「そうだ、これ。忘れないうちに渡しておくわね」
 想いを意識し始めたばかりの少女に差し出されたのは、小さなピンク色の小袋だった。
「……え、これって……」
 反射的に見下ろした紙袋の隙間から、透明のビニール越しに見えるのはコロコロとした茶色の物体。
 それはピンク色のカップに収まっていて、全体を覆うビニールは上の方がきゅっと絞られて、これまたピンク色のリボンで結ばれていて、何というか、紛れもない、チョコレートだった。
(………今日って……)
 頭の中で指を折って日付を確認する。
(……2月14日、だよな。……うん。やっぱり14日だ……)
 どうみてもチョコレート。どうみても手作りのそれは、間違いなく自分に向けて差し出されている。
 ここにいるのはルークと、彼女と、彼女の愛犬だけで。
 犬はチョコレートなんて食べれないから、これは間違いなく自分に向けてのもので、「食べさせてみる?」なんて酷なことを言われるはずもない。
(……これっひょっとして、ひょっとする、のか…?)
 じわり、と頬が赤くなる。
(………ヤバい、チョコレート貰ってこんなに嬉しいの初めてかも……)
 中学に入って以降、知らない先輩後輩にチョコレートを貰うことはあっても名前も知らない相手では特別に思いようがなかったし、毎年大体アッシュの方が数が多くて遠回しに自慢される ――――― 本人にはそんな意識はないのだろうが ――――― のがオチだった。
 それ以外のチョコレートと言えば従姉妹のナタリアに貰うチョコレートで。
 料理音痴の彼女の手作りチョコは手作りチョコと言うものををトラウマにまで発展させかねないもので。
 かといって残せばアッシュの鉄拳が飛んでくるので、バレンタインデーはルークにとって一種拷問のような日でもあった。
「あ、ありがとう……」
「……迷惑だった?」
 恐怖の手作りチョコを思い出して複雑な表情を浮かべてしまったルークに、ティアは僅かに眉を寄せる。
 不安そうな声が漏れるのにルークは慌てて左右に首を振った。
「んなわけねーだろ! マジで嬉しいし!」
 誤解されたら困る。本気で困る。
「まさか、ティアに貰えるとか思ってなかっただけで……」
「ルークにはいつもお世話になって居るもの、当然でしょう?」
 赤くなった顔を誤魔化すように後ろ手で頭を掻きながら気恥ずかしそうに漏らしたルークだったが。
 ふふ、と小さく笑った彼女の、何の含みも衒いもない声にピシリと動きを止めた。
「……え?」
 彼女は何時も通り、やんわりと微笑んでいる。
 出会ったばかりのことは決して見せてくれなかった無防備な表情で。
 多分それは、間違いなくルークが彼女にとって特別な人間であることの証、だと思うけれど。
 その表情はバレンタインデーにチョコレートを渡す女の子特有の上気した頬だったり、潤んだ目だったり、そんなものとは無縁のそれで。
「………どうかした?」
「い、いや、何でもない! 何でもない、サンキュ!! 大事に食うから!」
 一気に捲くし立てるように言って、ルークは内心がっくりと肩を落とした。
 渡されたチョコレートが如何に手作りであっても、どれだけ可愛らしい作りをしていたとしても。
 それがどー考えたって義理だと言うことに気付いたからである。
(……んな上手い話ねえよなぁ……)
 貰えないよりはずっとマシだが、複雑だ。
(………でも手作り、だよな)
 そういう話は一度も聞いたことがないし、異性とはあまり親しく話せない方だとは言っていたが、実は片思いの相手がいて、そいつに渡すついでに作ったものとかだったりしたら当分立ち直れそうにない。
 聞かぬが花と言う気もするが、けれどそれ以上に気になって仕方がなくて。
「……えっと、ティアって毎年こういうこと、するのか?」
 結局我慢できずにルークはなるべく何気ない風を装ってそう尋ねた。
「え? えぇ。兄さんが喜んでくれるから。兄さんとお祖父さんには毎年。この子はチョコは食べれないから犬のお菓子だけどね」
「わふっ!」
 しゃがみ込んで犬のルークの頭を撫でそれがどうしたの、とばかりに首を傾げた彼女にルークは安堵と同時に堪えきれない笑が浮かんでくるのを感じてそれを隠すように口元を押さえた。
 なんとも彼女らしい答えだ。
 結局彼女の一番は犬のルークなのだろう。
(……ま、いっか)
 家族以外で唯一、ということならそれほど悪いものではない。
「じゃあ家族以外では俺だけ?」
 擽ったいような気分のまま何気なく尋ねたルークだったが、それに返された反応は予想外のものだった。
「…………え?」
 切れ長の瞳が大きく丸く見開かれて、口元がぽかんと開いて。
 そんな表情をすると年相応の幼さが覗いて、それを素直に可愛いと思う。
 彼女は慌てて口を閉じると指先で口元を押さえて、考え込むように深く首を傾げた。
「…………そ、うね。……ひょっとしたら初めて、かも」
 暫くしてそこから漏れた言葉は戸惑うような、恥らうような僅かな震えを帯びていて。
 じわじわと赤くなっていく白い頬を見つめながら、ルークはごくりと息を飲んだ。

 To be next ――――― ?
― END ―
 

 どうにか間に合いましたバレンタインデーネタ。
 まだ義理チョコですが。
 この二人はのんびりもたもた二人だけのペースで歩いていけば良いと思うのです。
2011.02.14

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