>> 家貞教師。
それは、大学生活にもようやく慣れた頃だった。
そろそろアルバイトでもしてみようか……。
そう思っていた矢先に、知り合いから 「家庭教師を引き受けてほしい」 と頼まれたのはまさに渡りに船だったろう。
「あ、せんせぇ! いらっしゃぁ〜い、ぼくね、ずっと先生の事待ってたんだよ!」
扉を開ければ、真っ直ぐな瞳がこちらに向けられる。
彼の名前は瀬尾奏……今、俺が家庭教師をしている教え子だ。
……多分、同年代の子たちと比べれば奏は小柄で華奢な部類になるだろう。
背丈は俺の胸ほどしかないし、手足も細い。
初めて奏とあった印象は 「可愛い子だな」 だった。こんな可愛い子を教えられてラッキーだ……とも思った。
ただ、残念ながら彼は男なのだ。
そして、奏が 「可愛いけれども男だ」 という事が今の俺の悩みでもあるのだ。
「ねぇ、先生みてみて! ぼくね、この前のテストでほら! 100点とったんだよ、偉いでしょ!」
奏は元々勉強の出来る子のようだった。
その上に、飲み込みも早い。
俺はほとんど教科書通りに教えているだけだったのだがそれでも目に見えて成績はあがっていった。
おまけに性格は至って素直で純真。
俺の話もよく聞くし、物わかりがよく反抗らしい反抗はしない。
俺が家庭教師なんぞしなくても成績は問題なさそうに思えたし、実際さして問題はないのだろう。
実際の所俺が家庭教師に入っている理由も半分は、男手一つで育てている奏を一人にしておけば、悪い友達と連むかもしれない……そんな父親の親心からのようだった。
「よし、流石瀬尾くんだな」
「もー、先生また瀬尾くんなんて言う。先生は、ぼくより年上のお兄さんなんだから、奏でいいよ!」
「……わかった、奏くん」
「奏! 呼び捨てでいいってばぁ……ねね、先生。ボク、すごかったよね。偉かったよね。学校でこのテスト、100点だったのボクだけなんだよ! ほら、誉めて誉めて!」
「はいはい……」
奏は甘えた声を出すと、俺の膝に座り餌をねだる猫のように必死で頭をすりよせる。
俺は渋々その頭を撫でると。
「ふにゅぅ、せんせぇ。あはぁ、せんせぇの手、おっきくてあったかくて、ぼく、しぁーわせだよー」
奏はまるで本物の猫のようにゴロゴロ甘えてみせた。
……奏は男なのだが、何故か男である俺の事が好きなようで、こうして必要以上にスキンシップを強請るのだ。
「こら、あんまりベタつくんじゃないっ! ……まだ授業中だぞ」
「だったらせんせ、授業じゃなきゃ……ベタベタしてもいーの?」
「そういう意味でいったんじゃないっ!」
「えー、せんせってばカタイなぁ……まだ夜は始まったばかりだよ!」
「真顔でアホな事言うな! とにかく、テストで100点とったのは偉い。みとめよう。だが、これに慢心して成績が落ちるといけないからな、またビシビシ教えるぞ」
「あーん、せんせぇ本当に真面目すぎるよー……でも、真面目な先生も格好いいけど!」
奏はそんな事を言うと、俺に腕を絡めて鼻先をちょんっとつついてみせる。
悪戯っぽく笑う奏の姿に、ドギマギしはじめている自分がいる。
……いけないな、奏は男だ。
それ以前に俺の「生徒」だ。
家庭教師として、生徒に手を出すなんて御法度……冷静にならなければ、冷静に。
「こら! 腕にすり寄るな! ……さっさと教科書をひらけ!」
「うん! でもその前に、せんせ。約束、覚えてる?」
「約束……何の話だ」
本当に心当たりがない。
そんな俺の顔を見て、奏ではぷっと頬を膨らませてみせた。
「あー、ひっどい、忘れてるなー。ボクがテストで100点とったら、一つだけお願い事きいてくれる、っていったでしょ。ボク、その為にテスト頑張ったんだから!」
そんな約束したかどうか、すでに記憶にない。
