「あー、もう纏まんないっ!! 湿気が酷くてやんなっちゃう!」 慣れない元結と嫁が格闘している。 かごめが愛用していたすぷれーだのどらいやーだのの存在しないこの時代では、それは殆ど毎朝繰り返されている日課だった。 何とはなしにそれを眺めていたら、いつの間にかこちらを見ていたかごめにキッと睨みつけられた。 「……な、なんだよ?」 怒らせるようなことをした覚えはない ――――― 多分。 否、これは怒っていると言うより恨みがましい表情だ。 懐手に腕を組んだまま首を捻ると、白銀の髪が肩から滑り落ちた。 「……ずるい」 「………は?」 一体全体何の話だ? 眉を寄せる犬夜叉に、かごめは拗ねたように唇を尖らせた。 「髪よ、髪っ! あんたってば全然手入れなんかしてない癖に、どうしてそんなにサラっサラのツヤツヤなわけ? あたしが毎日毎日こんなに苦労してるってのに!」 ――――― 間違うことなく八つ当たりだ。 「知らねぇよ。第一、髪の手入れに気を使ったことなんざ生まれてこの方一度もねぇしな」 「だからズルいって言ってるんでしょ!」 手入れしているあたしより綺麗なんてーと、かごめが大袈裟な仕草でその場に崩れ落ちる。 どうやら本気で嘆いていると言うよりは、憂さ晴らしをしているようだ。 女と言うものはいまだによくわからないが、なんとなくかごめのことは分かるようになってきたように思う。 とは言ってもそんな気がすることが増えただけで、結局女と言うものは永遠に謎なのだが。 「はぁ……」 暫らくすると嘆くのに飽きたのか、かごめは伏した時と同様に唐突に身を起こした。 「こっちの時代でもやっぱりサラサラツヤツヤのストレートが美人の条件なのよね。私も珊瑚ちゃんみたいな綺麗なストレートだったらなあ……」 拗ねたような表情のまま、肩を覆うふわふわした黒髪を見下ろして呟く。 「すとれーと?」 「まっすぐってことよ、緑なす黒髪とか言うじゃない」 確かに、緑なす黒髪はこの時代はもとより、犬夜叉の生まれた頃には既に美人の必須条件だった。 犬夜叉の母も滝のように流れ落ちる癖のない美しい黒髪をしていたと記憶している。 「………」 それを思い出しながらも、ぷくっと膨らんだかごめの頬に手を伸ばす。 指の背でちょいちょいとそこ覆う如何にも柔らかそうな髪を揺らしてやると、大きな目がぱちくりと瞬いた。 「……何よ?」 「おれはきれーじゃねーけどな。おめぇの髪。ふわふわして柔らかくて、気持ちがいい」 抱きしめた時、近付いた時。僅かに感じる甘い匂いと相俟って擽ったくて何となく幸せな気分になる ――――― とまでは恥ずかしくて言ってやらないが。 「なっ……」 だが、ありのままを告げたつもりのそれも十二分に気恥ずかしいものだったと気付いたのは、すぐ近くにあった女の頬が見る間に真っ赤に染まってからのことだった。 「……あ、あんた、いつそんな口説き文句覚えたのよ!!」 「ベ、別にそんなつもりじゃねぇっての!!」 赤く頬を染めたかごめに釣られるように頬に血が上り、慌てて手の甲で口元を覆って外方を向いてそれを隠す。 断じて、そんなつもりはなかったのだ。 ただ、世間で言う基準等どうでもいいと。例え彼女が嫌いでも、自分はそれが好きだ、と言うことを伝えたかっただけで。 だがそれとて、よくよく考えると相当に恥ずかしいことのような気がする。 (やべ……) 顔中はおろか耳の先まで熱くて、火を吹きそうだ。 ――――― 多分きっと、今の自分は隠しようもないほど赤い顔をしているはず。 「…………」 ぺたぺたと背後からかごめが床を這って近付いてくる音がしたが、どんな顔をすればいのかわからなくて顔が上げられずに居たら、とすっと背中に軽い衝撃がぶつかった。 数瞬遅れて、優しい匂いと布越しの仄かな温もりが伝わってくる。 「………ありがと」 すり、と頬を寄せる仕草に癖のある柔らかな髪が、背中を擽って。 面映ゆいような、居た堪れない様な気持ちになりながらも、犬夜叉はどうにか小さく頷いた。 「……おう」 やっぱりこいつには勝てねぇ ――――― 。 そう、思いながら。 ― END ―
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三年後の春設定、短めです。人様のイラストに触発されて書いてしまいました。 今まであまり普通っぽい女の子を書いたことが無かったので不安でしたが、意外にかごめちゃん書いてて楽しいですw |