>> にくまん日和
いつもの日。いつもの帰り道。
いつものように通学路を外れた俺たちは、駅前にあるゲームセンターに立ち寄っていた。
「あー、くっそー、相変わらず強いなっ、オマエは」
対戦台に並ぶのはクラスメイトのアイツだ。
勉強でも、スポーツでも……取り分け目立った所がないヤツなんだが、いつも俺より先にいっている。
いや、ルックスやファッションで俺も負けているつもりはないんだが……。
いつもアイツの回りには、人が集まっていた。
いつもアイツが注目の的になっていた。
俺は何とかしてアイツに勝てないかと思い、ゲームならと思ってゲーセンに誘ってみたのだが……。
「何だ、もう終わりかい。上杉」
今の所、俺の5連敗。
もう少し、って所で勝てないまま、時間だけが過ぎていた。
「何だよ、オマエ。ゲームまで強いとか、聞いてねーぞ」
思わず文句を零す俺に、あいつは穏やかな笑みを浮かべる。
「うん、別に聞かれてなかったから言ってなかったよね。このゲーム、家にあってさ。結構やりこんでるんだ」
……どうやらコイツ、思ったよりゲーマーらしい。
とはいえ、俺だってゲーム好きの端くれだ。負けっ放しというのは悔しい、せめて一回くらい。何でもいいから勝ちたいんだが……。
「ん、どうした上杉。まさか……もう対戦、諦めワケじゃないよね?」
「ばっ……誰が諦めるかよ! 今日は、勝つまでやるからな。オレ様の本気、見てろよっ……」
「あはは……じゃ、上杉が本気になるよう、次の勝負には罰ゲームでも入れてみるってのはどうかな?」
「罰ゲーム……たはは、面白いじゃねーか。よし、のった!」
「うん、それでこそ上杉だ……そうだな、次の勝負でもし俺が勝ったら、一週間昼ごはんをおごる。ってのはどうだ」
「う、なっ……」
俺はそんなに、小遣いが多い方じゃない。
それじゃなくてもこの前、マークとのカケに負けて1000円支払わされたばかりなのだ。
なかなかキツい条件な気がするが……。
「だ、だったらオレ様が勝ったらどーするんだよっ……」
アイツの方が、ゲームがうまい。
それはもう分かっているのだ。同じ条件で勝負するなら、少しハンデがないと辛いというのが本音だが……。
「上杉が勝ったら? そうだな……」
アイツは少しだけ考えるような仕草を見せると、すぐに何か思いついたような顔を俺に向けた。
「もし、上杉が勝ったら何でも言う事聞いてあげてもいいよ?」
「何でも?」
「一週間メシを奢るでもいいし、カラオケに行くでも、皆の前で歌うとかそういう恥ずかしい罰でもいい……どう、やりがい出たかな?」
よっぽど俺に勝つ自信があるのだろう。
確かにアイツは強い、マトモにやったら俺が負ける可能性の方が高いのだ。
これくらい大きく出てもいいのかもしれないが……ここまで言われると、何としても勝ってやりたくなる。
だが、どうしたら……。
と、その時俺の目にまだ真新しい筐体が入ってきた。
ロケテ中のモノだろうか……見た事もないタイトルのゲームだ。
これなら……。
「よっしゃ、わかった。受けてたつぜ。そのかわり……勝負は、このゲームじゃない。あのゲームにしようぜ!」
俺は勢いよく、ロケテ中の筐体を指し示す。
「あのゲーム? ……何だよ、見た事もないゲームじゃないか。やった事あるの、上杉?」
「いんや、無い。オマエは?」
「……無いよ。初めて見るゲームだって言っただろ」
「だったらアレで勝負だ! ……お互い初めて触るゲームなら、どっちも同じ状態でプレイ出来るからな」
「そんな……上杉、それはズルくないかい」
「うっさいての、おれ様、どのゲームで勝負するかとかは言ってないからなー。よし、行くぜ!」
アイツは俺のワガママに付き合う形で、ロケテが始まったばかりのゲームその前に立つ。
見たこともないSTGだ。
弾幕タイプのSTGは俺もあまりやらないが……。
「うわっ、しかも弾幕STGか……参ったなぁ……」
ゲーム画面を見るなり、アイツは深い溜め息をつく。
どうやら俺以上に、アイツはSTGが苦手らしい。これなら、勝機が見えるのではないか……。
「よっし、まずは俺様からな!」
ワンコインを投入し、ゲームを始める。
どうやらこのゲームは二人プレイ可能のようで、勝負はスコアの高い方で決める事とした。
結果は……。
「よっしゃぁぁぁ、やっと勝ったぁぁぁ!」
俺が1万点以上の大差をつけて圧勝した。
「はぁ……まいった、負けだよ負け」
「何だ、負けを認めるのか? ウシシシシシ……」