多分、奏に無理矢理せがまれてされた約束だったのだろう。
俺は覚えてないが、その為に奏が頑張ったのなら断る訳にもいくまい。これからの信頼関係にも関わる問題だ。
「わかった……いいぞ、お願い事とやらをしてみろ。ただ、あんまり金のかかるのは駄目だからな」
旅行などは無理だが……。
遊園地や動物園につれていく位なら問題はないだろう。ゲームセンターくらいだと安価でいいのだが。
そんな軽い遊びを考えていた俺にとって、奏の提案はまさに意外なものだった。
「あのね、あのね……ぼく、せんせーとちゅーしたい!」
俺は危うく椅子から転げ落ちそうになる。
「なななな、何いってんだ、おまっ……え、ちゅーって、キスの事か?」
「そうだよ、ほかにちゅーってあるの? あ、お注射? ボク、お注射はイヤだからね」
「……駄目だ! だめだめ。他のにしなさいッ!」
「えー、なんでダメなの。男なのに二言があるのー? 先生男らしくないよ!」
「だだ、だいたい、俺は男でオマエも男だ。男同士でキスってのはな……」
「えっ、何で駄目なの? ちゅーって、好きな人同士がやるもんでしょ。ボク、先生の事大好きだもん! だったら、チューしてもいいよね」
「だけどな、オマエは俺の生徒だし。家庭教師と生徒が、そういう風になるのは……」
「そういうケド、高校生ってのになると、体育教師がよく生徒と……っていう話を聞くよ!」
「どこ情報だよそれはっ! とにかくな……」
「…………せんせぇは、ぼくのこと、嫌い?」
「いや、そういう訳ではないけれども」
「…………きらい?」
奏の潤んだ目が胸元でじっと俺の顔を見据える。
ごくりと、唾を飲む音が聞こえる。
奏は本気で俺の事を、慕ってくれているのだろう。
……この顔をされると、どうにも弱い。
「……わかった、キスだけだからな」
「わーい、やっぱ先生ぼくの事好きなんだ! えへへ……ありがと、先生。じゃ、はい。ちゅーして、ちゅー」
「こういうのは、目を閉じてするものだぞ」
「はーい、わかりました、せんせっ!」
ぎゅっと目を閉じる奏のぷっくりとした唇が無防備に晒される。
……こうしていると奏は、本当に可愛いのだ。
「奏……」
俺はあいつの名を呼ぶと、その唇にキスをした。
挨拶程度の、触れるだけのキスだったが……。
「えへ、ありがとせんせっ」
奏は幸せそうに微笑んでくれた。
これで約束は果たした、奏も満足してくれただろう……そう思ったのだが……。
「でも、ちゅーって口と口が触るだけっておとなのちゅーじゃないんでしょ。大人って、もっとすごいちゅーが出来るんだって聞いたけど、せんせ、大人のちゅーしてくれないの?」
「そ、それは……オマエまだ子供じゃないか。まだはやい!」
「まさか、出来ないんじゃないのかなぁ。せんせ?」
「ち、違うっ……そんな訳ないだろ、勘ぐるな!」
強がって否定してみたものの、実の事をいうと俺はマトモに女の子と付き合った事がない。
キスも……今、奏としたのを含めて両手で数えれば足りる程度しかした事がないのだ。
だから、奏のいう「大人のキス」もほとんど経験していない。
してみろと言われても、ぎこちなく舌を絡めるのが精一杯だっただろう。
「ホントかなー。ま、そこの所はそれより突っ込まないであげるよ。そのかわり……」
と、そこで奏は俺の前に跪くとかちゃりかちゃりとベルトを弄りはじめる。
「お、おい、何やってるんだ!? 奏!?」
「何って、ちゅーのお願い半分もきいてもらってないから、もう半分お願い叶えてもらおうと思って……ね、せんせ。おちんちん見せてよ。いーでしょ?」
何をどう思って「いい」要素があるというんだろうか。
小一時間ほど問いつめてやりたいが、授業の時間をオーバーしてしまう。
