>> ベッドの外のショタ男。
開け放たれた窓から入る暖かな光で、俺は朝の訪れを知る。
「もぅ、朝か……」
元より朝に弱い俺はベッドの上で半身起こすと、大あくびを一つした。
そんな俺の様子に気付いたのか、台所の方から声が聞こえてくる。
「あー、やっと起きたァ。えへ、おっはよー。もー、君ってば本当にお寝坊さんだよねー」
それは、もう二度と聞く事は出来ないと思っていた声。
だが今は、俺とともにある声だ。
「いいだろ別に、朝は弱ぃんだからよ」
ぶっきらぼうに返事をしながら、俺は再び手に入れた日常の喜びを噛みしめる。
俺の元に、アイツが戻ってきてから一週間が経とうとしていた。
「夜にばっかり頑張りすぎなんだよ、君は」
返ってくる言葉は手厳しいが、怒っている声ではない。
まぁ、夜に頑張っているのはお互い様だ。
最近、アイツも少しだけコツを覚えて来たらしい。
以前は俺が手伝わなければ自分のモノにさえ触れるのを恐れていたのに、今はもう一人でも出来るようになってきた。
最も、まだ一人で出来るというだけ。
俺が居なければ最後までする事なんてとってもできない。
だがいい……。
これから、ゆっくりと教えてやればいいのだ。
……いやいや、やらしいハナシじゃないっすよ。
勿論、麻雀のハナシですよ。よ?
そう、最近アイツは麻雀を覚え始め、以前は自分で牌を積む事さえ出来なかったのだが、最近はようやく、形だけはそれなりになってきたのだ。
だが、まだまだ場を見るレベルには至っていない。
今、何を切ればいいのか。何を待つべきなのか。それを教えているだけで、夜はあっという間に過ぎてしまう。
「それより、朝ご飯はコーヒーにする。紅茶にする。どっち?」
ここから姿は見えないが、アイツはどうやら朝食を作ってくれているようだった。
アイツが作れる料理といえば、パンに目玉焼き程度の簡単なものだったが、それでも手料理は有り難い。
一人暮らしをはじめてからコンビニに頼り切った食生活になりがちなので、尚更そう感じる。
「そうだな、紅茶にしてくれないか」
「了解ッ、砂糖多め。ミルク濃い目でいいよね。先に持ってくる。後に持ってくる?」
「あー……先に持ってきてくれないか。濃ぉーい、ウバにとけきれない位の砂糖を溶かして、紅茶の量の倍のミルクを注いでくれると嬉しい」
「イエローラベルしかない家の住人がなんか言ってますよ……っと。はーい、じゃ、今紅茶もっていきますねー」
そんなやりとりの後、ガラス戸の向こうからアイツの姿が現れる。
銀色の大きめなトレイに安っぽい陶器のティーセットを乗せて、カチャカチャと音を立てながらそれを運ぶその姿は、何処かの企業が開発した二足歩行ロボットのようにぎこちない。
いや、これならアイボの方がスムーズにボールを取ってくるだろう。
俺が使う分には問題ない大きさのトレイだが、アイツには大きすぎたか。
それとも、今着ている服が大きすぎるので動きづらいのか。
俺の視線は自然とあいつの衣服に目がいく。
アイツの着ている肩フリルの付いたエプロンは、俺が将来出来る予定だったポニーテールの彼女に着てもらう為に初任給で買った物である。
まぁ、全くの無駄遣いのまま数年過ぎていたのだが、そのエプロンが今、初めて人に使われているのだ。
いや、厳密に言えばアレは人ではなく妖怪なのだが。
しかも、厳密に言えば彼女ではないのだが。
まぁ、細かい事はどうでもいい。
そうだ、細かい事だ。
下半身に何かついているなんて、最早どうでもいい。
大事なのは、俺に、あのエプロンを着用してくれる存在が出来たという事。
そしてその存在は、抜群に可愛くてしかも俺に骨の髄までベタ惚れという事だ。
下半身に竿状のものがついている……とか。
穴が菊状の部分しかない相手とはちょっと……とか。
そういう考えは、俺にはない。
あるのはシンプルなたった一つの思想だけ、たった一つッ。
可愛い相手とイチャイチャ出来る。
それだけだ、それだけが俺の満足感だ。
それを得る為なら――。
種族や、性別など、どうでもよいのだぁッ!
