>> 非道い男。






 時計はあと僅かで日付が変わることを告げようとしていた。


 「まったく……とんだ残業になっちまったな」


 更衣室で一人、密かに愚痴をこぼしながら高野は一度溜め息をつく。
 残業の最中、他の部署から思わぬ仕事をねじ込まれ、それに思った以上に時間がかかってしまったのだ。

 今日、やろうと思っていた残りの段取りはほとんど手をつけられなかった。
 明日からは本気で取りかからないと、後々響いてくるだろうな……。

 漠然とそんな事を考えながらワイシャツに手をかけたその時、高野はようやく首もとにある違和感に気が付いた。


 「ん……?」


 着替えようと思って首もとに手をかけるが、ネクタイがない。

 ……いつの間に外したのだろうか。
 仕事場ではスーツでいるより制服、それもほとんど作業着でいる事が多い自分ではあるが、それでもネクタイまで外す事はないのだが……。


 「……あっ! しまった、そうだ、俺は……クソ、何やってんだ全く!」


 いつ、どこでネクタイを外したのか。
 目を閉じ僅かに回想し、思い至った事実は高野を激しく動揺させた。


 「くそ……待ってろ、知樹っ……」


 そして高野は全速力で、社内へと戻っていった。

 高野が何処にネクタイを忘れたのか。
 何故こんなにも慌てているのか。

 全ての発端は、今日の昼に遡る。




 そう、その日の昼休み。
 高野はいつものように、奥村から昼食に誘われフロアに残って彼と弁当をつついていた。


 「せんぱいっ、ほら、あーんしてくださいよ。あーん」


 顔一杯に笑顔をつくって、奥村は箸を差し出す。
 その先端には、わざわざタコの形に作られたソーセージがちょこんとつままれている。


 「……やめろ、知樹。仮にも社内だぞ、誰かに見られたらどうするつもりだ」


 昼休みになれば、相変わらずフロアに残っている人間は誰もいなくなっていた。
 いつも皆、休み時間ぎりぎりまで戻ってくる事はない。

 誰かに見られる心配はないのだろが……それでも高野は、社内で恋人と甘える事に慣れる事が出来ないでいた。
 対面し、お弁当を食べさせてもらうなんて浮かれた事をする歳でもなかったし、自分にはそういう甘え方は似合わないと思っていたからだ。


 「大丈夫ですよ、誰も見てませんし。見ていたって誤魔化せますよ、キスしてる訳じゃないんですから……という訳で、はい先輩。あーん」


 だけど奥村は諦める様子も見せず、さらに身を乗り出して、タコのウィンナーを口元まで運ぶ。

 ……恥ずかしいが、奥村の性格だとやるまでこうしているのだろう。
 高野はしぶしぶ口を開けると、ウィンナーを頬張った。


 「あ、食べた……えーっと、どうっすか、今日のお味は?」
 「……ん、うまい」

 「でしょー、いや、実際は油でちょっと炒めるだけのウィンナーですけど、俺の愛情こもってますから! ……じゃ、次は俺の番。俺に、あーんってやってくださいよ、先輩。はい」


 奥村は無邪気に笑って、高野の方へ箸を差し出す。


 「あーん……って、そんな事出来るか、恥ずかしい! ……大体俺は、今まで付き合った相手にもそんな事してないぞ?」
 「いいじゃないッスか、じゃ、俺が初めてという事で……はい、お願いしまーっす」


 この笑顔。
 まるで高野が赤面するのを見て楽しんでいるようである。

 いや、実際楽しんでいるのだろう。
 奥村にはこうして人が困る姿を見て楽しむ、小悪魔的な所が多かった。


 「まったく、仕方ない奴だな……後で覚えておけよ、この借りは必ずかえすからな?」
 「えー、何すかそれ? お仕置きって奴ですか」

 「そうだ、後で見てろ」
 「あはは、そういって先輩優しいからきっと忘れちゃうんスよ……いいですよ、先輩。先輩のお仕置きだったら、俺何でもやりますから」


 高野は半ば諦めながら、卵焼きを一つ奥村へと食べさせてやる。
 不格好でやや甘めの卵焼きを幸せそうに食べる姿を、高野はぼんやりと眺めていた。




 そんな憩いの時はすぐに終わり、仕事に追われ時は瞬く間に過ぎ去っていく。
 仕事が一段落し、一息つこうと休憩室でコーヒーを買う頃、時刻はもう21時に迫ろうとしていた。


