★ 黒板の消し方が分かりませんでした。でも慣れればとてもきれいに消せます!
キーワード: モップ、バケツ、ぞうきん、窓拭きワイパー
私がRegensburgに着いて何日か経ったある日、大学にてK教授から「今日は少し時間があるからこれまでどんな事を研究してきたのか話してみろ!」と言われて、一緒にセミナー室に向かう。丁度一緒にいた(ヒゲもじゃの)Gさんも一緒に聞いてくれる事になり、ヒゲもじゃの紳士二人を相手にセミナーをすることになった。黒板はとても立派な横に長いタイプで基本的に日本と同じ、2枚あってこれを上下させて使う。一枚目にコミュニケーションの意味も込めて、自分の大学の所属や漢字で自分の名前などを書いてウケを狙ってみる。そして色々冗談を言ったりした。私はこのような状況下ではいつも 『最初が肝心』 と思っている。ましてやヨーロッパに来て初セミナー、今後ここで1年間生活していかなくてはいけない、と色々な考えが頭の中をぐるぐると回った結果、『肝心』=『漢字で自己紹介をしてウケ狙い』 に至るのであった。そして一枚目を書き終わって、黒板を上に移動させると凄く上の方まで行った。『へー、さすがヨーロッパ、黒板も高くまで行くなー』 と思いながら、少し下に戻してみる。しかも、日本の黒板は一枚目を上に送ると自動的に上にあったもう一枚は下に降りてくるのだが、そんな甘っちょろい現象はここでは起きないようだ。二枚目を一生懸命に上から下に引っ張り、そして数学について書き始めた。しかし問題はこの後起こるのだった。二枚目を書き終わり、黒板を上下させ、さて一枚目を消すか、と思った瞬間に、何か日本と違う事に気づく 『あれ、黒板消しがない!』。きょろきょろと講演台の下やら窓際にある机の周り等を探してみる。それでも黒板消しは見当たらない。それどころか、見当たるといえば、掃除のおばさんが片付け忘れたと思われるバケツ、モップ、ぞうきん、窓拭き用のワイパーだけであった。『ん、しかもよく見ると黒板に付いているはずの、黒板消し置きすらないではないか』 と、ここまできょろきょろしてから約5秒、仕方ないので意を決して片言のドイツ語で「Wie kann man benutzen?」と言いながら黒板を消しているジェスチャーをしてみる。するとK先生が「オー!?」なんて言いながら慌てて席を立ち、私の方へやって来るのかと思いきや、一直線に出入り口のドアの横についている水道へ。そしてジャブジャブとバケツに水を汲みだした。私にとって、これは本当に衝撃的な瞬間であった。それでもK先生のする事には何も文句は言えずに、ただ呆然と見ていると、水は十分に汲みおわったらしく、次は小型モップを持ち出してバケツの中へ。そして目を丸くしている私にニコッと微笑むのであった。みるみるうちに私の書いた一枚目の黒板はそのモップによって消され(正確には洗われ)て、黒板と黒板下の床は水浸しとなった。 「ドイツでは黒板消しはない、消さずに洗え!」 これが私の質問への答えであった。私が「床、水浸しなんですけれど..」と言うと、「これは気にしてはいけない」とのこと。水でぬれて鏡のように反射するようになってしまった黒板を見ながら 『なるほど雑巾は洗った後の乾拭き用か』 と思ってみたのだがそれは間違いで、K先生は雑巾には目もくれずに窓拭きワイパーを掴み、非常に手馴れた手つきで黒板を左右に一往復半させた。つまり、ドイツでは黒板を消す作法と窓ガラスを掃除する作法は同じなのである。もちろんその間もワイパーから床に水がポタポタと垂れるのであるが『これは気にしてはいけない』と思う事にした。かくして多少水気の残った黒板と水浸しの床が完成し、K先生は満足そうに席へと戻っていったのであった。
最初は『なんて面倒な事をするのだろう、黒板消しを日本から取り寄せてプレゼントしてあげよう』などと思ったりもしたが、これが慣れてくるとなかなか良いと思えるようになってきた。慣れればそれなりにスピーディーに消せるし、何よりいつも物凄くきれいな黒板に書く事ができる。ワイパーの後に少し残る水気も、そこはドイツ、湿度が低く乾燥しているので数十秒もすれば全く気にならなくなる。また話を聞いている方は、講演者が消している間にもう一枚の黒板をゆっくり眺め、復習することもできる。実際、モップやワイパーを持っているタイミングで質問が飛び交うという事が多いようにも思う。そうやって色々と考えたりしていると 『なるほどこれがドイツに適した方法なのか』 と思えるようになった。ただ、やはり弱点もある。黒板全体を消すのには非常に適しているのだが、ちょっと間違った部分を消そうとした時にいちいちモップにワイパーでは困ってしまう。数文字を消すのは、私は日本でも手で消してしまうので問題はないのだが、数行となると話は別である。そんな時に(私が上記で間違えた)雑巾が登場する。つまり、雑巾が(通常の)黒板消しの役割を果たしているのだ(そうなると 『やはりちょっと消す時用に黒板消しをプレゼントしよう』 とまた思ってしまうのだが...)。また、上述した黒板の一枚目を上に送ると二枚目が自動的に下がってこないのには理由があった。黒板は非常に高くまで上げられることは既に述べたが、黒板消し置きがない為に、逆に床に着く高さまで下げる事も可能となっている。そして2枚同時に床に着くまで下げたとき、従来の高さの黒板の裏に隠れていたスクリーンが出現し、OHPなどを使うときに活躍するのだった。