「どういう勝負でも、負けは負け。約束は約束だからね、さぁ……どうする、上杉? 何か、頼みたい事とか。やらせたい事とか、ある?」
アイツにそう聞かれて、俺はアレコレ考える。
ここまで屈辱も受けている、思いっきり恥ずかしい事をさせるのも面白いかもしれない。
それとも、一ヶ月くらいメシを奢ってもらおうか。
小遣いが少なく、食費を切りつめてゲーセンに通っている俺にはそれも有り難い。
それとも……。
考えながら、アイツの横顔を眺める。
耳に鈍い銀色のピアスがつけられているその横顔は、相変わらず整っていた。
カッコイイな。
ふと、そんな事を思う。
今はクラスメイトだからこうして並んで馬鹿やってくれるけど、もし卒業したら。
お互い忙しくなったら、もう俺とこんな風に馬鹿騒ぎはしてくれないんじゃないか、不意にそんな不安に狩られる。
俺は、出来れば一緒に居たい。
卒業しても馬鹿騒ぎしながら遊んで、お互い肩組みあって笑って、一緒にメシ食ったりして……。
そういう日々を過ごしていたいと思う。
だけどアイツはどうなんだろう、アイツは……もし卒業したら、別の場所で別の仲間が出来たら、もう俺の事忘れちまうんじゃないか……。
「うーん……ここはうるさいなぁ。とりあえず、一回ゲーセン出ようか、上杉」
「えっ。あ、あぁ……」
アイツに促されるままゲーセンから出て、足は自然とコンビニへと向かう。
ゲーセンの後、コンビニに向かい肉まんやらコーラやら買って、それを食べながらダラダラ語り合うのが最近の日課になっていた。
最近はそう、ゲームして買い食いしてお互いの家に行ったりもして。
そういう生活が当たり前になっている。
でも、これからずっとそういう生活が出来るというワケでもないだろう。
俺たちも卒業する。そうしたら、きっと離ればなれだ。
いやだ、離れたくないと思う。
だったらいっそ「離れないでいてくれ」って頼んでしまおうか……。
いや、そういうのを求めてるんじゃない。
俺は、ただ友達でいたいワケじゃない。
俺はもっと深く、もっとアイツの近くにいたいんだ。あいつの……。
「……キスして、くんないかな。なんて」
無意識に、言葉が零れていた。
その、自分の言葉に驚いて俺は思わず顔をあげる。
何言ってんだ俺、こんな所で。
俺の隣を、同じ制服を着た生徒が駆け抜けていった。
こんな所で、何頼んでるんだ俺は、何を……。
「ん、上杉? 何かいったかい?」
幸い俺の声は、アイツの所まで届いてはいなかった。
だったら真実を告げる事はない、このまま誤魔化して終わらせよう。
「えっ。いやいや、その。えーっと……そう、肉まん! 今日は肉まん、おごってくれよ。それで許してやるからなっ」
「肉まん? ……いいのかい、そんな事で」
「え!? ……いやいや、ほら。今回かったのは俺様が無理に別のゲームにしたからだからな! 俺様だって、フェアーじゃないのはわかっている! だから、これくらいの罰で許してやるんだよ。俺様、大人だからな! だははははは」
何とかうまく誤魔化せてのか。
アイツは「あ、そう」と淡泊に呟くと、コンビニで俺の肉まんと、コーラを買ってきてくれた。
「はい、これ上杉の分」
「おお、サンキュな」
受け取った肉まんは温かいが、俺は何処か寂しさを覚えていた。
……何で誤魔化したんだろうな、俺は。
素直に伝えていれば、こんな後悔しなくてすんだのに……。
「なぁ、上杉」
肉まんには手をつけず、暫く考え事をしていた俺を、不意にあいつが呼び止めた。
かと思うと、柔らかな感触が唇に触れる。
目の前には、あいつの顔が。
頬にはあいつの呼吸が触れる。
キス、されているんだ。
それに気付いた時、俺は反射的に身体を離して唇を拭っていた。
「なぁっ、何するんだよおまっ……こ、こんな所で……」
コンビニの物陰とはいえ、今は下校している生徒も多い。
誰かに見られたのじゃないか、そう思い周囲をうかがう俺をよそに、アイツはクスクス笑って言った。
「だって、本当はこうして欲しかったんだろう、秀彦?」
「ち、ち、ちがっ、俺様はなぁっ……」
「聞こえてたよ」
アイツの言葉に、俺は耳まで赤くなる。
何だよ……最初から聞こえてたくせに、聞こえなかったフリをするとか、ホント、こいつはズルイ。
ズルイヤツだけど……。
「肉まん、美味しいよね?」
暖かな肉まんを食べながら笑うアイツを横に、俺は黙って頷いた。
アイツはちょっと大人びていて、それでいてすぐに俺をからかう、ズルイヤツだけど。
きっと、ずっと俺の傍にいてくれる。
根拠はないが、そんな気がしたから、俺はそれだけで今は充分幸せだった。