>> アツロウたんに看病されるよ!
昨晩より出た悪夢のような高熱にうなされながら、俺は毛布にくるまり横になっていた。
先日、アツロウが風邪をひいた時……。
せがまれるがままに、安易に唇を重ねたものだから風邪が移るかも知れないという懸念はしていたが、まさか本当に熱が出るとは……。
風邪薬を飲んだがまだ朦朧とする意識を微睡みに委ねながら、熱が下がるのをただじっと待つ。
高熱が出ているとはいえ、子供の身体ではないのだ。
こうして安静にしていれば、明日か明後日には元の身体に戻るだろう……。
そうしてベッドに横たわっていた俺の耳に、聞き慣れた少年の声が入ったのは夕暮れにほど近い頃だったろう。
「せんぱい! ちわーッス」
快活な声を響かせ部屋に入ってきたのは、見知ったアツロウの顔になる。
つい先日まで、布団にくるまり風邪と闘っていた少年の弱々しい印象はもうなりを潜めている。
元気になったのだろう……。
「何だ……アツロウか。何の用だ……」
まだふらつきの残る頭を抑えながら起きあがると、アツロウは屈託のない笑顔を向ける。
「何の用って……見舞いっすよ、みーまーい。先輩が熱出して倒れたっていうから」
「……そうか」
俺が熱を出したのは昨日の事だ。
すぐ治るだろうし、心配させてはいけないと黙っていたのだが、一体どうしてそれを知ったのだろうか……。
「あ、ナオヤさんに聞いたんですよ。ナオヤさんが、病院に行く先輩を見たって言うから……ひょっとしたら、俺の風邪移っちゃったのかなぁって思って……」
俺の疑問を察したかのように、アツロウは自らが今ここにいる理由を語った。
知り合いには会わなかった、と思ったがどうやらナオヤに見られていたらしい……ナオヤの奴も気付いたなら声をかけてくれればいいものだが、俺はそんなに声がかけられない程具合が悪そうに見えたのだろうか……。
「もう、先輩も非道いっすよ。風邪ひいたなら、俺に一声かけてくれればいいじゃないっすか……俺、ナオヤさんからそれ聞いて……ホント、ビックリしたんすからね」
「スマンな……大した事ないと思って。いや、だがそれはお互い様だぞアツロウ。俺だってお前が風邪ひいた事はナオヤから聞かされて泡食ったんだからな」
「だって、アレは……俺、先輩に心配させちゃいけないかなって……どうせ、すぐ治るから……」
「それは、俺も同じだ……だから、それはもう言わない約束にしようぜ?」
「あ……はい、そうっすね……」
アツロウは俺の傍らに座ると、申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「すいません……先輩」
「ん、何がだよ……何度も言わすな、だからこれはもう言わない約束だろ」
「そうじゃなくて! ……先輩の風邪、それ俺の風邪ですよね。移しちゃったみたいで、悪いなぁって。だから……」
「ははッ……そんなの気にするなって……お前の風邪なんて屁でもねぇさ」
「でも……」
「それとも何だ、アツロウ……この風邪、またお前が持っていってくれるってのか?」
「えっ!?」
俺の言葉の意味がすぐには分からなかったのだろう。
アツロウが驚きながら俺の顔をのぞき込んできたから、俺は静かに唇をなぞる。
「……もう、何言ってるんすか先輩」
「駄目か?」
「駄目な訳ないじゃないっすか……もう、ホントに……俺がそう言われたら断れないって知ってて……ズルイや……」
アツロウは恥ずかしそうに俯くと、僅かに躊躇うような仕草を見せた後、静かに俺と唇を重ねる。
俺の傍らに膝で立ち、精一杯身体を伸ばして重ねる唇はただ触れるだけだったが、それでもアイツの気持ちが充分に伝わる穏やかなキスだった。
「……そういえば、アツロウ。何かビニールみたいなの持ってきてるけど、何か買ってきたのか?」
唇を離し、まだキスの余韻に浸るアツロウの傍らでビニール袋がかさかさと揺れる。
ロゴは近所のコンビニのものだ。
中身は何だか知らないが、肉まんの類なら早めに食べたい所だし、生物なら冷蔵庫に入れておきたい。
「あ、そうだ……これ、先輩にお見舞いッス。はいこれ!」
「はいこれ、って……何だ、これは?」
「アイスですよ! ほら、熱ある時にアイス喰うと旨いじゃないっすか、俺もそうだったし……飯喰えなくてもアイスなら喰えるかなぁって思って」
