定期健診に訪れた病院の待合室。
 何時もは年配のご婦人の多い其処に珍しく自分と同年代の少年の姿があって、ティアは足を止めた。
 綺麗な赤い髪が襟足の辺りでちょこんと跳ねていて、くりっとした大きな緑の目の、男の子相手には思うには少々失礼かもしれないが、どこか可愛い印象の少年だった。
 患畜は小型犬か、それとも猫だろうか、足元にペットキャリーが置かれている。
 辺りを見回すがそれほど広くも無い待合室、開いているのは彼の座る長椅子の端二人分だけで。
 人見知りのきらいのあるティアは、少し迷って一人分スペースを開け、彼の反対の端に腰を下ろした。
「…………きゃっ!」
 途端、ルークの悪い癖が出た。
 座ったティアの膝に両手を掛けて伸び上がり、止める間もなく彼女の頬を舐めたのだ。
「っ、こら、大人しくしなさい!」
 初めて見る人にテンションが上がっているのか、彼はティアの静止も聞かず、少年とティアの間の座席に前足を乗せ、乗りあがるようにしてフンフンと彼の匂いを嗅ぎ始めた。
 一瞬驚いたように目を見開いた少年が、苦笑めいた笑みを浮かべるのがわかった。
 動物好きなのか、嫌がっている気配は無い。
 人懐っこくはあるが身体の大きなルークを怖がる人も居るのだけれど。
「……あ、あの、すみません」
「大丈夫。随分人懐っこい犬だな」
 ――――― 笑われてしまった。
 顔を赤くするティアにはお構いなしで、ルークは今度は彼の足元を嗅ぎ回り始めた。
 どうやらキャリーの中身が気になって仕方が無いらしい。
 鼻先を押し付けて匂いを嗅ぐだけならいざ知らず、前足を出してそれを押さえ込むような仕草をしようとしたところで、ティアはたまらず声を上げた。
「ルーク! いい加減にしなさい!」
「えっ………」
 小さく息を飲むような気配がして、はっと顔を上げると大きな目をさらに丸くした少年と目が合った。
「………そいつ、ルークって言うの?」
「え、えぇ………」
 何を驚いているのかを首を傾げたティアに、彼は苦笑を浮かべて頬を掻く仕草をする。
「その、俺もルークって言うんだ」
「え……えぇっ!? っ、あ、ごめんなさい!」
 一瞬きょとんとした表情を浮かべたティアは、自分の失態に気付いて慌てて頭を下げた。
 初対面の相手に自分の名を叱りつけられて気持ちがいいはずが無い。
「や、いいよ、気にしなくて。そんなに珍しい名前でも無いしさ」
 大丈夫と笑ってくれた少年にほっと安堵の息を吐いたティアの耳に、聞き慣れた音が飛び込んできた。
「ティアさーん、診察室へどうぞー」
「ぁ、はい……」
「はーい」
「………え?」
 今度はティアが目を丸くする番だった。
 今、名前を呼ばれたのは? 返事をしたのは?
 動物病院では、普通飼い主の名前ではなく患畜の名前が呼ばれる。
 ――――― と、言うことは、つまり。


「………スゲー偶然ってあるもんだな」
 ティアと同じ名前の猫の予防注射を終えて戻ってた彼は、先程と同じ場所に腰を下ろし、そう言って笑った。
 犬の方のルークは既にすっかり彼に懐いた様で ――――― もともと非常に人懐っこい犬だ ――――― その膝に鼻先を摺り寄せ、撫でて貰ってはぱたぱたと尻尾を振っている。
 幾分か待合が空いてきた為、座席の上に置かれたペットキャリーの透明なアクリルの扉の向こうでは、艶やかなシルバーグレイの毛並みに深い蒼い色の瞳をしたシャム猫が身体を丸くしていた。
 猫と犬の違いか、それとも性格の問題か、ルークとは正反対の落ち着いた所作だ。
「私のは愛称だけれど…………それにしても、ね」
 メシュティアリカ ――――― メシュティアリカ・アウラ・フェンデが、ティアのフルネームなのだが、余りにも長く呼びにくいので親しい親しくないに拘らず、普段は殆ど愛称で呼ばれている。
 猫の方のティアは、切れ長の瞳がティアドロップを思わせると彼の母親が名付けたらしい。
「………ところで見ない顔だけど、ここに通ってるってことはこの辺の人間だよな。どこの高校?」
 他意はないのだろう、屈託の無い調子問われて、口篭る。
 それはティアにとってあまり嬉しく無い質問だった。
 ティアは中学を卒業したばかりだったが、両親を幼くしてなくした所為か同年代の少年少女に比べると随分と落ち着いた性格をして。
 少しきつめの、大人びた容姿も相俟って可愛らしいと言う単語とは無縁で、高校生 ――――― 否、下手をしたら大学生に間違われることも多々あって、それがティアの密かな悩みだったからだ。
「………来月から、ローレライ学園に通うの」
 だから、『来月』の部分にあえて力を込めたのに。
「そっか、転入生か。大変だなー」
 そんな風に言われてしまった。
「でも、つーことは4月から同じ学校になるんだな。よろしくな、ティア」
 漠然と同年代だろうとは思っていたのだが、どうやら同じ新一年生らしい。
 どこか幼さの残る風貌に不釣合いな、骨ばって大きな手が差し出される。
 どこかで見たような手だと思って、それからすぐに学生時代剣道をやっていた兄のそれに似ているのだと気付いた。
(ルークも剣道か何かやっているのかしら………)
 相当やりこまなくてはこの年代でこんな手にはならないだろうと言うことはティアにもわかった。
「…………言っておくけど、私。転入生じゃなくて、新入生よ」
 とりあえず修正しておくべき箇所を修正して、手を握り返そうとした瞬間。
「え、年下!?」
 再度目を丸くした彼の口からそんな声が上がった。
「………ぇ……と、言うことは、年上なの……?」

 ルーク高校一年生、ティア中学三年生。
 そんな、ファーストコンタクト。
― END ―
 

 同級生とか留年長髪ルークとか色々考えてたのですが、とりあえず上級生×下級生で!!
 猫飼いルークと犬飼いティアさん中心の学園物になります。
 多分ここまでがプロローグ(笑)。
2010.05.10

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