その猫を家に連れ込んだのは、忙しくて余り家に寄り付かない父親だった。 曰く、身体が弱く殆ど外に出ることも出来ない母の慰みになれば、と。 だが身体の弱い母は体調の良い時はともかく、何時も猫と遊んでいられるような状態ではなくて。 結果として、当然の如く、餌やりだったり風呂だったり、諸々の世話は息子であるルークの仕事になった。 もう一人の息子は子供や小動物が苦手だったし、有名国立大学を目指して勉強中なので、動物好きで尚且つ高校からそのままエスカレーターに乗っかって私立大学に行くつもりのルークに異論は無い。 ――――― ないのだが。 「……ティアー。ティーアってば」 淡いシルバーグレーの毛並みに綺麗な蒼い瞳を持つ彼女は、まるっきり愛想が無くて、ちっともルークに懐こうとしなくて、それが少々不満だったりもする。 思えばティアと名付けられたこの猫は、子猫の頃から恐ろしく愛想が無かった。 否、厳密に言うとルーク(とアッシュ)に対して愛想が無かった。 母に遊んでもらっている時は、まるで彼女の身体を気遣うように愛想よく振る舞い、可愛らしい声で鳴くのだが、ルーク達の前では殆ど声を上げることも喉を鳴らすことも無い。。 「…………」 すらりとした綺麗な体躯で佇んでいる姿はペット専門誌の表紙でも飾りそうな愛らしさのだと言うのに。 ちらりとルークを見上げた彼女は、そのままふいと顔を背けてソファの裏へと潜り込んでしまった。 「……ったく、可愛くねぇぁ………エサ、ここ置いとくから勝手に食えよ?」 けれどそれも何時ものことで。 ルークは溜息を一つ落として自室へと引き上げたのだった。 ――――― 翌朝。 寝起きの悪い弟が、何時もに増してぐったりとした様子でダイニングに現れたのを目にしたアッシュは苦々し気に眉を顰めた。 「………朝っぱらから辛気臭ぇ顔してんじゃねぇぞ、この屑が」 「誰が屑だッ! ………勘弁してくれよ、最近変な夢ばっか見て眠りが浅いんだって………」 「…………夢?」 胸の辺りを押さえて溜息を落とす弟に、アッシュは首を捻る。 そう言えば彼の調子が悪そうなのは今日だけではなく、ここ数週間のことかもしれないと思い至ったからだ。 「そ、胸の上に漬物石置かれる夢とか、胸の上に誰か座ってる夢とか、胸の上に石を積まれる夢とか………最近そんなんばっかなんだよ」 ………全部胸の上に何かを乗せられる夢である。 「…………実際何か乗ってるんじゃないのか?」 「だったら朝起きた時、気付くだろーが。夜中目を覚まして見ても何にも無いしさー。つーか、マジなんか憑かれてたりして…………」 ぼりぼりと頭を掻きながらキッチンに立ったルークの足元に、どこに居たのか猫が歩み寄ってくる。 朝食を催促するようにじぃと見上げるのに気付いて、彼はぼやくような声を上げた。 「………あー、わかったわかった。すぐ準備するから」 「………………」 猫と、ルークを見比べる。 猫がちらりとこちらを見た気がしたその瞬間、アッシュは直感的に悟った。 ルークの胸の上に乗っていたものの、正体を。 (…………なんだ、結構懐かれてるんじゃないか) そう言えば朝早くにルークの部屋から出てくるのを見たことがあったような気がする。 成猫とは言え細身で余り大きな方ではないし、精々3キロ前後の体躯ではあるが、胸の上に居座られてはさぞ息苦しかろう。 「………………」 「えーと……昨日はツナとチキンどっちやったっけ? ってお前に聞いても応えるわけねーか。えーと、どっちでもいいか。よし、ツナ味……って引掻くなって! すぐやるから!!」 ――――― 漬物石の正体を教えてやるべきか否か。 ぎゃあぎゃあと朝っぱらから一人騒がしい弟を尻目に、アッシュは黙って眠気覚ましのコーヒーを啜ったのだった。 ― END ―
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Sイナさんちの(隠れてねぇ)わんことにゃんこを見て何故かこんな妄想を垂れ流してみました……(え 基本的に人様に贈ったものは再録しない主義なのですが、これは続きを色々考えていたので一言お断りしてHP上に乗せさせていただくことにしました〜。 ティアはシャム猫のブルーポイントのつもりです。意外と青い目の短毛種って少ないですね(汗 |