ファースト・コンタクト 16



   「あら…」
 トレミーの食堂の前を通りかかったスメラギ・李・ノリエガは、ガンダムマイスター四人が一緒に食事を摂っている光景を視界の端に捕らえ、思わず足を止めた。ちょうど食事どきであるしそれ自体は何の不思議もないのだが、四人一緒に、というところに珍しさを感じてしまう。
 そもそも彼らは各々の個性が強すぎるせいか、個人行動を好む傾向にあった。今まで彼女はマイスターが四人揃って食事をしている姿を見たことがない。大抵一人かせいぜい二人、しかも席は離れていることが多かった。
 そういえば、とスメラギ・李・ノリエガは自らの記憶を探った。最近、彼ら四人一緒にいる姿を目にすることが増えてきている気がする。もちろん四六時中一緒にいるわけではないが、見かける頻度が確実に上がっているのは事実だ。口論したり対立したりしているよりは遥かにいいのだが、それにしても何故突然…?という疑問は胸に湧いてくる。
 思ったより長く立ち止まっていたせいで戸口にいた彼女に気付いたアレルヤが、食事の手を止めて声をかけてきた。
「スメラギさん、食事ですか?」
「いえ。野暮用があるから、それがすんでからにするわ」
「そうですか」
 軽く微笑んで食事に戻ったアレルヤの隣では刹那が静かにスプーンを口に運んでいる。その向かいにはロックオンが、その隣でティエリアがそれぞれ黙々と手と口を動かしていた。
 会話が弾む楽しい食事とまではいかないが、それでも張り詰めたような緊張は感じられない。むしろ気心の知れた者達同士の和やかともいえる雰囲気が流れていることに、スメラギ・李・ノリエガはマイスター達の変化をはっきりと感じ取っていた。
 連帯感がでてきたとでもいうべきだろうか。あれほど不協和音に満ちていた関係にあったとは考えられないくらいに。
 それは、ガンダムマイスターとして悪くはない変化だと彼女には思えた。今までのようにギスギスした関係では、今後さらにハードになるだろうミッションの成功の確率が低くなるだけなのだから。
 ようやく歩み寄りを始めたマイスター達の姿に満足そうに口元を綻ばせたスメラギ・李・ノリエガの耳に、ロックオンの声が届いた。
「……ティエリア。まさかそれ、残すとは言わないよな?」
「……………」
 ティエリアは柳眉を顰めると、ロックオンを軽く睨んだ。彼の皿の上にはにんじんのグラッセがきれいに端に寄せられていたが、言い返さないのはそれが図星だったかららしい。
「栄養があるんだから、残さないでちゃんと食えよ」
「………誰も食べないとは言っていません」
「食べるとも、言ってないだろ? そうやって結局最後は残すんだから」
 いつものことだとでもいうように揶揄するロックオンにティエリアが反論する。
「余計なお世話です…っ!」
 レンズ越しに睨みつけるワインレッドの瞳を平然と受け止めたロックオンは、愉しげな笑みを口元に浮かべながら言った。
「余計な、じゃねえだろうが。体調管理もマイスターの義務のうちだろ? 好き嫌いはよくねえぜ」
「だから、好き嫌いなどしていないっ!」
「はいはい。だったらそれ食えるだろう? ん?」
 視線で重ねて揶揄されたティエリアは舌打ちせんばかりに顔を歪めると、勢いよくフォークをにんじんのグラッセへと突き刺した。フォークの先のそれをまるで敵のようにぐっと睨み付け、意を決して口の中に放り込む。半分泣きそうな顔で咀嚼するティエリアの頭を、ロックオンはよしよしとでもいうように撫でてやった。
「ちゃんと食えるじゃねえか。うまいだろ?」
「……………」
 不味いのかそれとも挑発に乗せられたのが悔しいのか、涙目で睨みつけるティエリアにロックオンの双眸がさらに細められる。そんな二人の遣り取りを微笑ましげにアレルヤは見つめ、刹那はただ黙々と口を動かしていた。



「―――――――驚いたわね」
 自室へと向かいながら、先程目の前で繰り広げられた二人の遣り取りを思い出していたスメラギ・李・ノリエガは、小さく呟いた。
 あの二人はいつの間にあんなふうに親しくなったのだろうか?
 ロックオンが案外世話好きなのは知っていたが、ティエリアの方は他人と馴れ合うことを拒絶していたため、常に一線を画した態度で接していたはずだ。それが、先程の様子を見る限り崩れてきている。
 以前のティエリアならば何を言われたところで余計な世話だと切って捨てただろうし、ロックオンの方もスキンシップを好むくせに妙に他人との距離を測るから、あんなふうに甘やかすように頭を撫でたりはしなかった。
 彼らの間で一体なんの心境の変化があったというのだろう…。
 戦術予報士として戦局における心理戦のノウハウは習得しているつもりだが、プライベートにおける他人の心の機微には疎い自覚はあるので、はっきりいって彼女にはこれ以上の想像はお手上げだった。
 ただなんとなく心当たりがあるとすれば、一ヶ月ほど前にユニオン領内で行ったミッションのあと、四人揃って休暇を過ごしたということ。アレルヤの話によるとテーマパークで楽しんだそうだから、そのときに互いに打ち解けたのかもしれない。
 人と人との関係は何か些細なきっかけでも大きく変わるものだから、多分彼らもそうなのだろう。
 他人との間に作った見えない境界線を少しずつ縮めつつあるティエリアと、そんなティエリアを保護者のように構うロックオンと。この変化は、今後二人に一体どんな影響を与えるのだろうか。
 何か一抹の不安のようなものが脳裏を過ぎったスメラギ・李・ノリエガは柳眉を顰めた。
「―――――――厄介なことにならなきゃいいけど……」

 微かに嘆息して呟いた言葉がまさか現実のものになろうとは、流石の戦術予報士も今の時点では予測不可能だった。