――――― 済し崩し的に交際が始まって一ヶ月あまり。 当然と言うか、何と言うか、先に変わらぬ日常に痺れを切らしたのはルークの方だった。 とにかく変化がないのだ。 いつも通り、朝のジョギング前に彼女に会って犬のルークのリードを預かり、公園を三周。 リードを返して思う存分走ったルークに水をやる彼女と軽く話して、公園の出口まで一緒に並んで歩く。 『また学校で』、そう言って別れて、けれど学年が違うので学校では顔を会わさないことも珍しくない。 下手をするとルークと一緒にいる時間の方が長いような気がする ――――― 否、ルークとは一時間近く一緒にいるのだから確実にそっちの方が長い。 春休み中は、前々から約束していたドッグパークに一度足を運んだきり。 それだっていわゆる恋人同士という関係になる以前から約束していたもので、デートと言えばデートといえるのかもしれないけれど、思う存分『ルーク』と遊んで、軽くお茶をして、手の一つも繋がずに帰ってきてからそのことに気付いて絶望した。 (……いや、そんなに急ぎたいわけじゃないけど!) 少しぐらい、何らかの変化があったっていいだろうと思うのだ。 そうして数日間、悶々と悩んだ結果。 ルークは思いきって昼休みに二年になったティアの教室まで足を運んだ。 「……ティア!」 運良く廊下側の席に座っていた彼女に窓から声をかける。 「……あら、ルーク。どうしたの?」 振り向いた彼女は驚いたように眼を瞬いて、あら珍しいと言うように小さく首を傾げた。 そう言えば、彼女の教室を訪ねるのは久し振りだった。 と言うか、二年になってからは初めてかもしれない。 知り合ったばかりの頃は何度かそういうこともあったけれど、連絡先を聞いてからは直接やりとりをする事が多かったからだ。 「えっと、その……」 勢い込んで名前を呼んだものの、上手い言葉が見つからなくて、口篭り。結局直球勝負。 「……っその、俺と一緒に飯食わないか!?」 ルークはそう言ってどんっと窓の桟に持参してきた弁当箱を乗せた。 「…………」 帰ってきたのは、沈黙。 どこかきょとんとした表情を浮かべたまま固まってしまったティアとは裏腹に、一瞬の間を置いてざわざわざわと周囲がざわつき始める。 ( ――――― お、俺、なんか変なこと言ったか?) アッシュとナタリアは学年は違うがいつも一緒に昼食を取っていた。 彼らだけではなく、屋上や中庭、そこここで恋人同士や兄弟、学年を越えての友人同士で一緒に昼食を取る風景は見受けられる。 今日こそ彼女を誘うのだと宣言して ――――― 実は前日、チャレンジしようと思ったもののなんとなく恥かしくて途中で引き返してしまったので、その予防策でもあった ――――― いつも昼食を一緒に取っていた友人達に揶揄られながら教室を後にしてきたわけだが、この反応は予想外だった。 なんと言うか、断られたらちょっと悲しい。 友達を優先させたいと言うのなら引くつもりではあるものの、玉砕して教室に戻ったら間違いなく弄り倒される。 それは仕方がないし、それが嫌だからという訳でなく純粋にティアともっと一緒に居たいと思ってのことなのだけれど、やっぱり悲しいものは悲しいのだ。 「……ティア?」 長く続く沈黙に不安になってもう一度名前を呼ぶと、彼女は小さく息を飲んで、それから見る見るうちに頬を真っ赤に染めていった。 「あ、あの、私、ちょっと、ごめんなさい」 がたがたとらしくなく慌てた所作で椅子を鳴らして立ち上がり、すぐ隣に座っていた少女に断りを入れるとお弁当入れを思しき水色の袋を掴んで廊下へと飛び出して。 「……え?」 「いいから、早く!」 「え、ちょっ……待てって!」 突然のことに今度はこちらがきょとんとした表情を浮かべることになったルークの背中をぐいぐいと押して教室を離れようとする。 訳がわからないままに足早に歩く彼女に引き連れられる格好で人気の少ない裏庭の方まで行った所で、ティアは足を止めるとずるずるとその場にへたり込んだ。 「お、おい、大丈夫か?」 何がなんだかわからないまま、慌ててこちらもしゃがみ込んで覗き込んだ彼女の顔は真っ赤なままで、目元は涙目といってもいいぐらい潤んでいて、非常に可愛い ――――― もとい、切羽詰った様子になっていた。 「……ティア?」 具合でも悪いのだろうかと細い背中に手を当てて摩ると細い肩がびくっと小さく跳ねて。 睨むような眼付きで見られて、何かいけないことをしてしまっただろうかと慌てて手を引くと、今度は途方にくれたように眉が下がる。 「……どんな顔して教室に帰ればいいのよ……」 小さく漏れた弱々しい声に、ルークはハッとして左手で頭の後ろを押さえた。 「ぁ……えっと、付き合ってるってばれたら不味かった、か?」 ひょっとして人に知られたくなかった、のだろうか。 それはそれでなんだか寂しい気もする。 嫌がっていると言うわけでもないようなので、ただ恥かしいだけなのかもしれない、そう思ったのだけれど。 「……不味いってわけじゃ、ないけど……怖い、し」 帰って来たのは予想外の答えだった。 「………俺が?」 「違うわよ!……貴方、本当に自覚した方がいいと思うわ」 「……だから、何を?」 そう言えば、ずっと前にも似たようなことを言われたような気がする。 そんなことを考えていたらはぁと大きな溜息を落とされた。 「……自分が人気があるってこと」 「はぁ? 俺が? んなわけねーじゃん、騒がれてんのは全部アッシュやナタリアのオマケだろ。卒業したつってもナタリアの影響力ハンパねえし」 疑う余地さえないと言うような相手に、ティアはもう一度大きく溜息を吐いて頭を振った。 「………もういいわ。それよりお弁当、一緒に食べるんでしょ。お昼休みが終わってしまうわ」 「あ、あぁ、うん……いいのか?」 呆れたように溜息を落とされて、腑に落ちない部分もあったもののそれよりも当初の目的の方が大事で、大丈夫だろうかと改めて尋ねると、彼女はまた僅かに頬を赤くした。 「……私も、一緒に食べれたらいいなって思ってたから」 「あ……えっと、その、サンキュ」 なんだかそれにやけにどぎまぎしてしまいながら、立ち上がって彼女に手を差し出す。 「……行こうぜ」 おずおずと伸びてきた手がその手に触れて、ルークはその手で彼女の身体を引き上げる。 手を繋いだまま、ぎくしゃくとした足取りで並んで歩く二人の姿は翌日噂になっていたとかいないとか。 ― END ―
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短髪のルー君はそこそこ人気があると思います。 その辺のところももっと書いていきたいなと思いつつ、まずはお前ら中学生か。 下手したらそれ以下かもしれません……(笑)。 |