 「しまった……思った以上に遅くなっていたな……」


 今朝方、上役から「最近は残業が多い」云々と小言をもらった矢先にこれでは仕方ない。

 仕事も……。
 まだ片づけたい案件はいくつかあるものの、区切りはよくなった。

 細かい部分は、後は自分でやるとして……せめて部下たちだけでも帰宅させるべきだろう。


 「……そろそろいい時間だ。みんなもきりが良くなったらあがってくれ」


 休憩室から戻るなり響く高野の声で、幾人かから安堵の息がもれる音が聞こえた。
 まだ週の頭だというのに、何時終わるのかわからない仕事にうんざりしていたのだろう。

 ……もう少し早く切り上げるよう声をかけるべきなのだろうが、高野は集中するとどうにも時間が気にならなくなる性格なのだ。

 高野の業務終了宣言を皮切りに、一人、二人とパソコンを落とし席を立つ。
 帰宅準備をする部下の一人に、奥村の姿も交じっていた。

 仲間たちと笑いあい、家へと戻ろうとする安堵の表情。
 無防備なその笑顔が自分の元から離れてしまう……そう考えると急にこの場に残るのが寂しく思えたから。


 「いや……まて、奥村。オマエには、少し頼みたい事がある」


 だから高野は奥村を呼び止める。
 傍にいてほしい、そう思ったからだが……奥村はそんな高野の気も知らず、露骨に頬を膨らますと「ぶぅ」と一度音をたてて抗議した。


 「えぇっ、何で俺だけ……ちょ、俺、昨日かったジャソプもまだ全部読んでないから、今日こそはって思ってたんですけど……」
 「いいだろ、時間はとらせない。少し頼む」


 本当は、傍にいてほしいからなのだが……。
 そんな歯の浮くような台詞を口にするのは慣れていない高野は、軽く小突くマネをして本心を隠す。


 「おい、オマエは仕事よりジャソプが大事なのか?」
 「大事ッス!」

 「正直すぎるだろうが……そういう所は嫌いじゃないがな。何、心配するな、明日使う資料を2,3取りに行きたいだけだ、いいから付き合ってくれ」
 「えー、10分くらいで終わります?」

 「それはオマエ次第だ……頼めるな?」
 「断っても、上司命令は絶対じゃないっすか……はいはい、わかりました。お付き合いしますよ」


 イヤだと口に出しても、上司である高野の命令とあらば断る訳にはいかない。
 奥村はしぶしぶ、といった様子で、帰りの準備をしかけた鞄を机の下に放り込んだ。

 去り際に奥村だけを誘い出すというのは少々露骨すぎるかと心配したが、周囲から奥村へと向けられる視線は同情のそればかりだった。

 資料集めという雑務は元々、新人である奥村の担当でもある。
 高野が奥村を指名した意図など勘ぐる連中も居なかったのだろう。


 「お疲れさま、それじゃ、高野主任、奥村、お先に!」


 次々と退社していく仲間たちを、奥村は恨めしげに見送り、全員無事に帰ったのを見届けてから奥村は「よし!」と自分を鼓舞する。


 「じゃ、とっとと終わらせて、俺たちも早く帰りましょう高野主任。えーと、資料室ッスよね」
 「そうだ」

 「よし、5分で! いや、3分で探しますよー!」


 奥村はそう息巻くと、高野の手を引いてぐんぐん歩き出した。
 資料室は普段高野たちのいるフロアの一階下、比較的離れた場所にあるため元々滅多に人がこない場所なのだが、今日は就業時間が過ぎている事もあり普段以上に静まりかえっていた。


 「それで、先輩。欲しい資料ってのは何なんですか?」
 「そうだな……このパーツの記録がのっている資料が欲しいんだが……」


 あれ、これと指示を出す高野の言葉にそって、奥村は右へ左へとぱたぱた動く。

 ……資料室の灯りは乏しく、薄暗い蛍光灯がテラテラと鈍く点滅する。
 その下で、奥村の肌がぼんやりと浮かび上がって見えた。

 薄明かりは人の悪い部分を見えにくくし、普段より艶めかしい姿に見せる等とはよくいうが……。
 暗がりの下で見る奥村の姿は普段のあどけなさを残しながら、何処か憂いげに見える。


