん……別に言うような事じゃないな……お前は?」

 「えへへ、秘密!」


 他愛もない会話をしながら、互い並んで歩く。

 このまま帰路につき、祭は穏やかに終焉を迎える……。


 ……はずだった。


 「ね、ねぇ、淳兄ぃ」


 ふと立ち止まり、七瀬はもじもじする。


 「どうした?」

 「え、えっと。その……お、おトイレいってきていいかな?」

 「何だ……我慢出来ないなら、いってくればいいだろ。まだ家まで距離があるからな」

 「うん、ごめんね!」


 からころ、下駄をならしながら、トイレの方へ向かう。

 その後ろ姿を眺めながら、椎名はその場で待つ事にした。


 人混みに居ては自分を見失いかねないだろう。

 そう思い、人から離れた外灯の下にたち、ポケットに忍ばせた煙草を探す……が、見つからない。


 奇妙に思いポケットをまさぐれば、代わりにライターが出てくるが煙草はない。

 ライターだけではな、そう思い近くに煙草が売っている店がなかったか。

 そんな思いを巡らすが、今は七瀬と待つ身であるという事と携帯灰皿を家に置いてきている、という事。

 何より七瀬が煙草に免疫のない体質である事を思い出し、諦めて溜め息をつく。


 そして改めて周囲の様子を見渡した。

 もう5分、いや、10分近く経つだろうか。


 だが、七瀬が戻る気配はない。



 「……世話がかかる奴だな、本当に」



 文句が零れるが、それ以上に心配が募る。

 七瀬は元々、何かに気を取られて寄り道をしやすい性格である。

 その上、誰でも信用してしまう幼い性所がある他、見ず知らずの人間にも付いていってしまう無防備さんまで供えていた。


 悪い人間に誑かされていやしないか。

 そればかりが心配になり、自然と足も速くなる。


 「淳兄ぃ!」


 だがその姿は、思いの外早く見つける事が出来た。


 「澪……」


 安堵の息を吐き、傍へ駆け寄る。


 七瀬の居た場所は、トイレからやや離れた人の気配が少ない木陰であった。

 日が傾き、周囲は暗くなり始めていた為か、物陰であるその場所は、ほとんど夜の闇に支配されている。


 「何やってんだ、澪。こんな所で……」


 心配しただろうが。

 この言葉を飲み込み七瀬を見れば、彼は顔が紅いまま、身体をもぞもぞ動かしている。


 「あ、あの……ね、淳兄ぃ。実は、さ」


 心なしかその表情は、泣きそうにも見えた。


 「何だ、まだトイレに行ってないのか?」

 「ち、違うよ。おトイレにはちゃんといったよ! だけど、その。あのね……せ、背中にっ、何かみたいなのが入っちゃったみたいでっ、俺……」

 「虫?」

 「うん……だから、淳兄ぃ、とってっ! 虫、とって!」


 何とか虫を身体の中から追い出そうと、もじもじ身体を動かしていたが、上手くいかなかったんだろう。

 七瀬は泣きそうな顔でそう言うと、こちらが止める間もなく浴衣の帯を外す。


 簡単に止めてあるだけの帯はすぐにほどけ、はだけた浴衣の隙間から七瀬の裸身が露わになった。


 「澪っ、何してるんだ、こんな所で、裸なんかにッ……」

 「外でも何でも、虫っ、嫌だからっ……ね、淳兄ぃ、虫とって!」


 そういいながら、背中を向き浴衣を肩まではだけさせる。


 男にしては随分となで肩であり、また小柄でもある七瀬の艶のある肌からするりと浴衣が滑れば色白の肌が覗く。

 その身体は、所狭しと傷痕が残っているものの滑らかな身体のラインは淫靡な印象を与えた。


 「……仕方ない、見せてみろ」


 こうなると、止めてもきかないのが七瀬という男だ。

 やむを得ず浴衣をのぞき込むが、虫らしい姿は見えない。



 「何もいないぞ、澪……」



 そういいかけた、その時。



 「ひゃぅん!」



 七瀬はのけぞり、涙目になって振り返る。



 「嫌ぁだ……淳兄ぃ、前に来たッ……前っ、とってぇ!」



