「……ティアの弁当ってさ、ヴァン先生が作ってんの?」 彼女が膝の上に広げた弁当は、ごろっとした大振りの唐揚げに卵焼き、青菜の野菜炒めがほぼ均等に収められた実直そのもののそれだった。 付属のおにぎりも女子の弁当でよく見る一口サイズの俵型が複数のタイプではなく、拳大がどんと一つ、しっかり海苔にくるまれたもの。 早くに両親を亡くしたティアは今は年の離れた兄で剣道部の顧問のヴァン先生と二人暮らしだと聞いていたので、てっきり彼が作ったのだろうと思って何気なく尋ねたのだけれど。 何故か彼女は見る見るうちに真っ赤になって。 「わ、私やっぱり教室に戻るわ!」 そそくさと荷物を纏めようとするのを慌てて伸ばした手で腕を掴んで押し止める。 「わ、ちょっと待てって!」 そうでもしなければこのまま走っていってしまいそうだと思ったからだ。 現に立ち上がりかけた彼女はその勢いに押されるようにぺたんとベンチに沈んだ。 「お、俺、なんか変なこと言ったか?」 ここで逃げられてはかなわないとおずおずと尋ねれば。 「……べ、別に変じゃないけど……」 彼女は居心地悪そうに視線を揺らしながら、隠すように弁当箱を押さえ込む。 ―――――― それで、何となくピンときた。 「……ひょっとしてそれ、先生じゃなくてティアが作った?」 「…………い、いけない?」 まだ僅かに赤い頬を隠すようにそっぽを向いた彼女はぜんぜん視線を合わせてくれなくて。 「い、いけないわけないだろ、スゲー美味そうだったし、自分で作ってるとかマジすげえと思うし!」 慌てて捲くし立てると、彼女は少しほっとしたようにルークを見て、それから困ったように眉を落とした。 「……別に、そんな対したものじゃないわ。それに、その……あんまり上手じゃないでしょう。だからからかわれたりすることもあって……いつもは兄さんが作ったことにしてしまうのだけど……」 舞い上がりすぎてすっかり忘れていた、などと口に出来るわけもなく熱くなった頬を押さえて視線を反らす。 「いいじゃん、言わせたい奴には言わせとけよ。俺は美味そうだと思ったし!」 お世辞ではなく、からっと揚がった唐揚げも綺麗な黄色に仕上がった卵焼きも美味しそうだった。 ただ全体的に無骨な印象だったので何気に少女趣味なティアの作ったものだとは思わず、先生料理美味いんだなと言う感想を抱いてしまっただけのことだ。 「そだ、おかず交換しねえ? 俺、ティアの作った唐揚げ食べたい」 「え? い、いいけど……」 おずおずと再度広げられた弁当に習って、自身のそれを机に広げる。 中身は海苔と卵焼きの巻かれたおにぎりと、鳥の照り焼き、何かの唐揚げと彩りのミニトマト。それからブロッコリーとエビと卵のマヨネーズ和えサラダ。 男子高校生のそれらしく量は多いが彩りも綺麗に纏められている。 「ルークのはお母様が?」 「いや、うちは家政婦さん。うちのお袋、料理はからっきしっつーか………そもそも長時間台所に立ってらんねえし」 「ぁ……ごめんなさい」 「気にすんなって、お互い様だろ。ずっと前から来てくれてるから俺にはこれがお袋の味みたいなもんだし……ローズさんが休みの時はだいたい購買のパンなんだけどさ」 「……そう」 「お、タコの唐揚げはいってら。イイ気味〜」 綺麗な狐色に揚がった唐揚げをつまみ上げ、二シシシとあまり品がいいとは言えない音を漏らすのに首を捻ると、それに気付いたルークはにっと口端を引き上げた。 「アッシュが嫌いなんだよ、タコ。好き嫌い撲滅運動つって大抵どっちかの嫌いなもんが入ってるんだ」 「……それで、いい気味なの?」 流石にそれはどうかと思ったのだけれど。 「昨日はキノコソテーでさんざんガキ呼ばわりされたからな。今頃すごい顔してるぜ、きっと。あいつプライド高いからぜってー残せねえし」 成る程と思い至って、悪戯好きな子供のような物言いにクスクスと笑う。 