 「……知樹」


 ただ、傍にいてほしいと思って呼び止めただけだが……。
 高野の中にある熱っぽい感情が、ふつふつと音をたて強くなるのがわかる。

 ……就業時間は過ぎている。
 それに、昼の仕返しもしたい。多少羽目を外してもいいだろう……。

 内心で言い訳をしながら、資料集めの最中にある恋人の身体を後ろから抱いた。


 「あっ……な、なぁ、何するんすか、高野さ……正義さん?」
 「いいだろ、もう時間外だ……」


 その腕で奥村の体温を感じながら、野暮ったい作業服に手をかける。


 「ちょっ、まってくださいよ正義さっ……だめだめだめ、仕事場ですよここ……」
 「何言ってるんだ、前も一回ここでしてるだろ……大丈夫だ、鍵ならかけてある」

 「でも、仕事っ……」
 「業務時間外だ……心配するな、なに、昼の仕返しだ……いやだとは言わせないからな」

 「もぅ……仕方ないッスね……」


 奥村は呆れながらも、高野の唇を受け入れる。
 ジィッと音をたてる蛍光灯の下、互い絡み合う口付けが暫く続いた。


 「正義さぁん……おれ、どうします? 何してほしいですか……?」


 制服を脱がせれば、はだけたワイシャツの下からすっかり突起した奥村の胸元が覗く。
 奥村自身も、早く触れて欲しいのだろう。
 その身体が自分を求めているという事は、服の上からも見てとれた。

 ……自分だって早くこの身体が欲しい。
 溶ける程に甘えさせて、恐らく今は高野しか聴く事の出来ない奥村の、絡みつくような喘ぎ声を聞きたいと思う。

 だが、だからこそ今はガマンする事にした。
 ガマンしなければ、昼の「仕返し」にならない、そう思ったからだ。


 「そうだな……ちょっと、ガマンしてもらう」
 「えっ? がまん……って、何を……」

 「後ろ向け、腕を出せ知樹」
 「えっ? えっ……と、こうですか? 正義さ……」


 何をされるのかわからないといった表情で、奥村は素直に後ろ手を向ける。
 高野は自らのネクタイを外すと、そんな奥村の両手を手早く縛りその自由を奪う。


 「ちょっ、なにするんですか正義さ……痛い痛い、痛いですよぉ……俺、ちょ、こういうプレイした事なぁっ……だめだめ、いやですよ、俺ぇ……」
 「いいだろ、俺と初めてしろ……よし」


 学生時代、ミステリ系の映像を手掛けた時、魅せるように縛る技術を少々囓った事があるのだが、まさかそれが今になって役に立つとは思わなかった。
 過去の知識を反芻させ、記憶通りに縛ってやれば、これなら痛みを得る事はないが簡単に解ける事もない。