「はぅー、良かった。落とさず無事にここまでこれたよ」
安物のガラステーブルにティーセットを置いて、慣れた手つきで紅茶を注ぐ。
俺の注文通り、たっぷりの砂糖とミルクで煎れた紅茶が空腹の腹に心地よい。
「どう、どう。美味しい?」
いちいち俺の感想を聞かないと心配で仕方ないのだろう。
緊張した面もちで俺を上目遣いに眺めるアイツに、俺は一つ頷いてから言った。
「ん、ウマイ」
その一言で、アイツの顔がぱぁっと明るくなっていく。
「そう、良かったぁー。それじゃ、ぼく、目玉焼き作ってくるね」
ひとまず、第一の任務完了といった所で安心したのか。
アイツは笑顔のまま立ち上がるとくるりと軽くターンをした。
その時、俺の目に入ったのは。
惜しげもなく晒された白く柔らかな肌と、まだ若いがみずみずしく形のよい白桃の姿だった。
「ぶはぁあっ!」
ソレが何だか理解する前に、俺の鼻から口から目から、遠慮なく紅茶が逆流する。
「ど、ど、どうしたのッ、何ー!」
俺が突然、鼻からミルクティを出すというの水芸に挑戦しだした為、向こうも相当動揺したのだろう。
慌てて台所から戻ってくるが、正直動揺しているのはこっちじゃい!(マジ切れ)
「どうしたの、は、こっちの台詞だッ。お、おま。その格好、何、どうしたの」
「その格好ってー。えぷろん。えぷろんだよ。エプロン姿、料理の時は定番なんでショ?」
そうだ、確かに定番だ。
だが。
エプロンの下からは眩しい生足が、二の腕が、惜しげもなく晒される。
少し前屈みになれば、明らかに成熟してない薄桃色の乳首が突起している所まで見えた。
これは、エプロン姿ではないっ。
裸エプロン姿だッ。
小首を傾げてこたえるアイツの姿に、媚びて狙った誘いの様子は見えない。
となると、コイツは天然で裸エプロンになっているのだ。
なにせ、相手は都市伝説の妖怪である。
肝心な所で知識がないのだ。
それはそれ。
いっそ、我が家の料理は裸エプロンが定番というルールに定めてもいいが、もしうっかり俺の家に友達が来て、アイツが料理を作り始めてしまったらもう言い訳が聞かない状態になる事請け合いだ。
世間では、寡黙でクールなビジネスマン。
というイメージで通っている俺が、こんな下手すれば。
いや、下手しなくともちみっこに分類される少年に裸エプロンを強いているという事実が世間に知られればもう明日から出社出来ない状態になる事請け合いだ。
そうならない為にも、予防線は張る必要はある。
たとえ友人が来なかったとしても、この妖怪ときたら見た目がちみっこなら嗜好もちみっこで、ちみっこが好きなお菓子やマンガ、ゲームアニメの類が大好きである。
今に、サ○エさんあたりのジャパン・アニメーションを見て。
「どうして、サ○エさんは料理する時にうちみたく裸エプロンしないの。変じゃない」
なんて質問されたら、たまったもんではない。
サ○エさんの裸エプロンを想像するハメになり、その日が萎えてしまったら困るのは俺である。
ここは勿体ないが。
凄く勿体ないが、真実を教えてやるのが大人のマナーだろう。
仕方ない、教えておくか。
「その――お前が、料理にエプロン着用しようという心意気は、正しい。認めよう」
「ほんとぅ。えへ、認められちゃった。うーれしぃなぁ」
「あぁ。だが――裸エプロンは、料理の定番ではないだろ、常識的に考えてッ」
もっとオブラートに包んで語ろうと思ったが、無理であった。
つい、思った事をそのまま口にする俺に、アイツは少し首を傾げてこんな事を聞いてくる。
「……そうなの。じゃぁ、裸エプロンって、何の定番?」
まさかの逆質問であった。
……コイツっ、今時の都市伝説妖怪は疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか。
質問文に質問文で返すのはテストで零点だなの知らないのか、マヌケがッ。
だがどうする、俺。
ここでこの健気な少年の姿をする妖怪に真実を教えてやるべきか、どうなんだ。
というか、むしろこれはフラグか、フラグがたっているのか。
ここで名うてのエロゲーな主人公であれば「それは、こういう事の定番なんだよ」とか言いながらフラグをたてていくのか。
そうか、そうだ。
誘っているんだな、これはフラグをたてていけ、と。
ここでフラグをたてて、CGを埋めろと、そういう指令だな。
OKわかったエロゲーの神様。
俺、ここでフラグたてる!
ここでコイツの裸エプロンCGを、埋めてみせるよッ……。
「さっきから、何ブツブツ言ってるんだい。君。フラグとか、CGとか……」
しまった、心で思っていた事が声に出ていたよ!
「あー、いや。別に、その、な」
取り繕うように笑いながら、俺は改めてアイツの姿を見た。
日の光にあたると、やや金色味を帯びて輝いても見える美しい栗色の髪。
小柄で幼い顔立ち。
まるで上等なシルクを思わす柔らかで手触りの良い肌には、アイツが妖怪だからだろうか。
シミどころかほくろや、余分な体毛が一切なかった。
背丈はそこそこあるし、身体も中性的というより男性寄りではある。
だが、この顔の幼さは……。
うっかりランドセルでも背負ってしまえば、○学生のちびっ子としても通用してしまうだろう。
そんな、うっかりしちゃうと外見年齢が大変な少年を、あんまり長く裸エプロンにしておく訳にはいかない。
いや、俺は構わないのだが、主に法的には危険を感じる。
「いいから、服くらい着おけ。料理は火ぃ使うから、火傷とか危ないんだ」
火傷以外でも、主に年齢制限的にも心配だ。(このサイトの登場人物はみんな十八才以上だよ!)
