――――― うららかな春の昼下がり。 姿の見えない犬夜叉を探していたかごめは、予想外の姿を目にして眼を瞬かせた。 人気の少ない森の際。犬夜叉は桜の古木に背を預け、いつものように懐手に腕を組んで、けれどいつもと違う無防備な表情で眼を閉じていた。 風に煽られ時折落ちる花びらが足元を薄紅色に染めている。 始めは目を閉じているだけかと思っていたが、こちらに全く反応をしないところを見るとどうやら転寝をしているらしい。 「…………」 人気のない場所でとは言え、それは珍しいことで。 少し考えて、かごめはなるべく足音を立てないよう、そろそろと彼に近付ていった。 後一歩のところで足を止め、眠る彼の前にそうっと膝を付く。 (……起きない) 犬夜叉は気配に敏感で眠りも浅いので、その寝姿を目にすることは非常に珍しい。 それもこんな無防備に穏やかな顔でとくれば、嘗てのかごめの部屋で幾度か目にしたことがある程度だったように思う。 (よく見るとけっこー整った顔してるのよね……) 肉食の獣を思わせる琥珀色の瞳が伏せられただけで、普段とは随分と印象が違って見える。 への字に曲がっていない口元はどこか幼く、瞼はまろくそれを縁取る睫毛は長く。素直に綺麗な顔をしていると思った。 考えてみれば犬夜叉の兄の殺生丸は文句のつけようのない超絶美形だったし、無女の化けた偽物ではあったが、母親も相当綺麗な人だったので、それも当然かもしれない。 暫らくぼんやりとその寝顔に見入っていたら、音もなく落ちてきた一枚の花びらが先の尖った白い耳の上に落ちた。 「………」 指で払い退けたら、きっと目を覚ましてしまう。 そう思ったので、膝立ちの姿勢のまま少しだけ上体を寄せて吹き飛ばしてみることにする。 ふっと軽く息を吹きかける ――――― と、ぱたぱたっとその耳が動いた。 「っ……!」 はっとして視線を落とすが、犬夜叉は目を閉じたままだった。 どうやら眠りを妨げずにすんだらしい。 ――――― それにしても。 (………おもしろい) 動く耳に振り落とされて、花弁はとっくにどこかに行ってしまっていたが、もう一度。ふぅっと軽く息を吹きかける。 またぱたぱたっと犬耳が動いた。 (………かわいい!) 内心で小さく悲鳴を上げた時だった。 「……っ!」 がっしと手首を捕まれて、驚いて息を飲んで。 「…………」 おそるおそる視線を落とすと酷く不機嫌そうな琥珀色の瞳がこちらを見上げていた。 「なにしてやがんでい。おめーはよ」 「あ、あはは。起こしちゃった?」 これはきっと怒られる。 そう確信して ――――― ついでに今回ばかりは自分が100%悪いという自覚もある ――――― ぎゅっと目を閉じて肩を竦める。 「たりめーだろ」 けれど帰ってきた声は予想外に穏やかだった。 かごめの手首から手を離し、くあぁぁと大きくあくびをして身体を伸ばす。 まだ少し、目元が眠そうだ。 拗ねたように唇を尖らせた横顔が、どこか優しい。 少し子供っぽい、かごめの好きな犬夜叉の顔だ。 「………あたし、やっぱりいつものあんたが好きだわ」 「……はぁ!? き、急に何言いだしやがんでい!!」 みるみるうちに、鼻先から耳の先まで真っ赤になる。 「いーじゃない。ホントのことなんだから」 拗ねた顔も、ふてくされた顔も、たまにしか見られない無防備な顔も、ぜーんぶ好きだけど。 (……そう言ったらあんたはどんな顔をするのかしら) そんなことを考えながら、かごめはクスクスと笑って眼の前の少年に抱きついた。 ― END ―
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読み返したらまさかの再燃。書いてみてしまいました。 当時から好きでコミックスは集めていたものの、NLは原作でお腹いっぱいと思っていたので同人方向での萌えはありませんでした。が、ルクティアでNLに走った今読み返すと予想外に燃え滾ってしまったと言う…(笑)。 三年後の春設定です。 |