>> アツロウたんを看病するよ!
アツロウが熱を出して寝込んでいる。
その報せを聞いたのは、アツロウ本人からではなくアツロウが「師匠」と崇めている男だった。
「何だ。てっきりお前は知っていると思っていたが……」
アツロウからは「ナオヤさん」と呼ばれているその男は、俺がアツロウの病状を全く知らない事に呆れた顔をしながらも、あいつが今風邪で寝込んでいる事。
それが原因で昨日から学校を休んでいる事を報せて去っていった。
「……折角だから様子を見にいってやれ。俺は色々と忙しいからな」
突っ慳貪な口振りだが、俺にアツロウの容態を報せた事。
風邪に良い食品についてさり気なく語っていた事を考えると、あいつはアイツなりにアツロウの事を気遣っているのだろう。
そうなると、俺が見舞わない訳にもいくまい。
簡単に作れるレトルトの雑炊やお粥に、卵やスポーツドリンクなど、風邪によさそうなものを買い込むとアツロウの自宅まで向かうと、以前アツロウから預かった鍵をつかい部屋へと向かう。
呼び鈴くらい鳴らすべきかと迷ったが、風邪をひいて寝込んでいると知って無理に起こすようなマネはしたくない。
そう思い、気遣うつもりで部屋に入ったのだが……。
「よー、アツロウ」
部屋のドアをあけ軽く声をかけた俺を見た時、アツロウはベッドから転がりそうな勢いで驚いて見せた。
「ああああ、せせ、せっ、せんぱっ……なな、何しに来たんですか、どど、どうしてここっ……えぇっ!?」
ベッドから跳ね起きるよう身体をおこし、目を丸くして俺を見る。
安静にさせておきたいから、あえて黙って入ってきたんだが……いきなり現れ、かえって驚かせてしまったらしい。
「いや、風邪ひいたんだろう。ナオヤから聞いてな……心配なんで見舞いにきたんだ。迷惑だったか?」
「い、いえ、全然迷惑じゃないっすけど……何かすいません、心配かけちゃったみたいで……」
「気にするなって……とりあえず、スーパーで食べられそうなもの買ってきたから……何かつくってやれればいいんだが、如何せん料理は得意じゃないからな。レトルトの粥ばかりでスマン」
「そんな、気にしないでください先輩……」
起きて俺をもてなそうとするアツロウを、俺はジェスチャーだけで止める。
見舞いに来て、無理に動いてかえって熱を出したりでもされたら、俺が何のためにここに来たのかさっぱり分からない。
俺が留めたのは上手く伝わったようで、アツロウは小さく頭を下げると再び布団にくるまった。
「……飯、好きな時に食べられるように冷蔵庫入れておくからな」
「ありがとうございます、先輩……」
「無理せずゆっくり休めよ?」
「あはは……そんな心配ないっすよ、多分もう微熱になってますから……明日にはよくなりますよ」
アツロウは笑ってそう言うが、頬は赤く明かな熱っぽさを感じる。
「嘘つくなよ……顔、赤いじゃないか」
「嘘じゃないっすよ、少し頭がぼーっとするだけっすから……」
アツロウはそう言うが……俺はその傍らに立つと、アツロウの身体にそっと触れる。
指先に、籠もった熱が伝わった。
「おい、身体が熱いじゃないか……熱はかってみろって、ほら……」
「ふぁっ、ちょ……先輩、何するんすかっ、もー……」
布団の中で僅かに身動ぎ体温計から逃れようとするが、やはり熱があるのだろう。
動きが鈍く簡単に抑えられたアツロウの脇に体温計をねじ込めば、数字は廻るようにどんどん上がっていき、熱の高さを伺わせる。
「……37.8度もあるじゃないか」
体温計が報せた数字は、おおよそ高熱とよんでも差し支えのない数字だった。