その思いからそう提案するが。
「えぇ、でも……服は昨日、君が洗濯に出しちゃったじゃないか」
提案はあっさり却下された。
あぁ……そういえば、そうだった、な……。
「あの時、ボクがイヤだって言うのに君が無理矢理ヨーグルトを口の中でをゴックンさせようとするんだもんッ。ボク、飲み込めなくて零しちゃっただろ。あれのせいで服を汚しちゃったから、今洗濯中なんだよ。ボクの服、アレしかないし。君の服は大きすぎるし。仕方なかったんだ」
ヨーグルト?
いいえ、ケフィアです。
いやいや、冗談は抜きにして。
ほんとう、食材のハナシですからね。深い意味はありませんよ。
「というか、お前さ……妖怪だろ。以前は姿形変えたり。服も自分で出してたり、したじゃないか。そういうの、もう出来ないのか」
俺にそう言われ、アイツはポンと手を叩く。
「あ、そうだ。ボク、そういうの出来る。出来ます。出来るますです、はい」
「……だろ、だったらさ。あんまりその姿で居られると俺が法を犯している風な光景にしか見えないから、普段の姿に戻ってくんねぇか」
「はーい、かしこまりましたー」
俺に言われてアイツ小さく手をあげる。
そして。
「ぴーりかぴりらら、ぽぽりなぺーぺるとー」
何処かで聞いた呪文を唱えながら、見る見るうちに自身の衣類を作り出していった。
コイツは、元々都市伝説の妖怪。
山男になったりジャック・ニコルソン張りの怪人になったりと姿を変えるのを得意としているだけあり、衣類をかえる位お手の物だ。
とはいえ、あまり服のセンスを磨くつもりはないらしく、普段は大きめのシャツに短パン姿が多い。
まぁ、元々の顔が元の顔なのでそれでもさして問題はないし。
むしろ俺は、下手に流行最先端なセンスの服装でいられるより、ワイシャツと短パンの方がよっぽどいい、というタイプの人間なので問題はないが。
「うん、これこれ。やっぱりボクもこの格好が一番落ち着くなー」
普段の姿になり、アイツも落ち着いた様子をみせるが、この姿はさっきと比べれば少々刺激が少なすぎる。
もう少し刺激があっても。
いっそ、ワイシャツと短パンでもいいのだが。
「しかし、いくら落ち着くとはいえお前はそればっかりだな。せめてもう少し派手なシャツとか出したらどうなんだ。白いワイシャツとか、短パンとか。ワイシャツとか、スパッツとか。ワイシャツと、ぱんつとか。せっかく、タダで好きな服が着れるのにそればっかじゃ、勿体ないだろ」
心で思った事が口に出ている俺の提案に、アイツは困った顔になる。
「うーん、そう言われてもボク、サッカーは好きだけどファッションはちょっとうといから……ほら、妖怪とかお化けって鏡に映らないって言うだろ。ボクも鏡に映らない部類の妖怪だからさ。どれが似合うとか、そういうのあんまり考えないんだよ」
「ファッション雑誌でも見て好きなの出したらいいだろう、さもなくばワイシャツだけってのも」
「そういうの見ないからな……あ、そうだ」
と、そこでアイツはまた手を叩く。
「そんな事言うなら、君のイメージを投影させようか」
「俺の?」
「そ、君のイメージする衣装を作るよ。ぼく……君に強引に連れ戻されたからかな。君とは多少、意志疎通が出来るからさ」
衣装のイメージ。
つまり、コイツに着せたい服をイメージしろと。
そういう事か。
さっきまでワイシャツの一点買いだったが、もっと選択肢が広がるとなるとハナシは別だ。
俺の頭の中に様々な衣装が次々とわき上がっている。
「いや、そう急に言われても何の想像も出来ねぇーなぁ……」
そう、言ってるそばから。
「うぁっ!」
アイツは、メイド服姿に変化していた。
畜生、この俺めッ、変態だと思っていたが、ここまで想像力巧みな変態だったとはッ!
しかも。
靴はブラックのピンヒールッ!
足下に装備致しますは、白のフリル付きオーバーニーソックスッ!
マイクロミニのスカートは過剰なまでのボリュームで、ホワイトブリムに至ってはカチューシャというよりすでに装備といった装い。
ネコミミを連想させるプリティな作りとなっておりますよ。
これだけでもエロいってのに、今ならさらに背面には、服としては機能してないのでは。
そう思わす大胆な、影牢のヒロインを思わす開けっぴろげをご提供。
黒ベースのワンピースに、袖がパフ・スリーブになっているこのモデルは、完全に実用性を無視。
デザイン性とエロス性能のみに特化した、ものですよ、奥さんッ。
流石俺、間髪入れずにこのクオリティ、素晴らしいッ。
変態に生まれて良かったーっ!!!
