「あいたたた……やっぱり体力落ちてるなー」 小屋の上り框に腰を下ろし、かごめは小さく溜息を落とした。 殆ど毎日の山を歩き回っていた3年前よりずっと体力が落ちているのを感じる。 けれどそれより問題なのは、この足の方だった。 神社の娘だったかごめは一般的な女子高校生よりはずっと草履に耐性があって、歩き難いとまでは思わなかったものの、裸足に藁草履と言うのは結構くるものがある。 草履から足を抜くと親指と人差し指の間が真っ赤に擦れて血が滲んでいるのがわかった。 「これは慣れるまで大変そうだわー……」 小さく一人ごちたところで、不意に頭上が陰った。 驚いて顔を上げると、眼の前に木桶を方脇に抱えた犬夜叉が立っていた。 「………」 「……犬夜叉? ……えっと、おかえり、なさい?」 逆行で表情が分かり難かったが、なんだか、物凄く不機嫌そうだ。 戦国時代に戻ってきてからは始めて見た、と思うぐらい怖い顔をしている。 「……足」 ボソッと落ちてきた単語に慌てて足先を袴の内に引っ込める。 「えっと、これは、その、ちょっと擦っちゃって……大丈夫よ、このぐらい。すぐ慣れるし」 大した傷ではないのだ。 靴擦れの草履版、そのうち身体が慣れて皮が厚くなって痛まなくなるはず。 だから犬夜叉に心配をかけたくないと思ったのだが、犬夜叉は抱えていた木桶をどっかと足元に置くとその前にしゃがみ込んだ。 木桶の中に満たされていた水がちゃぷんと跳ねて土間を濡らす。 「きゃっ!」 間髪入れずに伸びてきた手がかごめの素足を掴んだ。 無造作に引き寄せられ、仰向けにひっくり返りそうになって慌てて後ろ手に手を付いて身体を支える。 「ちょ、ちょっと、犬夜叉!?」 「……気付いてやれなくて、悪かった」 低い声に驚いて視線を向けると、犬夜叉は苦虫を噛み潰したような表情でかごめの足先を見下ろしていた。 「だから別に大してっ……!」 声が途切れたのは、足先が冷たい水に浸されたからだった。 ちりりした痛みが走って思わず逃げようとするのを押さえ付けられ、優しく、丁寧にそこを漱がれる。 ひょっとしてこの為に水を汲んできてくれたのか。 「擦り傷に効く薬草も貰ってきた。後で貼ってやる」 声は不機嫌そうだが、どうやら怒っているわけではないらしい。 「次に町に行ったら、足袋ともっといい草履を買って来てやるから、暫らくは布でも巻いて我慢してろ」 視線を合わさず、かごめの足先を見つめたまま犬夜叉が言うのに慌てて頭を振る。 「大丈夫だってば! そのうち慣れるし、あたしだけそんな格好してるわけにはいかないでしょ」 この時代、勿論旅は存在するが庶民が普段使いするものではない。 藁草履に裸足が一般的なスタイルだ。 だから自分もそれに慣れなくてはいけないと思ったのだけれど。 「じゃあばばあにも買ってきてやらぁ。とにかく、おれが嫌なんだよ。お前の血の匂いがしてっと落ち着かねぇ」 きっぱりとそう言い切られてしまえばかごめに返す言葉はなかった。 酷く、大切にされているようで擽ったくて、嬉しくて、胸の奥が温かくなる。 「……ありがと」 だから大人しくその好意に甘えることにして、かごめは小さく頷いた。 「…………」 漱いだ足を持ち上げて、犬夜叉は手拭いの類を用意していなかったことに気が付いた。 細い足の先を伝って雫が落ちていく ――――― それに誘われるように、無意識のうちに唇を寄せていた。 「ちょっ! い、犬夜叉っ!?」 雫を舌先で受け止めて、その肌の滑らかさに眼を細める。 かごめの皮膚は、犬夜叉のそれよりずっと薄くて柔らかい。 簡単なことで傷ついてしまうことは知っていたはずなのに、微かに血の匂いが漂ってくるまでまるで気付かなかった ――――― 気付いてやれなかった。 かごめのことを大切にしたいと思っているのに、そんなことにも気付けなかった自分が腹立たしくて、悔しかった。 「っ、やだ、汚いってば!」 「……今洗ったろ」 「でもっ!」 あわあわと遮ろうとしてくるのを無視して赤く擦れた痕を舐めると、仄かに甘い血の味がして、その甘さにささくれ立った気持ちが解けていくような気がする。 足先が竦んで逃げようとするのを追いかけて、小さな指を舌先で包む。 形の良い小さな爪先を辿り、指の股を丁寧に舐め上げて、咥内に含んだ先端をちゅっと音を立てて吸い上げると甲高い声と共にびくっと足先が跳ねた。 「……ひぁっ!」 ぞくぞくするぐらい甘い声だった。 指先を口に含んだまま視線を上げると、涙目になって顔を真っ赤にしているかごめと眼があう。 唇を離すと、舌先がねっとりと糸を引いた。 「………えっち」 ――――― あぁ、今日は到底優しくなんてしてやれそうにない。 ― END ―
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犬かごちゅっちゅ祭りに参加する為に書いたものでした〜。 リクエストは「足」でした。 |