「大げさっすよ……多分、ずっと熱がこもっていたからちょっと高めにみえるだけで……」
アツロウはそう言いながら笑うが、その笑顔がどこか力無い。
自分の熱を知って、病気の気分が出てきたのだろうか。
「無茶するな……病院行ったのか? まだなら、付き添ってやろうか?」
「えっ……病院なら昨日いって薬もらってきたッス……飲んで、寝てるから……そろそろ、熱も下がってくるはずっすよ……」
アツロウはそう言いながら、身体を起こして何か探すような仕草を見せる。
指先には空のペッドボトルが置かれている……水でも探しているのだろう。
俺は買ったばかりのビニールからスポーツドリンクを取り出し、それをアツロウに差し出す。
「あ、ありがとうございます、先輩」
「気にするな……あんまり無理するな。何なら今日は夕飯も俺が何か準備してやるから、無理せず寝てろ。いいな?」
「あはは……無理してるつもりは無いんすけどねー……ほら、熱出しても元気な奴っているでしょ。俺そういうタイプで……昔から、熱に強いみたいで……」
「でも今は病人だ、とにかく今日は寝てろ」
「ふぁい……でも、俺、今朝からずっと寝ているもんで……いい加減寝るの飽きてきたんスよね」
「かといって、起きていい理由にはならんだろうが」
「でも、せっかく先輩がきてくれてんのに……」
「俺の事なら気にするな、お前が元気な時にたっぷりサービスしてもらうからな?」
俺はそう言いアツロウを半ば無理矢理寝かすと、「すいません」と小声で呟く彼の額に触れた。
やはり、熱い。
体温計で報せた熱より熱く思える。
全く、こんな熱があるのに動こうとするなんて……。
「ひゃうっ!」
半ば呆れる俺の手の下で、アツロウは小さく身動ぎして声をあげた。
「……どうした?」
「「いや、その……」
「何だ、はっきりしない奴だな……何かあったのか?」
「いえ、何もないんすけど……ただ、いま先輩俺の額触ったでしょう。先輩の手ぇ冷たいから……俺、ちょっとビックリして……」
言われて俺が外から戻ってまだ殆ど身体が暖まってなかった事に気付く。
外はまだ冷たい風が吹き荒び雪がまばらに残っているのだ……エアコンの風に暖められたこの部屋で、熱を帯びた身体とともにあれば外から来た俺の手は氷りのように冷たく思えただろう。
「あぁ、悪かった。 外からきたばっかりで、手が冷たいままだったな」
慌てて手を引っ込めようとする俺の指先を握って、アツロウは静かに首を振る。
「いえ、先輩の手冷たくて。大きくて……気持ち良かったっす。だから、その……」
「そっか……それじゃ、少し触っててやろうか」
「「はい……」
アツロウに望まれるまま、少し額に手を触れればその身体がしっとりと濡れているのに気付く。
寝汗だろうか。
熱もあるのだから汗をかいていても不思議じゃないが、随分と身体が濡れている。
「非道い汗だな、寝汗か?」
「あー……そうかも、しれないっす。ずっと着替えてなかったから……」
濡れた身体を指摘されると、アツロウは鼻をひくつかせて自らの身体のにおいを嗅ぐ。
「……臭います、俺。汗くさいッスか?」
「いや、別に臭くはないけどな……汗のしみた服きているのは良くないぞ、着替えておけ。パジャマなら新しいのとってやるから」
クローゼットから肌触りのよい綿の寝間着を取り出すと、俺はそれをアツロウの方へ放り投げてやる。
アツロウはそれと俺の顔を暫く交互に眺めていたが、ややあって俺の顔を見据えると、恥ずかしそうに指遊びなどをはじめた。
どういう訳だか、着替えをはじめる気配はない。
「……何こっちじーっとみてんだ。お前」