「ふーん、きみ、こういうのがいいんだ……」
そんな俺を、アイツは怖い顔で見ている。
「あ、いやその。なんだ、メイドさんは心のオアシスだぞー。オアシスっても、ギャラガー兄弟の事じゃないからなー」
ぎこちなく笑う俺に、アイツは露骨にイヤな顔になっていった。
「もー、メイド服って女の子の着るもんだろっ。男のボクに着せてどーすんだっ。イヤだ、もー、スカートとかイヤだ!別のにして、別のにっ!」
裸エプロンする男が、メイド服がイヤとはこれいかに。
だがコイツは怒らせたくない。
コイツ、怒ると斧とか出すんだ。
いや、斧ならまだいい。
コイツの友達は都市伝説の妖怪が多く、下手に機嫌を損ねられてテケテケさんに足をもっていかれたらたまったものではないのだ。
「わかった、別のな。別の……とは言っても、急には思いつかないんだが……」
そう言った次の瞬間。
「きゃんっ!」
可愛い悲鳴をあげたアイツは、スクール水着姿に変化していた。
しかも女子の奴だ。
しかも旧式の奴だ。
ごめん、みんな。
俺、薄々勘付いていたけど、真性の変態だったよ。
「もぅっ、もぅっ、イヤだ。君っ、さいてー……せめて海水ぱんつだったらまだ我慢出来たのにっ、これは……あんまりだよぅ」
その場でペタンと座り込み、必死に自分の股間を隠す。
流石に、スク水だとそこが窮屈になるか……。
「そんなジロジロ見ないでッ。もー、これならさっきのメイド服の方がまだましだ、あっちにして! あっちに!」
あ、あぁ。
わかった、わかった、さっきのだな。
さっきの……。
「ぎゃんっ……あうぅあうっ!」
さっきの姿を想像しよう。
そう思っていた俺が想像したのは、全く別のモノだった。
俺の目の前には、見るからにふっさふっさで触り心地のよさそうなねこみみに、明らかにぷにっぷにで、ふにっふにのピンク色のにくきゅうを搭載したふっかふかのネコの前足後ろ足。
お尻にはすらりと長い、黒猫のしっぽが。
しっぽの先に赤いリボンまでつけて、伸びている。
衣装、ではない。
それら全ては、完全にこの少年の身体からはえているのだ。
どんな姿にも変えられる。
そう言っていたが……まさか、ネコミミモードも搭載可能だったとは、気付かなかった。
しかも。
「にゃぁぁっ、にゃぁああに、コレ。もー、君っ。コレ、服もちゃんとつくってよ、コレ。下着だけじゃないか、しかも、こんなに穴があいてたら、君から全部まるみえだよぅ」
とっさに俺の選んだ衣装は、黒ネコミミ+黒ガーターベルトだった。
ひょっとしたら、俺は病んでいるんだろうか。
「早く服、服着せて服っ!」
もういっそそのままでと、当初の目的をすっかり忘れて思い始めた俺だった。
だが、向こうが体育座りで俺から身を隠しながら、ついに斧を取り出した。
体育座りのチラリズムから、色々な浪漫が見え隠れしてしまっているのだが、うっかりこの餌にありついたらたぶん俺はあの斧で真っ二つだ。
今日の斧はいつにもまして狂気に満ちている。
映画版シャイニングの小道具としても充分通用するだろう。
「わーかった、わかったから斧しまえ、斧。な」
俺はなくなく、最初に想像したメイド姿にネコミミ搭載状態で手を打つ事にした。
「うん……不本意だけど、こっちの方がまだいいや」
尻尾のリボンが気になるのか、それを左右に振ってみたり、耳をぱたぱた動かしてみたり。
自分の身体を試すように、ネコミミの身体を動かしている。
「あぁ……しかしお前、ネコミミなんて、出せるんだな」
俺の問いかけに、アイツは大きく頷いた。
「うん、うさぎ耳も出せるよ。犬耳も、犬しっぽも。鳥の羽も出せるから、君らの言う天使みたいな格好も出来るよ」
「それだけできて、どうして女の子になる事は出来ない」
「だから、言っただろ。女の子の格好になると、ボクはベッドの下の斧男じゃなくなっちゃうから力が出なくて、消えちゃうんだよっ。僕にとって、ベッドと。武器と、男である事は譲れないアイデンティティなのっ!」
そう言いながら、ねこみみがぴくぴく動いている。
耳が動くのといっしょに、首についていた赤い首輪の鈴がちりんちりんと音をたてた。
ネコミミが良くて女が駄目ってどういう論理なんだろう、本当に。
そう思うが、また消えられてしまってはたまらない。
あんな思いをするのは……もう、沢山だ。
俺は、アイツの居なかった時の事を思い出し……自然と唇を噛んでいた。
「わかった、わかった。しかし、お前は……本当に、そういうのが似合うな」
普段、簡素な服を着ている時は、中性的だと思う程度だが、こうして女の衣服を着るとやはり可愛らしい。
中性的というよりやはり、女性的な顔立ちなのだろう。
自分が、ネコミミフェチという事を差し引いても、可愛いと言っていい外見だ。
アイツも、案外まんざらではないのか。
俺にそう言われ。
「え、え。あのさ……君は、ぼくの、こういう格好……好き?」
照れたように、聞いてくる。
「嫌いだったら最初から想像しないだろう」
「あ、そうか……でも、ぼく。その……ね、男の子だよ。男の子がこういう格好するのは……変じゃない?」
バカだなぁ。
男の子が、恥じらいながらする女装だから、いいんじゃないかッ……。
そう思ったが、ダイレクトにそう表現すると今出した斧が降ってきそうなのでやめておいた。
「……お前だからな。変じゃないさ」
一方向こうは、俺にそう言われたら、イヤな気持ちでもなかったのだろう。
少し、俯いて赤くなると。
「だ、だったら。たまに……君だけが見てくれるんなら、こういう格好してあげてもいいよ」
女装少年フラグ が入った!
