「……そっかぁ、今度の朔は冬至と重なるのね」 呟くのと同時に犬夜叉の機嫌が下降したのがわかった。 どうしてだろうと思って、すぐにそれが自分の発した言葉の所為なのだと気付く。 朔の夜が長いと言うことは、即ち彼が人間である時間が長くなると言うことでもあるので、いつもじりじりとした気持ちで夜明けを待つ身としては到底有り難くはないのだろう。 「…………」 囲炉裏端に胡坐を掻く犬夜叉に歩み寄り、その傍らに腰を下ろす。 「……んでぃ」 炯々と輝く金色の瞳がかごめを捉えて、不機嫌そうに、けれど不思議そうに眇められる。 ああ、自覚はないんだなと思ったが、それがまた微笑ましくもあって、笑い出してしまいそうになるのを堪えて肩に肩を寄せるように身体を近付けた。 「あのね。冬至の日に朔が重なるのは朔旦冬至って言って、昔から縁起がいいって言われてるのよ」 「……あ?」 「19年に一度しかなくて、宮中で祝宴が行われたりしてたんだって」 「…………」 記憶を辿り思い巡らせるよう犬夜叉の視線が動いた。 古い風習なので、ひょっとしたら亡くなった母のことを思い出しているのかもしれない。 犬夜叉はかごめと人の中で暮らすようになって、以前より子供の頃のことを思い出すことが多くなったような気がすると言っていた。 それはつまり、それだけ穏やかな気持ちで日々を過ごせていると言うことのような気がして、嬉しい。 「………ね、そう考えたらちょっといい日な気がしてこない?」 囁くとけっと小さく毒吐く音が聞こえたけれど、犬夜叉はそれ以上何も言わなかった。 どうやら満更でもないらしい。 「縁起物のおかず、たくさん作ったげるねー」 それを受けてかごめは嬉しそうに微笑んだ。 冬至の日の夕食に用意したのは小豆を使った冬至粥と、南瓜の煮物と柚子で香り付けしたなます、それから甘煮の金柑。 金柑は勿論、南瓜は別名南京、なますも人参と大根を使っているのでおかずは全て「ん」の付く縁起物だ。 犬夜叉は普段匂いの強いものは好きではないのでおかずに柑橘類を使うことはあまりないのだが、今日は嗅覚が人並に落ちているので問題ないだろうと柚子を使ってみた。 本当なら柚子湯に浸かりたいところなのだが、出湯まではそれなりに距離があるので人の足では行き帰りも大変だし、夜の森は危険も多いので断念せざるを得なかったのもその一因だ。 (おうちにもお風呂あるといいのになー……) まだそう言う時代ではないとわかってはいるものの、現代人のかごめには風呂のない生活は辛い。 普段は犬夜叉が二日と開けずに出湯まで連れて行ってくれるので随分助かっているしこれ以上のぜいたくは言えないと思っているのだが、本音を言えば ――――― 特にこんな寒い季節は ――――― 毎晩ゆっくりお風呂に浸かりたいところだ。 (柚子余っちゃったし、冬至でなくても柚子湯にしちゃうのもいいかも……) 食べるのは苦手でも、お湯に浮かべるぐらいなら犬夜叉も平気かも知れない。 「……何にやにやしてやがんでい」 そんなことを考えていたら、ちょいちょいと足先で膝の辺りを突かれた。 「ちょっとー。行儀悪いでしょ」 窘めるように言うとぷいっとそっぽを向かれる。 その肩を流れ落ちる髪は艶やかな射干玉の黒で、その瞳は月を思わせる琥珀ではなく薄闇に似た灰色だ。 夕飯は文句も言わずに平らげてくれたものの、やはり朔の日と言うことで機嫌の方はあまりよろしくないらしい。 ――――― さて、どうやって旦那様の機嫌を取ろうか。 「……っ?」 そんなことを考えていたらぐいと腕を引かれて引き寄せられた。 それ自体は珍しいことではないので大した抵抗もせずにいたら、そのまま犬夜叉の胸に背中を押し付けるような形で抱き込まれる。 「……犬夜叉?」 「………寒ーんだよ。ったく……」 「…………」 どうやらかごめを湯たんぽ代わりにしようと言う腹らしい。 普段は寒さも暑さもそれ程感じていないような犬夜叉だが、やはり朔の日は別で。慣れない分、暑さ寒さも堪えるのだろう。 ぞんざいな物言いは照れ隠しか、ほんのり頬が赤い。 「くっついてると温かいもんね」 吹き出しそうになるのを堪えて、かごめは背後の犬夜叉に凭れかかった。 ― END ―
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19年に一度の朔旦冬至らしいので何かしたかったのですが、大幅に遅刻しました……山無し落ち無し意味無しです。 |