 身体にも優しく見栄えもいい縛り方だ。
 上々のできに満足する高野とは裏腹に、奥村はやや不服そうに頬を膨らませる。


 「もー、何すか先輩これっ……俺、マジで恥ずかしい……」
 「いいだろう、いい見栄えだぞ、知樹」

 「俺は最悪ッスよ! ……それに、何でこんな縛るの上手いんすか?」
 「……それは、企業秘密だ。さて、と」


 と、そこで今度は、奥村の解けたネクタイを手に取る。


 「あ、それ俺のネクタイ……何するんすか、先輩、おれ……」


 そして、慌てる奥村を横目に高野は手早くネクタイで目隠しを誂えた。


 「ちょ、正義さっ……やめてください! これ、悪のりしすぎ……」


 目隠しをされたまま、腕を縛り上げた奥村を資料室の安い机に座らせる……。

 いやだ、と言いつつ高ぶるものがあるのだろう。
 その肌はしっとりと汗ばんでいた。


 「悪のり、悪のりと言ってるが……その悪のりに、随分と反応しているようだな?」
 「ふぁっ!?」


 薄明かりの中、首筋に舌を走らせ指先で胸元をまさぐれば、奥村の身体は敏感な反応を見せる。


 「やぁっ、やめてくださいよ、正義さんっ、おれ、ちょっ……ちょっと、こわい……」


 怖いのは、事実だろう。
 だがやめて欲しいというのは、嘘だ。

 視界を奪われ、聴覚が。触覚が。いつもより鋭敏になっているのだろう。
 触れられた反応は普段より激しく、高ぶる身体はいつもより熱っぽい事を高野は見逃さなかった。


 「やめて、と言うわりに、身体は随分元気だぞー。なぁ、知樹」
 「こ、れはっ……違いますよぉ、おれ、ちょっと溜まってるから……」

 「休みにしてやっただけじゃ、物足りなかったか?」
 「あ。べ、別にそういう訳じゃないんすけど……そのっ……」

 「……楽しんでるみたいだから、もう少しだけこの遊戯を続けるとするか」


 目隠しをしたまま、ベルトに手をかける。


 「あっ、あっ。や、やめてください。正義さっ、おれ……」


 抗議をするが、腕の自由は奪っている。
 それに、いやだというが本心から嫌がってはいないのだろう。僅かな抵抗をするだけで、普段は隠された奥村の身体が薄明かりの下露わになった。


 「も、もー、何するんすか、正義さぁっ……俺、マジではずかしい……」
 「いや、なかなかにいい眺めだぞ、知樹」

 「いい眺めじゃないっすよ……何すか、正義さん。こういう事するの好きだったとか……変態」
 「仕置きで、何でもするって言ったのはオマエだからな。さて、と……」


 それから、高野は甘えさせるように、慈しむように、奥村を慰めるようなキスをする。
 溶けるような舌が身体に滑り、指先が敏感な部分ばかりをせめたてれば。


 「ふあっ、だっ、だめです、正義さぁっ……俺、何かいつもより……すげぇ、興奮する……」


 甘い声とともに、奥村の生意気な口から本音の言葉がもれる。
 このまま楽にしてやってもいいが……だがそれだけだと「仕返し」にはならないだろう。

 高野の心にはいつもより強い悪戯心が芽生えていた。


 「よし、ここまでだ」


 不意にそう告げ、奥村の身体から離れる。
 目隠しをしているからわからないが、恐らく奥村は不安そうに潤んだ目でこちらを見ているのだろう。


 「えぇっ、どうしたんすか正義さん。おれ……」
 「いや、何もしない。が……このまま素直にしてやったんじゃ、昼の仕返しにはならないだろうからな」

 「そんなぁ……正義さぁん、おれゴメンナサイしますから。そんなにいやだったら、もうやらないって誓います。だから、だから……」
 「駄目だ」


 高野はそう言いながら、後ろ手で鍵を開ける。
 鍵が開く音で高野が、大分離れた事に気付いたんだろう。


 「ちょ、どこに行くんですか正義さんっ、おれ……まって、せめてズボンはかせてくださっ……」
 「……心配するな、5分で戻る。だが……5分だけ、そこにいろよ?」

 「ちょっと、何いってるんですか正義さぁっ……正義さぁん!」


 悲痛にも思える奥村の声を閉ざすようにドアを閉め、腕時計を確認しようとする。
 だが見た腕には、時計がつけられていなかった。

 そういえば、腕時計は奥村の家に忘れてそのまま起きっぱなしだったのを思い出す。

 時計はどこかにないかと探すが、ここは他部署のフロアだ。
 余所の部署である自分が、ウロウロしていたら怪しまれるか……。


 「そういえば、フロアに携帯電話があったな。あれで時計をみるか」


 時計がなくとも、フロアにいって戻ってくるくらいで充分な仕返しにはなるだろう。
 そんな事を思いながら、自分の持ち場に戻った高野を出迎えたのは今にも泣き出しそうな同僚の顔だった。