「でもっ……スカートってやっぱりスカスカするから。こういうのは、たまにだよ。たーまーに」
あいつはそう念を押すが、俺としてもその方が都合がいい。
あんまりオープンで女装され、女装癖をつけられて、日常から女装姿でうろうろされるというシチュエーションを、俺は望んでいないからだ。
だってそうだろう。
オープンで女装癖があるより、たまに、恥じらいながら、俺の前だけで女の子の格好される方が……いい……だろ?
そうだろ。
そうだと言ってくれ、みんなッ!
そんな事を考え、一人ニヤニヤする俺に気付かないまま、アイツは自分の衣服を見ていた。
「それにしても、よく一瞬でこんなデザインのメイド服思いついたね、君は……もう、タケ短すぎッ。スカートふわふわしすぎッ」
そう言いながら、アイツは自分のスカートの裾をつまみ上げると、白オーバーニーソックスと、黒スカートとが生み出すコントラストの中に、肌色の彩色が加わった。
ま、まさかこれは……。
絶 対 領 域 !
通常犯される事のない神聖なる絶対領域が今俺の目の前に、無防備に晒される。
というか、コイツ、まさか……。
は い て な い ?
いや、確かに下着まで想像しなかった。
想像しなかったが……。
「あれ、どうしたの。急に黙っちゃって……」
俺が無口になったから心配になったのか。
アイツは俺の側に寄ると、わざわざ俺の上に四つん這いになってから俺の顔をのぞき込む。
ネコの格好しているからつい四つ足になってしまったのか。
メイド姿の隙間からは温かそうな胸が。
スカートとニーソの間からは、柔らかそうな足が。
布で包み隠された身体には、まだまだ未成熟な身体が眠っている。
もう、我慢する、理由が……思いつかんッ!
「むしろ俺、いままで良く我慢したッ!」
言うが早いか、俺はアイツの腕を掴むと半ば強引にその身体を抱き寄せた。
「え、えぇっ。こんな、朝からッ。そんな、ボクっ。女の子の格好のままするのは……それに、駄目だよ、カーテンも開けっ放しだし……ここじゃ、外から見られちゃうッ」
「もういいっ、見られてもいいっ、俺は気にしない!」
「ボクが気になるよっ、それに、それに。まだシャワー浴びてないしっ」
「女の子かお前はッ、現代妖怪が細かい事気にするな。いいから、もう俺に任せろッ!」
俺はそう言いながら、アイツと長めの唇を交わす。
それが、だめ押しになった。
「んもぅ、仕方ないなぁ……でも、本当……いぢわるしないで、ね」
アイツはそう言うと、俺の胸に全てを預けた。
こうなったら、もう俺の自由だろう。
だが……どうする、俺。
とりあえず、このにくきゅうを少し楽しむか。
しっぽは、どうなんだろう。やはりビンカンなのか。
ネコミミのついた相手とするのは初めてだから、流石に勝手がわからない。
だが、夢と浪漫は一杯だ。
その、やたらと詰まった浪漫を抱きながら、アイツの身体に触れようとした。
その時。
「あら、朝からおじゃまだったかしら」
聞き慣れない少女の声が、俺達の行為を止めた。
というか誰だマジで空気読め!
