このお話は「カウントダウン」の続きです。




「おい、アスラン。どうしたんだ?」
 自分の手を引いて通路を足早に歩くアスランにイザークが声を掛けても、何の返答もない。怒っているわけではないとは思うのだが、決して機嫌がいいとも感じられないその背中を戸惑ったように見つめたイザークは、もう一度声をかける。
「アスラン! どこに行くんだ、一体」
「…部屋に戻る」
 声を荒げるとあっさり答えが返ってきて、イザークは拍子抜けしてしまった。それならそうと最初から言えばいいのに。なにもこんな風に強引に連れ出さなくてもよかったのではないか?
 大体アスランはいつも勝手が過ぎる。根本的に言葉が足りないというか、不言実行の極みというか、少しは説明責任というものを考えてもらいたい。
 そんなことを考えているとすぐにアスランの自室に着いた。パスワードを入力して電子ロックを外すと、軽い空気音を立てて扉が開かれる。中に入りキーロックを操作したアスランは、待ちかねたようにイザークを抱き締めると深く息を吐いた。
「……お願いだから、人前であんな顔しないでよ。ほんっとに心臓に悪い」
「はあ? アスラン、お前さっきから何を言ってるんだ?」
 唐突に言われ、イザークの形の良い眉が顰められる。
「だから! 俺の前以外で、あんな可愛い顔しないでくれって言ってるの!」
 僅かに身を離し、焦れたように声を張り上げるアスランに、負けじとイザークも怒鳴り返した。
「…っ! 俺は男だぞ! 可愛いとか言うなっ!」
「そんなこと言ったって、可愛いもんは可愛いんだから仕方ないだろっ! 大体、イザークは無防備すぎる。あんなところでぽつんと一人でいるなんて、さらってくれって言ってるようなものじゃないかっ!」
「―――お前。俺を幾つだと思ってる?」
 真顔で言い募るアスランに脱力したイザークは、呆れたように瞳を眇めた。
「俺は保護者の必要なガキかっ!? そもそも、俺を一人にしておいたのはどこの誰だっ!?」
 睨みつける蒼氷の瞳に拗ねたような気色を感じ取ったアスランは、はっとしたように目を瞠ると顔を顰めた。
「…ごめん、イザーク」
 腕を伸ばしイザークの細い身体を引き寄せたアスランがきつく抱き締めると、肩口に顔を埋めたイザークの腕がそろそろと彼の背に回された。
「馬鹿…」
 新年早々危うく喧嘩になるところだった。仲直りしたばかりでまた喧嘩しかけるなんて、本当に自分達は懲りないなと互いに苦笑が漏れる。
「イザーク」
 優しく名を呼ばれて顔を上げると、すぐ目の前に穏やかな光を宿した翡翠色の瞳が迫っていた。見慣れているはずなのに少しドキリとしてしまって、そんな自分を誤魔化すように顔を伏せると、まるで追うように目の縁にそっとキスが落とされた。
「でも、お願いだから俺のいないところで笑わないでね。イザークのファン、結構いるんだから心配なんだ」
「…貴様、本当に馬鹿だな」
 呆れたように言うと、アスランは苦笑を浮かべながらもしれっと答えた。
「うん。イザ馬鹿だから♪」
 開き直ったアスランはある意味最強で、これ以上何を言っても無駄なことは嫌でも知っているイザークは、疲れたように溜息を吐いた。
 こんな奴にアカデミーで一度も勝てなかったなんて、自分がものすごく馬鹿な人間のように思えてくる。いや、こんな奴を好きになってしまった時点で、自分も馬鹿の仲間入りをしてしまったに違いない。けれど不思議と嫌な感じはせず、こいつだから仕方がないと諦めてしまうあたり、大概毒されてしまったなと苦笑が零れた。
「…えっと、イザーク。俺としてはもっと仲良くなりたいんだけど…ダメかな?」
「嫌だと言ったらやめるのか?」
 甘えるように耳元で強請られた言葉に調子に乗るなと冷たく言ってやると、途端にアスランはがっくりと肩を落とした。
「そりゃ、イザークがどうしても嫌だって言うんなら…我慢する」
 叱られた子供のようにしゅんとしてしまった恋人の様子がおかしくて小さく笑みを漏らしたイザークは、その横顔に宥めるようなキスをした。
「…イザーク?」
「我慢できるようなタマか? 貴様が」
 嫣然と微笑んで揶揄する銀髪の麗人の身体をアスランは思いっきり掻き抱いた。
「できない! てか、したくないし!」
「だったら、最初からそんなこと言うな、腰抜けめ!」
 目元をほんのりと染めて睨みつける恋人に嬉しそうに笑ったアスランは、「それじゃあ遠慮なく」とその柔らかな唇を塞いだのだった。



