『 好きだ 』

 まるっきり毒のない顔をした、マシュマロのスノーマンが抱いていたのはそんな単語が綴られたメッセージカードだった。
 大きくはっきりとした、けれどあまり上手とは言えない字は如何にも男の子っぽくて、ルークらしい。
 ボールペンで書かれているのもなんだか子供みたいで思わず笑いそうになって。
 けれど、そこでようやくティアはその言葉の意味に気付いて動きを止めた。
「………」
 なんとなく。ひっくり返して、裏を見て。
 裏面ではスノーマンが笑っているだけで何も書かれていないことを確認して、もう一度表に返す。
『 好きだ 』
 そこに書かれた文字は変わっていない ――――― マジックでもあるまいし、変わるものか。
 急いで貰った紙袋の中身を全て出して、入っているのがお菓子とそのメッセージカードだけであることを確認して、再び沈黙。
「………」
『あー……えっと、帰ってから見てくれると、嬉しい』
 それを渡した時のルークの、どこか気恥ずかしそうな笑みが脳裏を過ぎって。
 子供みたいに無邪気に笑った顔や、照れくさそうに笑う顔、困ったように笑う顔。色々な表情が、脳裏を過ぎって。
「っ……う、ウソ……」
 ティアの口から零れたのはそんな言葉だった。
 ――――― 本人にはまるっきり自覚がないようだが、ルークはモテる。
 双子で赤い髪と言うだけでも目立つのに、二人とも運動神経抜群でアッシュだけでなく実はルークの方もそれなりに成績がいい。
 その上、学内では知らぬものの居ないラブラブバカップルとして名を馳せる兄と違って浮いた話の一つもなく、気さくで明るく友達も多い。
 ティアのクラスメイトにもルークに思いを寄せていると言う生徒が居たはずだ。
 告白して、興味がないからと断られたという話も聞いたことがある。
 それにペットを通じての交流が始まって一年近くが経つが、そう言った話が出たことは一度もない。
 否、厳密に言えば一度だけあった。
『ティア、モテるだろ? 彼氏とか作んねーの?』
『……私? まさか。そんなはずないじゃない』
 冗談めかして問われて、けれど異性にモテた試しなど一度もないティアはそれを笑い飛ばして。
 きちんとお座りをしてこちらを見上げていた犬のルークの首に抱きついて、『それに私はルークが一番だもの』と言ったのだ。
 ルークはそれを見て、『そうだな、俺もティアのが大事かも』などといいながら、どこかホッとしたように笑っていた。
( ――――― ……ホッとした?)
 あれは何時のことだっただろうか。
 先月、バレンタインに感謝の気持ちを込めてチョコレートを送った後だったような気がする。
 そういえばあればティアにとって始めて家族以外の異性に送ったチョコレートだった。
 最初は深く考えずに兄に渡すものと一緒に作成したのだけれど、あとから妙に恥かしくなって居た堪れなくなって ――――― 其処まで考えて、ティアは慌てて頭を振った。
「……いいえ……落ち着きなさい、ティア。これは貴方に向けられたものとは限らないわ」
 自分自身に言い聞かせるように、呟く。
 カードには差出人も、宛名もなかった。
 カードがティアに渡すプレゼントの袋に紛れ込んだ可能性や、入れ間違えた可能性もある。
 そう考えた途端、膨らんでいた気持ちが一気に萎んでいくのを感じて、ティアは咄嗟に握り締めてしまっていたカードを静かに机へと戻した。
「……そう……よね、ありえないわ……」
 ルークと自分の共通点といえば、動物が好きなことぐらいだ。
 学年も違うし、趣味も部活も違う。それに何よりティアはルークのように目立つ生徒ではない。
 成績に関しては上位を保っているが、それだけで。同様の生徒達は何人も居る。
 偶然の出会いと犬のルークの存在がなければこれほど親しくなることもなかっただろうと思う。
(……ルークに彼女が出来たら……)
 きっと今までのようには行かなくなるだろう。
 ジョギングのついでとは言え、恋人が毎朝異性の後輩と会うことを許容する女性がそうそういるとは思えない。
 ティアは恋愛ごとにはあまり興味がなく、そう言ったことを気にしないタイプだったが、色々と難しいらしいと言うことぐらいは知っている。
 きちんと気を使わないと色々と問題が起こったりするものなのだ。
 ペット仲間の後輩と彼女、どちらを優先させるかなんて考えるまでもない。
 会える回数も、一緒にいられる時間も極端に減ってしまうだろう。
 そう思ったら急に胸の奥にもやもやしたものが蟠るのを感じて、ティアは僅かに眉を顰めた。
(やだ……何考えてるのかしら、私……これじゃまるで……)
 ――――― まるで、なんだろう。
 避けていた答えが目の前にあるようで居て、けれどそれに手を伸ばしたくない。
 認めてしまったら、何かが変わってしまうような気がする。
 今までのような関係で居られなくなるかもしれない。
 そのことを自分が恐れているのかもしれないと気付いてしまって ――――― 気付いてしまったら、もうダメだった。
「……私……ルークのことが、好きなんだわ……」
 顔中が熱くて、火が出そうだ。
 合唱部の活動で始めて舞台に立った時の比ではない。
 あの時も逃げ出したかった。
 でもそれ以上にそこで歌いたい気持ちが強かったし、周りには同じように緊張した面もちの一年生達がいた。
 でも今は、一人きりで、その上逃げ出したくてもどこに逃げ出せばいいのかわからない。
「ティア、ルークに餌はやったのか?」
「きゃあっ!」
 と、不意に背後から聞き慣れた声がその名前を呼んで、ティアは思わず高い声を上げてしまっていた。
「……ど、どうした?」
 はっととして振り向いて、驚いたように目を丸くしている兄の姿を眼にして、慌てて頭を振る。
 そういえば今日はまだ、犬のルークに夕飯を上げていなかった気がする。
「……な、なんでもない、なんでもないの! すぐに支度するわ! 夕食当番も私よね、ごめんなさい!」
 ティアはルークのご飯と自分達の夕食の準備をすべく急いでカードとお菓子を袋に詰めて立ち上がった。

― END ―
 

 ホワイトデーは大分前になりますが、直後のお話……もう季節感は忘れていこうと思います(笑)。
2011.05.23

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