初めて彼女が作ってくれた弁当の隅っこには、見慣れた色合いの野菜の細切りが詰まっていた。
「……げ」
 思わず小さく声を上げて、いや確か彼女もニンジンは嫌いだったはずと期待を込めて彼女を振り仰ぐと、ティアは困ったように眉を寄せて微笑んだ。
「……ええと、その、折角習慣にしてるんだから続けた方がいいかなって」
 それは紛うことなく、細切りのニンジンのサラダだった。
 どんと中央に存在感を主張しているのはルークの好きな唐揚げ。それの脇を甘めの卵焼きと青菜とベーコンの炒め物が飾り、なるべく野菜もとらせようとしていることがわかる、のだけれど。
「あ、あのね、ニンジンの嫌な甘さを感じないようにマリネにしてあるの。もし駄目だったら残してもいいから!」
 黙り込んでしまったルークをどう思ったものか、慌ててそう主張する彼女に、ルークはごくりと喉を鳴らした。
 見れば彼女の弁当にも同じものが入れられていて、どうやら彼女も一緒にニンジンを克服しようとしているようだ。
「あ、あぁ。サンキュ……」
 メインはルークの大好物と、前に好きだと言ったことがある卵焼き。卵焼きの中にはウィンナーが仕込まれていて、育ち盛りの胃袋をがっつり掴む勢いだ。
 初めての、彼女の作ってくれたお弁当を残したら男じゃない……!
 ぐっと拳を握りしめ、ルークは左手で箸を握りなおした。
「い、いただきます!」
 勢いをつけて一口。途端に口の中には独特の青臭さと爽やかな酸味が広がった。
 覚悟を決めてもそもそと口を動かす ――――― しゃきしゃきとした歯応えは悪くない。
 青臭いのはちょっと勘弁だが、嫌な甘みも感じないし、これなら我慢すれば食べられないこともない、かもしれない。
 そう思って残りを一気に口の中に詰め込んで、ルークはペットボトルのお茶を手に取った。
 何度か咀嚼して、一気に流し込む。
 ついでに口直しに卵焼きを口に入れれば、優しい甘みが口一杯に広がって口元が緩んだ。
 なんだかんだ言ってティアは料理上手なのだ。
(あー……幸せだなー……)
 恋人に手作り弁当をもらった双子の兄は、その度に保健室に運ばれていた。
 彼女が卒業してしまった今はもう見られないけれど、去年までは家政婦が休みを取る曜日には決まって見られる風物詩だった。
 アッシュの愛の深さには脱帽だが、真似はしたくないのでルークは適当な言い訳で ――――― 二人分だと大変だろうとか、アッシュが嫉妬するとか ――――― ナタリアの好意を断っていたのだが、料理の腕は壊滅的なくせに何故か自信たっぷりの従姉妹殿に追いかけ回されたことは一度や二度ではない。
 文武両道、眉目秀麗。非の打ち所のない華やかな美人なのだが、彼女は料理の腕だけは壊滅的だった。
 問題は、彼女が味見と言うものを知らないことと、それでもアッシュが美味しいと彼女の手料理を誉めるところにあったと思う。
 アッシュはナタリア至上主義なので、彼女を否定することなど考えられなかったのだろうが。
 不味いものは不味いとちゃんと伝えた方がお互いの為なのではないかと思う。
「ティア、この卵焼きめちゃくちゃうま……」
 めちゃくちゃ美味い、とちゃんと感想を伝えようと思ったルークは、けれど顔を上げた先にあった彼女の姿に言葉を切った。
 ティアは、眉を寄せてもそもそとニンジンのサラダを口に運んでいるところだった。
 口に入れるのも嫌なのか、本当に少しづつ。
 少しづつ口に運んで、律儀にきっちり咀嚼して少しづつ飲み込んでいっている。
 あれでは口の中にはいっぱいにニンジンの味が広がっているはずだ。
 そのことに気付いていないのか、それとも気付いていても一度に口に入れることができないでいるのか。
 暫く凝視していると視線に気付いた彼女が顔を上げて、ぱっと頬を赤らめた。
「な、なに?」
 眼が潤んで涙目になっているのが可愛い、と思ったけれど。
「ぁ、いや……そうまでして食わなくても、いいんじゃ……」
 ルークは人参が嫌いだ。嫌いだが、吐き気を催すほどというわけではない。
 嫌いなものが多いが、流し込めばだいたいどうにかなるというものが多い。
 ティアはどうやらその逆らしい。
「で、でも、私だけが食べないわけにはいかないでしょう……っ……」
 口の中に残っていた分を飲み込んでから、お茶を流し込んで、それでもまだ気持ち悪そうな表情をしている。
 その癖、ルークの分だけでなく自分の分のお弁当にも人参を入れているのが彼女らしいと言うか、何というか。
 はー、と大きく息を吐いて、ルークは手を伸ばすとまだ半分以上残っていた人参のサラダのカップをつまみ上げた。
「ぇ、ちょっ……」
 口の中にひっくり返すように中身を放り込んで、二、三度咀嚼してペットボトルのお茶と共に流し込み、ぷはーと大きく息を吐く。
「……よし、終了」
 彼女は暫くぽかんとした表情でルークを見ていたが、やがて慌てたように口を開いた。
「あ、あなた、人参嫌いだったはずじゃ……」
「嫌いだっつーの」
 もう一つ、卵焼きを口に運んで口直しをしながら吐き捨てるように呟く。
 まだ、口の中に人参が残っているようでちょっと気持ち悪かったが、流し込んでしまったのでダメージは薄い。
「じゃあなんで……」
「見てらんねえだろ、あんなの。つーか次からは人参禁止! つーかせめて入れるなら俺のだけにしろ。いいな?」
 まだ何がなんだかわからないといった表情を浮かべたままの彼女の鼻先に指を突きつけて、ルークは少し強めの口調で言い切ったのだった。
― END ―
 

 前回のお弁当ネタ……と一緒に書き上がっていたものです(笑)。
 無駄に律儀で真面目なティアさん……頑張れにんじん撲滅(?)。
2011.09.18

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