 そして、浴衣に手をかけると、改めてその胸を露わにした。

 外に出ない為か七瀬の身体は驚く程白く、肌は絹のようになめらかで柔らかい。

 だがその肢体には、痛々しいまでの傷痕が無数に刻まれていた。


 うっすらと残る火傷の痕などは幼い頃養父母にやられた傷だが、無数の傷痕はまた違う。

 残酷な大人に、躊躇のない愛情を強いられた結果だ。


 普段ならこの傷ついたの身体を外で見せるのを何より嫌うのは七瀬自身だった。

 だが、今は。



 「いやぁだぁぁぁぁ、むぅしぃいいいぃ〜」



 涙目で首を振りながら身体を動かしながら虫を追い出そうとする。

 元々、虫と呼ばれる類のモノを苦手とする七瀬であったが、それが服の中に入った事で完全に理性を失ってしまったのだろう。

 なりふり構っている場合ではないようだ。


 「仕方ないッ、澪……浴衣、少し脱がすぞ?」


 実際はもう殆ど脱げているのだが、そう声をかけてから浴衣に触れれば。


 「はやくぅ、はやくして、淳兄ぃ、身体が、むずむずするよぉ……」


 傍らにある木によりかかり、七瀬はぎゅぅっと目を閉じる。


 僅かに紅い頬と、熱っぽい吐息。

 何より外で肌を露わにするというこの状況から、虫を探す行為が疎かになる、が。


 「……澪、虫なんて……何処にもいないぞ?」


 肌に触れ、何もいない事を確認すると。


 「ほんと? でも、何かむずむずってしたから……」


 七瀬は幾分か安心したような声を出し、恐る恐る自分の身体に目をやった。

 その時。


 「んぅっ……あ……ッ!」


 七瀬は急に甘い声を漏らすと、椎名の首へと絡みつく。


 「どうした、澪……?」


 高鳴る鼓動を押さえながら、七瀬の腕に触れる。

 すると七瀬は、涙目になり、困ったように。でも恥ずかしそうに声を震わせながら。


 「どうしよう……淳兄ぃ、ぱんつの中、入っちゃった……」


 そう、耳打ちした。


 「何だって?」

 「何度も、聞かないでっ……パンツの中に……入っちゃったんだよっ、むし!」

 「……冗談だろ?」


 俄に信じられず躊躇う椎名だったが。


 「嘘じゃなっ……ん、ぅううぅんんぅぁ……ぁ、いやぁ……虫ッ、虫ぃ……」


 喘ぎながら首を振る七瀬の姿は演技には見えない。

 本当に虫が居るのだろうか……。


 「仕方ない、澪。見せてみろ」

 「見せてって、駄目ぇ……外でぱんつ脱ぐの、嫌だよぉ……こんな所で裸でぇ、俺、変態さんになっちゃう……」

 「バカっ、じゃぁどうしろってんだ!?」

 「……淳兄ぃ、俺のぱんつの上から、触って……中にいるむずむずするの、追い出してぇ!」


 艶めかしい声で言われると少し、卑猥な事をしている気分になるが細かい事を気にしてはいられない。

 ぐっと自制し、下着の上からゆっくり指先でなぞる。


 「んぅ……あ、あ……はぅん! んぅ……」

 「ヘンな声出すな!」

 「でも、淳兄ぃの指っ……あったかくて、ちょっと……ヘンになっちゃうよ……」

 「……外だからな?」

 「えっ……いゃぁだぁ、ヘンな事言わないでよ、そんなっ……えっちな事ばっかり考えてないから!」


 だが、下着の上から確かめても虫らしいものはない。


 「澪……何もいないみたいだが?」

 「うん……俺もむずむずが治まったみたい……出てったのかな?」


 困ったように首を傾げるが、虫が出ていったという事で幾分か安心したのだろう。

 微笑みながら再び、はだけた浴衣をなおそうとする。


 が……。


 「ひゃぅんぅ!」


 三度声をあげ、激しく仰け反り、涙目になって椎名を見据える。


 「どうした、澪? まだ、居るのか?」


 七瀬は暫く涙目で、黙っていたが、やがて恥ずかしそうに。


 「……お尻にッ、いる……」


 と、そう呟いた。


 「はぁっ!? ぁ……後ろに回ったのか?」

