カウントダウン








ディアッカに誘われてミゲルが発起人の一人だというニューイヤーパーティに顔を出したイザークは、軍施設内だというのに存外に賑やかな様子に瞳を丸くした。
 本来は食堂であったその場所は普段使っている机と椅子がきれいに片付けられ、代わりに白いクロスのかけられたテーブルの上には湯気を立てた美味しそうな料理が所狭しと並べられており、おまけにどこで手配したのかウエイターまでいて、ちょっとした立食パーティとなっていた。さほど狭くはないはずの室内には男女――といっても圧倒的に女性の数は少ない――がひしめき合っていて、みな銘々グラスや皿を片手に談笑する様は、参加者が全員軍服もしくは作業着を着ていることを除けばそこら辺のパーティと全く変わらない印象である。
 取り敢えず食欲を満たしたイザークは壁際に置かれた椅子に座り、楽しそうに会話の弾んでいる仲間達をぼんやりと眺めながら、何故自分はこんな所に一人でいるんだろうと思った。彼を誘った当のディアッカは、これまたやはりというか抜け目なく見つけたお目当ての女の子のところで締まりのない顔を晒している。
 呆れたように視線を返したイザークは、その先で見覚えのある群青色の髪の主を見つけた。本来なら自分の隣にいるはずの彼――アスランは、今は離れた場所で通信士だかなんだかの女の子達と談笑している。自分をほおっておいて鼻の下を伸ばしているなんていい度胸だとむかついたイザークだったが、そういえば喧嘩中だったことを思い出し眉を顰めた。だから彼は今自分の傍にいないし、まるで当て付けるように他の人間と楽しそうに話をしているのだ。
「…ふんっ」
 嫌味な奴だと呆れてみても寂しさが消えるわけではなく、またこれ以上にこやかに他人と話をしているアスランを見たくなかったイザークは、何かを堪えるように唇を噛み締めると静かに椅子から立ち上がった。もうこれ以上こんなところにいたくない。早く会場を抜け出そうとイザークが歩き出した途端、突然後ろから声を掛けられた。
「よお。しけたツラしてるな」
 今夜の仕掛人の一人であるミゲルが、グラスを片手に上機嫌で近寄ってきた。厄介な相手に捕まったと迷惑そうな一瞥をくれたイザークは、舌打ちしたい気分を抑えながら口を開いた。
「…何の用だ?」
「あらら。ご機嫌ナナメだねー。何? アスランとでも喧嘩したとか?」
 図星を刺されて瞬間的に絶句したイザークは、忌々しげに眉を顰めるとにやけ顔のミゲルを睨みつけた。
「…貴様には関係ない」
 不機嫌さを隠しもしない低い声で顔を背けたイザークに、ミゲルはひょいと肩を竦めて言った。
「ま、いいけどね。二年越しで喧嘩するつもりかよ?」
「……っ!」
 イザークとしてもそれは気になっていたらしい。弾かれたように振り返った彼の蒼氷の瞳には、どこか傷付いたような彩が滲んで見えた。
 こーの、意地っ張りめ。
 イザークの頭の上にぽんと掌を置いたミゲルは、人好きするような笑みを浮かべながら言った。
「おにーさんが、とっておきの仲直りの方法教えてやろうか?」