「い、い、いい訳ないだろ! どうしてそんな……オマエに俺のナニを見せなきゃいけないんだ!」
「だって、せんせぇもう、大人のおちんちんなんでしょ! ボク、まだちんちん小さいし、毛だってはえてないんだもん。大人のちんちんがどうなってるか、知りたいんだ。いいでしょ、ねー先生。先生ってばぁ」
「駄目だ、やめろ、手をはなせ!」
「駄目だっていっても、ぜーったい見てやるんだもんねーだ」
「だーめーだ!」
「いーいーの! 保健体育の授業だよー!」
俺は必死で抵抗するが、奏は全く譲ろうとはしない。
一体奏のこの小さな身体にどうしてこんな力があるのか。
俺がふりほどこうとしても奏はベルトから手をはなそうとせず、そしてとうとう……。
「あっ!?」
俺が油断したのかそれとも根負けしたと言うのが正しいか。
ベルトは外され、ふりほどこうとした勢いで下着ごと、ズボンが一気にずりおろされていた。
ぼろんっ。
そんな音と開放感とともに、奏の見たがっていた「大人の身体」がいまその眼前に晒される。
「ふぁっ!?」
……しかもこの時、俺の身体はどういう訳だかすっかり大きくなっていたのだ。
「ふぁぁぁあぁぁ……」
奏は目を丸くしながら、呆然と俺のナニを見る。
「……これで満足か、奏。もういいだろ?」
とにかくこれで「ナニが見たい」という奏の願いはかなえてやった。
もう見せたのだから充分だろう。俺が慌ててズボンをあげようとしたその時……。
「ふ、ふぁぁっ、うぇっ、うぇええぇぇえぇぇ……ふぇぇぇぇぇん!」
突如奏が泣き出したのだ。
「ちょ、おい、どうしたんだ奏! 何で泣くんだよ」
正直、泣きたいのはこっちだ。
俺はパンツを半ばあげた状態で、泣きわめく奏に問いかける。
「らぁっ、らぁって、せんせぇのちんちん、ぼくのと全然ちがって、でかっ、くて……怖くなっちゃっ。うわぁぁぁん!」
奏はほとんどパニックになり言葉らしい言葉を紡がず、さらに泣き続ける。
素直でものわかりのいい瀬尾だったから、こうして泣き出すのは初めてで俺もすっかり困惑してしまった。
こういう時は慰めなければいけないのだろう。
だがどうやって慰めたらいいんだ? チンポがでかくてスイマセンとでも言えばいいのか……?
「そんな泣くな。そりゃ、俺のは普通よりデカイかもしれないけどな……」
その時。
「おい、どうした奏! 何かあったのか」
……神様というのがいるのなら、それはきっと非道く悪戯が好きなのだろうと思う。
ドアがあいたと思ったら、そこには奏の父親がたっていた。
普段は残業などで俺もほとんど会う事のない人だが、どうやら今日はいつもより早く帰れたらしい。
だが、ドアの向こうから息子の泣き声がきこえて、何ごとかと思って慌てて部屋へとやってきたのだろう……。
そうして飛び込んだ部屋では、パンツをずらしている俺と、泣きわめく奏の姿がある。
「……貴様、一体何をやってるんだ!」
激しい怒号が、部屋を包む。
……勉強を教えているとおもったら、こんな格好をしていては仕方ない。
ごもっともな怒りすぎて俺はほとんど言い訳する理由が見あたらないのだが、弁明はせねばなるまい。
「ちが、違うんですおじさん!」
「何が違うんだ貴様ぁぁ、うちの息子に何をしたぁ!」
何もしてない。むしろ俺はされた側だ。
被害者は俺の方なのだが……。
「ふぇっ……えっぐ、えっぐ……」
泣き出した奏が全く落ち着きを取り戻さないので、これでは説明どころではない。
……結局、奏の父親を落ち着かせるのに今日の授業時間をまるまる費やす事になったのは語るまでもないだろうが。
それから何とか誤解をといて、俺は今でも家庭教師の仕事を続ける事が出来ている事。
そして、今でも俺の傍に瀬尾奏が居るということは、とりあえず語っておいてもいいのだろう。