「え! あ、あの、先輩。おれ、先輩に、その……着替え、手伝ってほしいなぁ……って」
「なっ」
何恥ずかしい事を頼んでるんだと、俺が口に出すまえにアツロウが早口でまくし立てる。
「だって俺、今はボーっとして動けないんすよ……着替え一人だと手間取っちゃうだろうし、今は先輩しか頼める人居ないんすから……」
ほんのり赤く色づいた頬と潤んだ目をしているのは、風邪で熱が出ているからだろうがそれが今は妙に艶めかしい。
息をのみながら手の甲を抓り、すんでの所で理性を戻すと俺は仕方ないといった様子で頭を掻いた。
「わかったわかった、手伝えばいいんだろ」
「やった! えへへ……先輩やっぱり優しいッスね。俺の願い、何だってしてくれる……」
「今日は病気だから特別だ! ……ほら、ベッドに座れ」
俺がそう促すと、アツロウは頷いて素直にベッドへ腰掛けると、両手の袖から指先だけ出して俺の方へと手を伸ばした。
「せんぱい、ボタン外してくださいよ。ボ〜タ〜ン〜!」
「自分でやれ!」
「先輩にやってほしいんすよ、早く。早くぅ」
「全く、手ぇかかるやつだなお前は……」
悪態はつくが今は、甘えるアツロウが愛おしく俺はボタンに指先をかける。
「んっ……」
一つ、ボタンを外しただけでアツロウは小さな喘ぎ声を漏らしてみせた。
「何だ、変な声出すなよ……」
「だって、先輩近くて……息かかるとっ……くすぐ……くすぐったいよ、先輩……」
「仕方ないだろ、俺だってそんな器用じゃないんだ、近づかないと外せない……」
くすぐったそうに身を捩るアツロウを前に、俺はなんとかボタンを外す。
「ほら、外れたぞ……これでいいだろ」
「はい、ありがとうございます。先輩……パジャマも脱がしてくれませんかね、ねっ?」
「お前なぁ……どこまで甘えれば気がす……」
「だって、病人ですよぉ。俺!」
「……全く、仕方ないな」
何だかんだいっても、俺はアツロウに甘い所があるのだな。
内心でそう呟いて、頼まれるがままアツロウの寝間着を脱がせれば色の白い肌が俺の前に惜しげもなく晒された。
やはり少し熱があるのか、僅かに赤く色づいている風に思える。
筋肉は……まだうっすらとつきかけているといった所だろうか。
男の身体になっている、とは言い難いが少年は少しずつ脱却しはじめているようだった。
「……なに見てるんスか、せんぱい?」
俺の視線に気付いたのだろう。
アツロウは照れたように笑って俺を見る。
「いや。お前は色白だなぁと思ってな」
思ったままの言葉を紡ぎ、露わになった肌に触れれば熱っぽさと同時に滑らかな手触りが指先に伝わる。
やはりまだ年若い少年だ。
肌がまるで石鹸に触れるかのようによく滑る……。
「ひゃう! さ、触らないでくださいよっ、もー!」
身を捩らせて逃げようとする仕草もまた、すれた様子がなく愛らしかった。
「……まったく、色白で生っちょろい身体して、だから風邪なんてひくんだぞ?」
「いーじゃないっすか。外で健康に遊んで褐色の肌になるとか、プログラマ失格ッスよ」
「お前、鍛えれば結構筋肉とかつきそうだけどな。体つきは悪くないから……」
そう言いながらアツロウの胸元へ指を滑らせれば。
「んぅっ……はぁんっ!」
軽い喘ぎ声をあげたアツロウの全身が、まるで電気でもいれたように飛び跳ねる。
「…………お前、今、変な声でなかったか?」
「でっ、出てないっすよっ。先輩の気のせいッス!」
アツロウは慌てて自らより出た声を否定するが、それが快楽からくる歓喜の吐息である事は容易に察する事が出来た。
……アツロウは元々、あまり刺激に慣れてない。