危うくそう叫びそうになる俺の前に居たのは、恐らくまだ10才かそこらの子供だろう。
おかっぱ頭で、赤いつなぎのスカートをはいている幼い少女だ。
だがその雰囲気は、あらゆる修羅場をくぐってきた歴戦の兵士のような威圧感さえある。
この部屋はカーテンこそ開いていたが鍵はかかっていた。
一体何処から入ってきたのだ。
いや、それ以前にこの少女の雰囲気。
ただの女の子だとは思えない。
まさか、この娘は……。
「は、は、は、花子さん先輩ッ!」
アイツは俺の腕に抱かれたまま、素っ頓狂な声をあげる。
やはり彼女は妖怪、それも有名な妖怪のようだ。
俺らの年代でその噂を知らない人間はいないだろう。
トイレのドアをたたくと出てくる少女、花子さん。
全国あちこちの学校で噂を聞く、都市伝説の。
特に現代妖怪の代名詞的存在だ。
「ふふ。久しぶりね……ベッドの下の斧男」
現代妖怪の大御所は、冷たい笑顔を浮かべる。
抱き合っていても。
しかも、片一方がネコミミメイドというコアな姿をしていても一切動揺しないあたり、流石大御所といった所か。
だが、それら一切スルーされるのは流石に寂しいモノがあるな。
特に俺なんて、最初から見えてないみたいに完全スルーされているのだが。
「えぇ、お久しぶりです。花子さん先輩。えーと、いつ以来ですか」
「前の落ち神討伐以来だから……少し前ね。あの時、貴方には世話になったわ。アメ公の噂が混じった餓鬼なんて戦力になるのなんて思っていたけど……あの時は助かったわ」
「何言ってるんですか、花子さん先輩。花子さん先輩の呪術の方が断然凄いですよ。ボクなんて、物理的な攻撃しか出来ないんですもん」
「ふふ、謙遜は罪よ。貴方は強いわ。私が認めたんですもの」
そう言いながら、彼女はアイツの身体を頭の上からつま先まで。
舐めるように見つめる。
ショタくん×ロリちゃんの構図だ。
好きな人にはたまらんシチュエーションだろう。
一方彼女は、そんな妄想逞しい俺の事をちらりと見ると。
「それにしても、彼が選んだ人間だと聞いたから、どれだけ強そうな男かと思ったらまた……随分と壊れやすそうな人間ね」
挨拶もそぞろに非道いですよ、花子さん!
でも。
俺、ちょっとマゾっ気もあるんで、ドキドキしちゃいましたよ!
トイレの花子さんといえば小学校の頃に聞いた噂だから、花子さんももう少し幼い外見をしているのかとそう思っていたのだが、いやはや。
その顔は何処か大人びていて、可愛いというより美人といった印象だ。
あと10年もすれば立派なクーデレになりそうだが、妖怪だから年齢という概念はないんだろう。
うーん。
花子さんの成長を見られないというのは悲しいが……。
それはそれでよし!
と、思ってしまう俺は心が病んでいるのだろうか……。
「もぅ、壊れやすいとか言わないでくださいっ。彼は……争い事に巻き込む予定も、巻き込むつもりもないんですから、別に屈強な狂戦士みたいな体格じゃなくてもいいんですっ。ねー」
花子さんの言葉に怒ったように反論すると、アイツは俺の手を引き寄せる。
鈴が、ちりんと音をたてて鳴った。
こういう仕草は、本当に女の子みたいだ。
その姿を見て。
花子さんはぽつりと。
「そう、微笑ましい事ね……」
と。
明らかに上から目線で言った。
微笑ましい。
その顔と裏腹に、何処か寂しげな笑顔を向けて。
「それじゃ、お邪魔のようだからそろそろ帰ろうかしら」
「えっ、もう帰るんですか、花子さん先輩。もう少しゆっくりしていっても……」
アイツの言葉に、彼女は静かに首を振る。
「今日は、遠慮しておくわ。貴方が、本来の摂理より遙かに早く復活した、と聞いたから様子を見に来ただけだし」
「そうなんですか、せっかく美味しい紅茶があるのに……」
イエローラベルだからすぐに出来るしな。
「それに、私が長居してても、そちらの彼の下半身の方が収まる訳でもないでしょう。ね」
と、そこで花子さんは俺の身体に目をやる。
その時の俺の身体は、こんな状況だというのに、布の上からでも解る程の勢で天を望むべく反り上がっていた。
「あ……なっ、何そんな汚いモン、花子さん先輩に見せてるんだよっ、君はっ!」
「き、汚いモンとか言うなっ。別に現物がポロリとしている訳じゃねーだろうが。それに、その汚いモンをほしがってんだろーが……」
その刹那。
アイツは顔を真っ赤にして、もっていた斧を振り上げた。
「な、な、な、なーに言ってンだよっ、ばかー! そ、そんな。そんなっ、そんな事、花子さん先輩が来てるのに言う事ないだろっ。 それに、だいたい、あれは君がしてみろって言うからっ……」
しまった。
確かに、自分でも少しばかり失言だったとは思う。そこは認めるし、反省もしよう。
だが……。
「うわーん、ばかー。ばかー!」
そう言いながらブンブン振り回す斧は……ちょっと。
いや、かなりヤバイ、というか、危険すぎる!