 久しぶりに触れる恋人の肌は記憶のとおり自分より少し高めで、ゆっくりとベッドに横たえられたイザークは身裡を奔る緊張に微かに体を震わせた。心と身体が結び合って早や数ヶ月。いい加減慣れてもいい頃合いなのだが、どうしても羞恥心を捨て去ることができない。そんなイザークの様子は当然アスランにも伝わっていて、身体を繋げる度に未だに初々しい反応を示す恋人を可愛いと思っている。
 白い滑らかな肌にそっとくちづけ、舌を這わし、指で熱を煽っていくと、イザークは堪え切れぬように甘い声を漏らし、身を捩らせる。羞恥に身悶えながらも、アスランの手によって拓かれた身体はいっそ貪欲に愛撫を受け止めてしまい、乱れてしまう自分をなんとか抑えようとする媚態がまたアスランを煽る。
「ああ…っ!」
 剛直を受け入れかね、背を反りながら思わず逃げを打ったイザークの細腰を引き寄せたアスランは、苦しげな息を零す桜色の唇に宥めるようなくちづけを落としながらゆっくりとその身を沈めていく。沈めきった後もイザークの最奥が自分の形に馴染むのを辛抱強く待ったアスランは、緩やかに律動を始めた。
「…んっ! あっ…」
 涙を滲ませた蒼氷の瞳で縋るようにアスランを見つめる仕種がどれだけ彼を昂ぶらせるか、イザークは全く気づいていない。身を焼く欲望のままにこの細い身体に思うさま己が猛りを打ち込みたいのを、どれほどの忍耐力で堪えているのかも。
 滑らかな首筋に絡む銀糸を鼻先で掻き分け、露になった白い項を甘噛みすれば、男を包み込んだ柔らかいそこは締め付けを強くしてアスランを悦ばせる。その刺激に堪え切れずに追い上げる動きを早めると、イザークは強すぎる刺激に身を仰け反らせて喘いだ。
「も…う、アスラン、だめ……っ」
 がくがくと身体を震わせながら縋りつくイザークの双眸には涙が溢れ、揺さぶられる動きに零れた滴が上気した頬を伝い落ちていく。その涙を唇で吸い取りながら、また泣かせてしまったと密かにアスランは悔やんだ。
 泣かせたくないのに、いつも泣かせてしまう自分を我ながら酷い男だと思ってはいるものの、かといって手加減ができるのかといえばそうではなく、結局は同じことの繰り返し。進歩がないと言えばそれまでだが、感度のよすぎるイザークの身体が悪いと半ば責任転嫁をする彼に、悪びれた様子はなかった。
「あっ! アスラン、アスラ…ン……っ!」
 震えが酷くなった腕の中の身体に限界が近づいたことを感じたアスランは、しきりに自分の名を呼んで縋りついてくるイザークを強く抱き締めながら、追い上げる動きを激しくする。
「イザーク…っ!」
「あああああっ……っっ!!」
 やがて二人同時に放埓を迎え、忘我の淵にいるイザークの唇がうっすらと安堵の笑みを形どったのを見て、アスランも満足げに息を吐いた。



 先ほどまでの情熱的な時間で体力を使い果たしたイザークがまどろみから目覚めると、すぐ目の前に濃紺の髪の少年のひどく幸せそうな微笑みがあった。
「…あ、起きた? ごめん、少し無理させたみたいだね」
 ぼんやりとその笑顔を眺めていたイザークは、散々喘がされた悔しさと照れ隠しも手伝ってぶっきらぼうに言った。
「…締まりのない顔をして」
「だって、こうして新年早々イザークと一緒に過ごせて、ものすごく幸せなんだ」
「……………」
 嫌味のつもりだったのにますます相好を崩されて、イザークは言うんじゃなかったと後悔する。迂闊にも嬉しいなどと思ってしまったことは、この際削除してしまおう。
 まったく、恥ずかしい奴め…!
 これ以上起きていては、次はどんな恥ずかしい言葉を言われるかわかったものじゃない。早々に寝てしまうに限ると瞳を閉じれば、髪に温かな掌の感触。そっと瞳を開ければ、愛しげに細められた翡翠色の瞳が優しく見下ろしていた。
「眠いなら寝ていいよ」
 髪を梳くその優しい仕種が心地よく、イザークの目蓋がまた閉じられる。あまりに気持ちよくて不覚にも幸せだなどと思ってしまったイザークは、ごそごそと身体を動かすとアスランの胸に顔を埋めた。突然の彼の行動に少し驚いたように瞳を瞠ったアスランは、次の瞬間それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべ、細い身体をそっと抱き締めた。


  新しい年の始まりを君と共に過ごせることに、心からの感謝を。





     END








今年のお正月に限定公開したSSSです。
アスイザサイト1周年記念ということで、再アップしてみました。
「姫はじめ」がテーマだった割に、えっちがぬるいですが(苦笑)
来年もできたら同じテーマで何かやりたいです(笑)