「さて、そろそろみなさんお待ちかねカウントダウンやってまいりました!!」
 特設ステージ上に現れたミゲルが、これまた特設のスポットライトを浴びながら陽気に司会を始めると、所々から浮かれた歓声が上がり、会場のボルテージもいやが上にも上がってくる。
 その様子を壁際に背を凭れさせながら見つめていたイザークは、先ほどのミゲルの言葉を頭の中で反芻していた。
 『いいこと教えてやるよ。この後カウントダウン始めるんだけど、午前零時ジャストに10秒間だけ電源が落ちるんだ。もちろん会場内には知らせない。だから、その時を見計らってアスランに特攻かけな。なーに、抱きついてごめんのチューの一つでもすれば、簡単に仲直りできるぜ♪』
「後一分を切りました! 十秒前になりましたら、一斉にカウントダウンをお願いします」
 簡単に言ってくれると思う。いくら暗闇とはいえ、こんな公衆の面前でそんな恥ずかしいことできるはずがない。
 しかし、このまま手をこまねいていては、本当に二年越しの喧嘩をしてしまう羽目になる。結局はたかが感覚的なことなのだが、心情的に嫌な気分が残ることは間違いない。
「後三十秒! みなさん、準備はいいですかーっ?」
 その声に弾かれるように瞳が無意識のうちにアスランの姿を探す。上手い具合に彼もちょうど同じ側の壁際に一人で立っているのを確認した瞬間足が動いたイザークは、逸る心を抑えながら悟られぬように彼に近付いていった。
「ではスタート! 9! 8! 7! ――――」
 時が刻まれ始める。すぐ傍まで近付いても、ステージに集中していアスランはイザークに気付かない。
「3! 2! 1!  A HAPPY NEW YEAR!!」
 ミゲルが声を張り上げたと同時に一斉に電源が落ち、辺りが暗闇に包まれどよめきが走った。
 ―――よし、今だ!
 決心したイザークがぶつかるような勢いでアスランに向かっていこうとしたその瞬間、誰かに腕を掴まれた。
「…えっ!?」
 驚く間もなくぐいっと引き寄せられたかと思うとそのままきつく抱き締められたイザークは、咄嗟に抗おうとしてすぐに馴染みのあるその温もりに気付き、抵抗をやめた。
「……ごめん」
 耳元で囁かれた言葉にじんわりと目頭が熱くなったイザークは、瞳を潤ませながらふるふると首を振った。
「……俺のほうこそ、ごめん…」
 小さく呟き、アスランの頬に両手を添えると触れるだけのキスをする。ミゲルの言うとおり、暗闇の中では意地っ張りなイザークも素直に謝ることができた。
 やがて落ちた時と同様に唐突に灯りが甦り、その眩しさに瞳を眇めたイザークは、点灯と同時に身体を離してしまったアスランをはにかんだように見つめると、困ったような視線を返された。
「…アスラン?」
「だから、もー。…そんな顔しないでよ」
「…?」
 盛大に眉を寄せるアスランの心境など知りもしないイザークは、きょとんとしたまま可愛らしく首を傾げてみせる。その仕種に掌を顔に当てて大きな溜息を吐いたアスランは、ふいに彼の腕を掴むとその腕を引いて歩き出した。
「え? ちょっ…!?」
 突然のアスランの行動がわからないイザークは、抵抗する間もなく引きずられるようにこの場から連れ出されたのだった。


「あらら。お持ち帰られちゃったよ〜?」
 少し離れた場所から二人の様子を窺っていたラスティが、実況中継でもするように言った。
「ま、イザークにあーんな可愛い顔されちゃあ、しょうがねえだろ?」
 やれやれというように肩を竦めたのは、先ほどまでステージ上でスポットライトを独占していたミゲル。
「とにかくこれでイザークの機嫌も直って、俺の部屋も破壊されずにすむし。メデタシメデタシってやつ?」
 ディアッカがほっと胸を撫で下ろすと、その隣にいたニコルが労うように微笑んだ。
「大変でしたからね、ディアッカ」
「それにしても。いちゃつかれても迷惑、喧嘩されても迷惑。どうしてこう両極端なんだかねえ、あの二人は」
 少しは普通にできないのかとぼやくディアッカに、ミゲルが苦笑した。
「仕方ねえだろ? アスランとイザークなんだから。あいつらほど『普通』って言葉が似合わない奴らもいない」
 妙に納得してしまう答えに、三人はつい頷いてしまう。
「そうだねえ」
「そうですね」
「だな」
「ま、あいつらのことはほっといて、俺らは俺らで楽しくやろうぜ♪」
 ミゲルの言葉に一も二もなく同意した彼らは、新しく訪れた年に幸多からん事を祈りながらグラスを掲げるのだった。



 A HAPPY NEW YEAR!!





     END









    内容的に説明不十分の感が多大にあるのですが(涙)、
    とにもかくにも短いなりに書き上げられたって点だけで満足です(苦笑)
    あとはミゲル!
    今回は彼が出張りました!
    頼りになるね、お兄ちゃん♪
    てか、他全員で出刃亀状態ってどうよ?ってトコあるんですが、
    日々迷惑を掛けられているので、コレくらいご愛嬌ってことで(笑)