「わ、悪かった。ごめ、謝るから。マジで、ちょっとお前おちつ……」
「うぇっ、うぇっ……ばかばかばか、ばかー!」
駄目だ、とても落ち着く気配がない。
と、思っていたら……。
「もう、仕方ない子ね……」
花子さんはため息を吐くと、何やら呪文のようなモノを唱え始めた。
かと思うと。
「あうっ!」
アイツの身体が硬直し、その場にがくんと蹲る。
何があったんだ。
驚く俺を横目に、花子さんは髪を掻き上げながら言った。
「悪いけど、呪術で動きを止めたわ……このままじゃ彼、貴方をうっかり殺しかねないからね」
「じゅ、呪術ッスか」
「えぇ、私……トイレの花子さん、という存在は一種の降霊術儀式が下地にある怪談なの。だから私も自然と、呪術、儀式の分野が得意な妖怪になったという訳よ」
彼女は当たり前のようにそう言うが、うっかり殺しかけるとか。
呪術云々とか、こういった事を当たり前のようにしているあたり、やはりコイツも彼女も人間とは違う。
現代妖怪、という存在なのだろう。
うーん……。
しかしこう、うっかりパニくられて殺されそうになってしまってみると、やはり……。
人間と妖怪。
つき合っていくのは、難しいんだろうか……。
「はぅん、しびしびしてっ。う、動けないよぅ。イヤぁ、もう、すかーと……見えちゃうっ」
そう思う俺の横で、動かない手足をもぞもぞさせながら、必死にまくれ上がったスカートをなおそうとするアイツの姿が見えた。
しかし動けば動く程スカートは少しずつまくれあがり、俺からはもう、東尋坊の如き絶景が広がっている。
こ、これは……なんというか、うん。
大丈夫。
妖怪でもなんでも、全然つきあえるよ。オッケーだ。
そう思う俺を横に、花子さんは少しキツい表情をアイツに向けた。
「もう、少しは落ち着きなさいよ。思春期の人間じゃないんだから……」
「でもっ、花子さん先輩。彼、先輩にあんな恥ずかしい所をっ。それに、あんな事まで口走しって」
確かに俺は恥ずかしい所を見せた、仕方ない。
だが、恥ずかしい所は今、お前も相当見えているぞ。もうおあいこだ。
「そんなもの……別に、どうでもいいしどうも思わないわ」
「でっ、でもっ」
「その位で照れてパニくって斧振り回してたら、これから先人間と一緒に生活なんてとても出来ないわよ。そうじゃない」
「そ、そうですけどっ……」
さすが、花子さん。
見た目と違って大御所妖怪なだけあり、説教慣れしているようだ。
「もう……もっと、パートナーを大事にしなさい。貴方たちはこれから……色々、やってもらう事があるんだからね」
ん。
今、何か変な事言わなかったか。
色々、やってもらう……とか。
「貴方」
と、そこで花子さんは、俺の方に目をやる。
「名前は?」
名前。
そういえば、俺はまだ名乗っていなかった、か。
「……霧島。霧島誠一郎ですが……それが何か」
いかん、見た目小学生の女の子に敬語を使ってしまった。
だが、花子さんってなんか、見た目小学生だけど大人のオーラがびんびん伝わってきて、つい敬語になっちまうんだよなぁ。
「そう、いい名前ね」
彼女は簡単に返事をすると、髪を掻き上げ僅かに笑う。
そして動けないアイツに目をやる。
「彼には、名前はつけてあげた?」
「へっ。あ、いや……いつも、斧とかアイツとか呼んでるから……名前は。」
「人間として、貴方のパートナーとして扱うなら、何かそれっぽいのつけてあげなさい。これから、人間として生活する時に必要になるわよ。何せ彼は今……現代妖怪だけど、普通の人間に見える、特別な存在なんだからね。」
特別な存在。
といわれても、イマイチ実感がないのだが……。
「そして、特別な存在を擁すると……色々あるわよ。そう、色々と、ね」
色々と、ねぇ。
確かにそれは、ありそうな気がする。
何せ今日、噂でしか存在しなかった花子さんに会っている訳だ。
この時点でもう、充分色々あったと言えよう。
肝に銘じて置かねばなぁ。
なんて考えている俺の唇に、柔らかなものが触れる。
何何どうしたの俺の唇。
よく見れば目の前に、なんだか小さい女の子の姿が……。
「はぁっ、花子さん先輩っ。な、何しているんですかッ!」
叫ぶようなアイツの声と、目の前にある顔と、肌とで、俺は少しずつ状況を理解していく。
都市伝説妖怪の大御所が、俺の唇に、唇で触れている。
花子さんが、俺に、ちゅー。
それを理解する前に、彼女の舌が俺の中に滑り込む。
それは、少女の外見とは裏腹の魔女の舌だった。
「あふぅっ……んぅ……」
時たま漏れる吐息が、妙に艶っぽい。
目を閉じて声と舌とを受け入れれば、妖艶な魔性の女と接しているようである。
向こうから吸い付くように絡みつく腕と、唇と、わざと淫猥にたてられる音とが、俺の理性を奪っていく。
時間にしておよそ四十秒。(脳内カウントなので実際時間とは異なります)
カップラーメンを作るには短い時間だが、俺を喜ばせるには充分だ。
見た目が童女とはいえ、やはり大御所妖怪といった所か。
その唇だけでも充分な程の快感が俺の身体全体を包み込んだ。
しかし本当どうしてこんな時に、こんな濃厚なキスを交わすのだろうかこの娘は。
まさか、汚物見るみたいな目をして実は俺に一目惚れだった、とか。
そうだな、きっとそうだ。
ラブコメの主人公その大半が、美少女達を一目惚れさせる程のモテ期に突入している。
俺だってそういうモテ期があってもいい頃だ。
現状、モテている相手が妖怪だけという辺り寂しいモノがあるが。
しかもその妖怪たちも、外見年齢が○学生ばかりというのも我ながらどうかと思うが。
だが、俺はモテているならそれでいい。
いっそこの勢いのまま、こういうハーレムを作るのもいいだろう。
むしろ、作ろう、こういうハーレムを。
俺の脳内でそんな妄想を構築しはじめたその時。
花子さんは、俺と唇を交わしたのと同じ唇で、妖艶に笑うとポンと肩を叩いて見せた。
「ま、これからは彼と頑張りなさいね」
「は……」
「今のは、彼をお願いしますの、挨拶のキスよ」
なんてこった!