 「あぁっ、まだ居たのか高野! よかったぁ……」


 そう言いながら飛びついてきたのは。冬木という。
 高野とは同期入社の同い年で、研修やら何やらでやたらと顔を合わせる事が多い相手だ。

 仕事的にも似通ったモノをやっている為、やりとりする事も多い。


 「あぁ、冬木か。どうした、こんな時間に……」
 「……どうしたも何もないんだ、とにかく……すぐ、来て、手をかしてくれ! 悪い!」

 「なぁっ……ちょ、まて! わかった、せめて事情を……」
 「事情は、歩きながら話す!」


 結局そのまま、半ば強引に冬木に連れられ、冬木のチームでおこったトラブル……。
 その大半に巻き込まれる形でずるずると残業をし、すっかり遅くなってしまったのだ。

 ……奥村を資料室に残したままで。




 長い廊下を走り抜けた後、高野はやっと資料室へと到着する。
 肩で呼吸を整えながら、重い鉄の扉を眺めた。

 見た所、誰も開けたような形跡はないが……。


 「……悪い、知樹! 大丈夫か?」


 ほんの5分のつもりが、思わぬ長丁場になってしまった。
 ほとんど裸のまま放置されていた奥村は、最後に見た姿とほとんどかわらない姿でいた。(最も、腕の自由も奪っている上視界も不自由な職場であまり動く訳にもいかなかったのだろうが)


 「正義さぁっ……正義さん、戻ってきたっ……」


 戻った高野の声をきき、奥村は喜びと不安とが入り交じった震え声を出す。


 「ああ……悪かった、すっかり遅くなってしまって……いや、言い訳はしない。すまん」


 高野はただ、謝ると目隠し代わりにしていたネクタイをほどいてやる。

 不安と心細さが限界まで達していたのだろう。
 そのネクタイには、じっとりと涙の色が滲んでいた。


 「正義さぁっ……正義さん、正義さぁん、正義さぁっ……うぅ、ぅっ……」


 詰られるかと思ったが。
 目隠しをほどくと、奥村はただ高野の身体に縋りつき、零れる涙をその胸元で拭いた。


 「……すまん」


 震える身体を熱く抱き、その頭を優しく撫でる。
 5分といったのに長い時間、裸同然の格好で、人気のない場所とはいえ、鍵もかけないまま放置してしまったのだ。

 もう、いくら謝っても済まないだろう。
 また、いくら罵倒されても仕方ないと思っていたのだが。


 「正義さぁん、正義さん、正義さぁん……もぅ、おれ……正義さんが来たら、一杯文句いってやろうって思ってたのに。アレとか、コレとか、言いたい事いーっぱいあったのに。正義さんの顔みたら、すげー安心しちゃって、あー、ちゃんと忘れないできてくれたんだって思ったら、おれ、それで嬉しくて……もー、全部どーでもよくなっちゃったとか。ばかみてぇ……」


 奥村の不安そうな泣き顔に少しずつ赤味が戻り、幸せそうな笑顔へとかわる。

 奥村は、こんな自分でも受け入れてくれるというのだ。
 こんなに非道い男でも……。


 「知樹……」


 高野は涙を唇で拭うと、彼を安心させるためにとびっきり暖かなキスをする。
 そのキスで、もうすっかり平穏を取り戻した奥村は、甘えるように絡みついてきた。

 奥村の髪がふわりと揺れ、彼のにおいが鼻孔を擽る。
 数時間、その場に放置されていた奥村の身体は不安も大きかったがその分高ぶるきもちも大きかったのだろう。

 しっとりと汗ばんだ身体が、いつもより艶めかしく見える……。


 「知樹、続きをしてやろうか?」
 「えっ……なぁっ、何いってるんすか! 駄目ですよ、だーめ! ……俺、もー何だか疲れちゃったんですよ。ずーっとここにいて、人がいつくるかヒヤヒヤして、神経すりへっちゃったんで。やるんなら、せめてお家かえってからにしましょ。おれ、安心出来る場所でやりたいんですよ」

 「俺の傍は、安心できないか?」
 「えっ?」
 「……出来ないか」


 あまり乗り気ではなさそうな奥村だったが、高野の目を見て、本気で求めているのを察したのだろう。


 「もぅ、仕方ないなぁ……いいっすよ、でも、今度は置いていったりしちゃいやですからね?」
 「あぁ……」

 「……優しくしてくれないと、駄目ですよ?」
 「勿論だ」


 言葉で約束をしながら、奥村の縛めをほどけば奥村もまた自由になった手で包み込むように高野を抱きしめる。
 全ては蛍光灯は鈍い光りと音とを室内にもたらす中での事だった。






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