リビングのソファにうつ伏せになってごろごろと寛ぎながら、コロコロとしたトリュフにしては少々大きめのそれを口に運ぶ。 口の中いっぱいに砂糖抜きのココアのほろ苦さとチョコレートの甘みが広がって口元がにやけた。 「うめ〜……」 心の底からといった風にこぼれた声に隣からケッと吐き捨てるような声が降ってきた。 「チョコレートの一つや二つでそんなに幸せになれるとはな」 隣の一人掛けのソファに腰を下ろし、苦虫を噛み潰したような顔で腕を組んでいる双子の兄の前には高級そうな光沢を持った淡いピンク色の包装紙で包まれた箱が一つ。 濃いピンク色のリボンが結ばれて、いかにもバレンタインデーのプレゼント、と言った風体だ。 受け取った時は嬉々とした表情を浮かべていたアッシュだったが、現実に立ち返った彼の表情は厳しい。 ルークは無言のまま、自分の前にあったこちらは白い包装紙に包まれた一回り小さな箱をその上にそっと乗せてやった。 「……貴様っ!」 「俺がナタリアの愛情の詰まったチョコ食ってもいいのかよ」 激昂するアッシュに、わざと真面目な顔でそう返せばナタリア命の男はぐっと言葉に詰まった。 ピンクの箱はアッシュへと送られた本命チョコで、白い方はルークへと送られた義理チョコだ。 差を付けなければアッシュが僻むのでアッシュのチョコレートの方が倍も大きい……二つあわせると、以前貰った量の軽く倍になるだろう。 (………前は一口で腹壊したけどな) 考えるだけに止めて、ルークはもう一つ、こちらはちゃんとチョコレートの味がする、それも上等の部類に入る ――――― 主観かもしれないが ――――― トリュフを口に運んだ。 どすん、と再びソファに腰を下ろしたアッシュは再び無言で腕を組んだ。 「一個ぐらい分けてやっても良いけど〜?」 にやにやと笑いながら告げると、ギリッと射殺しそうな目で睨まれた。 「ようやく彼女ができそうだからって図に乗るなよ、この屑が」 「ば、ばか、そんなんじゃねーよ! これは義理チョコだっつーの!」 勘違いされては困る ――――― まだ告白だってしてないし、向こうだってこちらを意識してくれているかいないか微妙なところなのだ。 ここで間違えたら台無しになりかねない。 「ふっ、義理チョコ如きでそこまで喜べるとは、お安いもんだな」 「……僻むなっつーの」 普段なら癪に障るはずのアッシュの小馬鹿にした物言いに、けれどルークは胡乱な目を向けた。 強がっているつもりはないのだろうが、どうにも様にならないのは目の前のチョコレートに一向に手が伸びないからだ。 「誰が僻んでいる!」 「へーへー」 怒鳴りつけるアッシュに適当な声を返して、ルークはゴロリとソファで寝返りを打った。 アッシュはルークが女性と付き合ったことがないと思っているようだが、それは違う。 回りが続々と彼女を作り始め、そんな雰囲気になった時分に何度か告白されて付き合ったことがある。 どれも長続きせずにアッシュの耳に届くことは無かったし、家に呼んだこともなかったと言うだけのことだ。 一度目は付き合い始めてすぐに『子供っぽい』と言う理由で振られた。 二度目は『何故、何もしてこないのか』と詰られた ――――― 後から事情を聞いた兄貴分曰く、据え膳的状態だったらしいが当時のルークはそんなことにはあまり興味がなかった。 三人目には『私と猫のどっちが大事なの!?』と詰め寄られた。 ちょうとどその頃、ルークは子猫のティアを飼い始めたばかりで、掌に乗るほどの大きさしかなかった彼女は非常に手が掛かった。 小さな頃の躾は大事だと言うし、何かあったら母が悲しむこともわかっていたし、ルークだってティアが可愛いかった。 幼い頃は今ほど気紛れでもなく、ルークの後をよちよちと付いてきてそれはそれは可愛かったのだ。 