首筋のラインをなぞられるのは弱いはずだ。
胸は……俺が執拗に弄んでいたから、今は触れるだけでも敏感になっているのは知っている。
知ってはいるが……。
「……そうか。お前、さてはここ……弱いな?」
「なぁっ、なーに言っちゃってるんですか。先輩。そんな、別に……」
「ほー。それなら、俺の気のせいだったかなー……試してみるか?」
俺は少し笑うと、あえて彼の快楽に鈍感なふりをして、首筋を。胸元を。
その身体にある歓喜のツボを、焦らすように責め立てる。
「ちょ、先輩何処触ってるんですか。そんなっ。やっ、辞めてくださっ……んっ。ぁ……」
「……弱くないんだよな、ここ?」
「……んぅっ、んぁ……ぁ、だっ……ダメっすよ、せんぱぁっ……」
アツロウの吐息が快楽の色に染まり、その表情は恍惚のものへと変貌しはじめる。
もう少し。
もう少し指先を弄ればもっと別のアツロウが見られるのだ。
他の連中が知らない、俺の腕にだけあるアツロウの表情が……。
「ちょ、もう先輩、いい加減にしてくださいよ!」
あと少し、あと少しと動いた指先を、怒号に近いアツロウの声が止める。
「俺、病人ッスよ……それなのに、こんな……非道いッスよ」
涙目になりそう訴えるアツロウを見て、俺はようやくやりすぎていたのだという事実に気付いた。
「あ、悪い……お前があんまり可愛くて……」
「もう、そんな事言っても許さないッスよ!」
「……ホント、正直すまんかった。つい調子にのって、な?」
「その謝り方じゃ、誠意がなってないッス!」
「おいおい、ホントに反省はしてるんだぜ……ごめんな。な?」
俺は必死に謝るが、アツロウは頬を膨らませたままこちらを見ようとさえしない。
さて、このへそを曲げたお姫様の期限をどうとるか……。
あれこれ思慮を廻らせる俺を見ると、アツロウは上目遣いで俺の様子を伺った。
「……許してほしいですか、せんぱい?」
「勿論だ! 許してくれよアツロウ、お詫びにこんど何か奢るから……」
「おごりとかいいッス、だから今、お詫びに……ココに、してくれませんか?」
アツロウはそう言いながら、自らの唇を指さす。
その仕草の意味を解さない程鈍感な男ではないつもりだが……。
「……な、何言ってんだお前っ。そんな、風邪ひいて熱出てるお前にそんな事したら、俺が風邪もらっちまうだろーが……」
風邪っぴきの唇にキスをする勇気は、さしもの俺もない。
だが。
「してくれないと、許さないッスよ、俺。もう口だってきいてやらないんすから!」
頬を膨らませてそっぽむく、アツロウの仕草を見るとこれは本気でキスするまで口を利かないつもりだろう。
仮に機嫌を治したとしても、この時キスしなかった事は覚えていて後で何かと言われそうでもある。
「……全く、仕方ねぇな」
俺はまだ上着も羽織ってないアツロウの身体を抱くと、驚いたように俺を見るアツロウの視点がはっきり定まらないうちに素早くその唇を重ねた。
……熱っぽい唇が、俺の上に蠢く。
「……ほら、これで、いいんだろ?」
呆れたように呟く俺を前に、アツロウは顔いっぱいの笑顔を向けた。
「……へへ、先輩。ごちそーさまっす!」
「何が御馳走様だ! ……全く、ちゃっかりしてるよ、お前はさ」
今したキスで風邪がうつるのではないか。
そんな不安もあったのだが……。
「せんぱいから、とびっきりのおまじないしてもらったから……明日にはなおしてみせますよ!」
アツロウの笑顔と言葉で、ひとまず全て忘れる事にした。
風邪なんてどうでもいいじゃないか。
アツロウがこうして笑ってくれるなら、些細な問題だろう……。
そんな思いを胸に抱いて。