「そうか、気を使わせて悪いな……」
差し出されるがままに中身を確認すると、そこには10本……いや、20本近くはあろうソーダアイスがぎっしりとひしめき合っていた。
「と、ちょっとまてアツロウ! 同じアイスばっかり買ってきたのかッ!?」
「だって、美味いじゃないっすかそれー」
「まぁ、確かに美味いものは美味いが……」
ずっしりとした袋の重みがそのまま、ソーダの重みになる。
これは数日、おやつはソーダアイスばかりになりそうだ……。
「先輩も、一本いっとくっ?」
アツロウはそのアイスを一本手にとると、俺の気も知らぬといった様子で笑いながらそれを差し出した。
そういえば、アツロウは好きなものなら毎日続いても大丈夫なタイプだったか……。
俺の脳裏には以前、休日に一日一緒にいたら、朝からレトルトのカレーを食べ、昼に外でカレーを食べた後、夕食にシメでカレーうどんを食べたアツロウの姿が浮かんでいた。
「いや、今はいーや。栄養剤飲んだばっかだし」
それにこれから数日、そのソーダアイスと付き合うのだ。
今から積極的に挑戦する気にもなれない。
「そうっすか、じゃ、しまっときますね……」
やんわりと断った俺を横に、アツロウは暫く冷蔵庫にソーダアイスを詰める作業に従事していたが、半分ほどしまった所でその手がふと止まった。
「おい、どうしたアツロウ……入りきらないか?」
「え、いえ、大丈夫ッス。まだまだ入るんですけど……」
「ならどうした。何かあったのか?」
「いえ、何もないんすけどねっ……ただ……せんぱい、これ一本食べちゃ駄目かなぁ、って……」
「何だ、そういう事か……好きにするといいさ。元々、お前が買ってきてくれたものだしな」
「マジっすか! えへへ……御馳走様ッス」
アツロウは嬉しそうに笑うと早速、ソーダアイスの袋を破りそれを口に含む。
「……はむっ。んぅ……冷たッ……」
よほど冷たいモノに飢えていたのだろうか。
喉を付く程の勢いでアイスにむしゃぶりつく。
「はぅ……久々に食べるけど、これ……けっこう硬いッスね……それに、思ったより大きいッ。口にっ……入りきらないッスよ……」
アツロウはこれで案外と口が小さい。
顔がわりと細いせいもあるのだろうが、大きいものを舐る時はいつも苦しそうに口を開いているのだ。
「もう少し舐ったらどうだ? ……アイスだから舐れば縮む」
「そうッスね……んっ……汁が、たれて……」
「おい、零さないようちゃんと口で受け止めて飲み込んでくれよ? 部屋をアイスでベタベタにされるのは困るからな」
「ふぁぁっ……んぅ……」
俺に言われて頷くと、アツロウは雫を零すまいと必死になりアイスにむしゃぶりついて舐る……。
その仕草は妙に艶めかしく、熱っぽくなっていた俺の身体に流れる血に熱とは違う感情を注いだ。
食と愛欲は紙一重って所はあるが……。
だが今はまだ床に伏せている状態だ、無理はいけない。
俺は自らの煩悩を断ち切るように、布団にくるまり寝たふりをした。
「あ、先輩疲れちゃったッスか……腹減ってたら、俺、何かつくりますけど!」
「いや……大丈夫だ、さっき腹に少し入れたしな」
「あ、そーっすか。じゃ、着替えとか手伝いましょうか?」
「大丈夫……着替えもその時に住ませたから……」
それより、今は少し休ませてほしかった。
熱は下がってきているという実感があるので身体はそれほど辛くはないのだが……。
今しがた熱心にアイスを舐るアツロウの姿が、俺の情欲を刺激する。
今、あまりアツロウに傍に寄られれば……。
俺は本能に抗う事が出来ないかもしれなかった。
「何すかそれー、それじゃあ俺、見舞いに来た意味がないじゃないっすかー」
「無理に看病なんてしようとすんなって……いつも通り、適当にゲームでもやっててくれ」
「でも……折角だから着替えとか手伝わせてくださいって。ね、ね!」
「お、おいアツロウ何を……コラっ!」
アツロウはそこで不意に立ち上がると、ベッドに俺を押し倒し、馬乗りになって押さえつける。
「アツロウ、お前何を……」
「ははー、この前先輩には散々やられましたからね……今日は仕返しッスよ。ほら!」
「お前、最初からそのつもりで……お前、こっちは病人だぞっ!」