トドメとなったのはティアが腹を壊して病院に連れていく為にデートの延期を申し出た時のことで ――――― その時言われたのが先程の台詞だ。 小動物の病気は状態が変わりやすく、少しのことでもすぐに命に関わる。 特に赤ん坊の頃は腹を壊すと脱水症状になりやすいから気をつけなくてはいけないのだ。 遊びと命と、秤に掛ける方が間違ってる。 そう思ってその場で別れを切り出した。 その後すぐに受験で忙しくなったこともあって、ルークはそれ以降、彼女を作ったことはない。 後日、友人に『わかった、じゃ別れよ』とサックリ別れを切り出したことで相手を怒らせて相当数の女性陣の反感を買ったらしいこと聞かされたが、別に気にならなかった。 女なんて面倒臭いし、わけがわからないものという印象が付いてしまったのも大きかっただろうと思う。 (……ティアなら……ティアが具合が悪いっていったら心配してくれるよなぁ…) 心配して、デートなんてどうでも良いからさっさと病院に行くようにと促してくるだろう。 或いは病院に付き添ってくれるかもしれない。そういえば彼女と最初にあったの病院だった。 (………ティア、優しいもんなー……あんま愛想いい方じゃねえけど、実は笑うと可愛いし……って、俺、何考えてんだッ……!) 色々考えていたらぶわっと顔が赤くなって、ルークは勢いよく身体を起こした。 「………な、なんだ?」 突然飛び起きた弟に驚くアッシュの声も聞こえていない様子で、口元を覆う。 (……どうしよう、やばい) 気が付くと、いつもティアのことを考えている。 そのことに気付いてしまったからだ。 「………………」 「………………」 「…………なあ、アッシュ。お前、ホワイトデーって何送る?」 長い沈黙の後、ルークは手元のチョコレートを見下ろしながら呟いた。 「……今年はまだ決めてない。去年は手作りのクッキーと時計、その前はケーキと婚約指輪だったが」 「………お前、重い」 突然の問いかけに戸惑いながらもアッシュが答えれば、ルークからぼそりとそんな台詞が返されて。 「重いとは何だ、重いとは!!」 激昂に顔を赤くしたアッシュから怒声が上がる。 親切に答えてやったのにあんまりと言えばあんまりな言い種だ。 「もっとフツーのホワイトデーのプレゼント教えろよ」 「それが人にものを頼む態度か!!」 怒鳴りあいから取っ組み合いの喧嘩に発展する ――――― いつもの日常を、どこから入ったものか、アンティーク調の水屋の中から白い猫が見下ろしていた。 「……えっと、これ。ホワイトデーのお返し、なんだけど」 結局ルークが選んだのは、可愛らしいスノーマンやら動物を象ったマシュマロの詰め合わせだった。 前日までうんうん悩んで決められなくて、仕方がないので何か彼女の好きそうな可愛いものを、と思って買ってきた。 ティアはその日が何の日か忘れていたらしく、驚いたように目を見張って、それからくすっと小さく笑った。 「そんなの良かったのに……でも、ありがとう」 その音にドギマギするのを自覚しながら、ん、と紙袋を差し出す。 微笑んだ彼女がそれを受け取ってくれる ――――― それだけで安堵に膝が崩れそうになるのだから現金なものだ。 「中身、見ても良い?」 「あー……えっと、帰ってから見てくれると、嬉しい」 ルークは唸るような声を漏らしてがしがしと左手で自身の後頭部を掻いた。 袋の中には、一枚のメッセージカード。 口では上手く伝えられそうにない言葉を、 ― END ―
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2/3はバレンタインの直後に出来上がっていたのですが、終盤をどうしようか迷い続けて地震の後ちょっとばたばたしていたこともあってとっくにホワイトデーは過ぎてしまいましたがホワイトデー編です。 ルークとアッシュは割と仲の良い兄弟のようです(笑)。 |