 「う、うん。お尻のっ、あ、んぅ……」

 「後ろ向け! すぐに出してやるから!」

 「駄目ぇ! 歩いたら、プチってお尻でつぶれちゃうよぉ……虫、つぶれたら嫌だぁ!」


 七瀬は涙目になり首を振るだけで、その場から動こうとしない。


 「仕方ないッ……澪、足をあげろ」


 椎名はそう命令させると、七瀬の足をあげゆっくりと身体を撫でる。

 すると、指先に何か動くモノが触れた。


 「んぅ……ぁ……淳兄ぃ、そこッ……」

 「あぁ……これだな? 中に入れて、直接触っても……いいか?」

 「うん、いいよ……俺っ、終わるまでぎゅって目ぇつむってるから……早く出してね?」


 木を背に、足をかかえるように持ち上げたまま、注意深くその、蠢く物へ指を伸ばす。

 出てきたものは……。


 「終わったぞ、澪……見てみろ」

 「うん……あっ!」


 それは、縮れた枯れ葉だった。

 七瀬がずっと虫だと思っていたモノの正体は他でもない、ただの枯れ落ち葉だったのだ。


 「何だ、もぞもぞ動いているから虫だと思ったのに……」


 七瀬は笑ってそれを見る。


 「疑心暗鬼、じゃないが……虫だと思いこんでただけのようだな」

 「そうだね、ごめん淳兄ぃ……俺……」

 「別にいい。それより、早く着替えろ……木陰でこれだけ浴衣を乱していたら、何を勘ぐられるか分からないからな」


 勘ぐられる以上に、この状態を知り合いに見られたのなら言い訳は困難だろう。

 そう思いながら、七瀬の衣服を直そう浴衣の衿にふれたその時。


 「おやおや、熱いねぇジュンペイ君。外で、だなんて……浴衣の色気にあてられて、家まで我慢できなかったのかねェ?」


 聞き覚えのある声がした。


 振り返ればそこには、椎名の先輩……神崎高志の姿がある。

 友人が多く、口が軽い神崎は椎名にとって一番の天敵でもあった。


 「神崎!」

 「せんぱい、が抜けてるだろ? 相変わらず失礼な奴だねェ……ま、いいけどサ」

 「……何でここに居るんだ、お前が!」


 椎名の問いかけに、神崎は髪に触れながら億劫そうに答える。


 「何でって言われれば……みぃから……お前の従兄弟の澪から、今日は秋祭りがあるんだって話を聞いてねェ。面白いモノが見られそうだと。もとい、面白そうだと思って来た訳だけど、不味かったかね?」

 「……自分の家から離れた街の祭まで参加するとは、相当なまつり好きだなお前は」

 「まぁ、ねぇ……それにしても、驚いたよジュンペイ君がまさか外でとは……俺はジュンペイはもう少し節操のある子だと思ってたんだけどねぇ、お兄さん悲しいよ。こんな破廉恥な所があるなんて……」

 「いや、違う誤解だ! これは……」

 「誤解でもいいさね……そもそも、外でナニするのが悪い事だとも俺は思ってないしねェ。ただ……携帯で写真をとらせてもらった事だけは、伝えておこうかと思ってね」

 「……何だって!?」

 「んじゃ、また。もう邪魔しないから、続きをどうぞー」


 神崎はそう言うと、携帯を取り上げようとする椎名の身体を器用に避けると、そのまま人混みとり闇に紛れる。


 「待て、神崎! 誤解だといってるだろうが、おい!」


 慌てて追いかけようとするが、傍らに立つ七瀬がその袖を握りしめて止める。


 「いいよ、淳兄ぃ。ホントに、何もしてないんだもん、淳兄ぃ、堂々としてればいいって」


 それに、と唇だけ動かすと七瀬は思いっきり背伸びをすると静かに唇を重ねる。

 触れるようなキスの後。


 「……俺、淳兄ぃならホントにされちゃってもいいよ?」



 暖かな身体が椎名の腰を抱きしめる。


 「……澪」


 椎名はその暖かな身体を、緩やかに自分の腕へと包み込む。


 闇の中、遠くで祭囃子が聞こえる。

 穏やかな秋の夜は緩やかに過ぎようとしていた。





 <エロ言う奴がエロやで。(戻るよ)>