あ、あ、挨拶であのレベル。
挨拶であのレベルなら、実戦はいったいどれだけっ……。
「は、は、花子さーんっ、す、す、好きだー!」
理性が飛んだ俺は、思わずそう言い飛び跳ねる。
その瞬間。
「……甘い」
花子さんのカウンターが、俺のボディを直撃した。
一寸違わぬ鳩尾への攻撃は、ただの一撃で俺の行動力を奪う。
「あ、あ、あ……」
のたうち回る俺に、花子さんは冷笑を浴びせた。
「もう、分かりやすい男だけど……貴方、苦労しそうね」
「うぅ、ボクもそう思いますぅ……。」
「でも……少しだけ、面白そうなオトコ……ふふ、これから一緒に戦える日を、楽しみにしているわよ」
その言葉を最後に、トイレの花子さんはその姿を消す。
妖怪ってのは神出鬼没だが、彼女もその例外ではないのだろう。
のたうち回りながら、去りゆく花子さんの背中を見送る俺の身体に、すぐにアイツが抱きついてきた。
どうやら彼女が去ったと同時に、呪術とやらは解けたらしい。
「大丈夫、イッくん。しっかりしてっ……」
普段は俺の事をキミ、と。他人行儀に呼ぶアイツだが、恋愛ゲージがマックスに入っている時には俺の事を「イッくん」と呼ぶ。
こう呼ばれている、という事は本気で心配されているんだろう。
「あ、あぁ。大丈夫……」
「そ、そう。良かった……ご、ごめんね、イッくん。ぼく、つい、制御出来なくてあんな大暴れして……」
もう、そんな事ささいな事だ。
今はただ、みぞおちが痛い。
「あぁ、ま、それはいい。もう……」
「でも、ぼく。間違ったら、イッ君の臓物ブチまけちゃってたかもしんないのに……」
その点は、俺の不注意でもあるし。
何より、妖怪であるアイツとつき合うと決めた時点で有る程度覚悟している事だ。
謝る事ではないんだが……。
「だからもう、いいって。な……」
俺はアイツの身体に触れて、その髪に優しく唇を触れる。
こうしないと、アイツが謝るのをやめないと思ったからだ。
アイツはその唇を受け入れ、俺に優しい笑顔を向けた。
と、思ったら。
「それは、それとして。さぁ……どうしてあんなに簡単に、他の女に唇を許すかなぁ、君は」
俺の背骨がミシっと、音をたてる。
「え、あ。あれ、そ、そ、それは、その。お前アレだろ、見てただろ不可抗力だって。突然向こうが出てきて……」
「不可抗力なら唇を許すのかい。ボクが見ている前で。ボクは君にとってその程度の存在なの。アレを見たらボクがイヤだっていうの、解るでしょう。許せないっ、許せない許せない許せないッ!」
俺の背骨が、アバラが、さらにミシミシと音をたてる。
こいつ……見た目ちびっ子だけど妖怪なだけある。
バトルアクスみたいな大斧も片手で振り回して見せるから、てっきりコイツには重力や筋力という概念がないのだと思っていたが、実際相当な馬力が出るらしい。
俺を締め上げる腕の力は万力を思わす。
「うぁ、っぁのな、だから……その、謝るから……お前だけだから……俺は、お前だけで、浮気とかないから、マジで……」
死という単語が脳裏によぎる。
なんとか場を静めないと、そう思い口にした言葉だったが。
「謝るって事は、少しは疚しい気持ちがあったんだなッ!」
腕をしめつける力が20%程アップする。
俺の言葉は、完全に逆効果だった。
コイツ、基本デレデレの甘えキャラだと思っていたんだが……ジャンル的には、むしろヤンデレだな……。
遠のく意識の中で、俺は漠然と考えた。
コイツが居る限り、ハーレムエンドは諦めよう。
と……。