「双子なのに食べ物の好みは違うのね」 「ん? ああ、俺は甘いものも好きだけどアッシュはそうでもないし……あ、でも好きなものは同じかな、鶏肉とか。あとは人参嫌いも一緒だな」 「そうなの? 人参は私も苦手なのよね……。なんか、こう……口の中にいやな甘みが残るっていうか……」 「だよな!……へへ」 「……何?」 思い出して眉を顰めたティアに勢い込んで身を乗り出してきたルークが、どこか照れくさそうに笑って、それにまた小さく首を傾げる。 「人参が嫌いとか、ガキっぽいって笑われるかと思ってた」 「誰にだって好き嫌いの一つや二つ、あるわよ」 擽ったいような笑みに誘われて微笑めば、ひくりとルークの口元が引き攣った。 ひょっとしてと思ってじぃっとその目を見つめると、観念したようにがっくりと肩が落ちる。 「ぁ……いや、その、実は、あと魚全般とキノコと牛乳もダメなんだ」 「……アレルギーとか?」 「いや、苦手なだけ」 「じゃあちゃんと食べなくちゃね、ふふ」 「わかってはいるんだけど、苦手なんだよなあ……魚の骨とかさ」 「……子供みたい」 「悪かったなー、しょうがねえだろ。それよかほら、なんか交換しようぜ。俺ティアの唐揚げ食いたい。卵焼きでもいいけど!」 唐揚げはもちろん大好きだけど、卵焼きにはそれぞれの家庭の味が出ると言うから、一番手作り感があるような気がする。 子供のように眼をきらきらさせるルークに、ティアは仕方がないわねと言うように溜息を吐いた。 「じゃあサラダを少しもらえる? どちらも食べていいわよ」 「マジで!? わかった、へへ、サンキュー!」 ぱぁっと顔を輝かせる姿が可愛いと思ってしまうのだから仕方がない。 「……ん、ん……うまっ! ティア、料理上手なんだな〜」 早速唐揚げを頬張ってたルークがご満悦の笑みを浮かべる。 「べ、別に対した料理じゃないでしょ、タレにつけて揚上げただけだし……」 「ホントに美味いって! 卵焼きも綺麗に巻いてんじゃん? 俺絶対こんなの作れねえし、ホント凄いと思う」 矢継ぎ早の賛辞に、見目は悪くともそれなりに食べられるものを作っている ―――――― 何せ兄と二人暮らしなので、夕飯も当番制だ。兄直伝の腕はそれなりのものである ―――――― という自負のあるティアは、思い切って声を上げた。 「………あの、こんなので良かったら、また作ってくるけど?」 「……え?」 「ほ、ほら、お弁当がない日は購買のパンだって言ってたでしょう? そっちの方が美味しいかもしれないけど、その、野菜とか、ちゃんととれないと思うし……その、迷惑でなければなんだけど!」 きょとんとした表情を浮かべたルークに、差し出がましかっただろうかと慌てて顔の前に遮るように両手を上げて頭を振る。 「……マジ? 迷惑なわけねーだろ、嬉しいっつーの!」 「……てことがあったわけだけど。なんかいいよなー……好き嫌いが一緒ってさ。羨ましい?」 だらしなくソファに寝っころがってデレデレと鼻の下を伸ばした弟の台詞に、アッシュは胸の前で腕を組んでフンっと大きく鼻を鳴らした。 「俺とナタリアだってタコ嫌いが一緒だ」 「あ、そういやそうだっけ? つーか何でタコ駄目なんだ?」 「お前に人のことを言えるのか!?」 あっけらかんとした調子で問う 「そうですよ、お二人とももう大人なんですから、そろそろ好き嫌いは卒業してくださいよ」 洗濯籠を抱えて通ったローズの一声に沈黙した。 「「………」」 ルークも言わずもがな、である。 「だ、誰だって嫌いなものぐらいあるよな?」 「……あぁ」 ― END ―
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ひよことにわとりは割りと普通に仲のいい兄弟です。 |