「そんなの、先輩だって俺が風邪ひーてる時非道ぇ事してるじゃないっすか。 へへっ、今日はやらせてもらいますよ!」
そして半ば強引に俺のシャツをたくし上げると胸元を舌でなぞる。
それから指先で胸元を確かめ、もう片方の手はズボンの中へと忍び込んでくる。
全ては俺をやり込める為に必死でシミュレーションした内容なのだろう。
だが……。
「やめろっ、アツロウ……」
「何すか先輩。もー、ギブアップですかー?」
「……違うわ馬鹿がっ……お前にされてもただ、くすぐったいだけだ……全く、片腹痛いわッ!」
言うが早いが俺はアツロウの手を取り、腕を捻る。
「いたた……何するんすか、せんぱっ……」
俺の突然の反撃に困惑し隙だらけになった身体を翻すよう倒し、俺はアツロウを逆にベッドへ押し鎮めてやった。
一瞬だが、形成逆転といった所だろう……。
「なっ。せ、先輩! 何すか、全然元気じゃっ……全然元気じゃないっすか!」
「一晩ちゃんと薬を飲んで、ゆっくり休んでたからな……」
「ズルイっすよ、騙したんすね」
「騙してはねぇって人聞き悪いな……まだホントに熱はあるんだぜ……さて」
アツロウの肩を押さえながら、俺はアイツの上で笑う。
「……俺が本当のスイッチの入れ方を教えてやるぜ?」
言うが早いか、俺はアツロウの首筋に舌を這わせる。
「……っ。せっ……せんぱっ……いや、ちょっ……ん……」
「ほら、ココだろお前のスイッチは……弱いもんな、首筋……」
「……くぅっん……はぁっ、はぁっ……んぅ、せんぱぁっ……いぃっ、ちが……おれ……」
「胸元も……弱かったもんな?」
首筋を執拗に舌で責め立てながら、片手は胸元を優しく撫でる。
「はんっ! ぁっ! ぁっ! ……んんんっ。だっ、だ、ダメっすよ、せんぱぁっ……俺ぇ……」
「……弱いよな、ココは……悪いな、俺がコレばっか弄ってたから……」
俺は胸元に手を伸ばすと、それまで優しく撫でていた指先で少し強く、その突起をつまんでやった。
「ふぁぁっ! せんぱっ……せんぱいぃぃ!」
まるで身体に電流でもブチ込んだように、全身をうち振るわせながらアツロウが跳ねる。
懇願するように俺を見る目は辞めてと訴えていたが、俺はあえてそれに鈍感に振る舞うと、そのまま指先での遊戯を続けた……。
「はぁっ……ぁ……ぁ……」
ベッドの上で呼吸を整え、アツロウは小さく丸くなる。
「はいはい……これでギブアップだな。全く、これに懲りたらあんまり大人をからかうなよ、アツロウ?」
「せんぱい……」
隣で笑う俺に対してアツロウは、ただ力無く頷くだけだった。
涙目で身体をまるめる姿を見ると、少しやりすぎたかとも思う。
「……せんぱい、非道いッスよ。おれ……俺、この前からもー、限界なのに……」
僅かに罪悪感を抱きはじめた俺の耳に、アツロウのか細い懇願の言葉が入ってきた。
「俺、ずっと寝込んでて……寝込んでる時、せんぱいにあんな事されて……俺それで、もう……それでも、ずっと我慢してたんすよ……それなのに……先輩、またスイッチいれて……せんぱい、熱出てるからまだ出来ないとか……俺、おれ……」
身体を抱いて震えながら、絞り出すように出した声は普段の元気がない。
やはり、少しやりすぎたか……。
「おれ、切ないよぉ……せんぱぁい……俺ぇ……欲しいよぉ、先輩の……」
絡みつくように甘いアツロウの声が俺の理性も、現実も溶かしていく……。
「アツロウ……」
その声に誘われるまま、俺はベッドによじ登った。
「……せんぱい?」
「お前は病み上がりで、俺もまだ本調子じゃない……風邪、うつるかもしれないが……いいな?」
「あ、せんぱい……」
アツロウの目に、光が戻る。
「いいっすよ! いいっす、いいっすよそんなの……先輩のもんだから、もう一回くらいもらっても、俺、いいっす。ね、先輩……」
俺の手が自然と、アツロウのそれと重なった。
「せんぱい……熱なんて俺がぶっ飛ばしてやりますから、ね!」
屈託のない笑顔が俺の前にだけ広がる。
この程度で治る風邪があればそもそも風邪なんてひいてないだろうと思うが……。
アツロウの笑顔の前なら、本当に治る気がしてきたから俺はそのまま唇を重ねた。
このタチの悪い風邪を、少しでも幸福にかえるために。